「いつか、海に沈んでしまう国」。そんな少し切ない枕詞とともに語られることが多い、南太平洋に浮かぶ小さな国、ツバル。世界で4番目に面積が小さく、海抜が最も低いこの国は、気候変動の最前線として、私たちに多くのことを問いかけてきます。でも、その言葉の裏側にある、人々のリアルな暮らしや息遣いは、一体どのようなものなのでしょうか。
高校を卒業してから、日本のすみずみにある神社やお寺を巡る旅を続けてきた私ですが、ふと、もっと違う世界の「祈り」や「暮らし」に触れてみたくなりました。そんな時、心に浮かんだのがツバルでした。失われゆくかもしれない楽園の、今この瞬間の輝きを、この目で見つめてみたい。そんな衝動に駆られ、私は南太平洋へと飛んだのです。
今回訪れたのは、首都があるフナフティ環礁。サンゴ礁が輪っかのように連なり、その内側に穏やかなラグーンを抱く、絵に描いたような美しい場所です。しかし、そこには観光地化されたリゾートの喧騒とは無縁の、穏やかで、力強く、そしてどこか懐かしい人々の日常が流れていました。この記事では、私がフナフティで過ごした日々の中で見た景色、出会った人々、そして感じた空気のすべてを、旅の記憶が薄れないうちに、ありのままに綴ってみたいと思います。それは、遠い国の物語ではなく、きっとあなたの心を揺さぶる、未来への一つのメッセージになるはずです。
南太平洋の冒険をもっと深めたい方には、ニュージーランド・クイーンズタウンでのキャニオニングも刺激的な体験となるでしょう。
週に二便の飛行機が運んでくる、非日常への入り口

日本からツバルへは直行便が存在しません。多くの旅行者は、南太平洋の主要なハブ空港であるフィジーのナンディ国際空港を経由するのが一般的です。そこから、フィジー・エアウェイズが運航するプロペラ機に乗り換え、約2時間半のフライトとなります。窓の下には果てしなく広がる青い太平洋が広がり、時おり点在する環礁が、地球の広大さと美しさを改めて感じさせてくれます。
飛行機の運航は週に2便程度で、天候次第では遅延や欠航も珍しくないため、旅程には余裕をもって計画することが重要です。この「簡単には訪れられない」という状況が、むしろツバルへの旅を特別なものにしていると言えるでしょう。
機体の高度が徐々に落ちてくると、窓の外に細長いリボンのような陸地が見えてきます。これがフナフティ環礁です。飛行機はゆったりと旋回し、真っ青なラグーンと外洋に挟まれた一本の滑走路へと着陸態勢を整えます。空港のターミナルは、日本の地方都市の小さな駅舎を思わせる、こぢんまりとした建物です。入国審査も簡素で、パスポートに押されるヤシの木のスタンプがこの国に到着したことを実感させてくれました。
特に印象的だったのは、空港から一歩外に出た瞬間の光景です。なんと、着陸したばかりの滑走路のすぐそばを人々がバイクで通り抜け、子どもたちが走り回っているのです。そう、フナフティでは飛行機の発着時間を除けば、この滑走路が島民の広場や道路、生活の中心地として機能しているのです。この光景を目にしたときに、心から「ああ、本当に異なる世界に来たのだな」と胸が高鳴るのを感じました。
スクーターで感じる、島の風と時間
フナフティでの移動手段として最も一般的なのは、やはりスクーターです。島の中心地であるフォンガファレ島は、全長約12キロ、幅は広い場所でも400メートルほどの細長い形状をしています。端から端までスクーターで走れば、30分もかからずに一周できるほどです。
宿泊施設でスクーターをレンタルすることにしました。料金は1日あたりおよそ10オーストラリアドル(AUD)です。ツバルでは独自の通貨はなく、オーストラリアドルが通用しています。ヘルメットの着用は義務づけられていますが、日本の運転免許証を持っていれば、多くの場合、国際免許証がなくてもレンタル可能です。ただし、念のため事前に宿に確認しておくと安心です。
初めてエンジンをかけて島の道を走り出したときの爽快感は、今でも忘れられません。左手には穏やかなラグーンが広がり、右手には太平洋の白波が見えます。ヤシの木の間を吹く風が、南国特有の湿った暑さをやわらげてくれました。道はほぼ一本道で信号も一切ありません。すれ違う人々は皆、笑顔で手を振り挨拶してくれます。「Talofa!(タロファ!)」というツバル語の挨拶は「こんにちは」という意味で、この言葉ひとつで旅人と島民の間にある見えない壁がすっと消えるような気がしました。
舗装された道は少なく、大半はサンゴのかけらが混ざった砂利道です。スピードを出し過ぎず、ゆったりと景色を楽しみながら走るのがフナフティ流の走り方。時折、道を横切る鶏や豚の群れに道を譲りながら、島特有ののんびりした時間の流れに少しずつ体を馴染ませていきました。このスクーターでの島巡りは単なる移動手段ではなく、ツバルの日常の空気を肌で感じ取ることのできる最高のアクティビティでした。
滑走路は、人々の笑顔が集うステージ

フナフティの日常を語る際に、滑走路の存在は欠かせません。飛行機が来ない午後の夕暮れ時になると、どこからともなく人々が滑走路に集まってきます。ここは島で唯一と言ってもいい、広々とした開けたスペースです。子どもたちの笑い声や若者たちの歓声、大人たちの談笑が入り混じり、島全体があたかもひとつの大家族のような温かな雰囲気に包まれます。
あちこちで繰り広げられているのは、「テポティピ」や「アノ」と呼ばれるツバル風バレーボールのような球技です。ルールには独特な部分があり、手だけでなく足や頭も使ってボールを打ち合います。その動きは非常にアクロバティックで、見ているだけでも飽きません。旅行者の私にも「一緒にやらない?」と気さくに声をかけてくれます。言葉が通じなくても、ボールを追いかけて一緒に汗をかけば、不思議と心が通じ合うものです。
滑走路の脇では、女性たちがおしゃべりに花を咲かせ、子どもたちは手作りの凧を揚げて遊んでいます。ラグーンに沈む夕日が空を茜色に染める頃、滑走路は幻想的なシルエット劇場へと姿を変えます。この場所にいると、スマートフォンやゲームがなくても、人々はこんなにも豊かに時間を過ごせるのだと改めて感じさせられます。
夜になると、滑走路はまた違った表情を見せます。街灯がほとんどないため、ここは最高の星空観察スポットとなるのです。寝転がって夜空を見上げると、天の川がまるで白い川のようにはっきりと見え、数えきれないほどの星々がまるで降り注いでくるかのように近く感じられます。時折島全体で計画停電が起こりますが、そんなときは星の輝きが一層増し、自然の光だけで成り立つ世界を実感させてくれます。人工的な光に慣れた私たちにとって、この闇と星空は何ものにも代えがたい贅沢なひとときでした。
ファレカウプレと教会に響く、共同体のハーモニー
ツバルの人々にとって、コミュニティとの結びつきは非常に大切なものです。その中心に位置するのが、「ファレカウプレ」と呼ばれる伝統的な集会場です。ヤシの葉で覆われた屋根と壁のない開放的な構造が特徴で、島の各地区に設けられています。結婚式やお祭り、地域の会議など、島民にとって重要な行事のほとんどは、このファレカウプレで開催されます。
滞在中、幸運にも地元のダンスイベントを見る機会に恵まれました。ファレカウプレに集まった人々は、伝統的な音楽に合わせて「ファテレ」という踊りを披露します。男性の力強い動きと女性の優雅なしなやかな手の動き。その真剣な表情からは、楽しんでいる気持ちがひしひしと伝わってきました。このダンスや歌は、彼らの歴史や文化を次世代へ伝える重要な役割を担っているのです。
また、ツバルの人々の精神的な支えとなっているのが教会です。多くの国民が敬虔なキリスト教徒であり、日曜日の礼拝は週に一度の特別な時間とされています。この日は多くの店が閉まり、島全体が静かな祈りの空気に包まれます。人々は「プロタマ」と呼ばれるカラフルなシャツやワンピースを着て正装し、家族そろって教会へ向かいます。
私も地元の方に誘われて礼拝に参加しました。教会内に響き渡る人々の賛美歌のハーモニーは、鳥肌が立つほど美しく荘厳でした。それはプロの聖歌隊とは異なり、日常生活の中から自然と湧き上がる素朴で力強い祈りの声でした。言葉の意味はわからなくとも、その歌声に込められた想いは心の奥底に深く響きました。旅行者でも温かく迎え入れられますが、参加する際には肌の露出を控えるなど、彼らの文化に対する敬意を忘れないようにしたいものです。
このファレカウプレや教会での体験を通して、私はツバル社会の根底に流れる「ファテレ」という助け合いの精神を垣間見た気がします。個人よりも共同体を重んじ、喜びも悲しみも共有する。その強い絆が、厳しい自然環境の中で彼らの生活を支えているのでしょう。
ラグーンの宝石、無人島へのショートトリップ

フナフティの魅力は、単に人々の暮らしに留まりません。環礁の内側に広がるラグーンは、息をのむほど美しい青の世界が広がっています。このラグーンの真の美しさを感じたいなら、ボートをチャーターして無人島へ足を運ぶのが最良の方法です。
宿泊先で相談すると、ボートを所有している方を紹介してもらえました。料金は交渉により異なりますが、半日ほどのツアーで一艘あたり200〜300オーストラリアドルが一般的な相場です。数人で一緒に乗れば、一人あたりの負担もさほど大きくありません。予約というよりは、前日に「明日ボートを出してもらえますか?」とお願いする、ゆったりとしたスタイルが主流です。
出発の朝、船着き場へ向かうと、小さなエンジン付きボートが待機していました。持参するのは、たっぷりの飲料水とマーケットで購入したパンやフルーツ、そしてシュノーケリングセットです。海上は日差しを遮るものがないため、帽子やサングラス、環境に配慮した日焼け止めは必須アイテムです。
ボートがラグーンを滑らかに進み始めると、海の色が次々と変化していきます。エメラルドグリーンからターコイズブルー、さらに深い藍色へと移り変わるそのグラデーションの美しさは、言葉では到底表現しきれません。30分ほど進むと、白い砂浜と緑の木々だけが広がる小さな無人島が見えてきました。
ボートから海へ飛び込めば、そこはまるで天然の水族館です。透明度の高い水中には、色鮮やかな熱帯魚が群れをなして泳ぎ、サンゴ礁が豊かな生態系を育んでいます。幸運にも、ゆったりと泳ぐウミガメの姿にも出会うことができました。時間に追われることなく、ただ海の流れに身を任せる贅沢なひとときは、日常の喧騒を忘れさせてくれます。
しかし、この美しい海にも気候変動の影響は及んでいます。白化したサンゴや、時折漂着するプラスチックごみを見ると、この楽園が危機に直面している現実を痛感させられます。この美しい自然を守るために、私たち旅行者は何ができるのか。ゴミを必ず持ち帰ることや、サンゴを傷つけないよう注意すること。そうした小さな行動の積み重ねが、この海の未来を支えていると実感しました。
大地の恵みと海の幸、ツバルの食卓
旅の醍醐味といえば、やはり現地ならではの食事です。ツバルの食生活は、海と大地の恵みを存分に活かしています。スーパーマーケットも存在しますが、輸入品に依存しているため品揃えは限られ、値段もやや高めです。島の人々の食卓の主役は、自ら獲った魚や育てた作物です。
主食の一つに「プロカ」と呼ばれる伝統的な保存食があります。これはタロイモやパンノキの実を土中に埋めて発酵させたもので、独特の酸味が特徴です。最初は少し驚くかもしれませんが、慣れてくるとその素朴な味わいがやみつきになります。何より新鮮な魚介類が豊富で、カツオやマグロのグリルはシンプルながら素材の旨味が際立ち絶品です。ココナッツミルクを使った煮込み料理も多く、南国らしい優しい味を楽しめます。
食事は、小規模なレストランやゲストハウスの食堂が中心です。メニューは多彩ではありませんが、その日獲れた魚を使った料理など、家庭の温かみを感じられる味に出会えます。昼間は政府庁舎近くの食堂が営業しており、地元の人々に混じってランチを取るのもおすすめです。10〜15オーストラリアドルあれば満腹になります。
忘れてはならないのがココナッツの存在です。喉が渇くと、木に登って実を取り、ナタで割って新鮮なココナッツウォーターを味わいます。果肉もそのまま食べたり、削って料理に使ったりと無駄なく利用されます。その甘くて瑞々しい風味は、南国の太陽のもとで火照った体を優しく潤してくれます。
水事情には少し注意が必要です。ツバルには川がないため、生活用水は主に雨水に頼っています。飲み水としては、市販のペットボトルの水を購入するのが最も安全です。宿泊施設によっては、雨水をろ過した水を提供しているところもありますが、胃腸が弱い方は市販の水を選ぶのが安心でしょう。
旅の拠点選びと、知っておきたい実用情報

フナフティでの滞在を快適に過ごすには、宿泊先の選択と事前準備が非常に重要です。豪華なリゾートホテルはありませんが、心温まるおもてなしが特徴の宿泊施設はいくつか存在します。
滞在先としては、主にロッジやゲストハウス、ホームステイが挙げられます。私は今回、家族経営の小さなロッジに滞在しました。部屋はシンプルながら清潔で、何よりもオーナー家族との交流がとても楽しい時間でした。彼らから島の歴史や文化について話を聞いたり、一緒に食事を楽しんだりして、まるで親戚の家に泊まっているかのような感覚を味わえました。宿泊費は一泊あたり50〜100オーストラリアドル程度が目安です。Wi-Fi環境は限られていて速度も非常に遅いため、日本のように常時ネットに接続することは難しいでしょう。むしろ、この機会を利用してデジタルデトックスを楽しむ心構えがあると良いでしょう。
旅の準備で最も重要なのは現金の用意です。ツバルにはATMがなく、クレジットカードも使える場所がほとんどありません。滞在中に必要な費用はすべてオーストラリアドルの現金で支払う必要があり、小額紙幣を多めに用意しておくことをおすすめします。フィジーのナンディ空港での両替が確実です。万が一現金が不足すると対応が難しくなるため、余裕を持って持っていくことが強く推奨されます。
服装は年間を通じて高温多湿な気候なので、通気性の良い夏服で十分です。ただし、日差しが非常に強いので、長袖の羽織ものや帽子、サングラスは必須アイテムです。また、蚊が多いので虫よけスプレーも忘れずに持参してください。教会や家庭を訪問する際には、肩や膝を隠す服装が望ましいため、そうした場面で使える服を一着用意しておくと便利です。
そして何より大切なのは、「物事が予定通りに進まないことを楽しむ心構え」です。飛行機の遅延や、店が急に閉まること、停電が起きることは日常茶飯事です。そんな時にイライラするのではなく、「これもツバル時間だね」と笑顔で受け入れる寛容さこそが、この島での滞在を何倍も充実させてくれるでしょう。
空と海の青に溶けて、見つけた本当の豊かさ
ツバルで過ごした日々は、毎日が新たな発見の連続でした。滑走路で夕日を見つめながら、国籍も年齢も異なる人々と共にボールを追いかけた時間。教会で響く美しい賛美歌が心を清めてくれた日曜の朝。満天の星空のもとで、地球という惑星に生きていることを実感した夜。そのすべてが、私の心に深く刻まれています。
「海に沈む国」という言葉は、どこか儚く悲しげな響きを持っています。しかし、フナフティで出会った人々は決して未来を悲観しているわけではありませんでした。彼らは目の前の自然を愛し、家族や隣人を大切にし、今という瞬間を力強く、そして明るく生きていました。その笑顔の中に、私はお金や物質では決して測れない、本当の豊かさを見出したように感じました。
この旅は私に多くのことを教えてくれました。便利さや効率ばかりを追い求める日常の中で、私たちが見失いがちな大切なもの——それは人と人とのつながりや、自然と共に謙虚に生きる心かもしれません。
ツバルの海は今日も変わらず青く澄んでいます。いつかこの光景が見られなくなる日が来るかもしれないという現実は、確かに私たちの胸を締めつけます。しかしだからこそ、私たちはこの国の「今」を知り、そこに暮らす人々の声に耳を傾けるべきなのではないでしょうか。
もし、日常から少し離れて自分にとっての「豊かさ」とは何かを改めて考えたいと思うなら、ぜひツバルへの旅を検討してみてください。そこにはガイドブックには載っていない、心を揺さぶる出会いと、忘れられない風景がきっと待っています。

