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    キューバ、魂の響きを聴く旅路:チャンバスに息づくアフロ・キューバ宗教の神秘

    カリブ海に浮かぶ真珠、キューバ。多くの人が思い浮かべるのは、色鮮やかなクラシックカーが走り抜けるハバナの街並み、情熱的なサルサのリズム、そしてどこまでも青い海かもしれません。しかし、その陽気なラテンの国の奥深くには、アフリカの大地から渡ってきた魂の記憶が、今なお力強く脈打っています。その鼓動を最も鮮やかに感じられる場所の一つが、観光客の喧騒からは少し離れた、シエゴ・デ・アビラ州の小さな町、チャンバスです。

    私の旅は、いつも風まかせ。南米で生まれ育った私にとって、同じラテンアメリカでありながら、独特の歴史と文化を持つキューバは、ずっと焦がれてきた場所でした。特に、アフリカの神々とカトリックの聖人たちが融合したアフロ・キューバ宗教の存在は、私の好奇心を強く刺激していました。ハバナの熱気に触れた後、私はよりディープなキューバを求め、導かれるようにしてチャンバス行きのバスに乗り込みました。そこは、観光のためのショーではなく、人々の生活そのものとして信仰が息づく場所。今回は、そんなチャンバスで私が見た、魂を揺さぶるアフロ・キューバ宗教の神秘的な世界へと、あなたをご案内します。忘れられていた感覚を呼び覚ます、スピリチュアルな旅の始まりです。

    カリブ海の魂に触れる旅は他にもあり、例えば信仰の光が灯る港町カタニョへの旅もまた、深い精神性を感じさせてくれます。

    目次

    魂のルーツを辿る:アフロ・キューバ宗教への誘い

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    チャンバスの神秘に触れる前に、まずはキューバという国の精神的な成り立ちとアフロ・キューバ宗教の歴史的背景について、少しだけご紹介いたします。この知識は、チャンバスで目にする風景をより深く、かつ豊かに理解するための重要な指針となることでしょう。

    悲劇の歴史から育まれた魂の砦

    キューバの歴史は、16世紀から始まったスペインの植民地支配と切り離せません。サトウキビやタバコのプランテーションで過酷な労働を強いられた人々は、アフリカ大陸、特に現在のナイジェリア、コンゴ、アンゴラなどの地域から多くが奴隷として強制的に連れてこられました。

    彼らは故郷や家族、さらには自分の名前すらも奪われました。しかし唯一、支配者たちが奪えなかったものがありました。それは彼らの心の奥底に根づいた信仰と精神世界です。支配者はカトリックへの改宗を義務づけましたが、彼らは知恵と工夫を駆使して、自らの神々を守り続けました。

    「シンクレティズム」という英知

    その守り方の一つが「シンクレティズム(宗教混淆)」と呼ばれる方法でした。彼らは自分たちの神々「オリシャ」をカトリックの聖人に巧みに重ね合わせることによって、表向きはキリスト教徒の姿を装いながら、内心では故郷の神々に祈りをささげ続けたのです。

    例えば、雷と力を司る勇敢なオリシャ「チャンゴー」は、竜退治の逸話を持つ聖バルバラと同一視されました。また、愛と美、そして川の女神である「オシュン」は、キューバの守護聖人であるコブレの聖母マリアとして崇拝されました。こうしてアフリカの魂はカトリックの外衣をまとい、キューバの地で独自の発展を遂げて、今日に至るまで受け継がれているのです。

    多彩な信仰の姿

    アフロ・キューバ宗教と一括りに言っても、そのなかにはいくつかの潮流があります。最も広く知られているのは、ナイジェリアのヨルバ族の信仰を起源とする「サンテリア(Santería)」です。この言葉は「聖人信仰」を意味し、もともとは侮蔑的に使われていましたが、今では最も一般的な呼び名となっています。信者たちは自らを「ルクミ」と称することもあります。

    他にも、コンゴ地方の信仰を基盤にし、自然の力や祖先の霊と深く関わる「パロ・モンテ(Palo Monte)」や、男性のみの秘密結社的な性質をもつ「アバクア(Abakuá)」など、それぞれ異なる儀式や哲学が存在します。チャンバスでは、こうした多様な信仰が複雑に絡み合いながら、人々の生活に深く根づいているのです。

    なぜ、ハバナではなくチャンバスなのか

    キューバのアフロ・キューバ文化に触れたい場合、ハバナやトリニダードといった観光都市でも、儀式をショーとして観たり、関連するアート作品に触れたりすることは可能です。しかし、私がチャンバスを選んだのには理由がありました。

    それは、観光地化されていない「ありのままの信仰」に直に触れたかったからです。ハバナの街角で、サンテリアの象徴である真っ白な衣装をまとった人々を見かけることは珍しくありません。ただ、それが観光客向けの演出なのか、それとも本物の信仰生活の一部なのかを見極めるのは旅人にとって容易ではありません。演出された文化ではなく、人々の息遣い、日常の香り、そしてコミュニティの絆に溶け込んでいる魂の営みを、自分の目で確かめ、肌で感じ取りたかったのです。

    チャンバスはサトウキビ畑が広がるキューバ中部に位置する、決して大きくない町です。そこには豪華なホテルや洗練されたレストランは一切ありません。あるのは、陽光に色褪せた建物、土煙の舞う道、そして住民たちの飾り気のない笑顔と、日常の中に自然に息づく祈りの光景です。派手さはありませんが、だからこそキューバの魂の原型がより純粋な形で守られている。旅の勘がそう告げていました。この地なら、きっと本物の扉を開くことができると。そんな確かな予感を胸に、私は初めてチャンバスの地を踏みしめたのです。

    チャンバスの日常に溶け込む信仰の風景

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    チャンバスで過ごす日々は、五感がゆるやかに目覚めていくような貴重な時間でした。視覚に映るもの、耳に届く音、鼻をくすぐる香り──それらすべてが、この土地に根付くアフロ・キューバの精神世界と密接に結びついていると感じられたのです。

    街角に流れるリズムと祈りの響き

    チャンバスの朝は、鶏の鳴き声と遠くから響く馬車の蹄の音に始まります。日が昇るにつれ、街は活気に満ち、家々から陽気な音楽や人々の会話があちこちで聞こえてきます。しかし、その暮らしの音の中に、時折特別な響きが私の耳を捉える瞬間がありました。

    それは、どこかの家の奥から聞こえてくる、乾いたけれど深く心に響く太鼓のリズムでした。ドゥン、ドゥン、タタタ、ドゥン……。それは単なる楽曲ではなく、何かを呼び覚まし、見えない何かと通じ合うための音でした。サンテリアの儀式で用いられる神聖な太鼓「バタ」の音色で、その振動は街の空気を揺るがし、目に見えないエネルギーの存在を私に知らせるかのようでした。これは特別な催し物ではなく、誕生日や健康祈願、神々への感謝など、ごく日常の一部として自然に響き渡っているのです。

    家々の玄関先にも目を向けると、小さな祭壇が設置されているのに気づきます。水が注がれたグラス、数本の葉巻、小さな石、そしてカトリックの聖人の絵。このようなものは祖先の霊やオリシャ(神々)に捧げられています。人々は家の出入りの際に、そこで静かに手を合わせ、短い言葉をつぶやくのです。信仰は教会や寺院のような特別な場所だけにあるのではなく、生活の隅々にまで行き渡り、人々の日常を見守っていました。チャンバスの街角は、そのごく当たり前の事実を静かに語りかけてくれたのです。

    カサ・パルティクラルでの出会いと学び

    キューバの旅の魅力のひとつに、「カサ・パルティクラル」と呼ばれる民泊体験があります。ホテルとは異なり、現地の家庭の一室を借りることで、彼らの日常生活により近く触れることができます。私がチャンバスでお世話になったエレナさんは、太陽のように明るい笑顔を持つ素敵な女性でした。彼女は熱心なカトリック教徒であると同時に、サンテリアの信者でもありました。

    居間には聖母マリアの像の隣に、鮮やかな黄色のドレスを纏った美しい女性像が飾られていました。私が質問すると、エレナさんはにっこり笑って説明してくれました。

    「これはオシュンよ。愛と豊かさをもたらす、川の女神様。私にとっては、コブレの聖母様と同じくらい大切な存在なの」

    彼女にとって、この二つの信仰はまったく矛盾せず、ごく自然に共存しているのです。毎朝、マリア様とオシュンの両方に祈りを捧げ、コーヒーを供える習慣がありました。困難に直面した時でも、どちらの神様もそれぞれの方法で自分を導き、守ってくれると信じていました。

    ある日の午後、エレナさんは「コラール」というものを見せてくれました。それは、オリシャごとに決まった色のビーズを繋いだネックレスで、信者が身に付けるお守りです。赤と白はチャンゴー、青と白はイェマヤ、黄色と金色はオシュンを表します。それぞれのコラールは、その人がどのオリシャの子であるか示し、神々からの加護(アチェ)を得るための重要なアイテムだと、彼女は丁寧に説明してくれました。彼女の話からは、神々が遠い存在ではなく、まるで家族の一員のように親しく、愛すべき存在であることがひしひしと伝わってきました。

    スポット名カサ・パルティクラル(一般的な民泊)
    概要キューバの一般家庭に泊まる形式。現地の生活や文化に直に触れる貴重な機会となる。特にチャンバスのような地方都市で主要な宿泊手段として利用されている。
    体験内容ホストファミリーとのふれあい、手作りの家庭料理、地域に根差した生活習慣や信仰の様子を間近で感じられる。信頼関係が築ければ、より奥深い文化体験へと繋がることも。
    住所チャンバス市内に数多く点在。事前予約がおすすめ。
    注意事項スペイン語を話せるとコミュニケーションが格段に円滑になる。Wi-Fi環境は整っていない場合が多い。ホストへの敬意を忘れずプライバシーに配慮を。

    市場に息づく見えざる力

    チャンバスの小さな市場は、人々の生活と信仰が交錯するまさに縮図のような場所でした。色鮮やかな野菜や果物、新鮮な肉類に混ざって、私の目を引いたのは、見慣れないハーブや木の根、鳥の羽根、そして様々な色の粉末を扱う一角です。

    それらは「ボタニカ」と呼ばれる店で売られている品々と同じく、アフロ・キューバ宗教の儀式には欠かせないものでした。店主の老人に尋ねると、ハーブごとに病を癒し、悪霊を祓い、幸運をもたらす特有の力(アチェ)が宿っていると教えてくれました。例えば、ある葉は浄化の際に水に浸して使い、別の木の皮は護符として身に付けると守護力が高まるということです。

    隣では、生きた鶏や鳩が売られていました。これらは時にオリシャへの最も重要な捧げものとなるものです。命を捧げる行為は、私たち日本人には衝撃的に映るかもしれませんが、それは命のエネルギーを神々に返し、その見返りにより強い力や加護を得ることを意味します。そこには残酷さはなく、自然界のサイクルの一部として命を捉え、見えない世界と深くつながろうとする人々の真摯な祈りが息づいていました。市場の喧騒の中で、私は生と死、そして人間と自然との根源的なつながりについて深く考えさせられたのです。

    魂の扉を叩く:儀式と占いの世界

    チャンバスでの滞在が数日を過ぎたころ、カサの主人のご厚意により、私は幸運にもサンテリアのある儀式を、部外者として末席から見学できる機会を得ました。それは信仰の根幹に触れる、心に深く刻まれる体験となりました。

    バタドラムが刻む神々の降臨

    この儀式は「タンボール」または「トケ・デ・サント」と称され、聖なるバタドラムの演奏と歌、踊りを通じてオリシャ(神々)をこの世に呼び出し、信者に憑依させることを目的としています。会場は、ごく普通の民家のパティオ(中庭)であり、中央にはオリシャを祀る祭壇が設えられ、色鮮やかな布や供物で華やかに飾られていました。

    日が暮れ、辺りが薄暗くなると、白装束の人々が次々に集まり始めます。やがて三人の奏者(オモ・アニャ)がさまざまな大きさの三つのバタドラムを打ち鳴らし始めると、その場の空気が一気に変わりました。腹の底に響く重低音の「イヤ」、中音域でリズムを刻む「イトテレ」、高音で複雑なフレーズを奏でる「オコンコロ」。三つの太鼓が織りなすポリリズムは単なる音楽を超え、それ自体が神々を呼び起こす「言葉」そのものでした。

    リズムに乗って信者たちがオリシャを讃える歌を唱え始めます。その歌声はアフリカのヨルバ語で歌われ、意味が分からなくとも、魂へ直接訴えかける力強さを持っていました。人々は輪になって踊り出し、最初は穏やかな動きであったものが、太鼓のリズムが激しくなるにつれて次第に熱を帯びていきます。

    トランスと神託

    儀式が最高潮に達する瞬間、それは起きました。踊っていた一人の女性が急に大きく体を震わせ、甲高い叫び声をあげたのです。もはや彼女自身の意思による動きでなく、明らかに人間を超越した何者かに支配されているかのようでした。周囲の人々は慌てることなく彼女を支え、「オリシャが降臨された」と神聖な敬意を示します。彼女の身体には一柱のオリシャが宿ったのです。

    この「馬に乗る」と表現される憑依状態(トランス)になった信者は、神の具現者として他の信者に祝福を授け、神託を伝えます。言葉は断片的かつ象徴的でありながら、人々は真剣な面持ちで耳を傾け、その意味を解読しようとします。私が目撃したのは雷神チャンゴーの憑依でした。普段は穏やかな彼女が、力強く威厳に満ちた動きで踊り、男性的な低い声で語っていたのです。

    目の前に広がる光景は非日常的で強烈なものでしたが、恐怖や不気味さは感じられません。むしろ、コミュニティ全体が一体となり、高揚感に満ち溢れ、神々と共にあることへの純然たる喜びがあふれていました。これは理屈や論理を超え、魂のレベルでの深い交流の場であったのです。

    儀式に参加・見学する際の心得

    もしもこのような神聖な儀式に立ち会う機会があれば、何よりも敬意をもって臨むことが欠かせません。部外者として訪れる私たちは、「お邪魔させていただく」という謙虚な心構えを忘れてはなりません。

    • 許可なく撮影は控える: 写真やビデオの撮影はほとんどの場合厳禁です。神聖な瞬間を記録したい気持ちも理解できますが、まずはその場の空気を尊重し、目と心に映像を刻むことに専念しましょう。
    • 服装に注意する: 白は浄化の色として尊ばれており、儀式では白装束が求められることが多いです。派手な色や露出が多い服装は避け、清潔感を持った控えめな服装を心がけましょう。
    • 指示に従う: 現地の信者や案内者の指示には必ず従いましょう。座る場所や立ってはいけない場所など、細かな決まりがある場合があります。
    • 静粛を保つ: 私語を慎み、場の雰囲気を乱さないよう配慮してください。携帯電話は必ず電源を切っておきましょう。
    • 感謝の念を示す: 儀式終了後は、場を提供してくれた家族や招いてくれた方々に心から感謝の気持ちを伝えましょう。少額の心付け(現金やラム酒、葉巻など)を用意すると、気持ちがより伝わります。

    オリシャに道を尋ねる:貝殻占いの体験

    アフロ・キューバ宗教では、「占い(コンスルタ)」も重要な役割を果たしています。人生の転機や困難に直面した際、人々は神官である「ババラウォ(男性司祭)」や「サンテロ/サンテラ(男女の司祭)」を訪ねて、オリシャからの助言を受けます。

    私は知人の紹介で、あるサンテロの家にて占いを受ける機会を得ました。薄暗い部屋には大きな祭壇が据えられ、多種多様なオリシャの象徴が飾られていました。サンテロは祭壇の前で祈りを捧げた後、私の前に座り、16個のタカラガイを手に取りました。

    これは「ディログン」と呼ばれる占術であり、タカラガイを投じて落ちた際の表裏の組み合わせ(オドゥ)から神託を読み解くものです。彼は私の名前と生年月日を尋ね、祈りの言葉を唱えながら貝を床に投げ入れました。貝の配置をじっと見詰める姿はまるで文字を読むかのようで、ゆっくりと語り始めたのです。

    彼の語った内容は、私の過去の出来事や私自身も気づかなかった内面の葛藤について触れたものでした。そしてこれからの旅路で気を付けるべきことや、大切にすべき人間関係について、具体的かつ象徴的な表現で助言をくれました。

    驚いたのは、それが単なる未来予測ではなく、「自分自身とどう向き合い、どう生きていくか」という哲学的な問いかけに満ちていた点です。オリシャは答えを明確に示すのではなく、進むべき道標を示してくれる存在だと実感しました。占いが終わった後、心は不思議なほど静かで穏やかになり、見えない大きな力に見守られているという確かな安心感に包まれました。

    体験名コンスルタ(占い)
    概要サンテリアの神官(ババラウォ、サンテロなど)が執り行う神託の儀式。タカラガイやヤシの実の殻を用いてオリシャからのメッセージを受け取る。
    体験場所チャンバス市内の神官の自宅など。紹介なしでは参加が難しい場合が多い。
    内容人生の悩みや進路の相談を受け、神託を通じてアドバイスや解決策、必要な儀式(エボ)を示す。
    注意点信頼できる紹介者を通じて依頼することが不可欠。料金は事前に確認し、占いの内容は個別のものであるため真摯な態度で臨むこと。通訳が必要な場合も多い。

    キューバの魂を彩る神々:オリシャの世界

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    チャンバスでの体験を通じて、私はアフロ・キューバの宗教が、多様で人間味豊かな神々「オリシャ」抜きには語れないことを強く感じました。彼らは遠くの天空にいる存在ではなく、自然のあらゆる場所に宿り、人々の喜怒哀楽に寄り添う、身近で力強いパートナーなのです。ここでは、特にキューバで深く慕われている代表的なオリシャをいくつかご紹介します。

    オリシャ:神々のプロフィール

    アフロ・キューバのオリシャたちは、ギリシャ神話の神々のように、それぞれが担当する領域や性格、そして人間らしい物語を持っています。彼らの関係性を理解することは、キューバ文化をより深く知るための重要な鍵となります。

    オリシャ名担当領域象徴・色対応するカトリックの聖人
    エレグア(Eleguá)道、扉、運命、はじまりと終わり赤と黒、鍵、杖アトチャの聖なる子、聖アントニオ
    オグン(Ogún)鉄、戦い、労働、技術緑と黒、マチェーテ(山刀)聖ペテロ
    オチョシ(Ochosi)狩猟、正義、森青と黄色、弓矢聖ノルベルト
    チャンゴー(Changó)雷、火、力、太鼓、踊り赤と白、両刃の斧聖バルバラ
    オバタラ(Obatalá)創造、知性、平和、純潔白、鳩ラス・メルセデスの聖母
    オシュン(Oshún)愛、美、川、豊かさ、蜂蜜黄色、金色、孔雀の羽コブレの聖母マリア
    イェマヤ(Yemayá)海、母性、生命の源泉青と白、貝殻、扇レグラの聖母
    オジャ(Oyá)風、嵐、死者の世界の門番栗色、虹色、稲妻カンデラリアの聖母
    ババル・アジェ(Babalú Ayé)病と癒し、大地紫色、麻袋、松葉杖聖ラザロ

    神々の物語と人間らしさ

    これらのオリシャは、それぞれ独立しているだけでなく、複雑な家族関係や愛憎のドラマも持ち合わせています。例えば、勇猛な戦士であるチャンゴーは非常に情熱的で、多くの女神たちと恋愛関係にあります。その妻の一人が風の女神オジャであり、もう一人が愛の女神オシュンです。海の女神イェマヤは、多くのオリシャの母ともされる、包み込むような偉大な存在です。

    興味深いのは、彼らが決して完璧な神々として描かれていない点です。チャンゴーは傲慢で短気な側面を持ち、オシュンは嫉妬深いこともあり、エレグアはいたずら好きです。このように人間らしい欠点や感情を持つからこそ、人々はオリシャに親近感を抱き、自身の弱さや悩みを打ち明け、助けを求めることができるのでしょう。

    チャンバスの路上で、赤と白のビーズのブレスレットを身に着けた男性を見かけたら、彼は「チャンゴーの子」として、その加護を信じているのかもしれません。また、黄色い服を好んでまとう女性は、「オシュンの子」として、その美しさや豊かさにあやかろうとしているのかもしれません。人々のファッションや所作の中に、オリシャたちの影響を読み解くことができます。それは、神々が神話の中だけでなく、現代に生きる人々のアイデンティティの一部として、確かに存在している証と言えるでしょう。

    旅の準備と心構え:チャンバスへの道

    この神秘的な街、チャンバスへの旅を計画している方々に向けて、役立つ情報と旅をより充実させるための心得をお伝えします。チャンバスはまだ観光地化されていないため、事前の準備と現地での柔軟な対応が非常に重要となります。

    アクセスと宿泊

    チャンバスはシエゴ・デ・アビラ州に位置し、隣接するモロンの街からアクセスするのが一般的です。ハバナからは長距離バスのビアスール(Viazul)などを利用してシエゴ・デ・アビラかモロンまで行き、そこからタクシーや地元のバスに乗り換えます。所要時間はかかりますが、キューバの田園風景を車窓から楽しめるのも旅の大きな魅力です。

    宿泊は、基本的に「カサ・パルティクラル」と呼ばれる民宿スタイルが主流です。オンラインで事前予約できるカサもありますが、現地で探すことも可能です。信頼できる宿を見つけることが、チャンバスでの滞在を成功させるポイントとなります。質の良いホストは、単に宿を提供するだけでなく、文化の案内役としても機能し、安心して過ごせる力強い支えとなってくれます。

    言葉とガイドの重要性

    キューバ、特にチャンバスのような地方都市では英語がほとんど通じません。基本的なスペイン語を少しでも覚えていくと、現地の人々とのコミュニケーションが飛躍的に楽しくなります。「こんにちは(Hola)」「ありがとう(Gracias)」「美味しい(Rico)」などの簡単なフレーズだけでも、心を開くきっかけになります。

    特にアフロ・キューバ宗教のような専門的かつ繊細なテーマに関心がある場合は、信頼できる現地ガイドや通訳を雇うことを強くおすすめします。彼らなしでは、儀式への参加や神官との面会がほぼ不可能です。文化的背景の説明はもちろん、守るべきマナーや禁忌を教えてくれ、地域コミュニティとの架け橋となってくれます。私自身も現地ガイドの力を借りたことで、単なる観光では味わえない深い体験を得ることができました。

    キューバ旅行の基本情報

    • 通貨: キューバの通貨はキューバ・ペソ(CUP)です。かつて外国人旅行者が主に使っていた兌換ペソ(CUC)は廃止されました。両替は空港や市内の公式両替所(CADECA)で行えますが、レートの良い非公式の両替も存在します。ただしトラブルを避けるため、信頼できる場所での両替を心がけましょう。
    • インターネット: キューバのインターネット環境は年々改善されているものの、日本のようにどこでも快適に利用できるわけではありません。公共のWi-Fiスポットでは国営通信会社ETECSAが発行するプリペイドカードを使って接続するのが一般的です。一部のカサではWi-Fiを提供していますが、速度は期待できないケースが多いです。デジタルデトックスを楽しむ心構えがあると良いでしょう。
    • 物資: キューバでは物資不足がしばしば見られます。常備薬や生理用品、化粧品、虫除けスプレーなど、日常的に使うものは日本から持参することをおすすめします。また、現地でお世話になった方へのお土産として、ボールペンや石鹸、質の良い古着などを持っていくと大変喜ばれます。

    太陽と太鼓と、魂の再生

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    チャンバスでの最後の日、私はカサの前にある揺り椅子に腰掛け、沈みゆく夕陽を静かに見つめていました。サトウキビ畑をそよぐ風が、遠くアフリカから運ばれてきた記憶や、この地に生きた人々の祈りを感じさせてくれました。ハバナの喧騒とは異なる、穏やかでありながらも力強い生命の息吹が、静かに流れているのがそこにはありました。

    この旅で私が触れたのは、単なる珍しい宗教や異国情緒あふれる文化ではありませんでした。過酷な運命に翻弄されてもなお失われることのない、人間の尊厳と魂のたくましさそのものでした。故郷から引き離され、あらゆるものを奪われた人々は、歌や踊り、神々への祈りの中に、自分たちのアイデンティティや共同体との絆を見つけ、それを今に至るまで守り続けてきたのです。

    アフロ・キューバ宗教は、彼らにとって現実を生き抜くための実践的な知恵であり、苦難を乗り越える希望の光でした。病にかかればハーブで清め、迷いが生じれば神託に耳を傾け、喜びの時には太鼓を叩いて神々と分かち合う。そこには、現代社会が忘れつつある自然や見えない世界との深い結びつき、そして共同体の中で支え合いながら生きる豊かさが息づいていました。

    チャンバスの大地を去るとき、私は訪れたときより少し軽やかで、それでいて強くなったように感じました。太鼓のリズムや陽光、そしてチャンバスの人々の笑顔が内なる魂に触れ、何かを浄化し再生させてくれたのかもしれません。もしあなたが日常に疲れを覚え、物質的な豊かさだけでは満たされない心の充足を求めているなら、キューバの魂が息づくチャンバスを訪れてみてはいかがでしょうか。そこにはきっと、あなたの人生を静かに、しかし確かに照らす新たな光が待っていることでしょう。

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    この記事を書いた人

    アパレル企業に勤めながら、長期休暇を利用して世界の街角を巡る旅ライター。歴史や素材の知識を活かした、おしゃれで知的な旅の提案が得意。治安情報や、スリ対策など、女性目線の安全対策に関する記事も人気。

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