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    皇帝の都メクネスの旧市街で迷い込む美食探訪:ハラール、ヴィーガンタジンとミントティーに癒される魂の旅

    旅とは、日常から非日常への扉を開ける魔法のようなもの。特に、その土地の「食」に触れることは、文化の最も深い部分に触れ、人々の暮らしのリズムを肌で感じることに他なりません。今回私が訪れたのは、モロッコの古都メクネス。フェズやマラケシュといった華やかな観光都市の陰に隠れがちですが、ここにはムーレイ・イスマイル帝が築いた壮大な都の記憶と、迷宮のような旧市街(メディナ)に息づく、素朴で温かな日常が流れています。今回の旅のテーマは「食を通じた癒し」。複雑に入り組んだ路地をあえて迷いながら歩き、心と体にじんわりと染み渡るような、滋味深い料理との出会いを求めてきました。イスラムの教えに則ったハラールな食文化はもちろんのこと、野菜の旨味を最大限に引き出したヴィーガンタジン、そしてモロッコの人々の心とも言える甘く香り高いミントティー。さあ、一緒にメクネスの旧市街へ、五感を満たす美食探訪へと出かけましょう。

    モロッコの魅力は食だけに留まらず、例えば潮風とアートが溶け合うアッサウィラの夜の散歩もまた、この国の多様な表情を感じさせてくれます。

    目次

    迷宮のメディナへ:五感を研ぎ澄ます散策

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    メクネスの中心部に位置する旧市街、メディナは、ユネスコの世界遺産にも登録されています。高い城壁で囲われたその空間は、まるで時間が止まったかのような異世界が広がっています。車がようやく一台通れるほどの狭い路地が、まるで毛細血管のように縦横無尽に広がっているのです。ここでは、地図を片手に目的地を探すという現代的な旅のスタイルは一旦脇に置きましょう。メディナの魅力は、むしろ「迷うこと」にこそあります。

    一歩足を踏み入れると、まず鼻をくすぐるのは様々なスパイスが混ざり合ったエキゾチックな香り。クミンやコリアンダー、ターメリックに甘いシナモンが混じり合っています。道の両側には、色とりどりの絨毯やバブーシュ(革製のスリッパ)、銀細工やランプを売る店がぎっしりと並び、店主たちの陽気な呼び込みが響き渡ります。ロバが荷物を運びながら通り過ぎ、子どもたちの笑い声があちこちから聞こえてきます。こうしたすべての要素が一体となって、メディナという生命の鼓動を感じさせてくれるのです。

    私はあえて角を曲がり、さらに狭い路地へと足を踏み入れてみました。観光客の姿は消え、地元の暮らしが息づく空間が広がっています。扉の向こうからはタジン鍋がぐつぐつと煮える音や香りが漂い、窓辺では猫が気持ちよさそうに昼寝をしています。壁の質感や扉の色、石畳の足元の感触。日常の中では見過ごしがちなこれらの細かな風景が、ここでは新鮮な驚きと共に目に映ります。道に迷い、少し不安を覚えたとしても心配はいりません。「マンスール門はどちらですか?」と尋ねれば、誰もが笑顔で道を指し示し、時には途中まで案内してくれます。その温かな交流こそ、この旅の醍醐味なのではないでしょうか。

    スーク(市場)の中心部は活気に満ち溢れ、まさに熱気が頂点に達しています。ピラミッドのように美しく積まれたスパイスの山、光沢のあるデーツやドライフルーツ、ミントの束が所狭しと並びます。肉屋の前にはハラールの規定に則って処理された新鮮な肉が並べられ、その隣からは焼きたてのパン「ホブス」の香ばしい香りが漂ってきます。この喧騒と混沌の中に身を置いていると、なぜか心が落ち着いてくるのです。それはきっと、人々の生きる力が満ちているからでしょう。効率や計画性とは無縁のこの場所で、「今、ここ」の瞬間をじっくり味わう。メディナの散策は、現代人が忘れかけた感覚を取り戻させてくれる、究極のメディテーションなのかもしれません。

    魂を癒すモロッコの味:タジン鍋の奥深い世界

    メディナを歩き回ってお腹がすいたら、いよいよ楽しみにしていた食事の時間がやってきます。モロッコ料理と聞いて、多くの人がまず思い浮かべるのは「タジン」ではないでしょうか。特徴的な円錐形の蓋を持つこの土鍋料理は、まさにモロッコの食文化を象徴する存在です。

    タジンとは何か?その魅力の秘密

    「タジン」という言葉は、調理に使われる土鍋自体と、その鍋で調理された煮込み料理の両方を指します。この鍋の最大の特徴は、三角形をした蓋です。食材を鍋に入れて火にかけると、食材から出る水分が蒸気となって上昇し、蓋の先端で冷やされて水滴となり、再び鍋の中に戻ってきます。この循環のおかげで、ほとんど水を加えなくても素材が持つ水分と旨味のみでじっくり蒸し煮にできるのです。まさに素材の美味しさを一滴たりとも逃さない、究極のスローフード。その調理法は、水資源が貴重な砂漠の地に根付いた先人たちの知恵の結晶と言えます。スパイスの香りをまとった柔らかな肉や甘みを増した野菜が一体となった凝縮された味わいは、一度味わえば忘れがたいものです。健康志向や素材本来の味を重視する私たちにとって、これ以上に魅力的な料理はないでしょう。

    心に染みる、滋味豊かなヴィーガンタジンとの出会い

    モロッコ料理は羊肉や鶏肉を使ったものが主流ですが、実は野菜だけで作るタジンも非常に一般的で、驚くほど美味しいのです。私はメディナの裏路地で、地元の人々が昼食をとる素朴な小さな食堂を偶然見つけました。観光客向けではなく、落ち着いた雰囲気のその店で、「野菜のタジン」をメニューに見つけ迷わず注文しました。

    やがて運ばれてきたのは、ぐつぐつと音を立てるアツアツのタジン鍋。店主が目の前で蓋を開けると、ふんわりと湯気が立ち上り、クミンやコリアンダー、そしてほのかに甘いシナモンの香りが広がりました。中には大きく切られたジャガイモ、ニンジン、ズッキーニ、パプリカ、玉ねぎが黄金色のソースでじっくり煮込まれています。彩りを添えるのは鮮やかな緑のコリアンダーと、塩漬けレモンの鮮やかな黄色い皮。一口頬張ると、野菜の優しい甘みが口いっぱいに広がりました。スパイスは決して強く主張せず、それぞれの素材の個性を巧みに引き立てる絶妙な調和です。特に塩レモンのさっぱりとした酸味と独特の風味が味わいを引き締め、飽きることがありません。オリーブオイルが全体をやわらかく包み込み、素材の旨味が染み込んだソースはパンにつけて最後の一滴まで楽しみたくなるほどでした。それは華やかさは控えめながらも、じんわりと体に染み渡り、疲れた心を優しく癒してくれるような、温かな味わいでした。肉を使わずともここまで満足感と幸福感が得られるとは。ヴィーガンタジンは私に、食の新たな可能性とモロッコ料理の奥深さを教えてくれました。

    ハラールという食文化への理解

    メクネスをはじめとするモロッコの食卓で自然と出会うのが「ハラール」という概念です。これはイスラム教における「許されたもの」を意味し、一般的には豚肉やアルコールの摂取が禁じられていることが知られています。しかし、ハラールの本質はそれだけにとどまりません。例えば牛肉や鶏肉も許されている一方で、イスラムの規定に則り適正に処理されている必要があります。これは神への感謝と、いただく命への敬意を示す非常に敬虔な行為です。

    メクネスのレストランや市場で提供される肉は基本的にすべてハラールであるため、イスラム教徒の旅行者はもちろん、私たちも安心してその地の食文化を楽しむことができます。特定の宗教的信念の有無を超えて、一つの文化として尊重し理解を深める絶好の機会と言えるでしょう。彼らが食事に込める深い敬意や感謝の心を知ることにより、私たちの「食べること」への意識も少しずつ変わっていくかもしれません。食は単に空腹を満たすだけのものではなく、文化や信仰、そして人々の生き方と密接に結びついているものなのです。メクネスの食卓は、その当たり前でありながら忘れがちな重要なことを改めて教えてくれます。

    モロッコの心、ミントティーで一息

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    メクネスの街を歩くと、あちこちで人々が小さなグラスを手に笑顔で語り合う光景が目に入ります。彼らが楽しんでいるのは、モロッコの国民的な飲み物であり、おもてなしの象徴でもあるミントティーです。

    「モロッカン・ウイスキー」と親しまれる飲み物、その作法

    ミントティーは親しみを込めて「モロッカン・ウイスキー」と呼ばれることがあります。アルコールは一切含まれていませんが、それほど人々の暮らしに深く根付いていることを示しています。ベースは中国緑茶(ガンパウダー)で、これに新鮮なミントの葉をふんだんに加え、角砂糖を丸ごと投入して煮出すのがモロッコ流の淹れ方です。

    ミントティーを飲む際は、淹れ方にもぜひ注目してみてください。材料をポットに入れた後、高い位置からグラスへ注ぎます。銀色のポットから細く長く美しい放物線を描いて琥珀色の液体が注がれる様子は、まるで一種の儀式のよう。この動作には美味しさの秘密があります。高い位置から注ぐことで、茶葉がお茶の中で空気に触れてよく混ざり、味がまろやかになるのです。そしてグラスの表面には「泡」が浮かびます。この泡が豊かに立つことが良く淹れられたミントティーの証であり、歓迎のしるしとされています。もてなしの場では、一杯目を主人が味見し、二杯目、三杯目と進むにつれて味や香りの変化を楽しみます。ゆっくりと時をかけて会話を楽しみながら何杯も飲むのが、モロッコ流のティータイムです。

    カフェで味わう、濃密で甘いひととき

    メディナの喧騒に少し疲れたら、カフェでミントティーを飲みながら一息つくのがおすすめです。私が訪れたのは、ヘディム広場を見渡せるテラス席があるカフェ。注文すると、銀色のポットと小さなグラスが運ばれてきました。蓋を開けると、爽やかなミントの香りがふわっと広がり、旅の疲れがすっと和らぐような感覚に包まれます。

    グラスに注がれたミントティーは、驚くほどの甘さが特徴です。この濃厚な甘みは、暑い気候で消耗した体力を補ってくれるのでしょう。甘さが強すぎる場合は、注文時に「スッカル・シュワイヤ(砂糖は控えめに)」と言えば調整してもらえます。私は熱くなったグラスを指先で持ち、ゆっくりと少しずつ口に含みました。ミントの爽快感が喉を駆け抜け、あとから緑茶のほのかな渋みと、体に染み渡る砂糖の甘みが続きます。この甘さと清涼感の調和が、何とも言えない心地よさをもたらします。

    テラス席からは、広場を行き交う人々の姿が見えます。客待ちをする馬車の御者、果物の屋台、走り回る子どもたち。遠くには壮麗なマンスール門が夕日に染まり始めていました。そんな景色をぼんやり眺めながら、ただミントティーを味わう。そこには、忙しい日常とはまったく異なるゆったりとした豊かな時間が流れていました。一杯のミントティーが単なる飲み物ではなく、人と人の心をつなぎ、旅人に安らぎをもたらすコミュニケーションの道具であることを、身をもって実感した瞬間でした。

    メクネスの美食を彩る脇役たち

    タジンやミントティーが主役ならば、メクネスの食卓には物語を豊かに彩る名脇役が数多く存在します。彼らなしでは、モロッコ料理の魅力は語り尽くせません。

    ホブス:日々の食卓に欠かせないパン

    モロッコの食卓に絶対に欠かせないのが「ホブス」と呼ばれる円盤状のパンです。主にセモリナ粉で作られ、外側はカリッと香ばしく、中は驚くほどもちもちとした食感が特徴です。この素朴なパンは、モロッコ料理の真髄とも言えるソースや煮汁を余すところなく楽しむための最高のパートナー。タジンの旨味が染み込んだスープに浸したり、オリーブオイルやペーストをつけて前菜として味わったり、その用途は無限大です。

    メディナを歩くと、大きなホブスを盆に乗せて運ぶ子どもたちの姿をよく目にします。彼らが向かうのは「フェラン」と呼ばれる共同パン窯。各家庭でこねたパン生地を持ち寄り、職人が焼き上げる仕組みです。これはオーブンが普及していなかった昔の名残であり、今でも地域コミュニティの絆を象徴する大切な文化として受け継がれています。自分のパンがわかるように目印をつける風習もあります。こうした人々の暮らしに根付くホブスを味わうと、単なるパン以上の温かいぬくもりが伝わってきます。

    クスクス:金曜日の特別なごちそう

    金曜日はイスラム教徒にとって集団礼拝が行われる特別な日。この日の昼食に多くの家庭でふるまわれるのが「クスクス」です。世界最小のパスタとも称されるデュラム小麦のセモリナで作った粒状のクスクスを蒸し上げ、その上に野菜や肉を柔らかく煮込んだシチューをかけていただきます。羊肉や鶏肉、あるいは7種類の野菜を用いたものなど、バリエーションも多彩です。ふんわりとしたクスクスの粒が、具の旨味たっぷりのスープを程よく吸い込み、口の中でほろりとほどける食感は格別。スパイスのきいた煮込みとクスクスの優しい味わいが織りなすハーモニーは、まさに週末のごちそうにふさわしい逸品です。レストランでも楽しめますが、もし金曜日にモロッコに訪れる機会があれば、ぜひこの特別な料理を味わってみてください。ヴィーガン向けに野菜だけのクスクスを提供する店も多く、その滋味深さはタジンにも引けを取りません。

    ハリラ:心に染みる伝統のスープ

    「ハリラ」はモロッコを代表する栄養豊富な伝統スープです。特にイスラム教の断食月ラマダン中、日没後に最初に口にする食事(イフタール)の定番として知られています。トマトをベースにひよこ豆、レンズ豆、玉ねぎ、セロリなどの野菜と、コリアンダーやパセリなどのハーブがたっぷり入っています。細いパスタ(シャアリア)が加えられることもあり、とろりとした食感が特徴です。仕上げにレモンをぎゅっと絞っていただきます。スパイスが効いている一方で、豆や野菜のやさしい甘みが体にじんわりと染み渡り、空腹の胃を優しく満たしてくれます。少し肌寒い夜や疲れを感じた旅の途中に飲めば、心も体も芯から温まる「お母さんの味」と言えるでしょう。メクネスの食堂の軒先で、大きな鍋から立ち上るハリラの湯気を見かけたら、ぜひ一杯味わってみてください。その素朴で深みのある味わいは、旅の忘れがたい思い出の一つになるに違いありません。

    メクネス旧市街で訪れたい美食スポット

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    広大なメディナの中には、数えきれないほどの食堂やカフェが点在しています。ここでは、私が実際に訪れた場所や地元の人から紹介された中で、特におすすめのスポットをいくつかご紹介します。

    リヤド・レストラン「ダール・アル・ヤスミン」

    喧騒を離れて、少し落ち着いた優雅な空間で食事を味わいたいなら、伝統的な邸宅を改装したリヤドレストランがおすすめです。「ダール・アル・ヤスミン」では、美しい中庭を囲むようにテーブルが配され、噴水の水音が心地よく響き渡る、都会のオアシスのような場所です。伝統的なモロッコ建築と繊細なゼリージュ(モザイクタイル)の装飾に見とれつつ、絶品料理を楽しめます。特にヴィーガンタジンは、野菜の火の通りが絶妙で、素材の良さが際立つ繊細な味わいでした。

    項目詳細
    名称Restaurant Riad Dar Al Yassine (架空)
    場所メディナ中心部、ブー・イナニア・マドラサから徒歩5分
    特徴美しい中庭を持つリヤドレストランで、ロマンチックな雰囲気が魅力。
    おすすめ野菜のタジン、チキンのレモンとオリーブのタジン
    価格帯やや高め

    スークの隠れ家食堂「シェ・アリ」

    地元の人に混ざって、安価でおいしい家庭の味を楽しみたいなら、スークの奥まった場所にある小さな食堂「シェ・アリ」がおすすめです。メニューは少数精鋭で、内装はシンプルですが、料理の味は折り紙付き。陽気な店主アリさんが大鍋からよそってくれるハリラスープや日替わりのタジンは、まさに母の味そのもの。言葉が通じなくても身振り手振りで「美味しい!」と伝えると、満面の笑顔で応えてくれ、そのやり取りも旅の醍醐味の一つです。

    項目詳細
    名称Chez Ali (架空)
    場所スーク・ネッジャリン(木工職人市場)の路地裏
    特徴地元客に人気の、安くて美味しい家庭料理の店。
    おすすめハリラスープ、日替わりタジン(ケフタタジンなど)
    価格帯非常に手頃

    マンスール門を望むカフェ「カフェ・アガディール」

    メクネスの象徴であるマンスール門を眺めながら、最高のティータイムを過ごせるのが、ヘディム広場に面したこちらのカフェです。屋上のテラス席に座ると、壮大な門と広場を行き交う人々の様子を眼下に望めます。特におすすめは夕暮れ時で、空がオレンジから深い青へと変わり、ライトアップされた門の幻想的な光景は息をのむ美しさです。甘いミントティーを手にこの魔法の時間を楽しめば、旅の思い出がより一層心に残るでしょう。

    項目詳細
    名称Café Agadir (架空)
    場所ヘディム広場、マンスール門の正面
    特徴マンスール門を一望できる絶景の屋上テラス。
    おすすめミントティー、絞りたてのオレンジジュース
    価格帯手頃

    食以外のメクネスの魅力:皇帝の都の遺産を巡る

    美食の旅の合間には、ぜひとも「皇帝の都」と称されるメクネスの壮大な歴史遺産にも足を運んでみてください。食の満足と歴史の深みが融合することで、旅の感動が一層豊かになることでしょう。

    マンスール門 (Bab Mansour)

    メクネス、そしてモロッコ全体の象徴ともいえる存在が、この「マンスール門」です。17世紀末から18世紀初頭にかけて、アラウィー朝の偉大なスルタン、ムーレイ・イスマイルによって築かれました。その名「マンスール」は「勝利」を意味し、その名にふさわしい圧倒的な威厳と堂々たる美しさを誇ります。高さ16メートルに達する巨大な門は、緑を基調とした複雑で美麗なゼリージュ(モザイクタイル)で飾られ、コーランの一節を刻んだアラベスク模様が施されています。門の前に立つだけで、かつてこの都が誇った権力と富を実感できるでしょう。昼の太陽の光に映える姿も素晴らしいですが、夜間ライトアップされた姿は、まるで物語の世界から抜け出してきたかのような幻想的な美しさを放ちます。

    ムーレイ・イスマイル廟 (Mausoleum of Moulay Ismail)

    メクネスを偉大な都へと築き上げたスルタン、ムーレイ・イスマイルが眠る霊廟です。モロッコでは数少ない、非イスラム教徒も訪れることが許された聖域の一つです。靴を脱ぎ、一歩足を踏み入れると、外の喧騒が嘘のように消え去り、静謐で厳かな空気に包まれます。床から壁、天井まで緻密に敷き詰められたゼリージュ、精巧な彫刻を施した漆喰の壁面、そして美しい幾何学模様の噴水。イスラム建築の技が凝縮されたこの空間は、まさに一つの芸術作品です。信仰の場としての神聖さを尊重しながら、圧倒的な美の世界にゆったりと浸ってみてください。心が洗われるような、安らかな時間を感じられるはずです。

    王宮広場(ヘディム広場) (Place El Hedim)

    マンスール門の向かいに広がるのが、ヘディム広場です。かつては王宮の一端として、公開処刑なども行われた歴史ある場所ですが、今では市民や観光客で賑わう、メクネスで最も活気あふれる広場となっています。昼間はカフェのテラス席でくつろぐ人々や、オレンジジュースの屋台が立ち並び賑やかに、夕暮れ時になると大道芸人やヘビ使い、語り部たちが次々と現れ、広場は巨大な野外劇場のように変貌します。さまざまな屋台が並び、美味しい香りが漂う中、訪れる人々の熱気と笑い声に包まれていると、この街が持つ独特のエネルギーを全身で感じ取ることができるでしょう。歴史的な建築物と現代の生活が交差するこの場所は、まさにメクネスの縮図と言えます。

    食が繋ぐ心と文化の旅路

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    メクネスで過ごした日々を振り返ると、私の記憶に鮮烈に焼き付いているのは、壮麗な門の姿や迷路のような街角だけでなく、そこで味わった一つひとつの食事の温もりです。

    野菜の甘みがぎゅっと詰まった、素朴で味わい深いヴィーガンタジン。旅の疲れをそっと癒してくれた、甘く芳しいミントティー。日々の食卓を支える、もっちりとしたホブス。これらは単なる食べ物や飲み物に留まらず、この土地の歴史や風土、そして人々の信仰や暮らしが息づく文化の結晶でした。

    ハラールという食の規範に触れたことで、命をいただくことへの感謝や敬意を改めて心に刻みました。共同の窯でパンを焼く風習からは、地域社会の温かな絆が伝わってきました。そして、一杯のミントティーを何度もおかわりしながら、時間を忘れて語り合う人々の姿に、効率やスピードばかりを求める現代社会が見失いがちな、人間らしい豊かさを実感したのです。

    私たちの人生もまた、旅のようなものです。ときには地図通りに進まず、道に迷うこともあるでしょう。しかし、そんな時に偶然立ち寄った路地裏の食堂で、思いがけず心に染みる一皿に出会えるかもしれません。メクネスの旅は、そんな風に、計画通りにいかないことの素晴らしさや、偶然の出会いがもたらす豊かさを教えてくれました。

    もし日々の忙しさに少し疲れを感じているなら、次の旅ではあえて「迷い込む」ことを楽しんでみてはいかがでしょうか。そして、その土地ならではの味をゆっくり味わい、作り手の想いと文化に耳を傾けてみてください。きっと、お腹だけでなく心も満たされる、忘れられない体験があなたを待っているはずです。メクネスで感じた食の記憶は、これからも私の人生を豊かに照らす、温かな灯火として輝き続けるでしょう。

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