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    歴史の交差点シリア・イズラへ。聖ゲオルギオス教会が紡ぐ、時を超えた祈りの物語

    旅とは、未知の風景に出会うことだけではありません。時に、遠い過去からの声に耳を澄まし、自分自身の心の奥深くにある何かと対話する時間でもあります。華やかな都市の喧騒から離れ、歴史の息吹が色濃く残る場所へと思いを馳せるとき、私たちの魂は新たな潤いを取り戻すのかもしれません。今回、私が心の旅路にご案内するのは、シリア南部、ハウラーン地方に佇む古代都市イズラ。そこには、1500年もの長きにわたり、人々の祈りを見守り続けてきた一つの聖堂があります。その名は、聖ゲオルギオス教会。黒い玄武岩で築かれたその姿は、一見すると素朴で寡黙。しかし、その石壁一枚一枚には、ローマ、ビザンツ、そして現代へと続く、壮大な文明の物語が刻み込まれているのです。この場所が持つ静かな力、そして時を超えて響き続ける祈りの声を感じる旅へ、さあ、一緒に出かけましょう。

    祈りの響きが人々の暮らしと共鳴する場所は他にもあり、例えばイランのシャデガン湿原では、水の迷宮に浮かぶ祈りと心の原風景を訪ねる旅ができます。

    目次

    イズラ、忘れられた歴史の宝石

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    シリアという名前を聞くと、多くの人は緊迫したニュースを思い浮かべるかもしれません。しかし、その厳しい現実の背後には、人類の黎明期から紡がれてきた豊かで奥深い歴史の層が広がっています。イズラはまさにそうした場所のひとつです。首都ダマスカスの南約90キロ、ヨルダンとの国境付近に位置するダルアー県にあるこの街は、かつてローマ帝国時代には「ゾラヴァ」と称され、交通の要所として栄えました。

    黒い玄武岩が織りなす街の風景

    この地域を訪れると、まず目を奪われるのは独特の景観です。ハウラーン地方は火山性の大地であり、古代から建材として用いられてきたのは黒くて硬い玄武岩でした。イズラの街も例外ではなく、家屋や壁、そして後ほど紹介する聖ゲオルギオス教会もすべてこの黒い石で造られています。陽光のもと力強い印象を与え、夕暮れ時には深い影を落とすその姿は、どこか神秘的であり、厳しい自然と共存してきた人々の逞しさを語りかけるようです。

    木材の乏しいこの地域では、人々は石材を巧みに使いこなす建築技術を発展させました。アーチやドームを石で組み立てる技術はローマ時代に磨かれ、ビザンツ時代に一層花開きました。イズラの街を歩くと、まるで古代建築の野外博物館に迷い込んだかのような錯覚に陥るでしょう。それはパリの洗練された石造りのアパルトマンとは異なり、地のエネルギーをそのまま感じさせる荒々しくも美しい景観です。

    歴史の舞台となったイズラ

    イズラの土地は単なる古い場所ではありません。ここは多様な文明が交差し、互いに影響を与え合った歴史の交差点でした。ローマ帝国がその支配を広げ、やがて東半分はビザンツ帝国として独自の文化を築いていく時代。キリスト教が国教となり、人々の信仰が新たな形を模索した激動の時期に、イズラはまさにその中心地にあったのです。

    この地には、キリスト教が普及する以前の古い信仰の痕跡も残っています。ローマの神々や地元の土着神を祀った神殿がありましたが、それらの聖地は時代の変化とともにキリスト教の教会へと姿を変えていきました。一つの場所が異なる信仰を受け入れ、あるいは上書きしながら聖なる場であり続ける。イズラの歩んできた歴史は、人類の精神史の縮図とも言えるでしょう。そしてその最たる象徴が、聖ゲオルギオス教会なのです。

    聖ゲオルギオス教会、1500年の祈りの響き

    イズラの中心部には、その聖堂が静かに佇んでいます。一見すると、要塞のように見える頑丈な玄武岩の塊ですが、その内部に一歩踏み入れると、私たちはおよそ1500年の時を一気に超えるかのような、驚異的な空間体験を味わうことになります。

    スポット名聖ゲオルギオス教会 (Church of Saint George)
    所在地シリア・ダルアー県イズラ
    建造年西暦515年
    建築様式初期ビザンツ様式
    特徴現存する八角形集中式プランの教会としては世界最古級の一つ。黒い玄武岩による石造建築。
    備考ギリシャ語の献堂銘が残されており、建造の経緯を知る上で極めて貴重な資料となっている。

    建築の奇跡、八角形の聖堂

    聖ゲオルギオス教会が建立されたのは西暦515年で、日本ではまだ古墳時代が続いていた頃です。驚くべきことに、この教会は創建当時の基本構造をほぼそのまま保持しており、世界でも最も古い教会建築のひとつに数えられています。

    この教会の最大の特徴は、平面プランが「八角形」を採用している点です。キリスト教において「8」は特別な意味を持ちます。イエス・キリストの復活が週の初めの日、すなわち安息日(7日目)に続く「第8の日」であったことから、8は「復活」「再生」「新しい創造」を象徴する神聖な数字とされました。そのため、初期キリスト教の洗礼堂や記念聖堂では、しばしばこの八角形プランが採用されています。

    中央の八角形の身廊を、一回り大きな八角形の周歩廊が囲む二重構造となっており、東側には半円形のアプス(祭壇を置く後陣)が突き出しています。この見事な幾何学的構成は、単なる美しさにとどまらず、宇宙の中心に神が存在するという神学的世界観を体現していると言われています。無骨な外観からは全く想像できないほど、その内部構造は計算し尽くされた祈りの装置となっています。

    内部空間の荘厳さ

    内部に足を踏み入れると、まずその天井の高さと石が放つ重厚な存在感に圧倒されます。中央の空間は8本の角柱とアーチによって支えられ、その上にはかつて木造のドーム屋根が架かっていたと推測されています(現在の屋根は後世のものです)。壁面の窓から射し込む光が黒い玄武岩の表面を照らし、荘厳な陰影を生み出しています。

    華美な装飾はほとんど見られません。ヨーロッパの大聖堂に見られるようなステンドグラスやフレスコ画、大理石彫刻などは存在せず、その分、建築そのものの力強さがより純粋に伝わってきます。丁寧に積み上げられた石の質感、空間を形成するアーチの曲線、そしてドームを見上げたときに感じる天へ吸い込まれるような感覚。それはすべての装飾を排した先に現れる、まさに信仰の原点ともいえる光景です。静寂の中で目を閉じると、ここで捧げられた無数の祈りの声が空間に響き渡っているかのように感じられます。

    刻まれたギリシャ語の碑文

    この教会が歴史的に非常に重要なのは、入り口のまぐさ石に刻まれたギリシャ語の碑文が残されていることにあります。そこには、この教会が「聖者ゲオルギオスの殉教記念堂」として、地元の有力者ヨアンネス・イブン・ディオメデスの手で515年に献堂されたと記されています。特に興味深いのは、「かつて悪魔が住んでいた場所に光の館が現れた」「犠牲の祭壇は消え去り、神の家が建立された」といった一節です。

    これは、この教会がキリスト教より前の異教の神殿跡に建てられたことを明確に示しています。古来の信仰の聖地に、新たな信仰の拠点を築くというのは、キリスト教が広がっていく過程で世界各地に見られた現象ですが、これほど明確に当時の記録として残されている例は極めて稀です。この碑文は歴史の転換点を刻んだ、石に刻まれた生きた証言と言えます。

    聖ゲオルギオス伝説との結びつき

    この教会が捧げられた聖ゲオルギオスは、キリスト教圏で広く敬われる聖人です。特に「竜を退治し王女を救った」という伝説は有名で、多くの絵画や物語のテーマとなってきました。この伝説は、悪(竜)に対するキリスト教の勝利の象徴と見なされています。

    6世紀初頭にこのイズラの教会が建てられた時点で、聖ゲオルギオスへの崇敬はすでに広範囲に広まっていました。異教の神殿という「悪魔が住んでいた場所」に、悪を打ち砕く聖ゲオルギオスの教会を建てることは、単なる建築物の建立以上の、非常に象徴的な意味合いを持つ行為でした。この教会は、新しい信仰が旧い信仰に勝利したことを鮮やかに宣言する、精神的なモニュメントとなっていたのです。

    世界の古建築との対話

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    イズラの聖ゲオルギオス教会の価値を一層深く理解するために、世界の他の著名な古代建築と比較してみましょう。時代や文化は異なっても、人類が「聖なる空間」をどのように創り上げようとしてきたか、その普遍的なテーマが浮かび上がってきます。

    ローマのパンテオン ― 異教からキリスト教へ

    まず思い浮かぶのは、イタリア・ローマにあるパンテオンです。初代皇帝アウグストゥスの時代に創建され、2世紀にはハドリアヌス帝によって再建されたこの建物は、ローマ建築の最高峰と称されています。

    パンテオンと聖ゲオルギオス教会には、いくつかの興味深い共通点と相違点があります。最大の共通点は、その歴史的背景です。パンテオンはもともと「万神殿」として知られ、ローマのさまざまな神々を祀る神殿でしたが、7世紀初頭にキリスト教の教会「サンタ・マリア・アド・マルティレス聖堂」として転用され、破壊を免れて今日に至っています。異教の神殿がキリスト教の聖堂に変わった事例は、イズラの教会が建てられた背景とよく重なります。文明の大きな転換期において、聖なる場所が役割を変えつつも存続するという、歴史のダイナミックな連続性を両者は示しているのです。

    建築技術の面では、パンテオンのコンクリート製ドームが圧巻です。頂上の「オクルス(目)」と呼ばれる開口部から差し込む光は、時の経過とともに床や壁の上を移動し、まるで日時計のように宇宙とのつながりを感じさせます。一方、イズラの教会は、より地方的で素朴な石積み技術によって建てられています。しかし、集中型プランやかつて存在したドーム構造の点では、ローマ建築の思想を受け継いでいると言えるでしょう。帝国の首都で洗練された壮大な建築様式が、遠く離れた属州シリアで現地の素材(玄武岩)と結びつき、独自の表現へと昇華した、その関係性が見て取れます。

    ラヴェンナのサン・ヴィターレ聖堂 ― ビザンツの双璧

    次に比較したいのは、イタリア・ラヴェンナのサン・ヴィターレ聖堂です。この聖堂は6世紀半ばに建てられており、イズラの聖ゲオルギオス教会とほぼ同時代に位置し、共にビザンツ帝国の支配下で誕生しました。

    両者の最大の共通点は、「八角形」の集中式プランを採用しているところです。サン・ヴィターレ聖堂も中央部が八角形の空間で、その周囲に周歩廊が巡らされている構造で、設計思想の面で非常に近しい関係にあります。当時の帝国内で、こうした八角形の教会建築が一つの流行だった可能性も考えられます。

    しかし、両者の印象は大きく異なっています。サン・ヴィターレ聖堂の内部は、壁面が金地を背景にした壮麗なモザイクに覆われています。なかでも著名なのは、皇帝ユスティニアヌスと皇后テオドラが廷臣を従えている場面のモザイクで、そこには帝王の神の代理人としての権威や帝国の繁栄が鮮やかに描かれています。まさに、ビザンツ帝国の政治的・宗教的中心地であったラヴェンナにふさわしい煌びやかな空間です。

    これに対し、イズラの聖ゲオルギオス教会は前述の通り飾り気を抑えた石造空間です。そこには権威を誇示する意図はなく、むしろ素朴で、共同体の日常のための祈りの場としての性格が息づいています。帝国の西の拠点ラヴェンナと東の属州シリア。同じ建築思想から生まれながら、一方は帝国の威光を映し出す鏡となり、他方は大地の力と結びついた素朴な祈りの器となる。この対比は、ビザンツ世界の多様性を鮮明に物語っており、まさに双子の星のように互いを照らし合っています。

    イスタンブールのアヤソフィア ― 帝都の威光と地方の祈り

    ビザンツ建築を語る際、帝都コンスタンティノープル(現在のイスタンブール)にあるアヤソフィア大聖堂を避けることはできません。ユスティニアヌス帝の命により537年に完成したこの大聖堂は、人類建築史の金字塔とされています。

    イズラの教会の完成からわずか22年後に姿を現したアヤソフィアは、その巨大なドームを四方の半ドームで支える独創的な構造により、できるだけ柱を排除し、まるで天上の神の国が地上に現れたかのような広大で浮遊感あふれる空間を創出しました。その規模や技術、芸術性において、アヤソフィアはイズラの教会を遥かに凌駕しています。

    しかし、この比較が示すのは優劣ではありません。むしろそれぞれの建築が果たした役割の違いです。アヤソフィアは、ビザンツ帝国、そしてキリスト教世界の中心であることを示す国家的な大規模プロジェクトでした。皇帝の儀式場として、帝国の威信を国内外に誇示する舞台でもあったのです。

    一方で、イズラの聖ゲオルギオス教会は、地方都市のキリスト教徒コミュニティの中心でした。洗礼を受け、婚礼を挙げ、死者を弔う。日常に寄り添い、人々の控えめながら切実な祈りを受け止め続けた場所。アヤソフィアが「帝国」の物語を語るなら、イズラの教会は名もなき「民衆」の物語を紡いできました。壮大な交響曲と、心に染み入る子守唄。どちらが欠けても、ビザンツ時代の豊かさを理解することはできないのです。

    日本の法隆寺 ― 東西の精神性の響き合い

    最後に視線を東へと移し、我が国日本の法隆寺と比較してみます。法隆寺の創建は7世紀初頭とされ、イズラの聖ゲオルギオス教会の建立から約100年後のことで、ほぼ同時代と言えます。

    もちろん、片やキリスト教の石造建築、片や仏教の木造建築という全く異なる様式ですが、宗教建築として「聖なる空間」を築く目的は共通しています。両者を比較することで、文化や素材の異なりを超えた、人間の精神性の普遍的な働きが見えてくるでしょう。

    イズラの教会は、八角形という閉じた幾何学的プランの中に宇宙観を凝縮しようと試みたのに対し、法隆寺は金堂、五重塔、中門、回廊といった複数の建築物を非対称に配置する「伽藍配置」によって仏の世界観を表現しています。閉じた空間で内面に向き合うイズラに対し、法隆寺は巡りながら関係性の中に聖性を見出す。アプローチは異なりますが、いずれも訪れる者を日常から切り離し、超越的な世界へと導く装置として設計されています。

    また、素材の違いにも注目したい点があります。イズラの玄武岩は不動かつ永続を感じさせます。1500年もの風雪を耐え抜き、今なおそこに存在する石の力は、神の不変性を象徴しているかのようです。一方、法隆寺の檜は生命の温もりを宿します。木は呼吸し、時を経るごとに色合いを深め、日本の精神性である自然との共生や移ろいの美を映し出しています。

    遠く離れたシリアと日本で、ほぼ同時代に、それぞれの土地に根差した石と木という素材を用いて、各々の信仰と思想に基づいた偉大な宗教建築が築かれた。この事実に思いを馳せるとき、シルクロードの遥かな道を越えて、人々の祈りが静かに響き合う不思議な感動が胸に迫ってくるのです。

    旅人としてイズラを訪れるということ

    この記事を読んで、多くの方がイズラという地に強い興味を抱かれたことでしょう。しかし同時に、現代のシリアが直面している複雑な状況を考えると、軽々しく訪問することを語るのは難しいものです。

    現代のシリアと旅への心構え

    シリアは長年にわたる紛争の影響で、今なお不安定な情勢が続いています。渡航には厳しい制限が設けられており、安全を確保するのも簡単ではありません。本記事は軽率な観光をすすめるものではなく、平和な時代が訪れる日を待ち望みながら、私たちが訪れるべき場所としてイズラを紹介しています。また、今のうちにその文化遺産の価値を理解し、心を寄せておくべき地としてのイズラを伝えたいのです。

    旅ができない現在だからこそ、私たちは書物や映像を通じて、その歴史や文化を深く学ぶことができます。そしていずれ訪問できる日を願い、この地に生きる人々や守り続けられてきた遺産に想いを馳せることも、現代にふさわしい誠実な旅のかたちと言えるでしょう。

    五感で感じ取る歴史の息吹

    いつか平和な時代にイズラを訪れることができたなら、ぜひ五感を研ぎ澄ませてその場の空気を味わってみてください。

    冷たく、また少しざらついた黒い玄武岩の壁にそっと手を触れてみましょう。1500年前に刻まれた石工たちの力強い鑿(のみ)の跡を感じられるかもしれません。

    静けさに包まれた聖堂の中で、自分の足音だけがドームに消えていく響きを耳にしてください。それは悠久の時代へとつながる対話の始まりの合図となるでしょう。

    高い窓から差し込む光の一筋が床に落ちる様子をじっと眺めてみてください。ローマのパンテオンと同様に、天と地を結ぶ神聖な光の柱のように見えるはずです。

    乾いた風が運ぶ、大地と遥かなオリーブ畑の香りを胸いっぱいに吸い込んでみましょう。この地で営まれてきた人々の素朴で力強い暮らしの香りが感じられるでしょう。

    こうした体験は、どんなガイドブックにも記されていません。それはその場所に身を置いた者だけが感じ取れる魂の記憶です。イズラの聖ゲオルギオス教会は、私たちにそんな根源的な感動をもたらしてくれる、希少な場所なのです。

    イズラで出会う人々

    旅の最も素晴らしい記憶は、しばしば人との出会いによって彩られます。困難な状況にあっても、この教会を守り信仰を続けている人々がいます。彼らにとってこの教会は、古代遺跡という枠にとどまらず、アイデンティティや日々の暮らしと深く結びついた、生きた祈りの場なのです。

    もし彼らと話す機会があれば、その瞳の中に、この土地の歴史と同じくらい深い誇りと強さを垣間見ることができるでしょう。古の石が語る物語と、現在を生きる人々の声が重なり合うとき、私たちのイズラへの旅は忘れがたいものになるに違いありません。

    時を超えて私たちに問いかけるもの

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    イズラの聖ゲオルギオス教会を巡る思索の旅は、私たちにいくつか重要な問いを投げかけます。それは、日々の忙しさの中でつい忘れがちな、人間の本質に関わる深い問いです。

    信仰のかたちと祈りの力

    この教会はおよそ1500年にわたり、人々の祈りを静かに受け止めてきました。その祈りの内容は、時代や個々の心情によって多様だったことでしょう。病の回復を願い、豊かな実りに感謝し、家族の安全を祈り、そして平和を希求する。キリスト教信者に限らず、この地を訪れた様々な人々が、この場所に漂う特別な空気の中で、自分の内なる声に耳を傾けてきたのかもしれません。

    どの宗教に属しているかに関わらず、何か超越した存在に祈りを捧げるという行為自体が、心を謙虚にし、ほかの人への共感を育む力を秘めているように思えます。イズラの古い石の壁は、こうした数えきれない祈りを内包し、その祈りで満たされているかのようです。だからこそ、私たちはこの場所に強く惹かれるのかもしれません。ここは、人類が紡いできた「祈りの記憶」の結晶が宿る場所なのです。

    破壊と再生の物語

    異教の神殿の上に建てられたこの教会の歴史は、一つの価値観が別の価値観を否定し、乗り越えていく「破壊」の物語とも解釈できます。しかし同時に、それは聖なる場所が形を変えながらも存続し続ける「再生」の物語でもあります。

    私たち自身の人生もまた、この繰り返しにほかなりません。古い価値観が壊れ、新しい自分へと生まれ変わる。つらい別れや喪失を経験しながらも、そこから新たな希望を見いだしていく。イズラの教会は、その静かな佇まいを通じて、破壊を乗り越えた先にある再生の力を静かに、しかし確かな力強さで示しているように感じられます。たとえ多くのものが失われても、本当に大切なものは形を変えながら受け継がれていく。この事実は、困難な時代を生き抜く私たちに、静かな勇気をもたらしてくれます。

    心の羅針盤を見つける旅

    情報があふれ、絶えず変化する現代社会において、私たちは時に自分の心の拠りどころを見失いがちです。何が真に大切で、何を信じて生きていけばよいのか、迷うこともあります。

    シリアのイズラへ向かう旅は、たとえ想像上のものだとしても、私たちに動じない時間の流れと変わらない人間の営みを感じさせてくれます。1500年前の人々も、今の私たちと同じように迷い、愛し、祈っていた。そのあたりまえの事実に気づく時、私たちは壮大な歴史の連なりの中で、小さくともかけがえのない存在であることを実感します。

    聖ゲオルギオス教会は、まるで北極星のごとく、その場所で静かに輝き続けています。それは、人生という航海の中で迷いを感じたとき、進むべき方向を示してくれる心の羅針盤のような存在かもしれません。この黒い玄武岩の堂が紡ぐ、時を超えた物語。その声に耳を澄ます旅は、きっとあなたの心に深く、静かな感動を刻み込むことでしょう。

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    この記事を書いた人

    アパレル企業で働きながら、長期休暇を使って世界中を旅しています。ファッションやアートの知識を活かして、おしゃれで楽しめる女子旅を提案します。安全情報も発信しているので、安心して旅を楽しんでくださいね!

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