大西洋に浮かぶ、10の島々からなる国、カーボベルデ。その中でもひときわ異彩を放つのが、今なお活動を続ける火山を抱く島、フォゴ島です。黒い溶岩と火山灰に覆われた大地、その麓で力強く生きる人々、そして、その過酷な環境だからこそ生まれる奇跡のようなワイン。日常の喧騒から遠く離れたこの場所で、私は忘れられない味と風景に出会いました。
アパレルの仕事で世界中の都市を巡る日々。トレンドの最前線に身を置く華やかさとは裏腹に、時折、心が乾いていくのを感じます。そんな時、私を癒してくれるのは、いつも「本物」に触れる旅。今回は、アフリカ大陸の西沖、まだ見ぬカーボベルデの、それも活火山の島へ。旅の目的は、世界で最もユニークと言われる「火山ワイン」を味わうこと。さあ、一緒に灰色の楽園への扉を開けてみませんか。
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扉の向こうのカラフルな港町、サン・フェリペ

カーボベルデの首都プライアが位置するサンティアゴ島から、プロペラ機に揺られて約30分ほど飛ぶと、眼下には黒い大地と青い海の鮮やかなコントラストを見せるフォゴ島が広がっていました。小さな空港に降り立つと、乾いた風と強烈な日差しが肌を包み込みます。日本の湿度の高い夏とは異なる、カラリとした爽やかな空気が心地よく感じられました。
空港からは、乗り合いのアルゲール(Aluguer)と呼ばれるミニバスに乗り、島の中心地であるサン・フェリペへ向かいます。車窓の景色には、固まった溶岩で形成された黒い岩肌と、その合間に力強く根ざす植物たちが広がり、まるで異世界に迷い込んだかのような非現実的な風景が続いていました。
サン・フェリペの街は、モノクロームの大地とは対照的に、パステルカラーの建物が軒を連ねる明るく陽気な空間でした。ポルトガルの植民地時代を色濃く残す「ソブラード」と呼ばれる美しい邸宅が、石畳の坂道に沿って立ち並んでいます。壁の色はレモンイエロー、スカイブルー、サーモンピンクと様々で、黒い火山の大地と対比することで、それぞれの色彩が一層鮮やかに映えているようでした。
私は海を見渡せる小さなペンションにチェックインし、荷物を解いて早速街の散策を始めました。石畳を踏む音、カフェから流れる陽気な音楽、そして人々の穏やかな笑顔。この島特有のリズムに、次第に心が解きほぐされていくのを感じます。海沿いを歩いていくと、黒い砂のビーチが果てしなく続いていました。波打ち際で遊ぶ子どもたちの声が響く中、これから始まる旅への期待で胸が高鳴りました。
火山の心臓部へ。Chã das Caldeirasへの道
翌朝、私はこの旅の目的地である「Chã das Caldeiras(シャ・ダス・カルデイラス)」へ向かうことにしました。ここはフォゴ山の巨大なカルデラ(火口原)内に広がる村で、あの有名な火山ワインが生産されている場所でもあります。
サン・フェリペからチャーターした4WD車は、舗装道路から徐々に火山灰が舞う未舗装の道へと進み始めました。窓の外の景色は刻々と変わり、緑の木々は姿を消し、その代わりに黒い溶岩と火山礫が大地を覆い尽くしていきます。まるで地球の誕生の瞬間に立ち会っているかのような、荒々しくも神秘的な風景が広がっていました。途中、2014年の噴火で溶岩に飲み込まれた村の遺跡を通り過ぎました。黒く固まった溶岩の中に沈んだ教会の屋根だけが、かつてこの地に人々の営みがあったことを静かに示していました。自然の脅威の前にあっても、この地を離れずに生き抜く人々の強さをひしひしと感じました。
この道中、旅の準備について少し触れます。標高が上がるにつれて気温は低下し、風も強まるため、薄手のウインドブレーカーやカーディガンなど、さっと羽織れるものを一枚持っていると安心です。また、日差しが非常に強いので、サングラス、帽子、日焼け止めは必携です。特に火山灰で目が痛くなることもあるので、サングラスはファッションだけでなく実用面でも欠かせません。私は大きめのスカーフを携帯し、時には顔を覆うのに使っていました。足元は歩きやすいスニーカーが最適です。
約2時間のドライブの後、視界が急に開けました。目の前に広がるのは、直径およそ9kmに及ぶ巨大なカルデラ。その中央には標高2,829mの壮大なピコ・ド・フォゴが堂々とそびえ立っています。その圧倒的な存在感に思わず息を呑みました。ここがChã das Caldeiras。透き通った空気と静寂が支配する、特別な場所です。
黒い大地に実る奇跡。火山ワインとの対話

Chã das Caldeirasの村は、まるでSF映画の舞台のように見えます。黒い火山灰に覆われた大地の中に、色彩豊かな家々が点々と建っています。住民たちは噴火のたびに避難を余儀なくされながらも、いつもこの地に戻り、生活を再興してきました。なぜなら、この火山灰こそが彼らにとって何物にも代えがたい恵みをもたらしているからです。
私が訪れたのは、村の中心に位置する「Cooperativa Vitivinícola do Fogo Chã」というワイン協同組合のワイナリーです。近代的で洗練された建物は、この土地に希望をもたらす象徴のように映りました。ここでは、村の農家が丹精込めて育てたブドウが集められ、ワインづくりが行われています。
テイスティングで味わう、火山由来のテロワール
スタッフの案内のもと、早速テイスティングが始まりました。ツアーとテイスティングの料金は一人あたり約1,500カーボベルデ・エスクード(約2,000円)で、宿泊先のペンションを通じて事前に予約しておくとスムーズです。ガラス張りのテイスティングルームからは、雄大なピコ・ド・フォゴの眺望が広がっています。
最初にサーブされたのは「Vinho Branco(白ワイン)」。淡い黄金色のグラスからは、潮の香りを思わせるミネラルと、グレープフルーツのような爽快な柑橘の香りが立ち上ります。一口含むと、驚くほどクリーンで鮮烈な酸味が広がり、後味にはほのかな塩味が追いかけてきました。これが火山灰の土壌で育ったブドウの味わいなのでしょう。灌漑を行わず、ブドウの根は地中深く伸び、夜露やわずかな雨から水分を吸収すると言います。その力強い命の営みが、この凝縮した味わいを生んでいるのかもしれません。
続いては「Vinho Tinto(赤ワイン)」。ルビーレッドの液体からはブラックチェリーやカシスといった果実の香りに加え、燻製のようなスモーキーなニュアンスも感じられます。口当たりは滑らかでありながらもしっかりとしたタンニンが支え、ミネラル感も骨格となって響いています。複雑でありながらどこか野趣あふれる味わいは、飲み込んだあとも喉の奥に火山の熱を感じさせる長い余韻が続きました。ただ美味しいだけでなく、この土地の記憶そのものを味わっているような気がします。こんなワインは世界中探しても他にないでしょう。
最後にいただいたのは「Rosé(ロゼワイン)」。鮮やかなピンク色が目を惹き、イチゴやラズベリーのような愛らしい香りが広がります。味わいはドライで、食事ともよく合いそうです。昼下がりのテラスでこのロゼを片手に景色を眺める光景が、思わず頭に浮かんで幸福感に包まれました。
醸造家はこう語ってくれました。「ここのブドウは病害虫がほとんどいないから、農薬は一切使っていないんだ。火山がすべてを浄化してくれているからね」と。彼の言葉から、このワインが自然そのものの姿であることが伝わってきました。厳しい環境こそが、何ものにも冒されない清らかさをもたらしているのです。
大地の恵みを味わう。ワインとクレオール料理のマリアージュ
ワインテイスティングで舌と心が満たされた後は、いよいよ待ちに待ったランチタイムです。Chã das Caldeirasには、ペンションが運営するこぢんまりとしたレストランが数軒点在しています。私が訪れたのは、ピコ・ド・フォゴの絶景を間近に望むレストランでした。
フォゴ島の料理はアフリカとポルトガルの食文化が融合したクレオール料理が主流で、素材の味を活かした素朴ながらも力強い風味が特徴です。もちろん、合わせるのは先ほど堪能したフォゴワインです。
白ワインとともに味わう、新鮮な魚介とヤギのチーズ
まず前菜に選んだのは、「Queijo de cabra(ヤギのチーズ)」のグリル。フォゴ島はヤギの飼育が盛んで、新鮮なチーズが名物となっています。こんがりと焼きあがったチーズに地元産ハチミツがたっぷりとかかっており、塩気と甘みの絶妙なハーモニーが広がります。ここに、冷たくシャープな白ワインを合わせました。ワインの切れ味の良い酸味とミネラル感がチーズの濃厚さをさっぱりと引き立て、次の一口を誘う絶妙な組み合わせです。思わず手が止まらなくなるペアリングでした。
メインディッシュには、その日のおすすめ魚のグリルを選択。炭火でシンプルに焼かれた白身魚はふんわりと柔らかく、ほのかに潮の香りが感じられます。付け合わせはライスと豆の煮込み。レモンをぎゅっと絞っていただくと、魚の旨味がより一層引き立ちます。ここでも白ワインが大活躍。ワインの塩味が魚の味わいをより深め、大西洋に囲まれたこの島の恵みをそのまま味わっているかのように感じられました。
赤ワインと共に味わうカチューパ、心を満たす組み合わせ
そして、カーボベルデへ来たらぜひ味わいたいのが国民食「Cachupa(カチューパ)」です。トウモロコシと数種類の豆をベースに、野菜や肉、魚をじっくり煮込んだシチューのような料理で、家庭や店ごとに異なるレシピが伝わるまさに「おふくろの味」です。
私がいただいたのは、豚肉やチョリソーが入った濃厚な「カチューパ・リッカ(豊かなカチューパ)」。スプーンで掬って口に運ぶと、豆のほっくりとした食感と肉の旨味が溶け合ったやさしい味わいが広がります。滋味深く、旅の疲れをじんわり癒してくれる美味しさ。こんな素朴で力強い料理にはやはり赤ワインが最適です。赤ワインのスモーキーな香りとしっかりとした骨格が、カチューパの複雑な味わいと見事にマッチします。大地の恵みで作られた煮込み料理と、同じ大地から生まれたワインの最高のマリアージュに、思わず深いため息がもれました。
夕暮れ時、空はオレンジ色から紫色へと少しずつ変わり、ピコ・ド・フォゴのシルエットがくっきりと浮かび上がります。静かな時間の中でワイングラスを傾け、流れていく時をゆったりと味わう。日常生活ではなかなか味わえない、贅沢で特別なひとときでした。誰かとこの感動を共有したい気持ちと、けれども今は一人でこの世界に浸り続けたい複雑な心境が交錯します。ワインの深みある味わいが、そんな繊細な感情にそっと寄り添ってくれるように感じられました。
火山の鼓動を感じて。ピコ・ド・フォゴ登山

ワインや食事だけでなく、フォゴ島の自然を全身で味わいたいアクティブな方には、ピコ・ド・フォゴへの登山が特におすすめです。ただし、これは本格的なトレッキングであり、十分な準備と心構えが必要となります。
登山は、まだ夜明け前の薄暗い時間帯にスタートするのが一般的です。標高差は約1,000メートルで、往復にかかる時間は5〜6時間ほど。必ず現地の公認ガイドを同行させる必要があり、多くの宿泊施設のペンションで手配可能です。料金はガイド料と交通費を含め、一人あたりおよそ6,000エスクード(約8,000円)が相場となっています。
服装は、動きやすいトレッキングウェアとしっかりしたトレッキングシューズが必須です。標高が高いため、頂上付近は非常に冷え込むことがあります。フリースやダウンなどの防寒着、そして風を防ぐジャケットは必ず持参しましょう。また、十分な水分とエネルギー補給のための軽食も忘れずに持っていくことが大切です。
月面を歩くような非日常の体験
ヘッドライトの灯りを頼りに歩き始めると、満天の星空が頭上に広がります。天の川がこれほど鮮明に見えたのは初めてかもしれません。次第に夜が明け始め、火山の斜面がその姿を現します。一歩一歩、火山岩を踏みしめながら登る道のりは決して楽なものではありませんが、振り返ればカルデラの絶景が眼下に広がり、その疲れを忘れさせてくれます。
およそ3時間かけて頂上にたどり着くと、息を呑むほどの壮大な景色が待っています。360度見渡す限りの大パノラマには、雲海の下に広がるフォゴ島の海岸線、そして遠くには隣のブラヴァ島やサンティアゴ島の影が見えます。火口からは今なお水蒸気が静かに立ち上り、地球の息吹を肌で感じさせてくれます。まるで月面に降り立ったかのような荘厳で静かな世界。この景色を目にするだけでも、この島を訪れる価値があると強く実感できます。
最大の楽しみは「駆け下りる」下山タイム
そして、この登山の最大の見どころは、実は下山にあると言っても過言ではありません。登りとは異なるルートで、火山灰が深く積もった急斜面をスキーのように駆け下りるのです。ガイドの指導通り、かかとから砂に足を埋める感覚で大きくステップを踏みながら一気に下ります。最初は少し怖さもありますが、慣れると浮遊感のある独特な感覚がとても楽しく感じられます。火山灰がクッションの役割を果たし、膝への負担も軽減されるのが驚きです。全身が火山灰まみれになるものの、こんなユニークな体験は世界でもなかなか味わえません。童心に帰るように、思い切り楽しんでみてください。
旅の終わりに心に刻むもの
フォゴ島での滞在はあっという間に過ぎ去りました。サン・フェリペの街へ戻り、旅の締めくくりとして黒砂のビーチをゆっくり散策します。寄せては返す波の音を耳にしながら、Chã das Caldeirasで過ごした日々を懐かしく思い返していました。
今回の旅で得られたのは、珍しいワインや美味しい料理だけではありません。何度も噴火に見舞われながら、そのたびに再起し、火山の恩恵と共に生きる人々の強さと優しさ。荒々しい自然が生み出す圧倒的に美しい風景。そして、その大地のエッセンスを凝縮したかのような、一杯のワインに秘められた物語です。
旅の準備について、最後に少し補足させてください。通貨はカーボベルデ・エスクードですが、ホテルや一部のレストランではユーロも利用可能です。しかし、小さな村や店舗ではエスクードの現金のみ使えることが多いため、空港やサン・フェリペの銀行で事前に両替しておくことをおすすめします。言語は公用語のポルトガル語に加え、現地のクレオール語も話されています。観光客が訪れるエリアでは簡単な英語が通じることもありますが、「Olá(こんにちは)」「Obrigada(ありがとう)」といった挨拶を覚えておくと、現地の人々との距離がぐっと縮まります。
女性の一人旅でも、日中の基本的な注意(貴重品の管理など)を怠らなければ、安心して過ごせる場所だと感じました。人々は控えめですが非常に親切で、困っているとすぐに声をかけてくれます。夜の一人歩きは避けたほうが安全ですが、それはどの国でも同じですね。
私が旅のワードローブに加えたのは、鮮やかなプリントのワンピース。黒い大地を背景に写真を撮ると、驚くほど映えるんです。実用性だけでなく、旅ならではのファッションを楽しむのも、私の旅スタイルの一つです。
火山の島が教えてくれた、本当の豊かさ

フォゴ島は決して便利な場所とは言えません。インターネットの接続は不安定で、店も早々に閉まってしまいます。それでも、ここには都会では決して味わえない、本物の豊かさが広がっていました。それは自然のリズムに身を委ねて生きること。大地からの恵みに感謝し、その恩恵を分かち合うこと。そして何もない静寂のなかで、自分自身の心と向き合うひととき。
あのスモーキーで複雑な風味の赤ワインを味わうたびに、私はきっとこの島を想い出すでしょう。雄大なピコ・ド・フォゴの姿、火山灰の斜面を駆け下りた時の高揚感、そしてワイングラスを手にじっと見つめた、燃え上がるような夕暮れの空。
もしあなたがありきたりな旅に飽きてしまったなら。日常を離れ、心を揺さぶる体験を求めているのなら。次の休暇には荷物をまとめ、カーボベルデのフォゴ島へ旅立ってみてはいかがでしょう。灰色の楽園で待ち受けているのは、地球の鼓動を肌で感じる、忘れ難い一杯です。

