ポストコロナの新たな旅行スタイルとして、音楽イベントを目的とした『ギグトリッピング(Gig-tripping)』がオーストラリアで急速に広まっています。これは、お気に入りのアーティストのコンサート(ギグ)に参加するために、国内外へ旅行(トリップ)する現象を指し、現地の宿泊・観光業界に大きな経済効果をもたらしています。
音楽が旅行の主役に!『ギグトリッピング』の現状
かつて旅行の主な目的は観光地の訪問やリラクゼーションでしたが、現在、特に若者世代を中心に、音楽ライブやフェスティバルが旅の主役となりつつあります。
世界的なホテルチェーンAccorの報告によると、テイラー・スウィフトやコールドプレイといったスーパースターのコンサートが開催される都市では、ホテルの予約が驚異的に急増。例えば、テイラー・スウィフトの「The Eras Tour」が開催されたシドニーでは、公演期間中のホテル稼働率が90%を超え、一部のホテルでは満室となりました。これは、コロナ禍以前のピーク時をもしのぐ勢いです。
この現象は、単に宿泊施設の予約が増えるだけにとどまりません。宿泊単価も大幅に上昇しており、メルボルンではコンサート開催日の平均客室単価(ADR)が前年同期比で2倍近くに跳ね上がったというデータも報告されています。ファンはチケットを手に入れるだけでなく、航空券やホテルも早々に予約するため、旅行関連業界全体が活況を呈しているのです。
なぜ今『ギグトリッピング』が盛り上がるのか?
このトレンドの背景には、いくつかの社会的・文化的な要因が考えられます。
ポストコロナと体験価値への渇望
長期間のロックダウンや行動制限を経験した人々は、オンラインでは得られない「リアルな体験」を強く求めるようになりました。特に、一体感や感動を共有できるライブ音楽イベントは、その渇望を満たす絶好の機会となっています。その瞬間にしか味わえない特別な体験のためなら、遠征費用を惜しまないという価値観が広がっています。
人気アーティストの限定的なツアー日程
世界的な人気を誇るアーティストのツアーは、開催都市が限られるケースが少なくありません。チケット争奪戦が激化する中で、地元でチケットが取れなかったファンが、他の都市や国へ遠征することはもはや一般的です。SNSを通じて現地のファンと交流したり、コンサート前後にその土地の観光を楽しんだりと、旅行体験そのものを豊かにする動きも見られます。
SNSによる「体験の共有」文化
コンサートの感動を写真や動画でSNSに投稿し、共有する文化も『ギグトリッピング』を後押ししています。友人やフォロワーの投稿を見て、「自分もその場にいたい」という欲求が刺激され、次のツアーへの参加意欲につながるという好循環が生まれています。
『ギグトリッピング』がもたらす影響と未来予測
『ギグトリッピング』は、一過性のブームではなく、今後の旅行業界のあり方を変える可能性を秘めています。
地域経済への絶大な波及効果
この現象は、宿泊業界だけでなく、航空、鉄道、飲食、グッズ販売など、開催都市の経済全体に大きな恩恵をもたらします。特に、普段は観光客が少ない地方都市で大規模な音楽フェスティバルが開催されれば、地域活性化の起爆剤となり得ます。自治体や観光協会が、音楽イベントを誘致する動きは今後さらに活発化するでしょう。
旅行商品の多様化
今後は、コンサートチケットと航空券、宿泊をセットにした公式パッケージツアーが増加すると予測されます。また、ホテル側も単に部屋を提供するだけでなく、会場への送迎サービスや、イベントにちなんだ限定メニューの提供など、ギグトリッパー向けの付加価値サービスで差別化を図るようになるでしょう。
課題は「オーバーツーリズム」と「価格高騰」
一方で、課題も存在します。特定の期間に観光客が集中することによる交通機関の混雑や、宿泊料金の過度な高騰は、ファンにとって大きな負担となります。需要に応じて価格を変動させるダイナミックプライシングはホテル業界では一般的ですが、その価格設定のあり方については、今後議論が必要になるかもしれません。
『ギグトリッピング』は、音楽という強力なコンテンツが人々の移動を促し、新たな経済圏を生み出すことを証明しました。これは、旅行の目的が「どこへ行くか」から「何をしに行くか」へと完全にシフトしたことを象徴する、現代ならではの旅行スタイルと言えるでしょう。

