アンコールワットは、建立当初ヒンドゥー教寺院として壮大な宇宙観を石に刻み、その後、時代の変遷と共に仏教寺院へと姿
「アンコールワットの宗教はヒンドゥー教なのか、それとも仏教なのか」――カンボジア・シェムリアップに佇むこの壮大な石造寺院を調べると、必ずこの疑問に突き当たります。結論から言えば、アンコール・ワットは建立当初はヒンドゥー教寺院であり、その後、時代の変遷の中で仏教寺院へと姿を変えていきました。この記事では、その宗教的変遷の歴史的背景から、実際に現地で変容の痕跡を目で確かめられる見どころ、さらには観光に役立つ実用情報まで、丁寧に解説していきます。
単に「美しい古代遺跡」という言葉だけでは到底語り尽くせない、深く複雑な物語がこの建造物には刻まれています。それは、かつてこの地を支配したクメール王朝の栄華の物語であり、ヒンドゥー教という壮大な宇宙観を石に刻み込んだ一大叙事詩でもあります。そしてさらに、時を経て仏教の慈悲深い眼差しが注がれるようになり、信仰の形を変えながらも、現代に至るまで人々の祈りを受け止め続けてきた、生きた聖地としての物語でもあるのです。石に刻まれた物語は何を伝えようとしているのか。そして、信仰の変容はこの場所にどのような痕跡を残したのか。そんな問いを胸に、一緒にアンコール・ワットの奥深い世界へと足を踏み入れてみましょう。
この壮大な宗教的変遷を辿る旅は、魂の瞑想紀行へと通じています。
アンコールワットの宗教とは?ヒンドゥー教から仏教への歴史
アンコール・ワットは、12世紀初頭にヒンドゥー教寺院として建立されました。その後、王の改宗をきっかけに大乗仏教寺院へと姿を変え、現在は上座部仏教の聖地として地元の人々に信仰されています。一つの寺院の中に複数の宗教の歴史が積み重なっているという点が、世界最大級の宗教建築ならではの特徴です。
この宗教の変遷を時系列で整理すると、次のようになります。
| 項目 | ヒンドゥー教時代(創建期) | 仏教時代(変容後) |
|---|---|---|
| 主な時期 | 12世紀前半 | 12世紀末以降 |
| 中心となった王 | スーリヤヴァルマン2世 | ジャヤーヴァルマン7世 |
| 祀られた神仏 | ヴィシュヌ神 | 仏陀・観世音菩薩 |
| 建築の役割 | 王の墓所、ヒンドゥー教の宇宙観を表す神殿 | 大乗仏教、のちに上座部仏教の寺院 |
| 象徴する思想 | デヴァラージャ(神王)思想とメール山の宇宙観 | 慈悲の心、無常観、輪廻からの解脱 |
| 現在見られる痕跡 | 叙事詩や乳海攪拌を描いたレリーフ群 | 十字回廊の仏像、削られた神像の跡 |
つまりアンコール・ワットは「ヒンドゥー教建立→大乗仏教への改宗→上座部仏教の定着」という三段階の宗教的変遷を経てきた建造物です。次章からは、それぞれの時代が遺跡のどこにどのような形で刻まれているのかを、具体的に見ていきましょう。
アンコールワットの基本情報:なぜこれほど巨大な寺院が築かれたのか?

アンコール・ワットはカンボジア北西部、シェムリアップ近郊の密林に位置する寺院遺跡で、1992年にユネスコの世界遺産「アンコール遺跡群」の中核として登録されました。建設されたのは12世紀初頭、クメール王朝の王スーリヤヴァルマン2世の治世下で、およそ30年の歳月をかけて築かれたと考えられています。当初はヒンドゥー教の三大神の一柱であるヴィシュヌ神へ捧げられた神殿であると同時に、王自身の墓所であったとされています。
クメール王朝の栄華とデヴァラージャ(神王)思想
これほど壮大な寺院が、なぜジャングルの奥深くに築かれたのでしょうか。その背景には、クメール王朝における王の存在意義、すなわち「デヴァラージャ(神王)」の思想があります。当時の王は単なる政治的支配者ではなく、神々(特にシヴァ神やヴィシュヌ神)が地上に顕現した存在、あるいは神と一体化した存在と考えられていました。ゆえに王は、自身の神聖性を示し、国家の平和と繁栄を神に祈願するために、神々の住まうにふさわしい偉大な寺院を築き上げたのです。
アンコール・ワットは、そうした信仰と思想の究極の結実として見ることができます。使用された石材は主に砂岩とラテライトであり、50キロ以上離れたクーレン山から切り出された砂岩は運河を利用して運搬されたと考えられています。驚くべきことに、これらの巨大な石材は接着剤を一切用いず、自重と精密な組み合わせによってのみ組み上げられています。その加工技術は極めて高く、石と石の間に剃刀の刃一枚すら通らないほどの精度を誇ります。当時のクメール人が持っていた卓越した天文学や数学、建築技術の知識がなければ、この完璧な均衡と美を支える建造物は成立しえなかったでしょう。
世界遺産としてのアンコールワット
アンコール・ワットは、クメール王朝の国力の頂点を示す象徴であると同時に、民衆の篤い信仰が結晶した祈りの建築です。建築様式はクメール建築の至高の傑作と称されるにふさわしく、完璧な対称性と調和の美しさを誇っています。幅約190メートルにわたる環濠は宇宙創造の原初の海を象徴し、寺院そのものは世界の中心にそびえる聖なる山「メール山(須弥山)」の姿を表現しています。参道を進むにつれて次第に姿を現す中央祠堂のシルエットは、訪れる者をまるで神々の住む領域へと一歩一歩近づかせるかのような荘厳な感覚をもたらします。こうした建築的完成度の高さこそが、アンコール遺跡群の中でもアンコール・ワットが特に重要な世界遺産として評価される理由の一つです。
【ヒンドゥー教時代】宇宙観を体現する建築とレリーフ
アンコール・ワットの真髄を理解するには、その設計に込められたヒンドゥー教の宇宙観を知ることが欠かせません。この寺院は単なる建造物の集合体ではなく、まるで宇宙そのものを地上に再現した壮大な三次元曼荼羅なのです。
聖なる山メール山:アンコール・ワットの設計理念
アンコール・ワットの全体構造は、ヒンドゥー教や仏教の宇宙観において宇宙の中心にそびえ立つとされる伝説の山「メール山」を模しています。中央の高くそびえる五つの祠堂は、メール山の五つの峰を象徴しています。なかでも最も高い中央祠堂は、神々の住まう宇宙の中心軸を表しています。この中央祠堂を取り囲むように三重の回廊が巡らされており、これらはメール山を囲む山脈を表現しています。そして最も外側に位置する環濠は、すべてを包み込む広大な宇宙の海を示しているのです。つまり、参拝者はこの環濠を渡り、回廊を巡りながら、俗世から聖なる世界を経て宇宙の中心に向かうという巡礼の道を体感することになります。
こうした設計思想は、訪れる者に強い精神的な響きをもたらします。果てしなく続くかのような石造りの回廊を歩いていると、日常の感覚が薄れ、自身が宇宙の大きな構造の一部となったかのような錯覚に陥ります。窓から差し込む光と影のコントラストや、静かな空間に響く足音の響きが一体となり、訪れる人を深い瞑想状態へと導きます。こうした静寂の中で心を整える感覚は、インドの聖地における瞑想体験にも通じるものがあり、アムリトプールの手つかずの自然が誘う、魂を癒す聖地巡りのような旅に惹かれる方にもきっと共感いただけるはずです。
神々の叙事詩が刻まれた壁面:第一回廊のレリーフ
アンコール・ワットを巡る際、見逃せないのが第一回廊の壁面にびっしりと刻まれた巨大なレリーフ群です。その総延長は約800メートルに及び、ヒンドゥー教の神話や古代インドの叙事詩、さらにはクメール王朝の歴史が生き生きと詳細に描かれています。これらは、文字が読めなかった多くの人々に神々の偉業や王の権威を伝える「石の絵巻物」でした。以下に特に重要な物語の代表的な場面をご紹介します。
西面南側:マハーバーラタの大戦
西側の参道から入って左側(南側)に進むと、まず目に入るのが古代インドの叙事詩『マハーバーラタ』のクライマックス、クルクシェートラの戦いを描いたレリーフです。王位を巡って争う従兄弟同士、パーンダヴァ族とカウラヴァ族の壮絶な戦闘が壁一面に展開されています。無数の兵士や馬、象が入り乱れ、矢が飛び交う様子は圧倒的です。それぞれの武将の表情は非常に細やかに彫られており、怒りや悲しみ、勇気が石の中から伝わってくるように感じられます。この物語は正義(ダルマ)とは何か、戦いの意味とは何かを問う普遍的なテーマを持ち、見る者の心に深く刻まれます。
西面北側:ラーマーヤナの激闘
参道の右側(北側)には、もう一つの偉大な叙事詩『ラーマーヤナ』のクライマックス、ランカー島での戦いが描かれています。コーサラ国のラーマ王子が羅刹の王ラーヴァナに誘拐された妻シータ妃を救うため、猿の軍団とともに戦う壮大な物語です。レリーフの中央には弓を引くラーマ王子と、十の頭と二十の腕を持つ魔王ラーヴァナが描かれています。特に注目すべきは、ラーマ王子を助ける猿神ハヌマーンやその軍団の躍動感あふれる姿です。彼らの動きが物語に命を吹き込み、観る者を熱狂させます。善悪の対立や愛と忠誠の物語は、時代や文化を超えて人々の心を打つものです。
南面:天国と地獄の世界
南面の壁には、建立者スーリヤヴァルマン2世の威光を示す歴史的場面とともに、死後の世界を描いた「天国と地獄」のレリーフが並んでいます。上部には、威厳をたたえ軍を率いる王の姿が描かれ、その権力の大きさを物語ります。下部には死者が閻魔大王(ヤマ)に裁かれ、天国へ行く者と地獄へ堕ちる者に分けられる様子が生々しく描かれています。天国の場面ではアプサラス(天女)が舞い、人々が穏やかに暮らす様子が表現されている一方、地獄では罪人が多様な責め苦を受けるシーンが詳細に描かれています。このレリーフは、精神世界に興味を持つ人々にとって特に魅力的なものでしょう。
東面:乳海攪拌の物語
そしてアンコール・ワットのレリーフの中で最も名高く、芸術的にも最高傑作とされるのが東面に描かれた「乳海攪拌」です。これはヒンドゥー教の天地創造神話の一つで、神々(デーヴァ)と魔族(アスラ)が不老不死の霊薬「アムリタ」を得るために巨大な大海(乳海)を攪拌する壮大な物語です。
レリーフの中央には、亀の化身であるヴィシュヌ神クールマが描かれており、その甲羅の上にマンダラ山が乗っています。神々とアスラたちは、大蛇(ナーガ)王ヴァースキを綱に見立て、このマンダラ山を交互に引いて海をかき混ぜています。ヴィシュヌ神は山の頂上に立ち、攪拌を指揮しています。1000年にわたる攪拌の末に海から多くのものが生まれ、ヴィシュヌの妻となる幸運の女神ラクシュミーやアンコール遺跡でよく見られる美しい天女アプサラスもそのひとつです。最終的には目的のアムリタが現れます。この壮大で幻想的な物語が約50メートルにも及ぶ壁面に躍動感豊かに刻まれ、その構成と彫刻技術の卓越性に圧倒されます。宇宙の創造と再生のエネルギーが、この石壁からまるで溢れ出しているかのようです。
【仏教時代】宗教の変遷を辿る!アンコールワットの見どころ

これほどまでに完璧なヒンドゥー教の世界観を体現したアンコール・ワットですが、その歴史の中で大きな転機を迎えます。それはクメール王朝の信仰がヒンドゥー教から仏教へと劇的に変わっていった時代の到来でした。実際に現地を歩くと、その変容の痕跡を目で確かめることができます。
ジャヤーヴァルマン7世による大乗仏教への改宗
アンコール・ワットが建立されてから約半世紀後、12世紀末に即位したジャヤーヴァルマン7世は、クメール史上最も偉大と称される王の一人です。彼は熱心な大乗仏教徒であり、その治世においてクメールの国教はヒンドゥー教から仏教へと大きく舵を切りました。彼はアンコール・ワットの北側に新たな王都アンコール・トムを築き、その中心には「クメールの微笑み」で有名なバイヨン寺院を建立しました。バイヨンはヒンドゥーの神々ではなく、観世音菩薩を祀る仏教寺院であり、この宗教改革は王国の隅々にまで広がり、アンコール・ワットもその影響を受けました。
遺跡に残る変容の痕跡:十字回廊の仏像と削られた神像
元々ヴィシュヌ神に捧げられたヒンドゥー教寺院であったアンコール・ワットは、その後少しずつ仏教寺院の性格を帯びていきました。その変容の跡は、今なお遺跡の至るところで見受けられます。
例えば、第二回廊と第一回廊を結ぶ「十字回廊」は後世に増築されたとされ、多くの仏像が収められています。かつてヒンドゥーの神々が祀られていた場所に、静かに鎮座する仏陀の姿は、信仰の移り変わりを象徴しているかのようです。また、壁面のレリーフには後から加えられた仏教的モチーフが見られる一方で、ヒンドゥー教の神像が意図的に削られた痕跡も存在します。特にヴィシュヌ神の彫像が破壊され、その代わりに仏陀が彫られた例は、宗教対立の激しさを物語っています。
このようにアンコール・ワットは単一の歴史で成り立っているわけではありません。ヒンドゥー教という土台の上に、仏教が新たな層として重ねられ、時には古い層が削り取られながら複雑な信仰の層を形成しています。この「歴史の上書き」を感じながら遺跡を巡ることは、美しい彫刻を鑑賞するだけでなく、知的な興奮や深い思索の時間をもたらします。こうした古代の宗教的背景を辿る旅の面白さは、インドのナーハットで古代の宗教的背景を探る旅に通じるものがあり、信仰の重層性を味わいたい方にはぜひ合わせて知っていただきたいテーマです。
現在の上座部仏教の聖地としての姿
ジャヤーヴァルマン7世の死後、クメール王朝の勢力は徐々に衰えを見せます。そして、大乗仏教に代わり、タイなどから伝わった小乗仏教(上座部仏教)がカンボジアの庶民の間に広く浸透していきました。アンコール・ワットもまた、この上座部仏教の寺院としての役割を担うようになりました。
驚くべきことに、15世紀に王都が放棄された後もアンコール・ワットは完全に忘れ去られたわけではありません。深い信仰心を持つ僧侶たちによって森の中に守られ、聖地としての役割を保ち続けてきたのです。現在においても境内ではオレンジ色の袈裟をまとった僧侶の姿が見られ、カンボジアの人々が祈りを捧げる神聖な場所であり続けています。数世紀にわたる宗教の変遷を経てもなお、この地が持つスピリチュアルな力が失われていないことの証左と言えるでしょう。アンコール・ワットは過去の遺産であると同時に、現在を生きる人々の祈りとともに存在する、今なお生き続ける聖地なのです。実際、現在のカンボジアでは人口の9割以上が上座部仏教を信仰しているとされ、アンコール・ワットの変遷はそのままカンボジア全体の宗教史を映し出しているとも言えます。
宗教の多様性を感じる周辺遺跡

アンコール・ワットの旅は、それだけでも十分に満足できる体験ですが、もし時間に余裕があるなら、周辺の遺跡にもぜひ足を伸ばしてみてください。そこでは、アンコール・ワットとは異なるクメール王朝の宗教的多様性とその深さを感じることができます。
アンコール・トム(バイヨン寺院):クメールの微笑み
アンコール・トムの中心にそびえるバイヨン寺院は、仏教寺院の最高峰と呼ぶにふさわしい、アンコール・ワットとはまた違った魅力を持つ場所です。ヒンドゥー教の厳密な対称性とは異なり、バイヨンの建築は複雑で、迷路のように入り組んでいます。なかでも特筆すべきは、54基の塔の四つの面に彫られた巨大な顔「クメールの微笑み」です。この顔は、慈悲深く民衆を見守る観世音菩薩とも、あるいは王ジャヤーヴァルマン7世自身とも言われています。どこにいても、穏やかな微笑みに包まれているような不思議な感覚が味わえます。回廊のレリーフには神話ではなく、当時の人々の日常生活や戦争の様子が生き生きと描かれており、歴史資料としても非常に価値があります。ヒンドゥー教の宇宙観から仏教の慈悲へ。この二つの寺院を見比べることで、クメール人の精神世界における大きな転換を肌で感じられるでしょう。
タ・プローム:自然と融合した仏教僧院
映画のロケ地としても知られるタ・プロームは、訪れる人に強烈な印象を与える遺跡です。ここはジャヤーヴァルマン7世が母のために建てた仏教の寺院でした。しかし王都が放棄された後、この寺院は自然の力に支配されることになります。巨木のガジュマルがまるで蛇のように石造建築を巻きつけ、その根が建物を包み込む様子は圧巻です。人間の造ったものが、自然の生命力の前ではいかに儚いかを物語っています。しかしそれは単なる破壊ではありません。石と樹木が奇跡的に共生し、長い時をかけて融合していく姿は、一種の芸術作品であり、仏教の無常観や輪廻の思想を思い起こさせます。崩れかけた回廊に差し込む木漏れ日の中で静かに佇めば、文明の終焉と自然の息吹が交錯する哲学的なひとときを堪能できるでしょう。神々が宿るかのような森の静けさに惹かれる方には、インドの秘境・サタラ旅行ガイド!神々が宿る森と天空の花園で大地の息吹を感じる旅もあわせて読んでみてください。
| スポット名 | 建立年代(推定) | 建立者 | 主な信仰 | 見どころ |
|---|---|---|---|---|
| アンコール・ワット | 12世紀前半 | スーリヤヴァルマン2世 | ヒンドゥー教(ヴィシュヌ派)→仏教 | 壮大な建築美、日の出の絶景、第一回廊のレリーフ(乳海攪拌など)、第三回廊 |
| バイヨン | 12世紀末〜13世紀初頭 | ジャヤーヴァルマン7世 | 大乗仏教 | 「クメールの微笑み」と称される四面像、迷宮のような構造、庶民生活の描写が豊かなレリーフ |
| タ・プローム | 12世紀末〜13世紀初頭 | ジャヤーヴァルマン7世 | 大乗仏教 | 巨大なガジュマルの木が遺跡を包み込む、自然と人工物が一体となった神秘的な風景 |
アンコールワットの宗教史を五感で感じる観光ガイド
アンコール・ワットの壮大な物語をより深く味わうには、単なる知識だけでなく、五感を最大限に使ってその場の空気を感じ取ることが重要です。ここでは、実際の観光に役立つ楽しみ方と実用情報をご紹介します。
聖なる夜明け:朝日に染まる中央祠堂
アンコール・ワット観光の最大の見どころの一つが、言わずと知れた朝日鑑賞です。まだ暗闇の中、ホテルを早朝に出発し、寺院のシルエットが闇夜に浮かび上がるのを前に静かに夜明けを待ちます。やがて東の空が淡く明るくなり、中央祠堂の背後から太陽が姿を現す瞬間、景色は劇的に移ろいます。空はオレンジ、紫、そしてピンクのグラデーションに染まり、寺院の影が聖池の水面に鮮やかに映し出されます。この光景は単なる「絶景」を超え、まるで闇から光が生まれ、混沌から秩序が誕生する宇宙の創造の瞬間を目撃するような、神秘的でスピリチュアルな体験となるでしょう。観光客で賑わうものの、早めに訪れて聖池前の良い場所を確保することをお勧めします。
石に触れ、風を感じる:遺跡散策の心得
広大なアンコール・ワットの敷地を歩くことは、それ自体が一つの瞑想のようなもの。ただ漫然と歩き回るのではなく、細部に意識を集中してみましょう。ひんやりとした砂岩の壁に手をそっと当ててみてください。数百年前の石工が残した鑿の跡や、長い時を経て刻まれた質感が、指先を通して伝わってきます。窓の美しい連子から差し込む光が描く幾何学模様にも、緻密に計算された美が宿っています。
特に、第三回廊へ向かう階段は急勾配で、まるで壁をよじ登る感覚さえあります。これは、神々が住まう天上界へ至る道がいかに険しいかを象徴しています。一歩一歩足元に意識を集中して登ること自体が、心を浄化する儀式のように感じられるでしょう。体力に自信のない方は無理せず下から見上げるだけでも、その神聖な雰囲気を十分に味わえます。散策時は肩や膝を覆う服装を心がけ、水分補給を忘れず、歩きやすい靴を履くことが大切です。ゆったりとしたペースで遺跡と対話しながら歩くのが、大人の旅の醍醐味です。
静寂と祈りの空間:十字回廊と第三回廊
多くの人で賑わうアンコール・ワットですが、静けさを感じられるスポットも存在します。その一つが「十字回廊」です。かつて沐浴の場とも伝えられ、優れた音響効果で知られています。壁に向かって胸を軽く叩くと、不思議な「ポコポコ」という響きが遺跡中に広がり、自分の心臓の鼓動が遺跡全体に共鳴するような感覚が味わえます。ここに安置された仏像の前で静かに座り目を閉じると、深い瞑想へといざなわれるでしょう。
そしてアンコール・ワットで最も神聖とされる場所、第三回廊は最上部に位置し、かつては王と高僧のみが立ち入れた「天空の回廊」とも呼ばれています。俗世から隔絶された清らかな空気に満ち、回廊から見下ろすと果てしなく広がるジャングルの緑と、一糸乱れぬ寺院の幾何学的な配置が一望できます。中央祠堂にはかつて主神ヴィシュヌ像が安置されていましたが、現在は姿を消しています。それでもこの地に満ちる神聖なエネルギーは変わらず存在し続けています。喧騒を離れ、この天空の聖域で過ごす静かな時間は、自己と向き合う貴重なひとときとなるに違いありません。
行き方とおすすめ観光モデルコース
アンコール・ワットへの拠点となるのは、空の玄関口でもあるシェムリアップの町です。遺跡群は広大で、アンコール・ワットだけでも半日は見ておきたいところですが、バイヨン寺院やタ・プロームまで含めてじっくり巡るなら、最低でも1日、できれば2〜3日かけるのがおすすめです。入場券(アンコールパス)の料金体系や販売方法、開門・閉門時刻などは変更される場合があるため、訪問前に必ず公式サイトで最新情報を確認してください。
モデルコースの一例としては、初日の早朝にアンコール・ワットで日の出を鑑賞し、日中の暑さを避けて一度休憩を挟んだのち、午後からアンコール・トム(バイヨン寺院)とタ・プロームを巡るというプランが人気です。乾季にあたる時期は比較的過ごしやすく観光のベストシーズンとされる一方、雨季は緑が美しく観光客も比較的少なめという利点があります。いずれの時期も日差しが強いため、帽子や日焼け止め、十分な飲料水の準備を忘れないようにしましょう。宗教遺跡としての性格上、肩や膝が隠れる服装でのマナーも大切です。寺院巡りを通して「ここはヒンドゥー教の名残、ここは仏教の痕跡」と意識しながら歩くと、同じ遺跡でも見え方がまったく違ってくるはずです。寺院巡礼という旅のスタイルに興味を持った方には、【2026年版】インドの秘境マルカプールで体感する、美しき寺院巡礼の旅もヒントになるでしょう。
旅の終わりに:石に刻まれた永遠の物語
アンコール・ワットを巡る旅は、単なる壮麗な石造建築の鑑賞にとどまりません。それは、偉大なクメール文明が築いた精神の高みと、その中心にある宇宙観、さらに時代とともに変化していった信仰の姿を五感で追体験する、壮大な物語への参加となります。
ヴィシュヌ神をはじめとするヒンドゥーの神々が躍動する力強い世界観を映し出す回廊。その先へ一歩踏み入れると、今度は仏の慈悲に満ちた静かな祈りの空間が広がります。この多層的な信仰のレイヤーを感じ取ることこそ、アンコール・ワット訪問の最大の魅力と言えるでしょう。刻まれた石の神々は、もはやヒンドゥー教の神か仏教の仏かの区別を超え、悠久の時の中で融合し、この聖地に宿る偉大な精神そのものとなっているのかもしれません。
朝日が昇り、夕日が沈む。今日も変わらずアンコール・ワットはそこに佇み、世界中から訪れる人々を静かに迎え入れています。この偉大な石の殿堂は、あなたの心にどんな言葉を紡ぎかけるでしょうか。古代の王が描いた永遠の王国であるかもしれませんし、神々の壮大な物語かもしれません。あるいは、万物は移ろいゆくという仏教の教えかもしれません。過去と現在、神と仏、そして人間が交錯するこの特別な場所で、ぜひご自身の内面と深く向き合い、豊かでスピリチュアルなひとときをお過ごしください。
よくある質問
アンコールワットはヒンドゥー教と仏教どちらの寺院ですか?
もともとはヒンドゥー教寺院として建立されましたが、後の時代に仏教寺院へと変容しました。現在では上座部仏教の聖地として僧侶や地元の人々の信仰を集めており、ヒンドゥー教と仏教、両方の歴史を併せ持つ寺院と言えます。
世界最大のヒンドゥー教寺院はどこですか?
アンコール・ワットは、建立当初ヒンドゥー教の神ヴィシュヌに捧げられた寺院として築かれ、その広大な敷地と壮麗な建築から、世界最大級の宗教建築・ヒンドゥー教寺院として紹介されることが多い遺跡です。現在は仏教寺院としての性格も持ち合わせています。
アンコールワットの宗教はなぜ変わったのですか?
12世紀末に即位したジャヤーヴァルマン7世が熱心な大乗仏教徒であったため、クメール王朝の国教がヒンドゥー教から仏教へと転換しました。その後、王朝の衰退とともにタイなどから伝わった上座部仏教が庶民に広く浸透し、アンコール・ワットも仏教寺院としての役割を担うようになりました。
カンボジアの現在の主な宗教は何ですか?
現在のカンボジアでは、人口の大多数が上座部仏教を信仰しています。アンコール・ワットの境内でもオレンジ色の袈裟をまとった僧侶の姿を見ることができ、歴史的な遺跡であると同時に、今も祈りが捧げられる生きた信仰の場であり続けています。
アンコールワットはいつ、誰が建てたのですか?
12世紀初頭、クメール王朝の王スーリヤヴァルマン2世の治世下でおよそ30年の歳月をかけて建立されました。当初はヒンドゥー教の神ヴィシュヌに捧げる寺院であると同時に、王自身の墓所としての役割も担っていたと考えられています。

