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    風と生き、歌と暮らす。新疆コクトカイ、カザフ族の魂に触れる旅

    子育てが一段落し、夫と二人、まだ見ぬ景色と文化を求めて旅をするのが私たちのライフワークになりました。ヨーロッパの街角で歴史の息吹を感じる長期滞在も素晴らしいものですが、時に、もっと根源的な、人間の営みの原点に触れたくなることがあります。そんな想いを胸に、私たちが次なる旅先に選んだのは、中国の最西端に位置する新疆ウイグル自治区、その北部に広がるコクトカイ(可可托海)でした。アルタイ山脈の麓、イルティシュ(額爾斉斯)川の源流が大地を潤すこの場所は、息をのむような絶景と、カザフ族の遊牧文化が今なお色濃く息づく秘境です。近代的な都市の喧騒から遠く離れ、大自然と共生する人々の暮らしに触れることは、私たち世代にとって、忘れかけていた心の豊かさを取り戻すための特別な時間となるに違いありません。今回は、そんなコクトカイで過ごした、忘れられない日々の記憶を綴ってみたいと思います。

    この旅で感じた心の平穏は、魂の故郷を訪ねるスピリチュアルな旅へと私たちを誘うものでした。

    目次

    遥かなる大地へ、コクトカイへの旅路

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    コクトカイへの旅は、新疆ウイグル自治区の中心地であるウルムチからスタートします。日本の都市から直接ウルムチへ向かう便はないため、一般的には北京や上海などを経由して行きます。私たちはウルムチで一泊し、翌朝にチャーターした車で北へ向かいました。コクトカイまではおよそ500キロ、車で約7~8時間の距離です。

    窓の外に広がる景色はまさに圧巻でした。広大なゴビ砂漠の荒涼とした風景が次第に緑豊かな草原へと移り変わっていきます。遠くに霞む天山山脈の支脈の姿や、牧草をのんびりと食む羊や馬の群れは、一幅の絵画のような美しさです。日本ではまず見ることのできない、地平線まで続く壮大なパノラマに、夫と二人、何度も感動の声を上げました。

    長時間の移動は、旅への期待をさらに膨らませてくれる重要な時間でもあります。車窓の風景を眺めつつ、これからの出会いに思いをはせる。慌ただしい日常から解き放たれ、ゆったりとした旅のペースに身体を慣らしていきます。特に私たちの世代にとっては、移動中にしっかり休息を取ることも旅を楽しむポイントの一つ。少し贅沢をしてでも、快適な車を手配することをおすすめします。

    道中はサービスエリアで適宜休憩を取りながら進みます。そこで出会う人々も、この旅の魅力のひとつです。屈託のない笑顔で声をかけてくれる地元の方々との短い交流は、心をほっと和ませてくれます。言葉が通じなくても、ジェスチャーと笑顔で気持ちを通わせる。そんなひとつひとつの瞬間が、旅の思い出をより鮮やかに彩ってくれるのです。

    コクトカイの町が近づくにつれ、空気はひんやりと澄みわたり、標高が高くなったことを肌で実感します。コクトカイの標高はおよそ1200メートル。高山病の心配はそれほどありませんが、急な運動を避けてゆっくりと深呼吸しながら体を慣らすことが重要です。特に普段あまり運動をしない方や血圧に不安のある方は、水分をこまめに補給し、無理のないペースで行動することを心がけましょう。

    地球の記憶を刻む絶景、コクトカイ国家地質公園

    コクトカイの最大の魅力は、何よりもその壮大な自然景観にあります。町の中心部からほど近い「コクトカイ国家地質公園」は、アルタイ山脈の花崗岩が織り成す奇跡のような場所です。私たちは滞在中、この公園内をゆったりと時間をかけて散策しました。

    公園の入り口から専用バスに乗り込み、イルティシュ大峡谷の奥深くへと進んでいきます。このイルティシュ川は、中国で唯一北極海へと流れ込む川であり、その源流がまさにこの峡谷にあります。バスの車窓から望む景色は、まさに息を呑む絶景の連続。エメラルドグリーンに輝く川の流れと、両岸にそびえ立つ巨大な花崗岩の岩壁が、訪れる人々を圧倒します。

    神鐘山(シェンジョンシャン)の壮麗な姿

    峡谷の見どころのひとつは、何と言っても「神鐘山」です。空へ突き出すようにそびえる一枚岩の巨大な花崗岩で、その形が鐘に似ていることからこの名がつけられました。見る角度によって様々な表情を見せるこの岩山は、麓から見上げると神聖で畏敬の念を覚えさせます。私たちは川沿いの遊歩道をゆっくり歩きながら、この神秘的な岩山の姿を存分に味わいました。

    遊歩道は整備が行き届いており歩きやすいため、高齢の方でも安心して散策を楽しめます。川のせせらぎや鳥のさえずり、そして頬を撫でる涼やかな風。五感をフルに使って大自然を感じながらの散策は、何にも替えがたい贅沢な時間でした。途中には休憩用のベンチも設置されているので、疲れたら腰を下ろして休みながら、自分のペースで歩けます。水筒にお茶を入れて持参すれば、美しい景色を眺めつつのティータイムも楽しめますよ。

    スポット名コクトカイ国家地質公園(可可托海国家地质公园)
    所在地新疆ウイグル自治区アルタイ地区富蘊県コクトカイ鎮
    見どころイルティシュ大峡谷、神鐘山、額河源頭、カザフ族の民俗村など
    アクセスコクトカイ鎮から車で約10分。公園内は専用バスでの移動。
    注意事項標高が高いため、ゆっくり行動すること。夏でも朝晩は冷えるので羽織るものが必要。日差しが強いため、帽子やサングラス、日焼け止めが必須。

    大地のエネルギーに包まれる時間

    この地質公園を歩いていると、地球が持つ壮大なエネルギーを全身で感じているような気がします。数億年の歳月をかけて風雨に削られ形成された花崗岩の造形美が、ひとつひとつ地球の記憶を刻み込んでいるように思えます。普段の暮らしでは味わえない壮大な時間の流れの中に身を置くことで、日常の悩みや不安がとても小さく感じられてきます。

    夫と二人で、言葉少なにただ景色を眺める時間がありました。言葉はなくても十分でした。目の前に広がる光景が、私たちの心を満たし、静かな感動を共有させてくれたのです。これこそが、旅に求めるスピリチュアルな体験なのかもしれません。有名なパワースポットを訪れるのもいいですが、このように自分自身の心と静かに向き合える場所こそが、真の癒しをもたらしてくれるのではないでしょうか。

    草原に響く鷹の歌、カザフ族との出会い

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    コクトカイの旅のもう一つの目的は、カザフ族の伝統文化に触れることでした。この地には古くからカザフ族が住み、遊牧生活のスタイルを今なお受け継いでいます。私たちは幸運にも、現地のガイドの紹介で、草原に点在するゲル(ユルト)に暮らす家族を訪れる機会を得ました。

    ゲルでの心温まるもてなし

    車が舗装路を離れ、草原の細道を進むと、白い円形のテント「ゲル」が点々と見えてきました。私たちが訪れたのは、優しい笑顔が印象的な夫婦とその家族が生活するゲルでした。

    テントの中に招かれると、想像以上に居心地のよい空間が広がっていました。中央にはストーブが置かれ、壁には鮮やかな刺繍布や家族写真が飾られています。羊毛を圧縮して作ったフェルトで覆われた壁は外の風をしっかり遮り、室内は驚くほど暖かく保たれていました。

    到着後すぐに、奥さんが「奶茶(ナイチャ)」と呼ばれる塩味のミルクティーを淹れてくださいました。磚茶(たんちゃ)という固形茶を削り、ヤギや羊の乳、塩を加えて作るこのお茶は、遊牧民にとって欠かせない飲み物です。最初は独特な味わいに戸惑いましたが、飲み続けるうちにその素朴で深みのある味が体に染みわたり、長旅の疲労が癒されるのを感じました。合わせて出された自家製チーズや「ナン」という平たいパンも、忘れがたい美味しさでした。

    言葉が通じなくとも、彼らのあたたかな眼差しやもてなす心はしっかり伝わってきます。私たちはお土産として持参した日本の菓子を渡し、身振り手振りを使って交流を深めました。子どもたちが私たちのカメラに興味を示して集まったり、主人が自慢の馬の話を聞かせてくれたり。そこには国や文化の壁を越えた、人と人との温かなふれあいが広がっていました。

    天空の支配者、鷹匠の魂に触れる

    カザフ族の文化に欠かせないのが鷹狩りの伝統です。彼らは古くからイヌワシを訓練し、ウサギやキツネなどの獲物を捕る狩りを行ってきました。これは単なる狩猟技術ではなく、自然との共存や鷹との深い絆に根ざした神聖な儀式でもあります。

    私たちが訪ねた家族の主人は代々続く鷹匠の家系でした。彼は私たちを丘の上へ連れて行き、腕にとまる巨大なイヌワシを見せてくれました。鋭い目つきと力強い翼、その威厳あふれる姿に息を飲みました。主人が鷹に語りかける声は、我が子に話しかけるかのように優しく、両者の間には深い信頼関係が感じられました。

    現在では鷹狩りが生計を立てる手段として行われることは少なくなりましたが、彼らにとっては民族の誇りであり、未来へ受け継ぐべき重要な文化だと言います。大空を悠々と舞う鷹の姿は、束縛されない自由な魂の象徴のようにも見えました。自然の厳しさの中で、自然の一部として生きる。その潔い生き様に深い感銘を受けました。

    ドンブラの調べにのせて

    夜になると、ゲルの周囲は満天の星空に包まれます。その頃、主人が「ドンブラ」という二弦の民族楽器を演奏してくれました。哀愁を帯びたその音色は、草原の風音と溶け合い、私たちの心に深く響きました。ドンブラの旋律にあわせて、彼は低く力強い声で歌います。カザフの英雄譚や遠く離れた故郷を想う歌、愛する人への想いを綴った歌です。

    歌詞の意味がわからなくとも、そのメロディーと歌声に込められた感情は自然と伝わってきます。喜びや悲しみ、誇り、そして郷愁。世代を超えて受け継がれてきたであろうその歌は、まさにカザフの民族史を語るものでした。揺れるランプの灯りのもと、ドンブラの音色に耳を傾ける時間は、この旅の中でも特に忘れがたい、幻想的で美しいひとときとなりました。

    旅が教えてくれた、心の豊かさとは

    コクトカイでの滞在は、私たちに多くの学びをもたらしました。それは、物質的な豊かさや便利さとは異なる、より本質的な「豊かさ」の意味についてです。

    カザフ族の人々の暮らしは決して容易なものではないでしょう。厳しい自然環境に加え、近代化の波の中で伝統を守り続けることの困難さがあります。しかし、彼らの表情には卑屈さや不幸の影はまったく見受けられませんでした。むしろ、その目は誇りに満ち、日々の生活の中で確かな喜びを見出しているように感じられました。

    家族や仲間との強い絆、自然への深い敬意、受け継がれてきた文化への誇り。彼らが大切にしているのは、目には見えないものの、人間が生きるうえで決して失ってはならない価値ばかりです。私たちは便利で快適な生活の中で、いつの間にかそうした大切なことを見失ってしまっているのではないか。この旅は、そんな自己問答の機会を与えてくれました。

    馬に乗って草原を駆ける子どもの笑顔、黙々と刺繍に打ち込む女性の美しい手、そして訪れる人々を心からもてなす家族の温かさ。コクトカイで出会ったひとつひとつの光景が、私たちの心に深く刻みこまれています。それらは単なる観光の思い出ではなく、これからの人生をどう歩むかを考えるうえでの、大切な指針となったのです。

    新疆コクトカイへの旅、その準備と心得

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    最後に、これからコクトカイへの旅を計画される方に向けて、役立つ情報を少しだけお伝えしたいと思います。特に私たち世代が安心して旅行を楽しむためには、事前の準備が何より重要です。

    旅のベストシーズン

    コクトカイを訪れる最適な時期は、気候が安定し草原の緑が最も鮮やかな6月から9月です。この期間は高山植物も見頃を迎え、ハイキングには理想的な季節といえます。ただし、夏でも朝晩はかなり冷え込むため注意が必要です。昼間は25度前後に達しても、夜間は10度以下に下がることも珍しくありません。フリースやライトダウンジャケットなど、気温の変化に対応できる服装を必ず持参しましょう。

    服装と持ち物

    前述の通り、重ね着が基本の服装がおすすめです。日中の日差しは非常に強いため、帽子やサングラス、日焼け止めは必携アイテムです。紫外線対策を怠ると肌ダメージが深刻になるだけでなく、体力の消耗にもつながります。

    また、足元は歩きやすさが重要です。地質公園の散策や草原のトレッキングには、トレッキングシューズや履き慣れたスニーカーが最適です。乾燥した環境なので、保湿クリームやリップクリーム、のど飴なども持参すると役立つでしょう。

    現地での注意点

    • 文化と習慣への配慮: カザフ族のゲルを訪問する際には、事前に必ず許可を取りましょう。家屋内では主人の案内に従い、写真撮影も事前に一言断るのがマナーです。彼らの文化や信条に敬意を払い、謙虚な姿勢で接することが素晴らしい出会いへと繋がります。
    • 食事と健康管理: 羊肉や乳製品が中心の食事が提供されます。慣れない料理を一度に多く食べると胃腸を壊す場合があるため、少量ずつ様子を見ながら試すのが賢明です。衛生面から生水は避け、必ずミネラルウォーターを飲むように心がけてください。
    • 言語について: 公用語は中国語(普通話)ですが、カザフ族の人たちは主にカザフ語を話します。観光地では簡単な英語が通じることもありますが、基本的には言語の壁があると思っておいた方が安心です。「こんにちは(你好/ニーハオ)」「ありがとう(谢谢/シェイシェイ)」といった基本的なあいさつだけでも覚えていくと現地の方との距離が縮まります。信頼できる現地ガイドを手配するのが一番の安心策です。
    項目内容とアドバイス
    ベストシーズン6月~9月。穏やかな気候と最も美しい草原が楽しめる時期。
    服装重ね着が基本。フリースやライトダウンは必携。日中と朝晩の寒暖差に注意。
    持ち物帽子、サングラス、日焼け止め、歩きやすい靴、保湿クリーム、常備薬など。
    文化マナー人や家屋の写真は許可を得ること。ゲル訪問時は案内に従い、敬意ある振る舞いを。
    食事羊肉と乳製品が主。慣れない食事は少量ずつ試す。生水は避けミネラルウォーターを飲む。
    言語中国語とカザフ語が主流。簡単な挨拶を覚えると良い。現地ガイドの同行が安心。

    この旅は決して気軽なものではありませんが、その分だけ感動もひとしおです。日常から離れた異国の地で、雄大な自然に包まれ、素朴で温かい人々と交流する体験は、私たちの人生観を静かに、しかし確実に揺さぶるものでした。もし次の旅において、単に美しい景色を見るだけでなく、心の奥底に響く何かを求めているなら、新疆コクトカイはきっとその答えを見つけられる場所になるでしょう。風のささやきを聞きに、ぜひこの遥かな大地を訪れてみてください。

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    この記事を書いた人

    子育てが一段落し、夫婦でヨーロッパの都市に長期滞在するのが趣味。シニア世代に向けた、ゆとりある旅のスタイルを提案。現地の治安や、医療事情に関する情報も発信する。

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