ベルリンの控訴裁判所が下した一つの判決が、世界のオンライン旅行業界に大きな波紋を広げています。ドイツのホテルが、オンライン旅行会社（OTA）最大手のBooking.comに対し、過去の不公正な契約慣行による損害賠償を請求できる道を開いたのです。この歴史的な判断は、1000を超えるホテルによる集団訴訟に発展する可能性を秘めており、OTAと宿泊施設のパワーバランスを大きく変える可能性があります。
判決の核心：問題視された「最恵国待遇」条項
今回の裁判の争点となったのは、Booking.comが長年ホテルとの契約に盛り込んできた「最恵国待遇（Most Favoured Nation / MFN）」条項です。これは「価格同等性条項」とも呼ばれ、ホテルが自社のウェブサイトや他の予約プラットフォームを含め、いかなる販売チャネルにおいてもBooking.comで提示する価格より安い料金で客室を販売してはならない、と定めたものです。
この条項により、ホテルは価格設定の自由を著しく制限されてきました。例えば、自社サイトで手数料のかからない直接予約を促進するために割引を提供したくても、この契約に阻まれて実行できなかったのです。
ドイツの競争当局である連邦カルテル庁は、この慣行が公正な市場競争を阻害するとして問題視し、2015年にはBooking.comに対してこの条項の使用を禁止する命令を下していました。しかし、この命令はあくまで将来の行為を禁じるものであり、過去にホテルが受けた損害については救済されていませんでした。
なぜ今回の判決は「画期的」なのか
今回のベルリン控訴裁判所の判決が画期的なのは、2015年の禁止命令以前の「過去の行為」によってホテルが被った損害について、Booking.comが賠償責任を負う可能性があると認めた点にあります。
具体的には、ホテル側は「最恵国待遇」条項がなければ、自社サイトなどを通じてより多くの直接予約を獲得できたはずだと主張しています。直接予約の場合、ホテルはBooking.comに支払う高額な手数料（一般的に15%〜25%程度）を節約できます。今回の判決は、この「失われた直接予約による逸失利益」をホテルが取り戻すための法的根拠を与えた形となります。
予測される未来と業界への影響
この判決は、単にドイツ国内の問題に留まりません。ヨーロッパ全域、そして世界のOTA業界全体に大きな影響を及ぼす可能性があります。
ドイツ国内での大規模訴訟へ
報道によると、この判決を受けて、ドイツ国内の1000以上のホテルがBooking.comに対する集団訴訟に参加する意向を示しているとされています。もしこれが実現すれば、Booking.comは巨額の損害賠償金の支払いに直面するリスクを負うことになります。
ヨーロッパ全域への波及
「最恵国待遇」条項を巡る議論は、ドイツだけでなくフランス、イタリア、オーストリア、スウェーデンなど、ヨーロッパの多くの国で問題視され、同様の規制が導入されてきました。今回のドイツでの判例は、これらの国々のホテルにも勇気を与え、同様の損害賠償請求訴訟を引き起こす引き金となる可能性があります。
OTAとホテルの関係性の変化
長年、巨大なプラットフォームパワーを背景にOTAが優位な立場にあるとされてきたホテル業界ですが、この判決は両者のパワーバランスを是正する一歩となるかもしれません。ホテル側がより公正な契約条件を交渉する際の強力な追い風となるでしょう。
旅行者にとっては、長期的にはOTA間の健全な価格競争が促進され、より多様で魅力的な宿泊料金が提供されるきっかけになるかもしれません。今回の司法判断が、オンライン旅行市場の透明性と公正性を高めるための重要な転換点となるのか、今後の動向から目が離せません。
