MENU

    ラオスの世界遺産ジャール平原完全観光ガイド|謎の石壺・行き方・注意点を解説

    この記事の内容 約13分で読めます

    ラオス北東部のジャール平原は、2019年に世界遺産登録された謎多き遺跡群だ。数千もの巨大な石壺が点在し、その目的は「埋葬施設」が最有力ながら未だ不明。古代の謎に加え、ベトナム戦争時の不発弾問題という歴史の傷跡も刻まれている。

    ラオス ジャール平原——2019年にユネスコ世界文化遺産に登録されたこの遺跡群は、「誰が、何のために」という問いを旅人に投げかけ続ける、謎に満ちた場所だ。ラオス北東部のシエンクワーン県に広がる広大な高原に、数千もの巨大な石壺が点在しており、古代の謎とベトナム戦争の傷跡が同じ大地に刻まれている。この記事では、ジャール平原の基礎知識から具体的な行き方、各遺跡の見どころ、現地での移動手段、安全に観光するための注意点まで、実際に現地を訪れた体験をもとに徹底解説する。

    この旅で感じた古代の謎への畏敬の念は、インド・シェカワティの壁画が描く砂塵の迷宮を訪れる時にも、同じように胸を打つだろう。未知の文明が遺したモニュメントと向き合う旅は、ミャンマーの地方都市が持つ静けさ——たとえば喧騒を離れて心洗われるオクポの旅のような体験にも通じる深さがある。

    目次

    ジャール平原とは?謎に包まれたラオスの世界遺産

    ジャール平原(Plain of Jars)は、ラオス中部のシエンクワーン県に広がる広大な遺跡群だ。シエンクワーン台地とアンナン山脈に囲まれた標高1,000〜1,200メートルの高原に、数千もの巨大な石壺が点在しており、その謎めいた歴史から2019年にラオスで3番目のユネスコ世界文化遺産に登録された。

    2019年にラオス3つ目の世界遺産へ登録

    ジャール平原が世界遺産に登録されたのは2019年のことだ。ラオスには当時、首都ルアンパバーンの旧市街(1995年登録)と南部のワット・プーと関連遺産(2001年登録)の2件のユネスコ世界遺産があり、ジャール平原の登録でラオスは3件目の世界遺産を持つ国となった。「ジャール平原における巨石文化の景観」として世界遺産リストに記載されており、現在確認されている100以上の遺跡サイトのうち主要な15サイトが登録対象となっている。

    長年にわたって不発弾(UXO)の問題や調査の困難さから研究が遅れていたが、国際的な支援のもとで除去作業と発掘調査が進み、世界遺産登録への道が開かれた。登録によって国際的な保護と注目を受けるようになった一方、過剰な観光開発による環境・遺産への影響を懸念する声もある。訪れる旅人一人ひとりが遺産に敬意を払うことが求められている。

    誰が何のために?巨大石壺の3つの仮説(埋葬・貯蔵・酒造)

    石壺は砂岩・石灰岩・花崗岩などを切り出して作られており、高さは最大で約2.5メートル、重さは10トン以上にのぼるものもある。文字による記録が存在しないため、その目的については3つの仮説が提唱されているが、いまだ決定的な答えは出ていない。

    仮説①:埋葬施設説(最有力)
    フランスの考古学者マドレーヌ・コラーニが1930年代に実施した調査で、壺の周辺から人骨・ガラスビーズ・土器・鉄器などの副葬品が出土したことが根拠となっている。遺体をまず別の場所で腐敗させ、残った骨を壺に収めて埋葬する「二次埋葬」の儀礼に使われたと考えられており、現在最も有力な説とされる。蓋のような円盤形の石が複数発見されており、雨風や動物から遺骨を守るためと解釈できる。壺が作られたのは紀元前500年から紀元後500年ごろとされる。

    仮説②:食料・水の貯蔵説
    乾季と雨季が明確なこの地域で、雨季に降った水や塩・米などの食料を保存するための巨大な倉庫として使われたとする説だ。集落の共有貯蔵庫として機能したと考えると、多数が特定エリアに集中している事実も説明できる。ただし骨や副葬品の出土事実とは矛盾をはらんでいる。

    仮説③:酒(ラオ・ラーオ)の醸造説
    ラオスの伝承では、古代の王クン・チュンが敵に勝利した際の祝宴のため、巨大な酒壺「ジャール」を作らせたとされている。ラオスの地酒「ラオ・ラーオ」の醸造に使われたとするこの説は科学的根拠に乏しいが、多くの旅人の想像力を刺激してやまない。サイト3の丘の上から広大な風景を眺めながら「もしこれが酒壺だったら」と思いを馳せると、古代の祝宴の喧噪が聞こえてくるようだ。

    結局のところ、ジャール平原の石壺が何のために造られたのか、その答えはいまだ誰にも分からない。「分からない」ことこそがこの地の最大の魅力であり、石壺たちは沈黙しているからこそ、雄弁に私たちに語りかけてくる。

    ジャール平原への行き方・アクセス方法

    ジャール平原の観光拠点となるのは、シエンクワーン県の県都ポーンサワンだ。ポーンサワンへのアクセスは主にバスと飛行機の2つの手段がある。それぞれの特徴を把握して、自分の旅程に合った方法を選ぼう。

    観光の拠点「ポーンサワン」への移動(バス・シェンクワン空港)

    バスを利用する場合:ルアンパバーンからポーンサワンへはバスが運行されており、曲がりくねった山道を通る道程はおおよそ8〜10時間程度かかる。深い緑の山々や点在する小さな村々が窓の外に広がり、ラオスの原風景を堪能できる移動時間でもある。ビエンチャンからも直行バスが運行されているが、こちらはさらに所要時間が長くなる。バス料金・時刻表は変動するため、現地の旅行会社やバスターミナルで最新情報を確認することを推奨する。

    飛行機を利用する場合:ポーンサワン近郊にはシェンクワン空港(ポーンサワン空港)があり、ビエンチャンのワットタイ国際空港から国内線で約40〜50分でアクセスできる。ラオス航空が便を運航しているが、便数は限られており、時期によっては満席になることもあるため早めの予約が賢明だ。料金・スケジュールは公式サイト等で最新情報を確認してほしい。

    時間に余裕がある旅行者にはバス移動をおすすめしたい。バスの振動に揺られながら、まるで古代の石工たちが険しい山を越えてきたルートをなぞるような体験ができる。窓の外で牛や水牛が草を食む田園風景を眺めながら、ポーンサワンへの道のりは旅の序章として十分に印象的だ。

    ポーンサワン市内での宿泊・拠点づくり

    ポーンサワンの町は、想像していたよりもずっと穏やかで、どこか懐かしさを感じさせる空気が漂っていた。観光客向けのゲストハウスやレストランが立ち並ぶメインストリートも、過度に観光化されておらず、地元の人々の日常が色濃く残っている。バイク修理の店先で油にまみれる男たち、市場で野菜を売る女性たちの明るい声、学校帰りの子供たちのはしゃぐ声。すべてがこの土地の暮らしを鮮やかに彩っていた。

    宿泊施設は手頃なゲストハウスからやや快適なホテルまで幅広い。元記事執筆当時は一泊約1,000円程度のゲストハウスも存在したが、物価や相場は変動するため、予約サイトや現地での確認が必要だ。チェックイン時にはお湯の有無やWi-Fiの可否といった実用的な確認を忘れずに。

    ポーンサワンは標高が高い分、夜は思いのほか気温が下がる。薄手の上着を一枚持参することを強くすすめる。ゲストハウスのスタッフに翌日の遺跡巡りについて相談すると、現地の道路状況や注意点を教えてもらえることが多い。

    ジャール平原の主要遺跡(サイト1・2・3)の見どころ

    観光客が訪れやすい主要3サイトはそれぞれ異なる個性を持つ。まず下の比較表で全体像を把握し、その後に各サイトの詳細を確認してほしい。

    サイト正式名称ポーンサワンからの距離石壺の数(目安)入場料特徴
    サイト1トーン・ハイ・ヒン約10km約300個15,000キープ最大規模・アクセス良好・爆撃クレーターあり・洞窟あり
    サイト2ハイ・ヒン・プー・サラー・ト約25km約90個15,000キープ鬱蒼とした森に囲まれた静寂の遺跡・訪問者少なめ
    サイト3ハイ・ヒン・ラート・カイ約35km約150個15,000キープ丘の上・360度パノラマ絶景・竹の橋を渡るアプローチ

    ※入場料・距離は元記事執筆時のデータを基にした参考値です。最新情報は現地または公式サイトでご確認ください。

    サイト1(トーン・ハイ・ヒン):最大規模の石壺と不発弾の傷跡

    翌朝、澄み切った高原の空気の中をバイクで走り出した。目指すはジャール平原で最大かつ最も有名な「サイト1(トーン・ハイ・ヒン)」だ。ポーンサワンの町からおよそ10キロの距離に位置しており、アクセスの良さも魅力となっている。緩やかな丘陵地帯を走っていると、突然視界が開け、その壮観な光景が飛び込んできた。

    思わず息を呑んだ。広大な丘の頂に、大小さまざまな石の壺がまるで巨人が無造作に投げ置いたかのように点在している。その数は約300個にのぼる。大きなものは高さ2.5メートル、重さ10トンに達すると言われている。これまで何度も写真や映像で目にしてきたが、実際に現地で自分の目で見たそのスケール感と存在感は想像をはるかに凌駕していた。

    バイクを降り、入場料の15,000キープ(約150円)を払って、丘を一歩一歩登っていく。近づくにつれて、石壺の細部が次第に明らかになる。形はそれぞれ異なり、表面には苔や地衣類がびっしりと覆い、悠久の時が流れたことを物語っている。いくつかの石壺の近くには、蓋のような円盤形の石が転がっており、元々は蓋がされていたことがうかがえる。一体、この中に何が納められていたのだろうか。

    特にひときわ巨大な石壺の前に立つ。見上げるほどの高さで、手を触れると、ひんやりと硬質な感触が伝わってくる。その中には数千年にわたって風雪に耐え抜いてきた力強さが感じられる。古代の石工たちはどんな道具でこの硬い砂岩を削り出したのか。そしてこの巨大な壺を、どうやって丘の上まで運び上げたのか。謎はますます深まるばかりだ。

    サイト1には小さな洞窟もあり、火葬の場として使われたのではないかと推測されている。洞窟の天井には爆撃で開いたと思われる穴から光が差し込み、壁には黒い煤の跡が残っている。古代の死の儀礼と現代の戦争の記憶が、この薄暗い空間で交錯しているようにも感じられる。

    丘を歩くうちに、地面に不自然なくぼみが点在していることに気付く。それはベトナム戦争中にアメリカ軍が投下した爆弾のクレーターだ。このジャール平原を含むシエンクワーン県はホーチミン・ルートという補給路を断つ目的で膨大な数の爆弾が投下された場所であり、ラオスは「史上最も激しく爆撃された国」として知られている。古代の静かな遺跡と、痛ましい戦争の痕跡。その二つがこの丘の上で不思議な対比を成している。

    石壺の周囲には白と赤の杭で示された安全通路が設定されている。これはMAG(Mines Advisory Group)などの専門機関による不発弾(UXO)除去作業の跡だ。杭で囲まれた範囲の外側には、まだ数多くの不発弾が眠っている可能性がある。美しい風景の裏に潜む見えない危険を知ると、一歩一歩の足取りが自然に慎重になる。圧倒的なスケールの古代遺跡と、胸を締め付ける現代史の傷。サイト1での体験は、心を深く揺さぶった。

    サイト2:鬱蒼とした森に静かに眠る遺跡

    サイト1の衝撃を胸に刻みつつ、さらに奥地へとバイクを走らせた。ポーンサワンから南西へ約25キロの場所にあるサイト2(ハイ・ヒン・プー・サラー・ト)は、サイト1とはまったく異なる趣を持っていた。鬱蒼と茂る森に囲まれた二つの小高い丘の上に、石壺が静かに眠っている。入場料は同じく15,000キープ。バイクを停めて森の中へ続く小路を歩くと、木漏れ日の射す中に苔むした石壺が姿を現した。

    まるで森の精霊か、あるいは古代の賢者のような佇まいだ。サイト1の開けた丘の上で堂々とした姿を見せていた壺たちとは対照的に、ここにある壺たちはどこか思索的で神秘的なオーラを纏っている。一つひとつの壺が静かな森の風景に溶け込み、鳥のさえずりと風に揺れる葉音だけが響く空間で石壺と向き合うと、まるで時が止まったかのような錯覚に囚われる。

    サイト2の魅力は、この静寂と自然との一体感にある。訪れる観光客の数もサイト1よりはるかに少なく、ゆったりと古代のロマンに浸ることができる。丘の上からは周囲ののどかな田園風景が一望でき、爽やかな風が汗ばんだ身体を心地よくなでてくれた。ここで作られた壺はサイト1のものよりも風化が進んでいるように見え、古代のより古い時代に作られたのか、あるいは森の湿気が劣化を早めたのかと考えながら、木陰でしばらく休憩した。アジア各地の秘境がもつ静謐さ——ネパールのゴラヒ渓谷の原風景にも通じる、人跡未踏に近い静けさがここにはある。

    サイト3:丘の上に佇むパノラマ絶景の遺跡

    再びバイクに乗り、さらに約10キロ南下すると、サイト3(ハイ・ヒン・ラート・カイ)に到着する。小さな村を抜け、水田に架かった竹の橋を渡るというアプローチ自体が冒険心を刺激する。入場ゲートで料金を支払い、水田の中のあぜ道を歩くと、なだらかな丘の上に石壺群が姿を見せる。

    サイト3の壺は小ぶりなものが多く、一箇所に集中しているのが特徴的だ。何より素晴らしいのはそのロケーションで、丘の上からは360度のパノラマが広がり、眼下に広がる美しい水田と遠く連なるラオスの山々を見渡せる。まるで天空の祭壇のような光景だ。古代の人々はこの絶景を眺めつつ、どのような儀式を執り行っていたのだろうか。

    また、近くの岩盤から切り出されたと思われる石も点在し、製造過程の跡を見ることができる。加工途中の石壺や蓋とみられる円盤が、そのまま放置されている様子は、まるで職人たちが仕事を中断してどこかに去ってしまったかのように感じられ、その生々しさがかえって想像力を刺激する。サイト3の丘で夕日を眺めながら、古代の人々の楽しげな様子を思い描いた。歴史の真実は一つかもしれないが、そこに様々な物語を想像する自由が私たちにはある。

    現地での移動手段:ツアー参加とバイクレンタルの比較

    ポーンサワンからジャール平原の各遺跡へは、主に「旅行会社のツアー参加」と「バイクレンタル」の2つの方法がある。それぞれにメリット・デメリットがあるので、自分の旅のスタイルに合わせて選ぼう。

    ツアー参加(トゥクトゥクチャーター含む)バイクレンタル
    料金目安サイト1〜3の日帰りツアーで一人あたり約150,000キープ(約1,500円)〜(複数人で分担するとさらにお得)1日あたり約100,000キープ(約1,000円)〜
    メリットガイドの解説が聞ける/移動の手配不要/英語対応ツアーもある自分のペースで巡れる/道中の風景や人々との交流が楽しめる/自由度が高い
    デメリット決まったスケジュールに縛られる/一人参加はコスト高になる場合も未舗装路や穴ぼこが多く運転に注意が必要/道に迷うリスク
    おすすめの人初めてのラオス旅行者/歴史を深く知りたい人/運転に不安がある人自由に旅したい個人旅行者/道中の体験も楽しみたい人

    ※料金は元記事執筆時の参考値。交渉や人数・シーズンにより変動するため、現地で最新情報を確認してください。

    僕は迷わずバイクを借りる決断をした。地図を広げ、ガソリンを満タンに補給し、翌日から始まる冒険のルートを思い描いた。ラオスの道路事情は決して良好とは言えない。未舗装の道路や深い穴、ガタガタの路面も多いため、運転には細心の注意が求められる。バイクで迷ったときには、言葉が通じなくとも農作業中のおじいさんが笑顔で正しい方向を教えてくれた。その優しさは心に深く響いた。こうした地元の人々との小さな触れ合いが、何にも代えがたい宝物になるのだ。

    サイト1、2、3を巡るには最低でも半日、余裕をもって楽しむなら丸一日を確保したい。それぞれのサイトにはそれぞれに異なる魅力があり、同じものは一つもない。サイト1の圧倒的なスケール感、サイト2の神秘的な静けさ、そしてサイト3の開放的な絶景。時間に余裕があれば、ぜひ全てのサイトを訪れて、その違いを肌で感じてほしい。

    ポーンサワンの夜は静かに深まっていく。遠くで響く犬の鳴き声と涼しい高原の風が、旅の高揚感をそっと包み込んでくれた。翌朝の遺跡巡りへの期待を胸に、早めに休むのがおすすめだ。

    ジャール平原観光の心得と注意点

    jaral-plains-landscape

    この壮大なミステリーの旅を計画している未来の冒険者たちに向けて、自身の経験から得た実践的なアドバイスをいくつか共有したい。十分な準備があれば、不安なくこの土地の魅力をより深く味わうことができるだろう。

    不発弾(UXO)の歴史と見学時のルール

    ジャール平原を旅する際に決して忘れてはならないのが、不発弾(UXO)の問題だ。ベトナム戦争中、ラオスのシエンクワーン県はホーチミン・ルートを断つ目的で膨大な数の爆弾が投下され、「史上最も激しく爆撃された国」として知られるようになった。その一部は現在も不発弾として大地に眠っており、農業や日常生活に深刻な影響を与えている。

    観光客向けの主要な遺跡(サイト1〜3)は専門機関の管理下にあり、安全は確保されている。ただし、守るべき重要なルールがある。

    • 白と赤の杭の内側(安全地帯)のみを歩く。赤い杭の外側は未処理の危険区域であり、絶対に立ち入らないこと。
    • 指定されたルートから外れない。どんなに美しい風景が見えても、道を外れて歩くことは厳禁だ。
    • 不審な金属物や形状の物には絶対に触れない。不発弾は錆びていたり泥に埋まっていたりして、一見しただけでは分からないことがある。

    ポーンサワンの町にはMAG(Mines Advisory Group)のビジターセンターがあり、ラオスの不発弾問題の現状や除去活動の様子を学べる。入場は無料で、ジャール平原訪問の前に足を運べば、この土地に対する理解が一段と深まるだろう。映像や展示を拝見し、大きな衝撃を受けた。しかし、この現実と向き合うことこそ、責任ある旅人の務めだと感じた。この杭には単なる安全対策以上の意味合いがある——土地が抱える悲しい歴史と、現在も続く地道な除去作業を象徴しているのだ。

    旅の季節・服装とラオス特有のタブー

    おすすめの時期:ラオスを訪れるのに最も快適なのは、乾季にあたる11月から3月ごろだ。この時期は空が澄み渡り、気温も快適に感じられる。ジャール平原の遺跡群は屋外に点在しており、日陰が少ないため、この期間が最適と言える。訪れた際もまさに乾季の真っ只中で、日中は汗ばむものの、朝晩は肌寒さを感じることがあった。薄手の上着を一枚用意しておくと便利だ。

    服装のポイント:動きやすさを第一に考えたい。遺跡内は未舗装の道を歩く場面が多いため、履き慣れたスニーカーなどの靴が必須だ。強い日差しから肌を守るため、長袖や長ズボンの着用が望ましい。また、帽子・サングラス・日焼け止めは必ず携帯してほしい。特にサイト1やサイト3といった開けた場所では、想像以上に日差しが強く感じられる。熱中症予防のためにも、水分を常に携帯し、こまめに補給することが大切だ。

    ラオス特有のタブーと注意点:ラオスは仏教国であり、寺院や遺跡を訪れる際には肌の露出を控えた服装が求められる。短パンやタンクトップでの入場を断られる場合もあるので、スカーフや薄手の長ズボンを携帯しておくと安心だ。また、僧侶(特に女性は)に直接触れることはタブーとされている。写真撮影の際は、地元の人・子供を撮る前に必ず許可を得ること。頭は神聖な部位とされているため、他人の頭に触れる行為も避けよう。足は不浄とされるため、寺院内では靴を脱ぎ、足を人や仏像に向けて座らないよう注意したい。

    ポーンサワンの人々は非常に穏やかで親切だ。ゲストハウスのスタッフやレストランの店員は簡単な英語を話すことが多いが、現地の言葉で挨拶するだけで心の距離がぐっと縮まる。「サバイディー(こんにちは)」「コープチャイ(ありがとう)」の二言を覚えておくだけで、旅が一層豊かになるだろう。トゥクトゥクをチャーターするときは料金交渉が必要だ。事前に相場を調べ、笑顔を忘れずに、しかし自分の希望する金額をはっきり伝えるのがポイントだ。言い値ですぐに決めるのではなく、少し駆け引きを楽しむくらいの余裕を持つとよい。それも旅の醍醐味の一つだ。

    石の壺が見つめる未来——旅を終えて

    pawn-savan-thailand

    ポーンサワンでの数日間の滞在を終え、次の目的地へ向かうバスに乗り込んだ。窓の外には赤土の高原が徐々に遠ざかっていく。あの大地に眠る無数の石の壺は、今も変わらず静かに空を見上げ、時の流れを見守っているのだろう。

    ジャール平原の旅は、さまざまなことを教えてくれた。古代の人々が遺した謎は知的好奇心を強く揺さぶり、人間の創造力の偉大さを改めて認識させてくれた。同時に、この地に刻まれた戦争の傷跡は、平和の尊さと歴史から学ぶことの重要性を痛感させた。爆弾のクレーターのすぐそばで、まるで何事もなかったかのように草を食む牛たち。不発弾の危険が残る土地で、たくましく、そして笑顔を忘れずに生きる人々の姿に、真の強さを見た気がした。

    この謎多き遺跡は2019年にユネスコの世界文化遺産に登録された。その国際的な価値が認められたことは喜ばしい一方で、この地域の繊細な歴史と環境が過剰な観光開発により損なわれないことを切に願う。私たち旅行者は、敬意をもってこの謎に触れ、その保護に努める責任があるのだ。

    もしもあなたが日常に少し疲れて、どこか遠くへと思いを馳せているなら、ラオスのジャール平原を訪れてみてはいかがだろうか。そこには、あなたの常識を揺るがす壮大な謎と、心を打つ人々の営みが待っている。準備は難しくない。少しの勇気と未知への好奇心、それにこの大地への敬意があれば、きっと忘れがたい旅になるはずだ。石の壺たちは沈黙しているからこそ、雄弁に私たちに語りかけているのだ。謎はまだ、始まったばかりだ。

    よくある質問(FAQ)

    ジャール平原とは何ですか?

    ジャール平原(Plain of Jars)は、ラオス北東部のシエンクワーン県に位置する遺跡群です。シエンクワーン台地とアンナン山脈に囲まれた高原地帯に数千もの巨大な石壺が点在しており、その謎めいた歴史から2019年にラオスで3番目のユネスコ世界文化遺産に登録されました。石壺は砂岩・石灰岩などを削り出して作られており、高さ最大約2.5メートル・重さ10トン以上に達するものもあります。誰が何のために作ったのか、いまだ完全には解明されていません。

    ラオスには巨大な壺があるそうですが、それは何ですか?

    ラオス北東部のシエンクワーン県・ジャール平原に点在する巨大な石壺のことです。砂岩や石灰岩を削り出して作られており、大きいもので高さ2.5メートル・重さ10トン以上にもなります。紀元前500年〜紀元後500年ごろに作られたとされており、二次埋葬用の骨壺説・食料貯蔵説・醸造用の酒壺説など複数の仮説があります。2019年にユネスコ世界文化遺産に登録され、現在も考古学的研究が続いています。

    ラオスにあるユネスコ世界遺産はいくつありますか?

    2024年時点でラオスには3件のユネスコ世界遺産があります。①ルアンパバーンの町(1995年登録・文化遺産)、②ワット・プーと関連遺産(チャンパーサック県、2001年登録・文化遺産)、③ジャール平原における巨石文化の景観(シエンクワーン県、2019年登録・文化遺産)の3件です。ジャール平原はラオスで最も新しく登録された世界遺産です。

    ラオス観光でのタブーや注意点は何ですか?

    ラオスは仏教国であり、いくつかのタブーを事前に知っておくことが大切です。①寺院や遺跡では肌を露出した服装を避け、ノースリーブや短パンは控える。②女性は僧侶に直接触れてはいけない。③頭は神聖な部位とされるため他人の頭に触れない。④足は不浄とされるため、寺院内では靴を脱ぎ、足を仏像や人に向けて座らない。⑤ジャール平原では白・赤の安全杭の外に出ず、不審な金属物には絶対に触れないこと。現地の人々や文化に敬意を払いながら旅を楽しんでください。

    ジャール平原はルアンパバーンから日帰りで行けますか?

    ルアンパバーンからポーンサワン(ジャール平原の拠点)までバスで約8〜10時間かかるため、日帰りは現実的ではありません。ポーンサワンに1〜2泊して、余裕をもって各サイトを回るのがおすすめです。飛行機を利用する場合はビエンチャン発のシェンクワン空港行き国内線(約40〜50分)が便利ですが、便数が限られるため早めの予約が必要です。サイト1〜3を全て巡るには少なくとも半日、ゆっくり楽しむなら1日かけることをおすすめします。

    よかったらシェアしてね!
    • URLをコピーしました!
    • URLをコピーしました!

    この記事を書いた人

    起業家でアマチュア格闘家の大です。世界中で格闘技の修行をしながら、バックパック一つで旅をしています。時には危険地帯にも足を踏み入れ、現地のリアルな文化や生活をレポートします。刺激的な旅の世界をお届けします!

    目次