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    雲上の別天地、マレーシア・キャメロンハイランドの幻想的な苔の森で深呼吸

    都会のコンクリートジャングルで生きていると、時折、全身の細胞が悲鳴を上げるような感覚に襲われることがあります。アスファルトの照り返し、クラクションの不協和音、淀んだ空気。そんな日常から逃げ出したくて、僕はいつだって旅の地図を広げてしまうのです。今回、僕の心のコンパスが指し示したのは、マレーシアのほぼ中央に位置する高原リゾート、キャメロンハイランド。その中でも特に、標高2,000メートルを超える雲上の世界に広がるという「苔の森(Mossy Forest)」の噂が、僕の冒険心を激しく揺さぶりました。「地球上とは思えない景色が広がっているらしいぞ」と。

    熱帯の国マレーシアにありながら、一年を通して冷涼な気候が保たれるこの場所は、まさに天空の楽園。クアラルンプールの熱気から逃れるようにして辿り着いたこの別天地で、僕は息をのむほど美しい、そして神秘的な緑の世界と出会うことになります。それはまるで、太古の地球にタイムスリップしたかのような、不思議な感動に満ちた体験でした。この記事を読み終える頃には、きっとあなたも、この幻想的な森で深呼吸をしたくなっているはずです。

    キャメロンハイランドへの旅の前後には、近郊の古都イポーで白コーヒーと点心を楽しむのもおすすめです。

    目次

    なぜ人はキャメロンハイランドを目指すのか

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    旅の始まりはいつも、移動そのものが一つの物語を紡ぎ出します。クアラルンプールの喧騒あふれるバスターミナルからバスに揺られ、約4時間の道のり。窓の外の景色は、密集した高層ビル群から緑豊かなパーム椰子のプランテーションへと変わり、やがて山岳の険しい道へと差しかかります。カーブを一つ曲がるごとに、蒸し暑い熱帯の空気が次第にひんやりとした高原の空気へと変わっていく様子を肌で実感しました。窓を開けると、土と緑の香りが満ちあふれ、思わず深く息を吸い込みたくなります。これこそ、僕が求めていた感覚なのです。

    キャメロンハイランドは、19世紀にイギリスの測量技師ウィリアム・キャメロンによって発見され、英国植民地時代に避暑地として整備された歴史があります。そのため街の随所にコロニアル様式の建築が残り、どこかヨーロッパの田舎町を思わせるゆったりとした雰囲気が漂っています。中心となる町はタナ・ラタとブリンチャンの二つ。僕が滞在拠点としたタナ・ラタは、こぢんまりとしていながらも旅行者向けの宿やレストラン、ツアー会社が並び、旅の拠点として十分な機能を備えていました。

    この高原の象徴といえば、何よりも広大な紅茶畑です。見渡す限りの丘陵地帯が手入れの行き届いた緑の絨毯に包まれ、その壮大な景色は圧倒的な美しさでした。そしてもう一つの名物がイチゴ。冷涼な気候を活かしたイチゴ農園が点在し、観光客は気軽にいちご狩りを楽しめるのです。しかし、今回僕が最も訪れたかったのは、こうした牧歌的な風景のさらに奥に広がる、雲に隠れた秘境「苔の森」でした。この森こそが、キャメロンハイランドを特別な場所にしている、最大の魅力だと直感したのです。

    冒険の始まりは、武骨な四輪駆動車と共に

    苔の森は、グヌン・ブリンチャンという山の頂上近くにあります。標高は2,032メートルで、キャメロンハイランド内でも特に繊細な自然環境が守られている場所です。そのため、個人で気軽に訪れることは推奨されておらず、物理的にもかなり困難です。山頂へ続く道は、舗装されているとは言い難い穴だらけで狭く、急な坂道が続く悪路で、一般的な乗用車ではまず登りきれません。そこで現地ツアー会社が主催する四輪駆動車(主にランドローバー)が、旅行者にとって頼もしい手段となります。

    ツアーの予約は非常に簡単でした。タナ・ラタのメインストリートを歩けば、多くのツアー会社のオフィスが目に入り、私が滞在したゲストハウスのフロントでも前日の夜に申し込みができました。料金はツアー会社や内容によって異なりますが、苔の森と紅茶畑を巡る半日ツアーで、一人あたり50〜60リンギット(日本円で約1,500〜1,800円)が一般的な相場のようです。この手軽さも旅人にとっては魅力の一つです。

    翌朝、約束の時間にゲストハウスの前で待っていると、年季の入ったディフェンダーが土ぼこりを巻き上げて到着しました。運転手兼ガイドの陽気なインド系マレーシア人、ラシッドさんが「準備はできたかい?」と笑顔で声をかけてきます。私のほかに、ドイツから来たカップルとオーストラリア人のバックパッカーが乗り込み、私たちの小さな冒険が始まりました。ガタガタと車体が揺れ、時に大きく傾きながら悪道を約30分走り続けるこのドライブは、まるでアトラクションのようで、苔の森への期待感を一層高めてくれました。ラシッドさんは巧みな運転技術を見せつつ、キャメロンハイランドの歴史や自然についてユーモアを交えて説明してくれます。彼の話に耳を傾けていると、やがて車は霧の中へと入っていきました。

    標高2,032メートルの別世界へ。そこは緑の迷宮だった

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    「さあ、着いたよ。ここが天国への入り口だ」。ラシッドさんの言葉に背中を押され、車を降りました。その瞬間、言葉を失いました。目の前に広がっていたのは、これまで見てきたどの森とも全く異なる、まるで別世界の光景だったのです。

    最初に感じたのは、空気の違いでした。ひんやりとして湿り気を帯びた空気が肺の隅々にまで行き渡ります。気温はおそらく15度前後で、半袖では少し肌寒く、フリースを一枚羽織るのがちょうど良い程度です。クアラルンプールの蒸し暑さはまるで嘘のようでした。そして何より静けさです。車のエンジン音以外、人の手による音は一切聞こえません。耳に届くのは、風に揺れる木々のざわめきと、時おり響く鳥のさえずりだけでした。

    森の中に足を踏み入れると、そこはまさに「苔の世界」そのものでした。木の幹も枝先も地面も岩も、視界に入るあらゆるものが、まるでビロードのように厚く苔に覆われています。緑色といっても単一の色合いではなく、黄緑、深緑、青みがかった緑、茶色がかった緑と、多彩な緑のグラデーションが複雑に混ざり合い、幻想的な雰囲気を醸し出していました。まるで宮崎駿監督のアニメーションの世界に迷い込んだかのような錯覚に陥ります。

    雲の上を歩く、天空のボードウォーク

    苔に覆われた森の魅力は、その神秘的な美しさだけにとどまりません。この希少な自然環境を守りながら、観光客が安全に歩けるように、森の中には約2キロメートルにわたる木製の遊歩道(ボードウォーク)が整備されています。このおかげで、僕のようなトレッキング初心者でもぬかるみに足を取られる心配がなく、気軽にこの神秘的な森を楽しむことができました。とてもありがたい配慮だと感じました。

    ゆっくりとボードウォークを歩き出します。一歩ごとに景色が変わり、飽きることがありません。ねじれた木の枝が生き物のように手を伸ばし、頭上の木々の隙間からは霧を含んだ柔らかな光が差し込みます。その光に照らされた苔は、水滴をきらきらと輝かせ、まるで宝石のように美しく煌めいていました。時折霧が深くなり、数メートル先が見えなくなることもあります。そんな時は、まるで自分だけがこの世界に取り残されたかのような、不思議な孤独感と高揚感に包まれました。

    この森には、食虫植物として知られるウツボカズラや、さまざまな種類のランなど、低地では見ることのできない珍しい高山植物も自生しています。ガイドのラシッドさんは、足元に咲く小さな花や木の幹に隠れた珍しい植物を指し示しながら説明してくれるため、ただ歩くだけでなく多くの発見に出会えました。所要時間は写真を撮りながらゆっくり歩いて約1時間。距離は決して長くありませんが、密度の濃い体験であり、一生忘れられない思い出となりました。

    展望台から望む、圧巻の雲海パノラマ

    ボードウォークのハイライトは、森の少し開けた場所に設けられた展望台です。階段を上がりきると、一気に視界が広がりました。そこから見えたのは、まさに雲の海。僕たちが立っている場所よりも低い位置に、雲が広がり、その合間から緑の山々が浮かぶ島のように顔を出していました。風が吹くたびに雲の形が変わり、まるで壮大な絵画を眺めているかのような光景です。この景色を前にすると、日常の悩みやストレスがどれほど小さなものかを痛感させられました。ただただ無心に、この絶景に見とれていました。

    この雲海はいつでも見られるわけではないそうです。天候や時間帯によって霧に包まれて何も見えない日もあれば、雲一つない晴天の日もあるとのこと。僕が訪れたのは午前9時頃でしたが、ラシッドさんによれば「朝早い時間帯のほうが、霧や雲海に出会える可能性が高い」とのこと。幻想的な風景を狙うなら、早朝出発のツアーに参加するのが賢明かもしれません。

    快適な森歩きのための、ちょっとした準備の話

    では、これから苔の森を訪れるあなたに向けて、実践的なアドバイスを少しだけお伝えします。この旅を最高の体験にするためには、ちょっとした準備がとても重要です。私自身が体験して「持っていて良かった」と感じたアイテムをいくつか紹介しましょう。

    まず、服装が最も大切です。先ほども述べましたが、標高2,000メートルの高地は麓の街とは全く異なる環境です。麓が暑くても、森の中はひんやりと感じられます。薄手の長袖シャツに加え、フリースやウインドブレーカーなど、脱ぎ着しやすい上着を1枚持って行くことを強くおすすめします。私が訪れた際も、半袖だけで震えている欧米の観光客を何人か見かけました。備えあれば憂いなしです。

    次に足元について。ボードウォークは整備されていますが、雨や霧で濡れていることが多く、場所によっては滑りやすくなっています。サンダルやヒールは避け、靴底にしっかり溝がある履き慣れたスニーカーやトレッキングシューズが理想的です。足元が安定していると、心に余裕が生まれ、森の美しさをより深く楽しむことができます。

    そして忘れてはならないのが雨具です。山の天候は変わりやすいと言われますが、キャメロンハイランドも例外ではありません。突然のスコールに遭うこともよくあるため、軽量なレインウェアや折りたたみ傘をバッグに入れておくと安心です。カメラなどの電子機器を守るためにも、防水対策はしっかりしておきたいものです。

    さらに、あると便利なのは虫よけスプレーです。標高が高いため蚊は少ない印象ですが、念のため持参すると安心です。また、散策中に喉を潤すための飲み物も忘れずに用意しましょう。森の入り口には小さな売店がありますが、品揃えは限られています。麓の街で事前に購入しておくのが賢明です。

    苔の森を120%楽しむための、ささやかなヒント

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    「体力に自信がないのですが、大丈夫でしょうか?」と不安に感じる方もいるかもしれません。結論から申し上げると、全く問題ありません。苔の森の散策は、急な上り下りがほとんどなく、基本的に平坦なボードウォークを歩く形です。普段あまり運動しない方でも、自分のペースでゆっくり進めば、無理なく最後まで楽しめます。むしろ、息を切らして急ぐより、時折立ち止まって深呼吸をしたり、苔の細部をじっくり観察する時間こそ、この森の醍醐味と言えるでしょう。

    ツアーに参加するべきか、それとも個人で行くべきか悩むかもしれませんが、私は断然ツアーを推奨します。その理由はいくつかあります。ひとつは先に挙げたアクセスの難しさです。あの悪路をレンタカーで走る勇気は私にはありません。次に、ガイドの存在です。ラシッドさんのような知識豊富なガイドがいることで、ただ景色を眺めるだけでは分からない、苔の森の深いストーリーを知ることができます。そしてもう一つは効率性です。半日ツアーであれば、苔の森だけでなく後ほどご紹介する紅茶畑など、キャメロンハイランドの主要スポットを効率よく巡れます。限られた時間を有効に使いたい旅人にとって、これほどありがたいことはありません。

    トイレ事情についてもお伝えしておきます。苔の森の入口付近には、比較的新しくて清潔な公衆トイレが整備されています。散策を始める前に、ここで用を足しておくのが賢明です。森の中にはトイレがないため、くれぐれもご注意ください。

    森の深呼吸のあとには、極上の一杯を

    幻想的な苔の森で心を洗い清めた後、僕たちを乗せたランドローバーは再び山道を下り、次なる目的地へと向かいました。キャメロンハイランドに訪れたなら、ここを見逃すわけにはいきません。マレーシアを代表する紅茶ブランド「BOH Tea」の広大なプランテーションです。

    車を降り立つと、目の前には息を呑むほどの絶景が広がっていました。連なる丘陵地帯が、すべて鮮やかな緑色の茶畑で覆われているのです。そのスケール感と美しさは、写真で見るのとは比較にならないほどの圧倒的な迫力。まるで地球が織り成す芸術作品のようでした。

    プランテーションの中心にはビジターセンターがあり、紅茶の製造過程を見学できる工場やお土産ショップ、そして絶景を楽しめるカフェが併設されています。僕の狙いはもちろんこのカフェ。テラス席からは広大な茶畑を一望でき、その景色を眺めながら味わう淹れたての紅茶と温かいスコーンは格別です。苔の森で少し冷えた体に、温かな紅茶がじんわりと染みわたっていきます。クロテッドクリームとイチゴジャムをたっぷりつけて頬張るスコーンは、素朴ながらも深い味わい。この瞬間こそが旅の醍醐味。まさに至福のひとときと言えるでしょう。

    タナ・ラタの街に戻る頃には、ちょうどお昼どき。高原野菜がたっぷり使われた「スチームボート」と呼ばれるマレーシア風の火鍋が、この地域のもうひとつの名物です。鶏ガラベースのあっさりスープと、トムヤムクンベースのスパイシースープを同時に楽しめるスタイルが一般的。新鮮な野菜やキノコ、海鮮や肉をしゃぶしゃぶしながらいただくこの料理は、トレッキングで心地よく疲れた体にぴったりです。仲間と鍋を囲み、今日の冒険を語り合うひとときも、旅の忘れがたい思い出の一つとなるでしょう。

    この幻想体験へのチケットを手に入れる方法

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    ここまで読んで、「すぐにでもキャメロンハイランドに行きたい!」と思ったあなたに向けて、最後にこの素晴らしい体験への具体的なアクセス方法をまとめてお伝えします。

    まず最初に、マレーシアの首都クアラルンプールからキャメロンハイランドの中心地であるタナ・ラタを目指します。よく使われる交通手段は長距離バスです。クアラルンプールのTBSバスターミナル(Terminal Bersepadu Selatan)からは、複数のバス会社が1日に何便も運行しています。所要時間はおよそ4〜5時間、料金は片道約35リンギットです。バスのチケットはバスターミナルの窓口でも購入できますが、オンラインで事前に予約しておくと、より確実でスムーズに手配できます。例えば「BusOnlineTicket」などのサイトで簡単に検索・予約が可能です。

    タナ・ラタに到着後はいよいよ苔の森ツアーを探しましょう。先述の通り、街中には多くのツアー会社があり、それぞれのオフィスへ直接足を運んで申し込めます。また、多くのホテルやゲストハウスでもツアーの予約代行サービスを提供しているため、宿泊先のフロントで相談するのが最も手軽な方法かもしれません。もし事前にインターネットで予約を済ませたい場合は、「Klook」や「Viator」などのアクティビティ予約サイトで「Cameron Highlands Mossy Forest Tour」と検索し、様々なツアープランを比較してみてください。料金や内容、そして他の旅行者の口コミをもとに、自分にぴったりのプランを選ぶことができます。

    必要なのは、ほんの少しの勇気と行動力だけ。日常の喧騒を離れ、雲の上に広がる別世界へと足を踏み入れてください。そこには、あなたの五感を刺激する力強い自然の営みが待っています。幻想的な苔の森で深く息を吸い込んだ瞬間、新しい自分と出会えることでしょう。さあ、次の旅の計画を、今すぐ始めてみませんか?

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    この記事を書いた人

    美味い酒と肴を求めて全国を飲み歩く旅ライターです。地元の人しか知らないようなB級グルメや、人情味あふれる酒場の物語を紡いでいます。旅先での一期一会を大切に、乾杯しましょう!

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