マレーシアの旅といえば、多くの人がペナン島のジョージタウンを思い浮かべるのではないでしょうか。コロニアル様式の美しい街並み、世界的に有名なストリートアート、そして洗練されたカフェやレストラン。ユネスコ世界遺産にも登録されたその街は、訪れる人々を魅了し続ける、完成された観光地です。しかし、その輝かしい島の対岸、わずか数キロの海を隔てた場所に、まったく違う表情を持つ街があることをご存知でしょうか。
その名は、バターワース。ペナン州の州本土側の中心都市でありながら、ジョージタウンの華やかな光の影に隠れがちな、素朴で、ありのままの日常が息づく場所です。観光地としての整備は進んでおらず、ガイドブックで大きく取り上げられることも稀。しかし、だからこそ、ここには加工されていないマレーシアの真実の姿と、地元の人々の温かい生活の営み、そして未来へと向かう都市の確かな鼓動があります。
今回は、多くの旅人が通り過ぎてしまうこの街、バターワースに深く足を踏み入れてみたいと思います。ジョージタウンの喧騒を離れ、フェリーで海峡を渡った先に見えてくる景色とは。工学部出身の私の目には、この街の無骨なインフラや人々の暮らしの中に、テクノロジーと伝統が交差する未来の断片が映ります。写真のフレームに収めたいのは、観光のために作られた美しさではなく、生活の中から自然に滲み出る、時の重なりと人々の息吹。さあ、一緒にバターワースの隠れた魅力を探る旅に出かけましょう。
マレーシアの旅では、バターワースのようなローカルの日常を探るのも魅力ですが、ハラール美食や伝統菓子の魅力に迫る旅もまた、この国の多様な魅力を深く知る一歩となるでしょう。
ジョージタウンの喧騒から、フェリーで渡る数分の旅

バターワースへの旅は、ペナン島からの移動自体がひとつの見どころとなっています。ジョージタウンの港から発着するフェリーは、単なる移動手段にとどまらず、まるで二つの異なる世界を結ぶ架け橋のような役割を果たしています。真新しく近代的な高速フェリーに乗り込むと、乗客は観光客と地元の人々がほぼ半々の割合で混ざり合っています。エアコンの効いた快適な船内で窓の外を見ると、遠ざかっていくジョージタウンの歴史ある街並みと高層ビル群が、まるで映画の一コマのように広がって見えます。
海の上は心地よい静けさに包まれています。観光地特有の賑わいから離れ、この時間は心を落ち着けるのに最適なひとときです。潮風を感じながらデッキに出ると、視界にはこれまでとはまったく異なる光景が少しずつ現れます。煙を吐き出す工場群、巨大なクレーンが立ち並ぶ港湾施設、どこまでも続くかのような鉄道の線路。これがマレーシアの物流と産業の要をなすバターワースの本来の姿なのです。
ジョージタウンが「見せるための美しさ」を持つとすれば、バターワースの風景は「機能するための無骨な美しさ」に溢れています。工学部出身の私にとって、この整然と配された巨大な構造物の群れは、都市の生命線を支える心臓部のように映り、その力強い景観には不思議な魅力が感じられます。わずか10分ほどのフェリー旅ですが、この風景の変化は、私たちがこれから足を踏み入れる場所がジョージタウンとは全く異なる背景を持っていることを雄弁に物語っていました。
バターワース側のターミナルにフェリーが近づくにつれて、乗客たちのざわめきが次第に大きくなります。これから仕事に向かう人、故郷へ帰る人、さまざまな目的を抱えた人々が新たな一日の始まりを告げるかのように船を降りていきます。観光客である私は、その流れに少し気後れしながらも、この地元ならではの雰囲気に胸を高鳴らせていました。
バターワースの心臓部、ペナン・セントラルを歩く
フェリーを降りて最初に足を踏み入れる場所が、バターワースにある交通の要所「ペナン・セントラル」です。ここはフェリーターミナル、バスターミナル、そしてマレー鉄道(KTM)の駅が一体となった巨大な複合交通施設で、近代的な建物はまるで未来の宇宙船を思わせるデザインです。
内部に足を踏み入れると、その規模の大きさと機能性に息を呑みます。広々とした空間には、各方面へ向かうバスのプラットホームが整然と配され、電光掲示板には目的地と出発時刻がデジタル表示されています。利用者たちは迷うことなく目的のバスや列車へと向かい、この効率的に設計された空間が、まさにテクノロジーによって都市の交通機能が支えられていることを感じさせます。
しかし、近代的なターミナルの外に一歩出ると、風景はがらりと変わります。古くからの商店が軒を連ね、日差しを避けるために歩道にまで商品を並べた活気あふれるアジアの街並みが広がっています。最新の交通拠点のすぐ隣に、まるで時が止まったかのような地元の市場が共存している。この新旧の対比こそが、バターワースという街の魅力であり、私がシャッターを押したくなる瞬間でもあります。
ペナン・セントラルは単なる乗り換えの場ではありません。ここにはタイへ向かう長距離列車を待つバックパッカーや、近隣の町へ買い物に出かける家族、そして私たちのような旅行者が行き交い、さまざまな人生のドラマが生まれています。カフェで一息つきながら行き交う人々を見ているだけで、この街がマレー半島における重要な交通の結節点であることが肌で感じられます。ジョージタウンが観光客にとっての「目的地」である一方で、バターワースは人々の暮らしが流れる「通過点」であり「出発点」。だからこそ、ここには飾らない、リアルなマレーシアの空気が満ちているのです。
時が止まったかのような街角、バターワース・オールドタウンの魅力

ペナン・セントラルの現代的な賑わいから少し離れて線路沿いを歩くと、バターワースのもうひとつの顔と言われるオールドタウンのエリアにたどり着きます。ジョージタウンのように観光客向けに改装された建物や華やかなウォールアートはほとんど見られません。ここに広がるのは、年月を重ねて自然に色あせ、ところどころペンキが剥がれ落ちた、ありのままのショップハウス(住居兼店舗)ばかりです。
一見すると、ただ古びた街並みのように感じられるかもしれません。しかし、写真家の視点で見ると、この「手つかず」の状態こそが被写体としての最上の魅力を放っています。朽ちかけた木製の窓枠、錆びついた鉄の格子、そして何代にもわたり使われてきたと思われる古い看板。その一つひとつが、この街の歩んできた歴史を静かに語りかけています。ファインダーを通してこれらの風景を捉えていると、まるでこの街が持つ記憶の一部に触れているような気持ちにさせられます。
通りを歩くと、昔ながらの金物屋や漢方薬局、そして地元の人々が憩う「コピティアム」(伝統的な喫茶店)がいまも営業を続けています。コピティアムから漂う甘く香ばしいコピ(コーヒー)の香り。店の前で談笑する老人たちの穏やかな表情。そこには観光客向けの演出はなく、ただ淡々と、しかし確かな日常が受け継がれている光景が広がっています。
ジョージタウンでは、歴史的建築の多くがブティックホテルやお洒落なカフェへと変わっています。それもまた素敵な活用の仕方ですが、バターワースのオールドタウンでは、建物が本来の役割を保ちつつ今も人々の暮らしの場として使われていることに大きな価値を感じます。まるで生きた博物館のように。この街の片隅に流れる穏やかな時間は、「豊かさ」とは何かを静かに問いかけているかのようです。派手さはありませんが、心にしみ入る魅力がバターワースの古い街並みには確かにありました。
胃袋で感じるバターワースの真髄、ローカルフード探訪
バターワースの真の魅力を味わうには、その地の食文化に触れるのが最も確実な方法です。ジョージタウンにも美味しいグルメが数多くありますが、バターワースの食は地元の人々の暮らしと密接に結びつき、飾り気のない素朴さと驚くほどの奥深さを持っています。観光客向けに調整された価格や味付けではなく、毎日食べても飽きない、地元に根付いた本物の味がここには息づいています。
朝食の定番、ラジャ・ウダ地区の「アヒル卵チャー・クウェイティオ」
バターワースの食を語る上で、絶対に欠かせないのがラジャ・ウダ(Raja Uda)地区です。ここは食の宝庫で、中でも特に有名なのが「Duck Egg Char Koay Teow」、アヒル卵を使ったチャー・クウェイティオです。チャー・クウェイティオとは、米の平麺“クイティオ”をエビやモヤシ、ニラとともにダークソイソースで炒めた、マレーシアを代表する麺料理。通常は鶏卵を使いますが、ここではコクが深く濃厚な味わいのアヒル卵を使用しているのが特徴です。
私が訪れたのは、地元で圧倒的な支持を誇る屋台。まだ午前中にもかかわらず行列ができており、期待感が高まります。店主が中華鍋を手際よく振るうリズミカルな音と、立ち上る香ばしい醤油の香りが食欲をそそります。ついに口にした一皿はまさに絶品で、アヒル卵が麺の一筋一筋に絡みついて、驚くほどクリーミーで濃厚な味わいを作り出しています。プリプリのエビ、シャキシャキとしたモヤシ、そして隠し味の豚脂を揚げたパリパリの「ラードかす」が、食感と風味に深みを加えていました。鶏卵を使ったジョージタウンの有名店のものよりも、はるかに力強く、印象的な味わいです。まさにわざわざ海を渡ってでも味わう価値のある一皿と言えるでしょう。
| スポット名 | Ah Kok Duck Egg Char Koay Teow(例) |
|---|---|
| 住所 | Jalan Raja Uda, Taman Aman, 12300 Butterworth, Pulau Pinang, Malaysia(ラジャ・ウダ地区の屋台村内) |
| 特徴 | アヒル卵を使った濃厚でクリーミーなチャー・クウェイティオが名物。常に地元民の列が絶えない。 |
| 注意事項 | 営業時間が不定なこともあるため、事前の確認がおすすめ。現金払いが基本。 |
地元で愛される福建麺(ホッケンミー)の名店
次に紹介したいのは、マレーシア風のエビそば「福建麺(ホッケンミー)」です。豚骨とエビの頭や殻を長時間煮込んで作るコクのあるスープが特徴で、一度食べると忘れられない癖になる味わいです。
バターワースには数多くのホッケンミーの名店がありますが、私が訪れたのは住宅街にひっそりと佇む「Restoran Taman Srie Jaya」。まさに地元の人々で賑わうローカル食堂といった趣があり、観光客の姿はほとんど見かけません。注文した福建麺が届くと、まず鮮烈なエビの香りに驚かされます。スープをひと口すすると、エビの旨味と甘みが口内いっぱいに広がり、その後から豚骨の深いコクが追いかけてきます。見た目ほど辛くはなく、むしろ味わいは複雑で濃厚です。黄色い中華麺と白いビーフン、二種類の麺がスープに良く絡みます。具材は茹で豚、エビ、ゆで卵、そして揚げた小玉ねぎが一皿の中で絶妙なバランスを奏でていました。
テーブルに置かれた特製のサンバル(チリペースト)を少量加えると、味にキレが生まれ、また異なる味わいを楽しめます。汗をかきながら夢中で麺をすすると、周囲には家族連れや仕事仲間らしきグループが、同じようにホッケンミーを囲んで談笑している風景が広がっています。これこそがバターワースの日常風景であり、この一杯にはこの街の人々の生活がしみ込んでいるように感じました。
| スポット名 | Restoran Taman Srie Jaya(例) |
|---|---|
| 住所 | 6, Lorong Ceri 6, Taman Aman, 12300 Butterworth, Pulau Pinang, Malaysia |
| 特徴 | 濃厚なエビ出汁が魅力の福建麺(ホッケンミー)が有名。常に地元客で賑わう名店。 |
| 注意事項 | 昼時は非常に混雑するため、少し時間をずらして訪問することを推奨。相席になることも多い。 |
隠れた名物?バターワースの夜のスチームボート(火鍋)
バターワースの夜の定番は、家族や仲間と囲むスチームボート(マレーシア風火鍋)です。意外と知られていませんが、この街は美味しいスチームボートの激戦区でもあります。特にアポロ・マーケット周辺には数多くの専門店が軒を連ねています。
私が選んだ店は、新鮮なシーフードが自慢の庶民的なレストラン。店外のテーブルにも客が座り、地元の熱気が満ちあふれていました。スープはあっさりとした鶏ガラスープか、スパイシーなトムヤムスープの2種類から選べます。テーブルに運ばれてきた具材の盛り合わせを目にすると、その鮮度とボリュームに圧倒されます。地元近海でとれたと思われるエビや魚、貝類のほか、手作りの肉団子や魚のすり身、そしてたっぷりの野菜がずらり。これらを火鍋に自分たちのペースで投入し、煮えた素材を取り出して好みのタレで味わいます。
タレはニンニクのみじん切り、唐辛子、ライム、醤油、チリソースなどを自分で調合するスタイル。このタレ作り自体もスチームボートの楽しみのひとつです。仲間と「この組み合わせが美味しいね」と話しながら鍋を囲む時間は、単なる食事以上のコミュニケーションの場となります。一日の出来事を語らい、笑いが広がるその空間は、観光客向けの店では味わえない温かな一体感。こうした体験が、旅の最高の思い出となりました。
バターワースに息づく食文化のひとコマ
このような食体験を通じて見えてくるのは、バターワースの食文化がいかに人々の暮らしと密接に結びついているかということです。一皿ごとに奇抜な工夫はありませんが、素材の良さを最大限に活かそうという手間と愛情が惜しみなく注がれています。何よりも、手ごろな価格で毎日でも食べられる“日常の味”として大切に守られているのです。マレー系、中華系、インド系の食文化が混ざり合うマレーシアの多様性が、この街では特別なものではなく、ごく自然な日常の一部として、人々の胃袋と心を満たし続けているのです。
信仰と日常が交差する場所

マレーシアは多民族国家であり、多様な宗教が共存する国です。バターワースの街を歩くと、その文化の多彩さを象徴するような壮麗な宗教建築といくつも出会えます。これらの建造物は観光名所としてだけでなく、現在も地域の人々にとって心の支えとなり、日常に深く根付いています。
九皇爺廟(Tow Boo Kong Temple)の荘厳な静けさ
バターワースで特に印象的な宗教施設の一つに、この九皇爺廟があります。ラジャ・ウダ通りのメインストリートから少し入った場所にあり、その華やかな外観は遠くからでもひときわ目を引きます。道教の寺院で、とくに毎年旧暦9月に開催される「九皇爺祭」の期間中は、多くの信者で賑わいます。
私が訪れたのは平日の午後で、祭事の時期ではなかったため、境内は驚くほど静かで、厳かな雰囲気に包まれていました。まず圧倒されるのは、その壮麗な建築様式です。巨大な山門をくぐると、精巧な彫刻が施された屋根や、天に向かって巻き付く龍の彫刻が華やかな巨大な石柱が目に飛び込んできます。鮮烈な色彩と細部にわたる繊細な造りはまさに芸術品で、つい時間を忘れて見惚れてしまいます。
本堂に足を踏み入れると、線香の煙が静かに漂い、心が浄化されるような感覚に包まれます。熱心に祈りを捧げる地元の人々の姿がちらほら見え、彼らにとってここは特別な日の参拝地ではなく、日常的に心を落ち着けて祈る大切な場所なのだと感じられました。ジョージタウンの人気寺院のように観光客で混雑していないため、この場所本来の神聖さを肌で感じられるのです。建築美と信仰の息づく空気を静かに味わうことは、とてもスピリチュアルな体験でした。
| スポット名 | 北海斗母宮 (Tow Boo Kong Temple Butterworth) |
|---|---|
| 住所 | Jalan Raja Uda, 12300 Butterworth, Pulau Pinang, Malaysia |
| 特徴 | 壮大かつ豪華絢爛な道教寺院。龍の彫刻が施された巨大な石柱が圧巻。 |
| 注意事項 | 宗教施設のため、訪問時は肌の露出を控えた服装で。境内では静粛に行動し、祈る人々に迷惑をかけないよう配慮が必要。 |
スリ・マハ・マリアマン・デヴァスタナム寺院の鮮やかな彩り
バターワースの街中を歩いていると、ふと目を奪われる極彩色の建物に出会うことがあります。それが南インド様式のヒンドゥー教寺院、スリ・マハ・マリアマン・デヴァスタナム寺院です。外観だけでも強烈な印象を放つこの寺院は、まさに異彩を放っています。
屋根やゴープラム(門塔)にはヒンドゥー教の神々や聖獣の彫像がびっしりと配され、それぞれが緻密な造形と鮮やかな彩色で飾られています。青い肌の神、多腕の女神、猿の神ハヌマーンなど、まるで神話の世界を目の前に見ているような感覚に捉えられます。
裸足で境内に入ると、インド音楽が静かに流れ、独特の香りに包まれます。サリーを纏った女性や額に印をつけた男性が静かに祈る様子から、信仰が人々の暮らしに深く根付いていることが伝わってきます。バターワースのインド系コミュニティの中心的な存在であり、文化と信仰を次の世代へと伝えていく大切な場です。専門的な宗教知識がなくとも、その建築美や祈りの光景は訪れる者の胸に強く刻まれるでしょう。
| スポット名 | Sri Maha Mariamman Devasthanam Temple |
|---|---|
| 住所 | Jalan Jeti Lama, 12000 Butterworth, Pulau Pinang, Malaysia |
| 特徴 | 色彩豊かな神々の彫像が隙間なく飾られた南インド様式のヒンドゥー教寺院。バターワースのインド系社会の中心。 |
| 注意事項 | 境内に入る際は靴を脱ぐ。特に女性は肩や膝を覆う服装が望ましい。寺院内での写真撮影は事前に許可を得てから行うマナーを守ること。 |
自然とアートが融合する新スポット、Bagan Ajamの砂浜
バターワースは、単なる工業地帯や古い街並みだけの街ではありません。近年、この地にも新たな息吹が吹き込まれています。その象徴的なスポットが、北部に位置するバガン・アジャム(Bagan Ajam)のビーチです。地元では「Pantai Bersih(清潔なビーチ)」という愛称でも親しまれており、多くの人々にとって大切な憩いの場となっています。
この場所の魅力は、何といっても開放感あふれる景観と見事な夕日の光景です。向こう岸にペナン島のシルエットを望みながら、太陽がゆっくりと水平線へと沈んでいく光景は、思わず息を呑むほどの美しさ。オレンジ色に染まる空と海を背景にして、そこで集う人々の姿が並びます。家族連れが砂浜で遊び、カップルが語り合い、友人たちが笑顔を交わす。そんな穏やかで温かな時間がゆっくりと流れているのです。
さらに近年、このビーチ沿いには遊歩道が整備され、個性的なアートインスタレーションも設置されるようになりました。例えば、色鮮やかなコンテナを積み上げたような展望台や、幾何学模様を描くオブジェなどがその代表例です。これらは、無骨で工業的なイメージが強いバターワースの印象を刷新し、新しい魅力を打ち出そうとする試みとして捉えられます。自然風景の中に現代的なアートやデザインが溶け込むことで、そこに新しい価値が生まれているのです。
テクノロジーやアートがどのようにして人々の生活を豊かにするのか。このバガン・アジャムの挑戦は、その一つの答えを示しているように感じられます。夕暮れ時に海風に吹かれながら遊歩道を散策するのは、何物にも代えがたい贅沢です。屋台で買った軽食を片手に、刻々と変わる空の色を眺める。ジョージタウンのビーチとはまた違う、地元ならではの温もりがここには確かにあります。古き良きものを大切に守りつつ、新しいものを受け入れて進化していく。バターワースの未来への可能性を感じさせてくれる、希望に満ちた場所と言えるでしょう。
バターワースという「未来への序章」

ペナン海峡を挟んでジョージタウンと向かい合う街、バターワース。この旅を終えた今感じるのは、もしジョージタウンが美しく編まれた一冊の「歴史書」なら、バターワースはまだ書き進められている途中で、無限の可能性を秘めた「未来への序章」のような場所だということです。
世界遺産の街が持つ洗練された魅力とは対照的に、バターワースには荒削りで生活感あふれる、ありのままの活気が満ちています。近代的な交通拠点と古びた商店街、荘厳な寺院と賑やかな市場、そして力強く稼働する工業地帯。一見すると関連性の薄いこれらの要素が共存し、独特の都市風景を創り出しています。この一見したカオスとも言える多様性こそが、バターワースの核心的な魅力なのかもしれません。
観光地化されていないからこそ、ここでは私たちは「客」ではなく、街の日常に溶け込む「観察者」になることが可能です。地元の人々と同じ食堂で汗を流しながら麺をすするとともに、彼らの祈りの場にも静かに立ち入らせてもらう。その体験は、有名な観光スポットを巡るよりもずっと深く、その土地の魂に触れる機会を与えてくれます。
工学部出身の私の目には、この街の姿が都市の発展と人々の生活がどのように結びついているのかを示す、興味深いドキュメンタリーのように映りました。ペナン・セントラルのような最新のインフラがもたらす効率性と、オールドタウンに残る人間味あふれる温かさ。その両方が、これからの都市が目指すべき未来のヒントを提示してくれているように感じられます。
もしあなたが、華やかな観光地の喧騒に少し疲れてしまったのなら。もしあなたが、ガイドブックには載らない、その土地の真の暮らしをのぞいてみたいと願うのなら。ぜひ一度フェリーに乗って海峡を渡り、バターワースの地を訪れてみてください。そこには派手さはないものの、心にじんわりと染み渡るような、誠実で力強いマレーシアの姿がきっとあなたを待っています。

