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    ポルトガル、時が色付く城壁都市オビドスへ。王妃の愛した街は、今「文学の都」として息づく

    リスボンの喧騒を背にバスに揺られること、約1時間。窓の外を流れる景色が、近代的なビル群から穏やかな丘陵地帯へと変わっていく様に、旅の高揚感が静かに満ちていくのを感じます。目指すは、ポルトガル中西部に佇む小さな宝石のような街、オビドス。その名は「城壁に囲まれた場所」を意味するラテン語に由来すると言われ、その言葉通り、堅固な城壁が今もなお街のすべてを優しく抱きしめています。

    バスを降り、目前に現れた城壁の威容に息を呑みました。まるで中世の物語から抜け出してきたかのような圧倒的な存在感。しかし、その印象は、一歩足を踏み入れた瞬間に、心地よい裏切りと共に覆されます。城壁の内側に広がっていたのは、威圧感とは無縁の、どこまでも愛らしい世界でした。太陽の光を反射して輝く真っ白な壁、そこに鮮やかな原色のペンキで縁取られた窓や扉。そして、壁という壁を彩る深紅のブーゲンビリア。石畳の細い路地は迷路のように入り組み、角を曲がるたびに新しい発見が待っていることを予感させます。工学部出身の僕にとって、この完璧に保存された都市構造は、歴史という名の設計図を読み解くような知的好奇心をくすぐられるものでした。

    オビドスは、かつてポルトガルの王妃たちに代々愛され、「王妃の村(Vila das Rainhas)」と呼ばれた歴史を持つ街。そして現代においては、古い建物をリノベーションしたユニークな書店が点在する「文学の都」として、新たな物語を紡いでいます。歴史のレイヤーの上に、文化という新しい彩りが重ねられていく。そのグラデーションを、この目で、肌で感じてみたい。そんな思いが、僕をこの地へと導きました。さあ、一緒に時を超え、物語が息づく城壁の街を歩いてみましょう。

    ポルトガルの旅では、オビドスの城壁の街を訪れるだけでなく、哀愁を帯びた学生ファドに心揺さぶられるコインブラの夜も体験したいものです。

    目次

    城壁の向こう側へ – ポルタ・ダ・ヴィラから始まる時間旅行

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    オビドスへの旅は、街の主要ゲート「ポルタ・ダ・ヴィラ」をくぐることから始まります。この堅牢な二重扉は、かつてこの地が重要な拠点であったことを物語っています。しかし門の内側に足を踏み入れた瞬間、その美しさに息を呑み、思わず立ち止まってしまいました。内側の壁面は鮮やかなアズレージョ(装飾タイル)で覆われていたのです。

    18世紀制作のアズレージョは、ポルトガル特有の青と白のグラデーションでキリストの受難を描いています。頭上にはバルコニーのような礼拝堂が設けられ、まるで神聖な空間が旅人を迎え入れてくれているかのようでした。差し込む太陽光がタイルの青を一層深く、鮮やかに際立たせています。この門はただの出入口というだけでなく、日常から物語の世界へと誘う魔法の扉なのです。くぐる瞬間の淡い闇と、その先に広がる陽光に包まれた街並みの対比が、と訪れる者の心を強く惹きつけて止みません。

    この街が「王妃の村」と呼ばれるようになった背景には、ロマンチックな逸話があります。13世紀末、若きディニス王は妃イザベル・デ・アラゴン(後の聖イザベル)と共にこの地を訪れました。城壁の上から見下ろす白壁の家々と豊かな自然の美しさに心奪われたイザベル王妃が「なんて美しいのでしょう」とつぶやいたその言葉を聞いたディニス王は、その場でオビドスの街全体を妃に贈ったと伝えられています。なんと壮麗で心憎い贈り物でしょう。以後、この街は代々のポルトガル王妃の直轄地として、いわば嫁入り道具として受け継がれてきました。街を歩くと感じられる洗練された落ち着いた空気は、単なる美しさに留まらず、歴代の王妃たちがこの地を慈しみ、大切に育んできた想いの結晶とも言えるでしょう。

    ポルタ・ダ・ヴィラを抜けると、目の前にはメインストリート「Rua Direita(ディレイタ通り)」が真っ直ぐ伸びています。しかし脇には無数の細い路地が迷路のように広がり、訪れる者を誘います。この複雑な道筋は外敵の侵入を遅らせるための防御的な設計思想に基づくものでしょう。工学的な合理性が、結果として歩く楽しさや景観の美を生み出しているのです。私は、この歴史が織りなす機能美に深い感銘を受けました。

    白壁のキャンバスに咲く色彩 – Rua Direitaを歩く

    ディレイタ通りは、オビドスの中心的な存在です。石畳が敷かれた道は緩やかな坂道となっており、その両側には土産物店やカフェ、コルク製品の店、さらにジンジーニャのスタンドがぎっしりと並んで活気にあふれています。観光客で賑わう場所ですが、どこか落ち着いた雰囲気が漂っています。人々の楽しそうな会話や店先から流れるファドの調べ、そして香ばしい焼き菓子の甘い香りが心地よい背景音楽のように街全体を包み込んでいるのです。

    私の目を奪ったのは、その鮮やかな色彩の対比でした。建物はすべて、まるで打ち合わせたかのように真っ白な漆喰で塗られていて、その白さが強い日差しを反射し、家の中を涼しく保つという南欧特有の知恵を感じさせます。その真っ白なキャンバスに、窓枠や建物の角を彩る青や黄色のラインが鮮やかなアクセントとなり、まるで絵画の一部のようです。そして何よりも印象的なのは、壁からあふれ出るかのように咲き誇るブーゲンビリアやゼラニウム。燃えるような赤、鮮やかなピンク、そして柔らかな紫の花々が、白壁とのコントラストを織りなして、どの瞬間を切り取ってもまるで一枚のポストカードのように美しいのです。ついカメラのシャッターを押す手が止まらなくなりました。

    この通りを散策する際には、ぜひ味わっていただきたいのがオビドスの名物「ジンジーニャ(Ginjinha)」です。ジンジャというチェリーの一種を漬け込んだ甘いリキュールで、この地域の特産品となっています。特徴的なのはその提供スタイルで、小さなチョコレート製のカップにたっぷり注いで提供されます。まずはリキュールを一口。濃厚なチェリーの香りと甘みが口の中に広がり、アルコールの熱が喉を通り抜けます。最後にはチョコレートのカップごと味わうことができ、ビターなチョコレートとリキュールの甘みが絶妙に溶け合い、まさに至福のデザートに変わります。1杯あたりの価格は1~2ユーロ程度。通りには複数のスタンドが点在しているため、気軽に楽しめるのも魅力です。オビドスの散策には欠かせない体験と言えるでしょう。

    写真撮影が好きな方へ、少しだけアドバイスをお伝えします。オビドスは路地が狭く建物が密集しているため、広角レンズを使うと空間の広がりをダイナミックに捉えられます。また、望遠レンズで路地の向こう側を圧縮して切り取ったり、壁に咲く花やアズレージョの細部をクローズアップするのも楽しめます。光が美しく映えるのはやはり朝と夕暮れ時で、特に夕方、西に傾いた太陽が白壁をオレンジ色に染め上げる瞬間は息を飲むほどの美しさです。ディレイタ通りのにぎわいから少し外れた、名前もない小さな路地裏には、心に残る絶景が隠されています。そうした場所を探し歩くには、歩きやすいスニーカーが必須です。見た目以上に石畳の道は足に負担がかかるため、お洒落な革靴よりも実用性を重視してくださいね。

    城壁の上から見下ろす絶景 – パノラマウォークのすすめ

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    オビドスの街の風景を満喫した後は、全体の様子を確かめたくなるのが自然な流れです。この街の魅力のひとつは、街を囲む城壁の上を歩けることにあります。ポルタ・ダ・ヴィラのすぐそばにある階段や、街の数カ所から城壁へとアクセス可能です。さあ、一歩ずつ石段を上がりながら、新たな視点で街を見てみましょう。

    城壁に立つと、まず感じるのは心地よく吹き抜ける風の涼しさです。目の前には、先ほど散策した迷路のような路地や統一感のあるオレンジ色の瓦屋根が一面に広がる絶景が広がります。まるで精巧に作られたミニチュアの世界に入り込んだかのような非日常的な体験が味わえます。家々の合間からは教会の鐘楼が顔をのぞかせ、遠くにはぶどう畑やオリーブ畑が広がるのどかな田園風景も見えます。この景色を、かつての王妃や街を守った兵士たちも同じように眺めていたのかと思うと、悠久の時を感じるひとときとなります。

    城壁の通路は幅が狭く、全長は約1.5kmです。ゆっくり歩きながら写真を撮るくらいなら、だいたい1時間ほどで一周できるでしょう。ただし、この城壁ウォークには注意点もあります。城壁の内側には手すりや柵がほとんど設置されておらず、高さも場所によってはけっこうあります。高所が苦手な方は足元がすくむかもしれません。すれ違う際には譲り合いながら進み、足元には十分気をつけてください。特に風の強い日や雨で石畳が湿っている場合は、なお慎重に歩くことが必要です。お子様連れの際は必ず手をつなぎ、目を離さないようにしましょう。このスリルもまた、中世の城壁を歩くリアルな体験の一部ですが、安全を第一に楽しむことが重要です。

    私が特におすすめしたいのは、夕暮れ時の城壁ウォークです。太陽が地平線に沈みかけるにつれて、空の色がオレンジからピンク、そして深い紫へと刻々と変化していきます。その光が街の白壁を染め上げ、家々の窓に明かりが灯り始める頃、オビドスは最もロマンティックな表情を見せてくれます。昼間の賑わいが嘘のように静まり返った街を見下ろしながら、その日の旅を振り返る時間はかけがえのない贅沢なひとときです。私もこの光景をファインダー越しに捉えようと夢中になっているうちに、あっという間に時間が過ぎ去りました。予備のバッテリーを忘れずに持参することを強くお勧めします。

    歴史の息吹を感じる場所 – サンタ・マリア教会とオビドス城

    ディレイタ通りの中央付近に、ひときわ大きく荘厳な存在感を放つ建物があります。それが「サンタ・マリア教会」です。街の主要な教会であり、その起源は西ゴート時代にさかのぼると伝えられています。現在の建物はルネサンス様式を基調としていますが、その内部はまさにポルトガル芸術の宝庫と言えます。

    一歩足を踏み入れると、外の喧騒が嘘のように静寂に包まれます。そして、壁一面に広がる青と白のアズレージョの美しさに再び心を奪われるでしょう。17世紀に作られたこれらのタイルは、聖書の場面を見事に描き出しており、その精巧さと芸術性の高さには目を見張るものがあります。天井には美しい絵画が施され、金箔で装飾された主祭壇は荘厳な輝きを放っています。ここは1444年に、10歳のアフォンソ5世と彼のいとこである8歳のイザベルが結婚式を挙げた場所としても知られています。幼い国王夫妻が愛を誓い合ったこの場所で静かに目を閉じると、歴史の重みと人々の祈りが空間に満ちるのを感じられるはずです。

    そして、オビドスの象徴といえば、街で最も高い場所にそびえる「オビドス城」を忘れることはできません。ムーア人が築いた要塞を起源とし、その後ポルトガル王家による改築が繰り返されてきました。その堅牢な佇まいは、今でも街の守護者のように見えます。

    この歴史ある城は現在、ポルトガルの国営ホテルチェーン「ポウザーダ」として活用されています。「ポウザーダ・カステロ・デ・オビドス」は歴史的建築をリノベーションしたホテルの中で特に人気が高く、まさに城に泊まるという夢のような体験を提供しています。宿泊料金は決して安価ではありませんが、特別な記念日や一生忘れられない旅を計画しているなら、これ以上の選択肢はないでしょう。中世の石壁に囲まれた部屋で眠り、翌朝は城壁から昇る朝日を眺める――想像するだけで胸が高鳴ります。

    宿泊者でなくとも、城の一部を見学することが可能です。城壁の一部に登ったり、中庭を散策したりするだけでも、その雰囲気を十分に味わえます。また、城内のレストランは宿泊者以外も利用できる場合が多く、歴史的な空間での食事も素敵な体験になるでしょう。予約が必要なことが多いため、興味があれば事前に公式サイトなどで確認することをおすすめします。城のテラスからは、さきほど歩いた城壁やオレンジ色の屋根が連なる街並みを一望でき、まさに王や王妃気分を味わえる格別な眺めが広がっています。

    もう一つの顔、「文学の都」を巡る

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    オビドスの魅力は、中世の情緒にとどまらず多面的です。2015年、この小さな街はユネスコの「創造都市ネットワーク」において、世界でも希少な「文学都市」の一つとして認められました。この称号は、街全体が文学の振興に力を入れ、創造的な文化活動の拠点となっていることを示しています。王妃に愛されたこの街は、今や本を愛する人々にとっての聖地へと変貌を遂げました。

    その核となるのが、「文学人ヴィラ(Vila Literária)」という壮大なプロジェクトです。これは、街中に点在する使われなくなった歴史的建造物を次々に個性豊かな書店へと再生させていく取り組みです。ただ本を販売するだけでなく、それぞれの建物の歴史や特徴を最大限に活かした、唯一無二の空間を作り上げているのが特徴です。さあ、まるで宝探しのように、本が潜む秘密の場所を巡ってみましょう。

    まず訪れるべきは、サンティアゴ教会を改装した「リヴラリア・デ・サンティアゴ」です。ディレイタ通りを上り詰め、城の入口の近くに位置しています。教会の荘厳な雰囲気は、そのまま書店の空間に息づいています。かつて祭壇があった場所には本棚が設けられ、身廊だった部分には新刊書や古書がずらりと並んでいます。アーチ型の天井の高さ、石造りの壁、そしてステンドグラスから差し込む柔らかな光の中で本を選ぶ時間は、一種の瞑想に似た静かな豊かさをもたらしてくれます。ここでは、ポルトガル文学はもちろん、さまざまな言語の書籍や美しいアートブックも手に入ります。

    次に僕が足を運んだのは「リヴラリア・ダ・アデガ」です。なんと、かつての古いワイナリー(アデガ)を改装した書店で、薄暗い室内にはワイン樽が置かれ、その上に無造作に本が積まれています。ここではワインを片手に本を楽しむことができます。ひんやりとした石壁に囲まれ、熟成されたワインの香りが漂う空間でページをめくるのは、五感で楽しむ読書そのもの。ワインと本という人生を豊かにする二つが完璧に融合した、大人の隠れ家のような場所です。

    さらにユニークなのが、「メルカド・ビオロジコ」。もとは青果市場だった建物を改装し、今も週末には地元の新鮮な野菜や果物を扱うオーガニックマーケットが開かれています。その壁一面が巨大な本棚となっており、色とりどりの野菜の隣には料理本や園芸の本、小説が並んでいます。その光景はどこか微笑ましく、生活と文化が自然に融合するオビドスの姿を象徴しているかのようです。生活の糧と心の糧が一つ屋根の下にある、なんとも素敵なコンセプトです。

    これらの書店は単なる観光名所ではありません。街の歴史を未来へと繋ぎ、新たな価値を創造する力強い心臓部といえるでしょう。毎年秋には国際文学祭「FOLIO」が開催され、世界中から作家や芸術家、本を愛する人々が一堂に会します。旅の時期を選べるなら、この文学祭に合わせて訪れるのも素晴らしい体験になるはずです。中世の街並みを舞台に繰り広げられる朗読会やコンサートは、きっと忘れられない思い出となるでしょう。

    オビドス滞在を快適にするためのプラクティカル・ガイド

    ここまでオビドスの魅力についてお話ししてきましたが、実際に旅行を計画する際には、より具体的な情報が必要ですよね。読者の皆さんが安心して準備を進められるように、アクセス方法や滞在のポイントをまとめておきます。

    まずリスボンからのアクセスについてですが、最も便利でコストパフォーマンスに優れているのは高速バスです。リスボンのカンポ・グランデ(Campo Grande)バスターミナルからは、Rede Expressosなどのバスが頻繁に運行しており、所要時間は約1時間程度です。料金は片道でおよそ8ユーロとかなりリーズナブルです。バスのチケットは窓口で購入できますが、繁忙期は満席になることもあるため、公式サイトでの事前オンライン予約をおすすめします。カンポ・グランデのバスターミナルは地下鉄駅と直結しているため、アクセスもしやすいです。電車も利用可能ですが、リスボンからは乗り換えが必要で時間がかかるため、特別な事情がない限りバスが一番便利でしょう。レンタカーで訪れる場合、オビドスの城壁外にはいくつか有料駐車場があり、城壁内への車の乗り入れは許可制ですので、必ず外の駐車場に車を停めてから徒歩で街へ向かってください。

    滞在時間について、多くの方がリスボンからの日帰り旅行で訪れます。半日あればメインストリートの散策、城壁の一周、そして名物のジンジーニャを楽しむことができ、主要な見どころは十分味わえます。ただし、時間に余裕があるなら、私はぜひ一泊することをおすすめします。その理由は、観光客が引いた夜のオビドスが格別に美しいからです。オレンジ色の街灯に照らされた石畳の路地は昼間とは全く異なる幻想的な雰囲気を醸し出します。さらに、翌朝誰もいない静かな街を散歩する爽快感は宿泊者だけの贅沢です。小規模なB&Bや歴史的建物を改装した趣のある宿も多いので、ぜひチェックしてみてください。

    食事も旅の楽しみの一つです。オビドスには観光客向けのカフェから地元の味を楽しめる本格的なレストランまで、幅広い選択肢が揃っています。特におすすめなのが、ポルトガルの家庭料理です。タコのリゾット(Arroz de Polvo)や魚介のカタプラーナ(Cataplana de Marisco)など、新鮮な海の幸を活かした料理は絶品です。城壁近くのレストランでは、美しい景色を眺めながら食事ができる場所もありますよ。

    最後に服装と持ち物についてですが、何よりも歩きやすい靴が不可欠です。でこぼこのある石畳を長時間歩くため、スニーカーやウォーキングシューズが最適です。夏に訪れる場合は、日差し対策をしっかりと行いましょう。帽子、サングラス、日焼け止めは必携です。また、城壁の上は遮るものがなく風を受けやすいため、季節を問わず軽く羽織れるウインドブレーカーやカーディガンがあると便利です。そして、オビドスの美しい風景を撮影するためのカメラもお忘れなく。魅力的な被写体が多いため、バッテリーがすぐに減ってしまうこともありますので、モバイルバッテリーの持参も安心です。

    歴史のレイヤーに未来を重ねて

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    オビドスの旅を終えて、心に深く刻まれたのは、この街が持つ「重層性」の美しさでした。ローマ人がその基礎を築き、ムーア人が要塞を堅固にし、ポルトガルの王家が愛情を注いだ。その重なり合う歴史の地層の上に、街は静かに、しかし確かな存在感を放って佇んでいます。それはまるで、丹念に書き込まれた古い羊皮紙のようでした。

    工学部で学んだ私にとって、都市は機能の集積体であり、その構造には常に合理的な意図が込められています。オビドスの迷宮のような細い路地も、堅牢な城壁も、すべては「守る」という目的のために最適化された設計でした。しかし時代を経てその機能的意味が薄れた今、それらは「美しさ」や「歩く楽しさ」といった新たな価値へと昇華しています。過去の合理性が今では現代の情緒を生み出している。この変化の過程に、私は強く惹きつけられるのです。

    また、オビドスは過去の遺産にただ甘んじるだけの街ではありませんでした。教会やワイナリー、市場を次々と「書店」という知的な空間に生まれ変わらせることで、街の歴史という羊皮紙に現代の言葉による新しい物語を綴っているのです。これは単なる再開発やリノベーションとは異なります。街のアイデンティティを深く理解し尊重したうえで、未来につなげるための創造的な「編集」作業なのです。古いものを壊すのではなく、新たな価値を宿らせていく。その柔軟な発想こそ、この小さな街が世界中の人々を魅了し続ける理由にほかなりません。

    城壁の上から見渡した、オレンジ色の屋根が連なる光景。チョコレートカップで味わった、甘美なジンジーニャの記憶。教会の静けさのなかで手に取った本とともに過ごした、満たされた時間。オビドスは訪れる人々に五感を通じて静かに語りかける街でした。

    もしあなたが、ただ美しい景色を眺めるだけの観光に物足りなさを感じているのなら。もしあなたが、物語の中に迷い込むような旅を求めているのなら。ぜひポルトガルのオビドスへ足を運んでみてください。ここには、王妃に愛されたロマンティックな過去と、文学の香り漂う創造的な今が見事な調和を奏でながら、あなたを待っているはずです。

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    この記事を書いた人

    ドローンを相棒に世界を旅する、工学部出身の明です。テクノロジーの視点から都市や自然の新しい魅力を切り取ります。僕の空撮写真と一緒に、未来を感じる旅に出かけましょう!

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