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    【12000字超】4万人の骨が囁く芸術。チェコ・クトナーホラで死生観を問う旅 – セドレツ納骨堂とプラハ、光と闇の対話

    グラスに注がれたベヘロフカの薬草の香りが、プラハの夜の記憶を呼び覚ます。旅先で出会った風景や人々、そして感情の断片が、アルコールの力を借りて万華鏡のようにきらめき出す。どうも、旅と酒をこよなく愛するライターの太郎です。今回は、いつもの酩酊紀行とは少し趣向を変え、我が心の奥深くに、静かだが強烈な一撃を食らわしてくれたチェコでの体験を語ろうと思う。

    旅の目的地は、クトナー・ホラ。プラハから東へ約70キロ、かつて銀の採掘でヨーロッパ屈指の富を誇った古都だ。しかし、人々がこの街を目指す理由は、その栄華の跡だけではない。街のはずれにひっそりと佇む、セドレツ納骨堂。通称「骸骨教会」。そう、約4万人分もの人骨で埋め尽くされ、装飾された、世界でも類を見ない礼拝堂である。

    「不気味」「怖い」。そんな言葉で片付けるのは簡単だ。しかし、この場所で僕が感じたのは、恐怖よりもむしろ、一種の荘厳さと、死を超越した静謐なる美しさだった。そして、このクトナー・ホラでの体験は、プラハで目にした絢爛豪華な教会芸術と鮮やかな対比をなし、「生とは何か、死とは何か」という根源的な問いを、僕の魂に深く突きつけてきたのだ。

    この記事は、単なる観光ガイドではない。クトナー・ホラへの具体的なアクセス方法や予算、準備はもちろんのこと、セドレツ納骨堂とプラハの教会芸術、その二つの対極的な美が僕たちの死生観にどう揺さぶりをかけてくるのかを、じっくりと掘り下げていく旅の記録だ。さあ、あなたもグラスを片手に、少しばかり哲学的な旅に出かけようじゃないか。まずは、この旅の舞台となる場所を地図で確かめてほしい。

    もしあなたがさらに深く死生観を考えたいなら、ルーマニアの「陽気な墓」で笑い泣く、人生賛歌の旅もおすすめです。

    目次

    プラハの喧騒を抜け、静寂の地クトナー・ホラへ

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    旅の始まりは、いつも心が弾むプラハ中央駅から。カレル橋の喧騒や旧市街広場の賑わいを背に、ローカル線の揺れに身を委ねて約1時間。窓の外の風景は、百塔の街の華やかさから、穏やかなボヘミアの田園風景へと次第に移り変わっていく。この緩やかな変化が、非日常への扉を開くための心地よい助走のように感じられた。

    クトナー・ホラ本駅は、街の中心部からやや離れた場所に位置している。ここでさらに小さなローカル線に乗り換え、一駅先のクトナー・ホラ・セドレツ駅で降りる。観光客の姿はほとんど見られない、特に目立ったところのない小さな駅だ。しかし、ここから数分歩いた場所に、あの静かに佇む納骨堂が存在する。

    教会の名前は、墓地教会(Hřbitovní kostel Všech Svatých)。その地下に広がるのが、セドレツ納骨堂(Kostnice Sedlec)だ。ゴシック様式の素朴な外観からは、内部に隠された異様な光景を想像することは難しい。ひんやりとした石の階段をゆっくりと降りていく。ひと歩きごとに地上の光が次第に遠ざかり、湿り気を帯びた独特の空気が肌を撫でる。そして視界が開けた瞬間、言葉を失わずにはいられなかった。

    そこには、骨、骨、また骨。すべてが人間の骨で構成された世界が広がっていた。

    四方には頭蓋骨と大腿骨がピラミッド状に積み上げられ、天井からは人体のさまざまな骨を組み合わせて作られた巨大なシャンデリアが吊るされている。壁には骨で作られたガーランド(花綱飾り)が優雅な曲線を描き、祭壇も聖杯も燭台も、すべて本物の人骨でできているのだ。

    圧倒的な「死」の量に直面し、僕の頭はすぐにはそれを現実として受け入れられなかった。これは精巧に作られたオブジェか、映画のセットなのではないかと疑った。しかし、ひとつひとつの頭蓋骨にある深い眼窩の闇が、それがまぎれもなくかつて生きていた人間の痕跡であることを静かに伝えてくる。ペストで命を落とした者、フス戦争で倒れた者。数百年前、この地で生涯を終えた何万もの魂が、沈黙したままここに存在しているのだ。

    恐怖や嫌悪の感情は、不思議なことに湧かなかった。むしろそこには奇妙な静けさと秩序が満ちていた。無造作に積み上げられた死体の山などではない。一つ一つの骨が明確な意図をもって配置され、荘厳な美を形作る一部となっている。これは冒涜なのか、それとも鎮魂なのか。この空間を生み出した人間の精神性に、僕の好奇心は強く掻き立てられた。

    死者の骨が紡ぐ、静謐なる芸術のかたち – セドレ-ツ納骨堂の深層

    この異様な空間は、いったいどのようにして生まれたのか。その背景を知ることで、目の前に広がる光景は単なる奇怪な見世物ではなく、深い意義を持つ芸術作品へと変わっていく。

    納骨堂の歴史 ― 骨が積み上げられた理由とは

    物語は13世紀の終わりにさかのぼる。当時のセドレツにあるシトー会修道院の長が、聖地エルサレム・ゴルゴタの丘からわずかな土を持ち帰り、この地の墓地に撒いた。この噂は瞬く間に広がり、「聖なる土に埋葬されたい」と願う人々が中央ヨーロッパ各地から殺到し、この墓地は人気の埋葬地となった。

    しかし、14世紀のペスト大流行、そして15世紀のフス戦争によって死亡者が急増し、限られた墓地のスペースはすぐに満杯となった。そこで、古い墓を掘り起こし、新しい死者を埋葬するために骨を掘り出し、教会の地下であるこの納骨堂に収めるようになったのだ。こうして納骨堂は、膨大な数の人骨で埋まっていった。

    骨が芸術作品へと生まれ変わったのは、それからさらに時が過ぎた1870年のことだった。この土地を所有していたシュヴァルツェンベルク家は、木彫職人フランティシェク・リントに、無秩序に積まれた骨の整理と装飾を依頼した。リントは消毒と漂白を施した骨を用い、私たちが今見る驚異的な内装をたった一人で完成させた。彼の署名も壁に骨で表されている。詳しい歴史はセドレツ納骨堂の公式サイトで確認できるが、この背景を知ることで、一つひとつの骨に宿る物語に自然と思いを馳せずにはいられなくなる。

    シュヴァルツェンベルク家の紋章 ― 鴉がトルコ兵の目を突く彫刻

    納骨堂の右奥にひときわ精巧な骨の彫刻が飾られている。これは、依頼主であるシュヴァルツェンベルク家の紋章だ。盾や王冠などのモチーフが見事に骨で再現されているが、特に右下の部分が衝撃的だ。一羽の鴉が倒れたトルコ兵の頭蓋骨から左目を突き出しているのだ。

    これは16世紀、シュヴァルツェンベルク家がオスマン・トルコ軍との戦いで勝利したことを記念して作られたデザインだという。生々しく残酷な勝利の記憶を、あえて人間の骨で、しかもトルコ兵のものかもしれない骨で表現している。ここには死者への敬意や鎮魂とは異なる、権力者の勝利の誇示という側面が見え隠れする。死は時に聖なる安らぎであり、時に無情な敗北の象徴でもある。この紋章は、死の持つ多様な側面を私たちに突きつけているかのようだ。

    巨大なシャンデリアと祭壇 ― 人体のあらゆる骨が織り成す芸術

    この納骨堂の最大の見どころは、やはり中央に吊るされた巨大なシャンデリアだ。おそらく人間の体のすべての種類の骨が一つずつ使われていると言われ、その圧倒的な存在感に目を奪われる。大腿骨がアームに、鎖骨や肋骨が連結し、頭蓋骨がアクセントとして配置されている。その下に灯る電球は、まるで蝋燭の代わりのように揺らめく光を放ち、どこかシュールでありながらも抗しがたい魅力を醸している。

    見上げていると、奇妙な感覚が襲う。これはかつて「私」という意識を持ち、笑い、泣き、誰かを愛したであろう人間の体の一部だ。それが今、私の頭上で光を灯す装飾となっている。この事実に直面すると、個人の生と死がいかに小さく、そして巨大な時の流れの中に溶け込んでいくものかを実感する。自分の骨も、数百年後にはどこかのシャンデリアの一部になっているかもしれない――そんな突飛な想像が、不思議と恐怖ではなく、むしろ一種の諦観と安らぎをもたらしてくれた。

    光と色彩のシンフォニー – プラハの教会芸術との対話

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    クトナー・ホラでの体験は、それ自体非常に印象的だが、プラハで目にする教会芸術と並べてみると、その独自性が一層際立つ。プラハ城を見下ろす聖ヴィート大聖堂や、マラー・ストラナ地区に位置する聖ミクラーシュ教会。これらの教会が伝える「美」は、セドレツ納骨堂の世界とはまさに対照的だった。

    聖ヴィート大聖堂のステンドグラス – アルフォンス・ミュシャが描く色彩の光景

    プラハ城内にそびえる聖ヴィート大聖堂は、その荘厳なゴシック建築の極みを示している。高く天まで届くかのような天井と柱は、訪れる人々を神のもとへと導くようだ。そして、この空間を特徴づけるのが壁面を彩るステンドグラスである。

    なかでもアール・ヌーヴォーの巨匠、アルフォンス・ミュシャによるステンドグラスは圧巻だ。聖キュリロスと聖メトディウスの生涯を描いた作品は、従来の宗教画に見られる硬質な雰囲気とは異なり、優雅で装飾的な曲線と繊細な色彩が織りなす世界に満ちている。外光が色ガラスを通して差し込み、床や柱に幻想的な光の模様を映し出している様は、まるで天上の光景が此処に降りてきたかのようだ。

    ここに表現されているのは明らかに「生」の讃歌であり、神への賛美である。光、色彩、物語のすべてが前向きなエネルギーに溢れ、見る者の心を揺さぶり、天国への希望を抱かせる。セドレツのモノクロームに静謐な「死」の世界とは、あまりにも対照的だ。

    聖ミクラーシュ教会の天井画 – 天上界への憧憬とバロックの華麗さ

    プラハには忘れてはならないもう一つの教会芸術の傑作がある。旧市街広場とマラー・ストラナ地区にそれぞれ聖ミクラーシュ教会があるが、ここで語るのはマラー・ストラナ地区のものだ。プラハにおけるバロック建築の頂点とされるこの教会は、内部に一歩足を踏み入れた瞬間、その華やかな装飾の凄まじさに圧倒される。

    大理石の柱、金色に輝く彫刻、そして圧巻なのが、ドーム天井一面を覆う巨大なフレスコ画『聖ミクラーシュの栄光』だ。だまし絵の技法を駆使したこの天井画は、本当に天井が取り払われて、現実の天国が広がっているかのような錯覚をもたらす。天使が舞い、聖人たちが神を讃美するその情景は、力強く感情豊かで、神の権威と教会の栄華を鮮やかに示し、圧倒的な迫力に満ちている。

    プラハの芸術が映し出す「生」と「信仰」

    聖ヴィート大聖堂の光彩と、聖ミクラーシュ教会の華麗さ。プラハの教会芸術は、神の偉大さと信仰による救いと希望を、人間の卓越した技術と感性で表現しようとする試みだ。それは人々を現世の苦難から解放し、天国という輝かしい「生」の世界へと導くための装置とも言えるだろう。そこには「死」の影はほとんどなく、死は輝かしい来世への通過点として肯定的に捉えられているのだ。

    対極の美学 – セドレツとプラハ、二つの芸術性が問いかけるもの

    セドレツ納骨堂の「骨」と、プラハの教会に漂う「光と金」。この二つを旅の中で連続して体験すると、それぞれの芸術性の根底にある本質的な違いと、それが我々の心に投げかける鋭い問いに気づかされる。

    「Memento Mori」と「Gloria in excelsis Deo」

    セドレツ納骨堂が我々に突きつけるのは、「Memento Mori(メメント・モリ)」、すなわち「死を忘れるな」という強烈なメッセージだ。貴族も庶民も、名もなき人々も、いずれは同じく骨となる。その普遍的な真実を、これ以上ないほど露骨に目の前に示す。それは死を直視することで現在を生きる意味を問い直させる、内省的な芸術とも言える。虚飾を削ぎ落とし、生の根幹を見据える試みである。

    一方、プラハの教会芸術は、「Gloria in excelsis Deo(いと高きところに神の栄光あれ)」という賛歌を奏でる。こちらは人間の内面ではなく、超越的な神へと視線を向けさせる。神の栄光を讃え、その偉大さにひれ伏すことで、人々は救いと魂の安らぎを得る。この芸術は外向的で感情の高まりを喚起する。

    素材の差がもたらす感情の動き ― 骨と金・ガラス

    この対照的なメッセージは、用いられる素材の違いに由来している。セドレツで使われているのは、人間そのもの、すなわちかつて命を宿していた「骨」だ。その骨は鑑賞者に自己との同一化を促す。あの頭蓋骨は、明日の自分かもしれない。だからこそ、そこには哲学的な問いを投げかけざるを得ない。色彩はアイボリーホワイトと骨が織りなす陰影だけで、余計な情報が排除されているため、思考は自然と深まっていく。

    対してプラハ教会の素材は、金やステンドグラス、大理石など、日常を超えた美と価値を持つものだ。これらは手の届かない神聖さを象徴している。豊かな色彩と光の輝きは感情を揺さぶり、我々を日常から解き放ち、恍惚の境地へと誘う。そこでは難解な哲学的考察よりも、純粋な感動や畏敬の念が主役となる。

    死生観の変遷 ― ペストと戦争が生んだ芸術

    なぜ、これほど異なる芸術表現が同じキリスト教圏で成立したのだろうか。その背景には14世紀に猛威を振るったペスト(黒死病)の存在が大きく関わっている。ヨーロッパ人口の3分の1から半数が失われたとされるこの大流行は、人々の死生観を根本から揺るがせた。死はもはや穏やかな眠りや天国への旅立ちではなく、突然で非情な現実となったのだ。

    セドレツ納骨堂に安置された骨の多くはペストの犠牲者のものだ。激増した死の前では、美化する余裕すらなく、その膨大な「量」と向き合わざるを得なかった。骨を積み上げ装飾する行為は、無数の「個」の死を集合的な「死」として受容し、鎮魂し、管理しようとする切実な試みだったと言えるかもしれない。

    対照的に、プラハのバロック芸術が開花したのは、ペストの時代から数世紀を経た後だ。戦争や貧困はあったものの、社会が一定の安定を取り戻し、人々は再び天上の栄光に目を向ける余地を持った。カトリック教会がプロテスタントに対抗し、その権威を視覚的に示す必要があったという時代背景も、この華麗な様式を生み出した要因の一つだ。

    つまり、セドレツの芸術は「死の現実」から、プラハの芸術は「生の理想」から生まれたものであると言えるだろう。

    クトナー・ホラ、もう一つの顔 – 銀鉱の街の栄光と聖バルバラ教会

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    セドレツ納骨堂の強烈な印象があまりに大きいため、しばしば忘れられがちだが、クトナー・ホラの街自体も非常に魅力的で、訪れる価値が十分にある場所だ。この街は、セドレツ地区と歴史的な中心地区の二つに分かれている。納骨堂の見学後は、ぜひバスか電車で中心地区へ足を延ばしてほしい。

    13世紀に銀鉱が発見されたことにより、クトナー・ホラはプラハに次ぐボヘミア第二の都市として栄華を極めた。その富はプラハの王宮の財政を支え、一時はヨーロッパの銀産出量の3分の1を占めたとも言われている。石畳の美しい街並みや、「イタリア宮」と呼ばれるかつての王立造幣局などが、かつての繁栄を今に伝えている。チェコ政府観光局も世界遺産の街として大きく紹介しているその美しさは、一見の価値がある。

    さらに、この街のもう一つの見どころが、丘の上にそびえる聖バルバラ教会だ。鉱夫たちの守護聖人である聖バルバラに捧げられたこの教会は、完成までに500年以上を要した壮麗なゴシック建築の傑作である。空を支えるように伸びる優雅なフライング・バットレス(飛び梁)と、三つの尖塔を持つ独特な屋根が印象的な外観だ。中に入ると、聖ヴィート大聖堂にも劣らない高さと広がりを誇る空間に圧倒される。

    特に興味深いのは、壁面に描かれたフレスコ画である。そこには聖書の場面だけでなく、銀の採掘や精錬に励む鉱夫たちの姿も描かれている。聖なる空間に俗世の労働が表現されているのだ。これは、この教会が王や貴族のためだけでなく、この街の富を築いた鉱夫たちのためのものであったことを示している。彼らの信仰心と労働に対する誇りが、この壮大な教会を支えていたのだ。

    聖バルバラ教会は、プラハの教会芸術とセドレツ納骨堂のちょうど中間に位置する存在とも言える。天を仰ぎ見る荘厳な空間であると同時に、汗を流して働く人々の「生」の営みが力強く刻まれている。クトナー・ホラを訪れた際には、セドレツで「死」と向き合った後、この教会で街を支えた人たちの「生」の力強さをぜひ感じてほしい。

    旅の実用ガイド – クトナー・ホラ日帰り旅行プランニング

    ここまで読んで、あなたの心も少しずつクトナー・ホラに惹かれてきたのではないだろうか。ここからは、実際に旅に出る際の具体的な情報をお伝えしよう。プラハからの日帰り旅行として、これほど刺激的で満足度の高い行き先はなかなかない。

    モデルプランとスケジュール例

    プラハ発の日帰り旅は、個人手配でもツアーでも可能だが、ここでは自由度の高い個人での計画をもとにしたモデルプランを紹介する。全体の所要時間は、移動も含めておよそ8〜10時間ほど見ておくと、ゆったり楽しめるだろう。

    • 9:00 プラハ中央駅 発

    チェコ国鉄(České dráhy)の列車でクトナー・ホラ本駅(Kutná Hora hl.n.)へ向かう。所要約1時間。窓口や券売機で簡単に購入できる。往復切符を先に買っておくと、帰路がスムーズだ。

    • 10:00 クトナー・ホラ本駅 着

    プラハからの列車が到着するホームの向かい側に、小さな黄色いローカル線が待っていることが多い。これに乗り換えて、一駅先のクトナー・ホラ・セドレツ(Kutná Hora-Sedlec)駅へ。所要3分ほど。

    • 10:15 セドレツ納骨堂&聖母マリア大聖堂 見学

    セドレツ駅から納骨堂までは徒歩約5分。まずは納骨堂でユニークな体験を。滞在時間は30分で十分だが、じっくり見たいなら1時間ほど取るとよい。近隣の世界遺産、聖母マリア被昇天・聖ヨハネ大聖堂も共通チケットで見学可能。バロックとゴシックが融合した珍しい建築様式が魅力だ。

    • 12:30 昼食&中心市街地へ移動

    セドレツにも飲食店はあるが、せっかくなら街の中心部で食事を。セドレツ駅から再びローカル線に乗り、終点のクトナー・ホラ・ムニェスト(Kutná Hora město)駅へ。そこから旧市街へは徒歩圏内。伝統的なチェコ料理の店で、グラーシュやクネドリーキを味わいたい。

    • 14:00 聖バルバラ教会&クトナー・ホラ歴史地区散策

    午後は街の象徴である聖バルバラ教会を訪れ、その壮麗な建築をたっぷりと堪能したあと、銀博物館(フラデーク)を見学したり、石畳の美しい路地を気の向くまま散策したりして過ごすのがおすすめ。街の詳しい見どころはクトナー・ホラ公式観光サイトでチェックしてみるのもよいだろう。

    • 17:00 クトナー・ホラ・ムニェスト駅 出発

    ローカル線でクトナー・ホラ本駅へ戻り、プラハ行きの列車に乗り換える。

    • 18:30 プラハ中央駅 着

    少し疲れを感じつつも、多くの思いを胸にプラハへ帰着。夜は美味しいチェコビールで旅の感想を語り合いたい。

    費用と予約について

    旅行にあたり気になるのは費用面だ。クトナー・ホラへの旅は、比較的リーズナブルに楽しめる点も魅力だ。

    • 個人手配の場合の費用目安(一人あたり)
    • プラハからの往復鉄道運賃:約250〜350 CZK(約1,600〜2,300円)
    • クトナー・ホラ市内のローカル線:多くの場合、上記の鉄道チケットに含まれている
    • 入場料(共通券):セドレツ納骨堂、聖母マリア大聖堂、聖バルバラ教会の三施設共通券で約300〜360 CZK(約2,000〜2,400円)。最もお得なチケットだ。
    • 昼食代:約300〜500 CZK(約2,000〜3,300円)
    • 合計約850〜1,210 CZK(約5,600〜8,000円)
    • ツアー参加の場合

    プラハ発のバスツアーも多く催行されている。料金は会社によるが、半日ツアーで60〜80ユーロ(約9,600〜12,800円)前後が一般的。

    • 含まれる内容: プラハ市内からの往復送迎、英語中心のガイド、主要施設の入場料
    • 含まれないもの: 昼食代、ガイドへのチップ、お土産代
    • メリット: 交通の心配がなく、ガイドの詳しい説明付きで効率よく巡れる点
    • デメリット: 行動がやや制約され、自分のペースでじっくり見学しにくい場合がある

    どちらにするかは一概に言えないが、自分なりのペースで深く旅を味わいたいなら個人手配を、手軽さや安心感を優先するならツアーを選ぶのがよいだろう。

    旅の準備と心得

    特別な準備は必要ないが、いくつか心に留めておくと、より快適で意味深い旅になるはずだ。

    • 服装と持ち物
    • 歩きやすい靴: クトナー・ホラは石畳や坂道が多いので必須。
    • 羽織るもの: 教会や納骨堂内は夏でも冷えることがあるため、調節しやすい服装が望ましい。
    • カメラ: 撮影は可能だが、多くの場所でフラッシュは禁止。特に納骨堂は、静かな空間の雰囲気を守るための配慮が必要だ。
    • 現金: 小さな店やトイレなどでカードが使えないこともあるため、少額のチェコ・コルナ現金を持っておくと安心。
    • 納骨堂でのマナーと留意点

    ここは観光地であると同時に、多くの死者が眠る神聖な場所でもある。

    • 静粛に: 大声での会話は避け、敬意をもって見学しよう。
    • 骨には触れない: 展示されている骨には絶対に触れてはいけない。
    • 撮影ルールを守る: 自撮り棒の使用禁止など、独自のルールがある場合が多い。現地案内に従うこと。
    • 不謹慎なポーズは厳禁: 骸骨を面白おかしく扱う写真は、ほかの見学者を不快にさせるだけでなく、死者に対する冒涜ともなる。

    よくある質問に「子供を連れて行ってもよいか?」というものがある。答えは一概には難しい。入場に年齢制限はないが、感受性の強い子供には強い衝撃となることもあるため、もし連れていくなら事前にどのような場所かをよく説明し、心の準備をさせてあげることが大切だろう。

    旅の終わりに一杯 – クトナー・ホラの地ビールとプラハの夜

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    セドレツで死と向き合い、聖バルバラ教会で生命の営みに触れ、クトナー・ホラの街を歩き回った後には、喉の渇きを癒す一杯が待っている。この街にも実は魅力的な地ビールが存在するのだ。「Pivovar Kutná Hora」という醸造所が手掛けるビールは、銀の街らしい切れ味とともに、豊かなモルトの風味が楽しめる逸品である。中心街のレストランやパブで見かけたら、ぜひ味わってみてほしい。

    プラハに戻ると、宿の近くにある馴染みの酒場に腰を下ろす。カウンターでウィスキーのロックを注文し、揺れる琥珀色のグラスを眺めながら、その日の出来事をじっくりと思い返す。

    骨のシャンデリア、シュヴァルツェンベルク家の紋章、ミュシャのステンドグラス、聖バルバラ教会の鉱夫の絵――断片的なイメージが頭の中を浮かび巡り、やがて一つの問いにたどり着く。人は死という避けがたい現実に直面して、何を創り、何を後世に残そうとしてきたのだろうか。

    セドレツ納骨堂は、死をそのまま受け入れ、それを装飾することで乗り越えようとした人々の祈りの結晶である。一方、プラハの教会は、死の先にある天国の輝きを華やかに描き出し、死への恐怖を希望へと変えようとする装置だ。どちらも、死と向き合うための人間の知恵であり、芸術という名の祈りのかたちと言える。

    どちらが優れているという話ではない。おそらく、人間にとってはその両方が必要なのだろう。死の無常を静かに見つめる時間と、生の歓びを高らかに謳い上げる華やかな時間の、両方が求められているのだ。

    骨は語る、沈黙の向こう側へ

    クトナー・ホラへの旅は、僕に深い印象を刻み込んだ。ただ単に珍しいものを見て好奇心を満たしただけではない。自分の「死」と「生」を、これまでにないほどリアルに実感させてくれた体験だった。

    私たちは日常の中で死から目をそらしながら暮らしている。しかし、セドレツの納骨堂に一歩足を踏み入れた瞬間、その隠蔽はあっけなく剥がれ落ちる。数えきれない頭蓋骨の眼窩から見つめられていると、「お前もいつかこうなるのだ」という声なき声が聞こえてくるかのようだ。それは恐怖の告知でありながら、不思議な解放感をももたらすメッセージでもあった。死が確かな終点であるならば、その先にある今の時間をどう生きるべきか。見栄や体裁、些細な悩みがどれほど取るに足らないものかを痛感させられる。

    この旅は万人受けするものではないかもしれない。しかし、もし日々の暮らしに何か物足りなさや閉塞感を感じていたり、人生の意味について立ち止まって考えたいと思っているなら、ぜひプラハから列車に乗ってみてほしい。

    クトナー・ホラの地で、4万の魂が織りなす静寂の芸術に向き合ったとき、あなたもきっと自分だけの答えを見つけられるはずだ。そしてプラハに戻ったとき、街の喧騒や一杯のビールの味わいが、以前とは少し違って感じられるだろう。それは、死を見つめたからこそ得られる、生の確かな輝きなのだから。

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    この記事を書いた人

    美味い酒と肴を求めて全国を飲み歩く旅ライターです。地元の人しか知らないようなB級グルメや、人情味あふれる酒場の物語を紡いでいます。旅先での一期一会を大切に、乾杯しましょう!

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