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    トルコ・ゲレデの大地が育む恵み:ハラールからヴィーガンまで、心満たす食の巡礼

    世界中の道を駆け巡る中で、私が旅の拠点を選ぶ基準は、いつだってトレーニングに適した環境があるかどうか。次なる挑戦、アナトリア高原でのウルトラマラソンを前に、私は高地順応の地としてトルコ中北部の町、ゲレデに降り立ちました。標高約1300メートル。澄んだ空気と、どこまでも続くかのような松林。正直に言えば、最初はただひたすら走り込み、身体をこの地の酸素濃度に慣らすことだけが目的でした。しかし、このゲレデという土地は、私のランナーとしての身体だけでなく、魂までをも深く満たしてくれる、想像を絶する食の聖地だったのです。派手な観光名所があるわけではありません。しかし、大地と真摯に向き合う人々が育んできた食文化は、ハラールという厳格な規律の中にありながら、驚くほど多様で、ヴィーガンのような選択肢にも自然と開かれていました。それは、生命の源そのものをいただくような、敬虔で、そして力強い食の体験。今回は、アスリートの視点から、このゲリデの地で出会った、心と体を芯から満たす食の巡礼の記録をお届けします。

    ゲレデでの食の旅を終え、次は黒海とアナトリアの静寂が交わる地、シランを訪れてみたいと強く思いました。

    目次

    なぜゲレデなのか?緑深きアナトリアの隠れた食の宝庫

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    ゲレデは、トルコの首都アンカラと黒海沿岸の都市を結ぶ、歴史的に重要な交通の要所に位置しています。しかし、多くの旅人が素通りしてしまうこの町に、なぜ私がこれほど強く惹かれたのか。それは、この地が持つ独特の地理的特徴と豊かな歴史に根ざしているからです。

    町の周辺は広大な森林に囲まれており、特に松林が名高いです。この豊かな自然環境は、ゲレデの食文化に計り知れない恩恵を与えてきました。新鮮な空気や清らかな水だけでなく、森は良質なキノコやハーブ、そして蜂蜜の原料となる多彩な花々を育んでいます。朝霧のなか、この松林を走るトレーニングは、私の肺を浄化し、精神を研ぎ澄ます貴重な時間でした。足元の土の香りや樹木の芳香、そのすべてがこの土地の食材の味わいに直結していることを直感的に理解できたのです。

    さらに、ゲレデはかつて皮なめし産業で栄えた町でもあります。この伝統的な産業は良質な家畜の飼育と密接に結びついており、その結果として肉文化が発展しました。ここで味わえる肉料理は単なる食事以上のもので、厳しい自然環境を生き抜く知恵と命への感謝が込められています。ハラールの教えに則った丁寧な処理により、雑味のない純粋な旨味が引き出されています。高地でのトレーニングで酷使した筋肉の回復には、質の良いタンパク質が欠かせません。ゲレデの肉料理は、まさに私の身体が求める理想的な栄養源だったのです。

    しかし、ゲレデの食の魅力はそれだけにとどまりません。厳しい冬を乗り越えるために、住民たちは豆類や穀物、乾燥野菜を巧みに利用した保存食文化も育んできました。これらの素朴な料理は、動物性の食材を使わなくても、驚くほど深みがあり滋味豊かな味わいを生み出します。それは、大地から直接エネルギーを受け取るような、ヴィーガンやベジタリアンの方々にも響く普遍的な食の喜びと言えるでしょう。ハラールとヴィーガン、一見相反するように見える食のスタイルが、このゲレデという場所では自然に融合し合い、互いに豊かな価値を育んでいます。その懐の深さこそが、この町を真の「食の宝庫」として際立たせているのです。

    ハラールの真髄に触れる – ゲレデ伝統の肉料理

    ランナーにとって、食事はトレーニングと同じくらい重要な要素です。特に高地での過酷なトレーニング期間中は、筋肉の分解を防ぎ、効率的に身体を再生するための質の高いタンパク質が欠かせません。ゲレデで出会ったハラールに基づく肉料理は、まさにそのニーズを完璧に満たしてくれました。それは単なる宗教的な食の規則に従ったものではなく、生命への敬意と素材を最高の状態で味わうための知恵が詰まった、究極のコンディショニングフードとも言える体験でした。

    祝祭の味わい、魂を揺り動かす「ケシュケキ」

    ゲレデの食文化を語るうえで絶対に欠かせないのが「ケシュケキ」です。これは麦と肉をじっくり長時間煮込んで作る、粥のような伝統料理です。特に結婚式やお祭りなど、多くの人が集まる晴れの場で振る舞われる、いわばゲレデのソウルフードといえる一品です。

    ロカンタ(大衆食堂)で初めてケシュケキを注文した際、その素朴な見た目に正直あまり期待はしていませんでした。しかし、スプーンを口に運んだ瞬間、その印象は一変しました。長時間煮込まれることでほぐれた繊維と、一体化した麦と羊肉の濃厚な旨味。バターの香ばしい香り、そして滑らかさの中に心地よく残る麦の粒感。これらが織りなす食感は、体の隅々までじんわり染み渡るような、深く優しい味わいでした。

    店主によると、伝統的なケシュケキの調理は村の男性たちが大きな釜の周りに集まり、巨大な木べらで何時間、時には一晩中にわたり根気強くかき混ぜ続けるという共同作業だそうです。その過程で肉と麦が完全に融合し、それぞれの素材の枠を超えた一つの調和のとれた味へと昇華してゆきます。この話を聞いて、私はケシュケキの美味しさの秘密が単なるレシピだけでなく、人々の絆や共同体の力によって生み出されていることを理解しました。

    アスリートの視点からも、ケシュケキは非常に優れた食事です。消化吸収しやすい形でタンパク質と炭水化物を同時に摂れるため、トレーニング後のエネルギー補給や筋肉の修復に最適です。さらに、長時間煮込むことで食材の栄養素が余すところなくスープに溶け出し、体を芯から温めて疲労回復を促してくれます。ゲレデ滞在中、私は何度もケシュケキを味わいましたが、そのたびに内側から活力が蘇るのを実感しました。

    土鍋で紡がれる旨味の凝縮「ギュヴェチ」

    ケシュケキが祝祭の料理なら、「ギュヴェチ」は日常の食卓を豊かに彩る家庭の味でしょう。ギュヴェチとは、一つは素焼きの土鍋そのものを指し、またその鍋で調理される煮込み料理全般を意味します。

    ゲレデで作られるギュヴェチは、牛肉や羊肉をトマト、ナス、ピーマン、玉ねぎなど豊富な野菜と共に土鍋に入れ、石窯やオーブンでじっくりと時間をかけて火を通すのが特徴です。蓋が閉じられた土鍋の中で、食材は自らの水分によって蒸し煮となり、それぞれの旨味が凝縮されていきます。肉は驚くほど柔らかく、野菜は形を保ちつつも旨味のスープをたっぷり吸い込み、とろけるような食感に変わります。素材の持ち味を最大限に引き出す、非常にシンプルで合理的な調理法です。

    私が特に感銘を受けたのは、ギュヴェチに使われる野菜の力強い味わいです。アナトリア高原の厳しい気候で育った野菜は濃厚で生命力に満ちあふれています。それらの野菜と、ハラールにのっとって処理された質の良い肉が一体となったギュヴェチは、大地の恵みを丸ごと味わう贅沢な一皿です。トレーニングで失われたビタミンやミネラルを補うのにもこれほど適した料理はありません。熱々のギュヴェチを石窯焼きの香ばしいパン「エキメッキ」に浸して食べるひとときは、ゲレデ滞在中の私にとって最高のごちそうであり、明日への活力をチャージする儀式のようでした。

    ゲレデで伝統の肉料理を楽しむなら

    ゲレデには、これらの伝統的な肉料理を味わえる素敵なロカンタが多く存在しています。私が滞在中に足繁く通ったお店をいくつかご紹介します。

    店名(仮名)おすすめメニュー特徴
    Gerede Sofrasıケシュケキ、ギュヴェチ町の中心に位置し、地元の人々でいつも賑わう名店。伝統的な家庭料理をリーズナブルに味わえます。ケシュケキは週末限定提供が多いので要確認。
    Bolu Dağı Et Lokantası串焼きケバブ各種新鮮な肉を使った多彩なケバブが楽しめる専門店。炭火でじっくり焼かれた肉の香ばしいうまみは格別で、ランナー仲間との打ち上げにもぴったり。
    Tarihi Esnaf Lokantası日替わりの煮込み料理市場近くにある、まさに「職人の食堂」といった趣のお店。日替わりでその日の最良の食材を使った煮込み料理が楽しめます。

    大地の恵みをそのままに – 心と体を満たすヴィーガン・ベジタリアンの選択肢

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    肉料理の素晴らしさについて熱く語りましたが、ゲレデの食の魅力はそれだけに留まりません。むしろ、この地域の食文化の本当の豊かさは、動物性食材を使わない料理の中にこそ見出せるのかもしれません。厳しい自然環境を乗り越える知恵から生まれた、シンプルながら栄養価に優れた植物性料理は、私の身体を内側から浄化し、コンディションを整えるうえで大いに役立ちました。それは、デトックスやマインドフルネスを求める旅人にも、きっと心に響く食体験となることでしょう。

    森のささやき、滋味あふれるキノコ料理の数々

    ゲレデの町を取り囲む広大な松林は、まさに天然の食料庫です。特に秋になると、さまざまな種類のキノコがひょっこりと姿を現します。地元の人々は、どのキノコが食べられるのか、またどのように調理すると一番美味しいかをしっかり把握しています。私がゲレデに滞在したのは初秋の頃。早朝のランニングで森に入ると、露に濡れたキノコを探す人々とすれ違うことも珍しくありませんでした。

    市場(パザル)には、採れたての色とりどりのキノコがずらりと並び、その光景は圧巻です。なかでも私のお気に入りは、「カンルジャ・マンタル」と呼ばれる傘の裏が鮮やかなオレンジ色のキノコ。これをオリーブオイルとニンニクでシンプルにソテーした料理は、言葉を失うほどの美味しさでした。噛むたびに広がる森の土の香りと濃厚な旨味、そしてプリプリとした力強い食感。まるで自然のエネルギーを直接身体に取り入れているかのような感覚を味わいました。

    キノコは低カロリーながらビタミンDや食物繊維、ミネラルを豊富に含み、免疫力を高める効果も期待できる優秀な食材です。ロカンタではキノコのソテーのほか、クリーミーなキノコスープやトルコ風ピザ「ピデ」の具材としても活躍しています。肉を使わずとも、これほど満足感のある料理が作れるのかと、新たな発見でした。ヴィーガンやアスリートにとっても、この豊富なキノコ料理のバリエーションは、ゲレデ滞在をより充実させることでしょう。

    素朴で力強い味わい、豆と野菜のハーモニー

    トルコ料理の基盤となっているのは、豆類、穀物、そして新鮮な野菜です。ゲレデにおいても、これらの食材を使った素朴で栄養豊かな料理が日々の食卓には欠かせません。

    どの食堂に入っても必ず見かけるのが、「メルジメッキ・チョルバス(レンズ豆のスープ)」です。赤いレンズ豆をベースに、玉ねぎや人参、ジャガイモなどを加えて煮込み、ミキサーで滑らかにしたポタージュ状のスープ。仕上げに溶かしバターと乾燥ミント、唐辛子フレークを混ぜたソースをジュッとかけていただきます。この一杯に、身体が必要とする栄養素がぎゅっと詰まっています。特にトレーニングで汗をかいた後に飲む温かなメルジメッキ・チョルバスは、失われた塩分や水分を補い、疲れた胃腸を優しく労わってくれました。

    また、主食としてパン(エキメッキ)とともによく食べられているのが、「ブルグル・ピラウ(挽き割り小麦のピラフ)」です。ブルグルとはデュラム小麦を蒸して乾燥させ、粗挽きにしたもので、白米に比べて食物繊維やビタミン、ミネラルが豊かです。トマトやピーマンと一緒に炊いたブルグル・ピラウは、プチプチとした食感が楽しく、噛むほどに小麦本来の甘みが口いっぱいに広がります。そのままでも美味しいですし、野菜の煮込み料理の付け合わせにもよく合います。

    そして忘れてはならないのが、新鮮な野菜の味を活かしたサラダです。特に「チョバン・サラタス(羊飼いのサラダ)」は、トルコの食卓の定番。角切りにしたトマト、きゅうり、玉ねぎ、ピーマンを上質なオリーブオイルとレモン汁、塩で和えただけのシンプルなサラダですが、野菜の味が濃いため、まさに贅沢な一品となります。太陽の光をたっぷり浴びて育った野菜の力強さが、身体中の細胞を元気にしてくれるように感じました。

    週に一度の楽しみ、「パザル」で旬の恵みと出会う

    ゲレデの食の豊かさを最も実感できるのが、週に一度開かれる「パザル(青空市場)」です。町の広場には近隣の村々から農家の人々が自慢の産物を持ち寄り、色鮮やかな野菜や果物が山積みになり、スパイスの香りが漂い、人々で賑わっています。

    私はこのパザルの雰囲気が大好きで、滞在中はほぼ毎週訪れました。スーパーマーケットでは味わえない売り手との直接のやり取りもパザルの醍醐味です。「このトマトは今朝採れたばかりだよ」「このハーブはスープに入れると絶品さ」など、会話を楽しみながら食材を選ぶ時間は、私にとって瞑想のような貴重なひとときでした。

    ここで手に入る食材はどれも新鮮で生命力に溢れています。艶やかに輝くナス、ずっしり重いカボチャ、甘い香りのイチジク、そして多彩な種類の豆やナッツ、オリーブ。ヴィーガンやベジタリアンはもちろん、自炊をする旅人にとっても、パザルはまさに楽園のような場所です。私もここで買った野菜やキノコを使い、滞在先のアパートでシンプルなスープやソテーを楽しみました。味付けは塩とオリーブオイルだけで十分。素材の旨味が最大限に引き出されて、本当に美味しいのです。ゲレデを訪れる際は、ぜひパザルの開催日をチェックして、その活気と恵みを肌で感じてみてください。

    ゲレデの食を支える職人たちとの出会い

    料理そのものの魅力はもちろんのこと、ゲレデでの食の体験をより深いものにしてくれたのは、食材を育てる人々、いわゆる「職人」たちとの出会いでした。彼らは祖先から受け継いできた知識と技術を大切に守りつつ、ゲレデの厳しい自然環境と向き合い、そこでしか得られない貴重な恵みを引き出しています。彼らの仕事に触れることで、私たちが普段口にしている食材に、どれほどの手間と愛情が注がれているのかを改めて知ることができました。

    高原の花々が織りなす奇跡、一匙の蜂蜜に秘められた物語

    ゲレデの高原地帯は、多種多様な高山植物が自生しており、蜂蜜の名産地として知られています。トレーニング中に山道を走っていると、ところどころに蜂の巣箱を見かけることがありました。興味を持った私は地元の方の紹介で、小規模な養蜂家を訪れる機会に恵まれました。

    出迎えてくれたのは、日焼けした顔に深い皺を刻んだベキルさんという年配の男性でした。彼は祖父の代からこの地で養蜂を営んでいるそうです。彼が誇らしげに見せてくれたのは、琥珀色に輝き、非常に粘り気のある蜂蜜でした。「これは百花蜜だ」とベキルさんは語ります。春から夏にかけて、彼の蜂たちは標高1500メートルを超える高原を飛び回り、タイムやオレガノ、リンドウなどさまざまな野生の花々から蜜を集めているとのことです。

    スプーンにすくったその蜂蜜を口に含むと、最初に花の香りが一気に鼻腔を駆け抜け、続いて複雑で奥深い甘みが広がりました。それは私がこれまで味わってきた蜂蜜とはまったく異なる存在で、単なる甘味料に留まらず、まるでゲレデの自然そのものを濃縮したエッセンスのようでした。ベキルさんは、「この蜂蜜は薬にもなるんだ」と教えてくれました。喉の痛みや咳を和らげ、滋養強壮にも役立つといいます。

    アスリートにとって蜂蜜は即効性のエネルギー源として重宝されます。私も長距離走の際はエネルギー補給に蜂蜜を摂ることがありますが、ベキルさんの蜂蜜は単なるエネルギー補給を超え、身体だけでなく精神面にも活力をもたらしてくれました。トレーニングで疲れた体に一匙の蜂蜜を摂ると、その優しい甘さが細胞の隅々まで沁みわたり、心が穏やかになっていくのを実感できました。これはまさにゲレデの自然と、ベキルさんのような真摯な職人の仕事が生んだ奇跡の産物といえるでしょう。

    遊牧民の知恵を受け継ぐ、濃厚なチーズの世界

    トルコは世界有数のチーズ生産国であり、その伝統は中央アジアからアナトリア高原へと移動してきた遊牧民たちの保存食の知恵に根ざしています。ゲレデ周辺の山岳地帯でも、この伝統が今に受け継がれ、盛んにチーズ作りが行われています。

    パザルや専門店(シャルキュテリ)の店頭には多彩な種類のチーズが並びます。羊の乳から作られる塩味の強い「ベヤズ・ペイニル(白チーズ)」は、トルコの朝食には欠かせない存在です。サラダに加えたりパンに挟んだりと、その使い方は無限大です。また、カード状にした乳を熱湯の中で練り上げて作る「テル・ペイニル(糸状チーズ)」は、独特の食感が楽しく、おやつとしても最適です。

    私が特に惹かれたのは「ケシュ」と呼ばれる硬質の乾燥チーズです。これはヨーグルトから乳清(ホエイ)を取り除いた固形分を乾燥させたもので、非常に硬く長期間の保存が可能です。見た目は石鹸に似ていますが、すりおろしてパスタやスープにかけると、驚くほど濃厚で深いコクと風味が加わります。移動しながら貴重なタンパク源として携帯していた遊牧民たちの知恵が感じられるまさに「食べる知恵」の結晶です。

    これらのチーズは、高地トレーニングで大量のカルシウムとタンパク質を必要とする私の身体にとって、理想的な栄養補助食品でした。特に発酵食品であるチーズやヨーグルトは腸内環境を整える効果も期待でき、慣れない土地でのトレーニングによる消化器の負担を軽減してくれました。ゲレデでの生活では、乳製品に助けられ、常に快適なお腹の調子を保つことができたように感じます。

    ランナーズ・アイで見るゲレデ – 食とコンディショニング

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    旅先でもトレーニングを欠かさない私にとって、その土地の食事が自分の身体に与える影響は、常に最も注目すべきポイントです。標高約1300メートルに位置するゲレデの環境は、心肺機能に負荷をかける高地トレーニングに適している一方で、間違いがあれば体調不良に陥るリスクもある、まさに両刃の剣といえます。そんな厳しい環境を乗り越えるなかで、ゲレデの食文化がどれほど力強い味方となったかを、ここでは一ランナーの視点から、食事とコンディショニングの工夫についてお伝えします。

    高地適応を支えた、鉄分と炭水化物の理想的なバランス

    高地に身を置くと、身体は酸素不足への適応として赤血球を増やそうと働きます。この際、赤血球の生成に欠かせないのが鉄分です。鉄分が不足すると、高山病のような症状、すなわち頭痛や倦怠感、息切れなどが現れやすくなります。

    そこで頼りになったのが、ゲレデの伝統的な肉料理でした。特に、イスラム教のハラールの規定に則り丁寧に血抜きされた赤身の羊肉や牛肉は、吸収率の高いヘム鉄をたっぷり含んでいます。ケシュケキやギュヴェチといった煮込み料理は消化にも優しく、効率的に鉄を補給できました。激しいトレーニングで鉄分を消耗しがちなランナーにとって、この点は非常に重要な要素となりました。

    さらに、高地では基礎代謝が促進され、エネルギー消費も増加するため、良質な炭水化物をしっかりと摂り、エネルギー切れ(ハンガーノック)を防ぐことが求められました。ここで切り札となったのが、トルコの食生活の要であるパン「エキメッキ」と挽き割り小麦「ブルグル」です。

    ゲレデのパン屋が石窯で焼き上げる、外はカリッと、中はもちもちした食感のエキメッキは、それだけで格別の美味しさでした。私は毎朝、エキメッキにチーズ、オリーブ、トマトを添えて食べるのが習慣となりました。また、ブルグル・ピラウは白米よりGI値が低いため血糖値の急激な上昇を抑え、持続的なエネルギー供給が可能です。まさに長距離ランナーにとって理想の炭水化物源と言えるでしょう。肉料理で鉄分とタンパク質を、パンとブルグルで炭水化物を摂るという黄金比が、私の高地順応とトレーニングの質を大幅に高めてくれたのです。

    身体を癒すハーブの恵みと、究極のリカバリードリンク

    トレーニングと同じくらい大切なのが、トレーニング後の回復です。酷使した筋肉を修復し、次のトレーニングに備える。そのためのリカバリーを支えてくれたのが、ゲレデの豊かな自然が育んだハーブティーや伝統飲料でした。

    トルコでは、紅茶(チャイ)とともに様々なハーブティーが日常的に楽しまれています。ゲレデのカフェや家で特に親しまれていたのが、「イフラムル(リンデンティー)」です。菩提樹の花を乾燥させて作るこのお茶は、穏やかな花の香りが特徴で、鎮静効果や発汗作用があるとされています。トレーニング後の興奮した神経を落ち着かせ、深いリラックスに導いてくれるイフラムルは、私の就寝前の嗜みとなりました。また、ビタミンCが豊富な「クシュブルヌ(ローズヒップティー)」は、その爽やかな酸味が疲労回復に寄与し、日中の水分補給にも最適でした。

    そして、トルコ全土で愛され、アスリートにとっては「究極のリカバリードリンク」とも言えるのが「アイラン」です。ヨーグルトを水で薄めて塩を加えただけのシンプルな飲み物ですが、その効果は侮れません。

    トレーニング中にかく大量の汗とともに失われる水分やナトリウムなどの電解質を、アイランは速やかに補給してくれます。さらに、ヨーグルトに含まれるタンパク質が筋肉修復を助け、乳酸菌は腸内環境の改善にも貢献します。市販のスポーツドリンクよりも自然で身体への吸収も早いのです。私はトレーニング後には必ず冷えたアイランを一杯いただいていました。その塩味と酸味が火照った身体に染み渡る感覚は、何にも代えがたいものでした。ゲレデでの厳しいトレーニングを乗り越えられたのは、間違いなくこのアイランの存在が大きかったと言えるでしょう。

    巡礼の終わりに思うこと

    アナトリア高原でのウルトラマラソンに備えて高地順応を行う場所として、当初、私にとってゲレデはその程度の認識に過ぎませんでした。しかし、そこで過ごした日々は、私のランナーとしての価値観や食に対する考え方を根底から揺さぶる、まさに「巡礼」と呼ぶにふさわしい体験となりました。

    ゲレデの食文化は、大地と深く結びついています。森のキノコや高原の花の蜜、過酷な気候で育った力強い野菜、そしてその大地で育まれた家畜の生命。人々は自然からの恵みを、ハラールという規律と感謝の心をもって大切にいただいています。そこには、都市のレストランで味わうような洗練されたグルメとは異なる、生命の源に触れるような素朴で力強い感動があります。

    ハラールとヴィーガン、この二つの食のスタイルは戒律や思想の面では異なる道を歩んでいるかもしれません。しかしゲレデで感じたのは、その根底に共通するものがあるということでした。それは生命への敬意であり、自然との共生を目指す姿勢です。肉をいただく際には定められた手順で命に感謝を捧げ、野菜や穀物をいただく際には、それらを育んだ大地や太陽に感謝を捧げる。どちらも食を通じてより大きな存在とつながろうとする、尊い精神性の表れなのではないでしょうか。

    一人のアスリートとして、この旅で私は多くのことを学びました。自分の身体の声に耳を傾け、本当に必要なものを感謝しながらいただくことの大切さです。最新の栄養学やサプリメントも重要ですが、その土地でその季節に採れたものを伝統的な調理法でいただくことほど、強力なコンディショニングはないのかもしれません。

    この旅はまだまだ続いていきます。しかし、ゲレデで得た経験はこれからの私の走りを、そして人生を、より深く豊かなものへと導いてくれると確信しています。もしあなたが日々の喧騒に少し疲れ、心と身体を真に満たす旅を求めているのなら、ぜひトルコ・ゲレデを訪れてみてください。そこにはあなたを温かく迎え入れ、生命のエネルギーで満たしてくれる忘れがたい食の体験が待っています。

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    この記事を書いた人

    世界各地のマラソン大会に出場するためだけに旅をするランナー。アスリート目線でのコンディション調整や、現地のコース攻略法を発信。旅先では常に走り込んでいるため、観光はほぼスタートとゴール地点のみに!?

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