「イスファハンは、世界の半分」。かつてこの地を訪れた旅人たちが、畏敬の念を込めてそう口にしたと言います。ペルシャ文化の心臓部として、サファヴィー朝の栄華を今に伝える古都、イスファハン。その言葉が決して誇張ではないことを、私はこの街の土を踏み、空気を吸い、そして味わうことで、深く理解することになりました。
青いタイルが輝く壮麗なモスク、緑豊かな庭園、そして人々の温かい笑顔。しかし、この街の真の魂に触れるなら、その中心に広がる巨大な迷宮、グランド・バザールへと足を踏み入れなければなりません。そこは、スパイスの香りが立ち込め、喧騒が絶えることなく響き渡り、何世紀にもわたる人々の営みが堆積した、生きた博物館のような場所。
今回の旅では、このグランド・バザールを彷徨いながら、その奥深くで出会う甘美なペルシャ菓子と、魂を揺さぶるハラールグルメの世界を探訪します。キラキラと輝く宝石のようなお菓子たち、香辛料が織りなす奥深い料理の数々。それは単なる食体験ではなく、ペルシャの歴史と文化、そして人々の暮らしを五感で味わう、スピリチュアルな旅でもありました。さあ、一緒にイスファハンの甘く、香り高い迷宮へと迷い込んでみませんか。
この旅で感じたスピリチュアルな体験は、ヨルダンの壮大な遺跡と静寂な砂漠を巡る魂の旅路にも通じるものがありました。
イスファハン、美しき古都の記憶

イスファハンの旅は、街の中心部に広がるイマーム広場(正式名称はナクシェ・ジャハーン広場)から始まります。南北に500メートル以上、東西に160メートル以上もあるその圧倒的な規模は圧巻です。かつてはポロ競技や軍事パレードの舞台として用いられたこの広場は、現在も市民の憩いの場として賑わっています。芝生に腰を下ろしピクニックを楽しむ家族、噴水の周囲を走り回る子どもたち、そして私たちのような旅人――さまざまな人々が交錯し、穏やかな時間が流れているのです。
この広場が現在の姿となったのは17世紀初頭、サファヴィー朝の最盛期を築いた偉大な王、シャー・アッバース1世の時代です。彼は首都をイスファハンに移し、壮大な都市計画を推し進めました。広場の四方を囲むのは、イマーム・モスク、シェイフ・ロトフォッラー・モスク、アーリー・カープー宮殿、そしてグランド・バザールの入口であるゲイサリーイェ門という、完璧な対称美を誇る建築群。これらイスラム建築の至高の傑作が一堂に会する光景は、まさに圧倒されるものです。「世界の半分」という表現が、この広場を目の当たりにした人々の感動から生まれたという逸話に納得がいきます。
私が心惹かれるのは、その壮麗な美しさだけではありません。長い時を経て少しずつ色あせ、所々が修復を重ねつつも、変わらず人々の生活の中心であり続けるその姿に深い魅力を感じます。絶頂期を迎えた建築物が現代の生活と自然に共存している様子は、単なる観光地ではなく、生きた歴史の重みと温もりを実感させてくれます。この広場をゆっくりと巡るだけで、イスファハンが刻んできた豊かな時の流れを直に感じ取ることができるのです。
旅の心臓部、グランド・バザールの迷宮へ
イマーム広場の北側にあるゲイサリーイェ門をくぐると、まるで別世界に迷い込んだかのような光景が広がります。そこはイスファハンのグランド・バザール、ペルシャ語で「バザール・ボゾルグ」と称される巨大な市場の入口です。アーチ型の天井が果てしなく続く通路は、まるで街の血管のように複雑に張り巡らされており、一歩足を踏み入れれば、あまりの広さに方向感覚を見失うほど。こここそが、今回の旅の本当の目的地となります。
足を進めるたびに、五感が刺激される情報の洪水に飲み込まれていきます。遠くから響く銅製品を打つリズミカルな音、絨毯商の誘い声、そして人々のざわめきが混ざり合います。鼻をくすぐるのはカルダモンやサフラン、クミンといったスパイスの豊かな香り、甘く煮詰められたシロップの匂い、さらに焼き立てのナンの芳ばしい香りです。ドーム状の天井に設けられた天窓から差し込む光が、空中に漂う埃を煌めかせ、まるで映画の一場面のような幻想的な光景を作り出しています。光と影のコントラストが、この迷路にさらに奥行きを加えているのです。
このバザールは1000年を超える歴史を持つと伝えられています。セルジューク朝の時代に基礎が築かれ、サファヴィー朝の時代に大幅に拡大されました。通路を歩いているとふと目に入る古い隊商宿(キャラバンサライ)やモスク、神学校(マドラセ)が、この場所がかつてシルクロードの重要な中継地だったことを物語っています。商品はラクダの背に載せられ、この市場を通じて東西に運ばれていたのです。現在も絨毯、金属製品、陶器、細密画、食料品など多種多様な品物がここで取引され、人々の暮らしを支え続けています。ここは単なる市場という枠を超え、イスファハンの経済や文化、そして人々の生活が凝縮された大きな生命体と言えます。
廃墟好きの私が魅了されたのは、その歴史の重なりでした。古びたレンガの壁、すり減った石畳、何世代にもわたり使い込まれてきたと思われる店の扉。新しい店と古い店が隣り合い、過去と現在が入り混じった空間。栄枯盛衰を繰り返しながらも、決して機能を失わずに息づくこの場所は、私にとって最も魅力的な「生きた遺跡」そのものでした。
甘美なる誘惑、ペルシャ菓子の世界

バザールの喧騒をかき分けて歩いていると、ひと際甘い香りが漂う一角にたどり着きます。そこには色とりどりの宝石のように美麗なお菓子がショーケースに並び、通りかかる人の足を自然と止めさせます。今から、イスファハンの誇るペルシャ菓子の甘美な世界をじっくりと覗いてみましょう。
イスファハンの至宝、ギャズ(Gaz)
イスファハンの代表的なお菓子といえば、まずは「ギャズ」が挙げられます。これは、ローズウォーターで香り付けしたメレンゲに、贅沢にピスタチオやアーモンドを混ぜ込んで固めたヌガーの一種です。バザールにはギャズ専門店が軒を連ね、それぞれが自慢の味を競い合っています。
老舗の店先では、ガラスケースの中に白い塊がずらりと並んでいます。ピスタチオの含有率によってランク分けされていて、40%以上のものは最高級品とされています。緑色のピスタチオがぎっしり詰まった断面は、見ているだけで幸せな気持ちになるでしょう。一口大にカットされ、粉がまぶされたものや大きな円盤状のものなど、多彩な形で提供されています。試食をすすめられ、一つ口に含むと、まずサクッと軽やかな歯触りが感じられます。噛みしめるほどにピスタチオの香ばしさが広がり、鼻腔を抜ける上品なローズウォーターの香りがふわりと漂います。甘さは控えめでナッツの風味を存分に味わえる逸品で、むしろ芸術品に例えたくなるような洗練された味わいです。
ギャズの起源は古く、サファヴィー朝の時代にはすでに作られていたといわれています。その名前は、原料となる樹液が採れるタマリスクの一種「ギャズ・アンゲビン」に由来します。伝統的には、この樹液を煮詰めたものを甘味料として用いていましたが、現代では砂糖やブドウ糖シロップを使うことが主流です。それでも老舗の味は、何世代にもわたる職人の技の結晶。イスファハンを訪れたらぜひとも味わいたい逸品です。
| スポット名 | Gaz Kermani |
|---|---|
| 場所 | グランド・バザール内およびイスファハン市内に複数店舗 |
| 特徴 | 100年以上の歴史を誇る、イスファハンで最も名高いギャズの老舗。高品質のナッツを贅沢に使い、上品な甘さが魅力。美しいパッケージはお土産にも最適。 |
| おすすめ | ピスタチオ含有率42%のプレミアムギャズ。ナッツの風味と食感を存分に味わえる逸品。 |
黄金に輝く、ソウハーン(Sohan)
ギャズと並び人気を誇るのが「ソウハーン」です。小麦胚芽、砂糖、バター、卵黄などを煮詰め、サフランとカルダモンで芳香をつけ、ピスタチオやアーモンドを散らして薄く伸ばしたお菓子です。発祥は聖地ゴムですが、イスファハンでも高品質な製品が作られています。
円盤状のソウハーンは、サフランからの美しい黄金色で輝き、まるで太陽の欠片のような存在感があります。一口食べると、カリッ、パリッと軽快な食感。バターの豊かな風味に加えて、サフランとカルダモンのエキゾチックな香りが口いっぱいに広がります。ナッツの香ばしさもアクセントになり、後を引く味わいです。甘さはしっかりとしているため、濃厚なイラン産紅茶(チャイ)との相性は抜群。美しい金属製の缶に入れて販売されていることが多く、お土産としても高い人気を誇ります。
紅茶の友、プーラキ(Poolaki)
チャイハネ(喫茶店)や家庭で、紅茶とともに提供されることが多いのが「プーラキ」です。極めて薄い円盤状の飴で、日本のべっこう飴に似ていますが、多彩なフレーバーが特徴です。サフラン、ドライレモン、ゴマ、ミント、ココナッツなど、色も香りも異なる種類が揃います。イランの人々はこれを角砂糖のように口に含み、熱い紅茶を飲みながらゆっくり溶かしてじっくり味わいます。紅茶のほろ苦さとプーラキの優しい甘味が混ざり合う瞬間は、まさに至福のひととき。バザールでは量り売りされており、好きなフレーバーを少しずつ試せるのもうれしい点です。
その他、魅惑のペルシャ菓子たち
バザールを歩けば、まだまだ数多くの魅力的なお菓子に出会えます。
- バグラヴァ(Baghlava): パイ生地に刻んだナッツを挟んで焼き、甘いシロップをかけたお菓子。トルコのバクラヴァに似ていますが、イランのものはローズウォーターやカルダモンで香り付けされており、よりエキゾチックな味わいです。一口食べれば強烈な甘さに驚きますが、不思議とクセになる美味しさです。
- ファールーデ(Faloodeh): ローズウォーター風味のシロップに、米粉で作られた細い麺のようなものを凍らせたシャーベット状のデザートです。シャリシャリした独特の食感が魅力で、暑い日には最高の清涼剤となります。食べる直前にライムやレモンの果汁を絞るのが一般的で、爽やかな酸味が加わりさっぱりと味わえます。
これらの甘味は単なる甘さにとどまらず、サフランやローズウォーター、カルダモンといったペルシャ料理に欠かせない香りが巧みに取り入れられ、複雑で奥行きのある味わいを生み出しています。それはまさに香りの文化が育んだ、口にする芸術品といえるでしょう。
香辛料が織りなす、ハラールグルメの真髄
甘いお菓子で心を満たしたあとは、イスファハンの真髄とも言えるハラールグルメの世界に足を踏み入れましょう。ハラールとはイスラム法で「許された」を意味し、主に食に関する規定を指します。豚肉やアルコールの摂取が禁じられているのはもちろん、肉の処理方法にも厳しいルールがあります。しかしこれは単なる制約ではなく、食材への感謝と敬意を込めた、豊かな食文化の基本となっているのです。
イスファハンの名物料理、ベリヤニ(Beryani)
イスファハンに来たらぜひ味わいたい名物が「ベリヤニ」です。名前はインドの炊き込みご飯「ビリヤニ」と似ていますが、全く異なる料理です。羊の肩肉や首肉を茹でてから細かく刻み、専用の丸い鉄鍋で香ばしく焼き固めた、イラン風ハンバーグとも言える一品です。
ベリヤニ専門店に一歩足を踏み入れると、その活気と熱気に圧倒されます。職人たちがリズミカルに肉を鉄鍋に押し付けて焼き上げる音と香ばしい香りが店内を満たします。焼きあがったベリヤニは熱々のまま、大きなナンの上に載せられて提供されます。付け合わせには生の玉ねぎや新鮮なミント、バジルなどのハーブが添えられ、地元の人々はそれらをナンで包み込んで豪快に頬張ります。
一口頬張れば、羊肉の濃厚な旨みと脂の甘みが口いっぱいに広がります。スパイスは控えめで、肉本来の味わいを素直に楽しめるスタイル。生玉ねぎのシャキシャキとした食感と辛味、ハーブの爽やかな香りが合わさり、絶妙なバランスを作り出しています。見た目はシンプルながら、非常に力強い味わいで、強烈な印象を残す一皿です。まさにイスファハンの男たちのエネルギー源だと納得させられる料理と言えるでしょう。
| スポット名 | Beryani Azam |
|---|---|
| 場所 | グランド・バザール周辺を中心に市内各所に店舗あり |
| 特徴 | イスファハンで最も有名かつ評価の高いベリヤニ専門店の一つ。創業以来長い歴史を持ち、地元の人々で常に賑わう。肉の質と焼き加減に定評あり。 |
| おすすめ | ベリヤニセット。肉汁を吸ったナンと付け合わせのスープ(羊肉の煮出し汁)が特に絶品。 |
甘じょっぱさが絶妙なユニークシチュー、ホレシュテ・マースト(Khoresht-e Mast)
イスファハン料理の中でも特に個性的なのが「ホレシュテ・マースト」です。「ヨーグルトのシチュー」と訳されますが、その味わいは想像を大きく超えます。鮮やかな黄色いペースト状の見た目は、まるでデザートのようです。
主な材料はヨーグルト、羊の首肉、砂糖、卵黄、そしてサフラン。肉を柔らかく煮込み、骨を取り除いてほぐしたものを他の材料と混ぜ合わせて仕上げます。口に含むとまず濃厚な甘みが広がり、続いてヨーグルトの爽やかな酸味が感じられます。最後にサフランの上品な香りが追いかけてくるのが特徴です。食感はとても滑らかでクリーミーであり、肉が入っているとは思えないほどです。ご飯と一緒にメインディッシュとして食べることもあれば、食後のデザートとして楽しむこともある、不思議な存在の料理です。甘いもの好きの方なら、この甘じょっぱい味わいに夢中になることでしょう。
イラン料理の定番、キャバーブ(Kebab)
イラン各地で親しまれているキャバーブも、イスファハンでぜひ味わいたい一品です。炭火でじっくりと焼き上げることで、格別な香ばしさを楽しめます。
- キャバーブ・クビデ(Kabab Koobideh): 羊肉や牛肉のひき肉を金串に巻きつけて焼く、最もポピュラーなキャバーブ。ジューシーで柔らかく、スパイスの香りが食欲を刺激します。
- キャバーブ・バルグ(Kabab Barg): 羊や牛のヒレ肉を薄くスライスし、マリネしてから焼きあげたもの。繊細で上品な味わいが特徴です。
これらのキャバーブは通常、パラリと炊き上げられた白米「チェロウ」と一緒に提供されます。ご飯の上にはバターの塊と、赤紫色のスパイス「スマック」が添えられます。熱々のご飯にバターを溶かし、スマックを振りかけて、焼きトマトを潰しながらキャバーブとともにいただくのがイラン流。スマックの爽やかな酸味が、肉の脂をさっぱりとさせてくれます。
心と体を癒す、アーシュ・レシュテ(Ash Reshteh)
旅の疲れで胃が重くなった時におすすめしたいのが「アーシュ・レシュテ」です。さまざまな種類の豆、ハーブ、そして「レシュテ」と呼ばれるイラン風の麺を煮込んだ、栄養満点のスープです。まさに「食べるスープ」という表現がぴったりで、具だくさんで滋味深い味わいが特徴です。トッピングにはフライドオニオンや乾燥ミント、発酵乳製品「カシュク」が使われ、混ぜ合わせることで味に深みとコクがプラスされます。イランの家庭料理の代表格であり、心も体も温まる優しい味わいの一皿です。
バザールの喧騒を離れて、チャイハネで過ごす至福の時

バザールでの散策に少し疲れたら、伝統的な喫茶店であるチャイハネでひと息つきましょう。イマーム広場の周辺やバザールの奥まった一角には、まるで時が止まったかのような風情あるチャイハネがひっそりと佇んでいます。
美しいタイル装飾の壁、使い込まれた絨毯、ほの暗い照明。店内には水タバコ(ガリユーン)の甘い香りが漂い、人々はチャイを片手に語らいを楽しんでいます。ここで主役となるのはもちろんチャイ(紅茶)。小ぶりなガラスのコップ「エステカン」に注がれた、琥珀色に輝く熱い紅茶が運ばれてきます。
イラン流の紅茶の飲み方は特徴的です。テーブルに置かれた角砂糖を直接カップに入れるのではなく、一つを前歯で軽く挟んだり口の中に含んだりします。その上から熱い紅茶を少しずつ注ぎ込むのです。こうすることで、ちょうど良い甘さが口の中に広がり、紅茶本来の風味も損なわれないと言われています。先ほどご紹介したプーラキを代わりに使うのもまた、粋な楽しみ方の一つです。
チャイハネは単なる喉の乾きを癒す場所ではありません。友人との会話を楽しんだり、一人で物思いにふけったり、あるいはぼんやりと行き交う人々の様子を眺めたりと、イランの人々にとってたいへん重要な社交の場であり、生活に深く根ざした文化的空間なのです。私もチャイをすすりつつ、バザールで買ったばかりのギャズを一つ口にしました。喧騒から切り離されたこの空間で過ごす時間は、旅のなかでも特に心に残る、穏やかで贅沢なひとときとなりました。
イスファハンの美を巡る、食以外の楽しみ
イスファハンの魅力は、グルメやバザールにとどまらず、その食文化の背後にあるサファヴィー朝の壮麗な芸術や建築に触れることで、さらに深い理解を得られます。
イマーム・モスク
イマーム広場の南側に堂々と佇むイマーム・モスクは、イスラム建築の最高峰と称されます。門(エイワーン)からドーム、そしてミナレット(尖塔)に至るまで、建物の内外は青を基調とした精緻なタイルで覆われています。その青のグラデーションは「イスファハン・ブルー」と呼ばれ、空の色と見事に調和する美しさを放っています。また、ドームの真下で手を叩くと音が7回反響するという優れた音響設計も、このモスクの魅力のひとつです。
シェイフ・ロトフォッラー・モスク
広場の東側に位置する、特に優美な印象を与えるモスクです。これは王族の女性たちのために造られた私的な祈りの場で、ミナレットが存在しないのが特徴です。内部のドームの天井はクリーム色を基調に繊細なアラベスク模様で飾られており、中央の天窓から差し込む光が孔雀の尾羽のように広がるため「ピーコック・ドーム」とも呼ばれます。光の角度が刻々と変わることで、その表情も移ろい、静かな感動をもたらす神秘的な空間です。
アーリー・カープー宮殿
広場の西側に建つこの宮殿は、王が謁見や祝宴を催した場所として知られています。最上階のバルコニーからは広場全体のパノラマを見渡せ、かつてシャー・アッバースがポロ競技をここから観戦した情景を思い浮かべることができます。内部で特に注目すべきは「音楽堂」です。壁や天井には楽器や壺の形を模した精巧な透かし彫りが施されており、この装飾が音響効果を高め、美しい音を響かせていました。その芸術的な独創性と美しさは、サファヴィー朝時代の高い芸術性を物語っています。
これらの華麗な建築群は、かつての王朝の権力と富を象徴していました。しかし、長い歳月が経つにつれて、その壮麗さにはどこか儚さや哀愁が漂っているようにも感じられます。おそらくそれは、私が廃墟の中に美を見いだすからかもしれません。かつての完璧な栄華の記憶が、現代の日常の風景に静かに佇む。この対比こそが、イスファハンの幾度となく訪れたくなる魅力の根源なのでしょう。
イスファハン滞在のヒント

この魅力あふれる街を訪れるこれからの旅人の皆さんに、役立つ情報をいくつかご紹介します。
- アクセス方法: 日本からの直行便はありません。そのため、中東の主要都市(ドバイ、ドーハ、イスタンブールなど)を経由して首都テヘランに入国するのが一般的です。テヘランからイスファハンへは、国内線の飛行機で約1時間、または長距離バス(特にVIPバスは快適)で約6〜7時間かかります。
- 服装のポイント: イランはイスラム共和国であり、服装に関する規則があります。特に女性は、髪を覆うためのスカーフ(ルサリ)の着用が義務付けられています。さらに、体のラインがはっきり出ないように、お尻が隠れる長袖の上着(マンツーなど)と、足首まで覆う長いパンツやスカートを身につける必要があります。男性もショートパンツやタンクトップは避け、長ズボンを履くのが望ましいです。
- 通貨と言語について: 通貨はイラン・リヤルですが、ゼロが多いため分かりづらく、現地の人はしばしば「トマン」(1トマン=10リヤル)という単位を使います。両替は空港や市内の両替所で可能です。公用語はペルシャ語ですが、ホテルや主要な観光地、バザールの一部では英語が通じることもあります。簡単な挨拶「サラーム(こんにちは)」「メルシー(ありがとう)」を覚えておくと、地元の人との距離がぐっと縮まるでしょう。
- 文化に関する注意点: イランには「ターロフ」という、儀礼的な謙遜や建前を大切にする独特の文化があります。たとえば、店で代金を支払おうとした際に「いりませんよ」と言われたり、家に招かれたりすることがありますが、それは本心ではなく相手への敬意を表すための社交辞令であることが多いです。真に受けずに、2、3度申し出を繰り返すのが礼儀となっています。また、地元の人々は非常に親切で写真撮影にも気軽に応じてくれますが、特に女性を撮影する際には必ず事前に許可を取るよう心掛けましょう。
五感が記憶する、イスファハンの色彩と香り
イスファハンの旅を終えた今、心に深く刻まれているのは、ただ青いモスクの壮麗さだけではありません。むしろ、それは五感に染み込んだ記憶の断片の数々です。バザールを吹き渡る、スパイスとローズウォーターが入り混じった芳しい香り。銅製品を打つ軽快な音色。ギャズのサクサクとした食感とピスタチオの香ばしい香り。ベリヤニの力強い肉の旨味。そして何より、チャイハネで交わしたたとえ言葉が通じなくとも、心が通じ合うような地元の人々の温かな笑顔。
グランド・バザールは、単なる巨大な市場ではありませんでした。それは、イスファハンの歴史、文化、芸術、信仰、そして日々の暮らしが複雑に織り成されたタペストリーそのもの。迷路のような細い道をさまようことは、この街の魂の深層を巡る旅と同じ意味を持っていました。
甘く香るペルシャ菓子や芳醇なハラール料理は、その旅を彩る最高の案内役でした。一口ごとに、この地が育んだ豊かな恵みと、食を大切にする人々の温かな愛情が伝わってきました。もしあなたが、日常から離れた場所で心と体を満たす真の体験を求めているなら、ぜひイスファハンを訪れてみてください。そこにはきっと、あなたの五感を刺激し、新たな人生の扉を開くような、甘く芳しい発見が待っていることでしょう。

