大手B2B旅行プラットフォームDidaのCEO、ダリル・リー氏が、AIが旅行業界、特にB2Bセクターに与える影響について興味深い見解を示しました。テクノロジーの進化が、長年の課題であった「価格」を巡る競争の力学を根本から変え、新たな価値創造の時代を到来させる可能性を指摘しています。本記事では、このニュースの背景を深掘りし、予測される未来と業界への影響について考察します。
B2B旅行業界と「レートパリティ」という長年の課題
旅行業界を支えるB2Bプラットフォーム
私たちが普段利用するExpediaやBooking.comのようなオンライン旅行代理店(OTA)は、消費者に直接商品を販売するB2C(Business-to-Consumer)モデルです。一方、DidaのようなB2B(Business-to-Business)プラットフォームは、そのOTAや旅行代理店に対して、ホテルや航空券などの旅行商品を卸売りする役割を担っています。
彼らは世界中のホテルや航空会社から大量に商品を仕入れることで、OTAが個別に契約するよりも有利な条件を引き出し、多様な在庫を確保します。世界のB2B旅行市場は巨大で、その規模は1兆ドルを超えると推定されており、旅行業界の根幹を支える重要な存在です。
価格競争の源泉「レートパリティ」
レートパリティ(料金の同等性)とは、ホテルが自社の公式ウェブサイトで販売する価格と、OTAなどの他の販売チャネルで販売する価格を同じにするという契約上の取り決めのことです。これは、消費者がどのサイトを見ても同じ価格である安心感を提供し、健全な市場を維持するために導入されました。
しかし、B2B卸売業者や異なる国の販売網を経由することで、意図せずこの価格の均衡が崩れることがあります。結果として、消費者は「最も安いサイト」を探し求めるようになり、OTAやホテルは熾烈な価格競争に巻き込まれてきました。このレートパリティを巡る攻防は、旅行業界における長年の課題でした。
AIがもたらす「価格競争」から「価値競争」へのシフト
DidaのCEO、ダリル・リー氏が指摘するのは、AIの進化がこの状況を大きく変えるという点です。
AIが再定義する「最適な旅行商品」
従来の旅行検索は、主に「価格」と「日付」という2つの軸で行われてきました。しかし、高度なAIは、より複雑で多角的な要素を考慮して、個々の旅行者にパーソナライズされた価値を提供できるようになります。
例えば、AIは以下のような要素を総合的に判断します。
- フライトの乗り継ぎ時間や空港の利便性
- ホテルの立地と目的地までのアクセス
- 朝食の有無やキャンセルポリシーといった付帯サービス
- 過去の旅行履歴や個人の嗜好
これにより、「Aさんにとっては、少し高くても乗り継ぎが良く、目的地の近くにあるホテル付きのプランが最適」「Bさんにとっては、価格を最優先し、多少不便でもコストを抑えたプランが最適」といった、真にパーソナライズされた提案が可能になります。
レートパリティはもはや競争の焦点ではない
AIが個々の旅行者にとっての「総体的な価値」を提示できるようになると、もはや単純な宿泊料金の比較は意味をなさなくなります。リー氏は、AIが進化すればするほど、レートパリティを巡る競争は重要性を失い、代わりに各社がどれだけ優れた「価値」を提案できるかという競争にシフトしていくと予測しています。
つまり、AIは価格の透明性を高めるだけでなく、価格以外の価値を可視化するツールとして機能し、業界全体の競争のルールを書き換える可能性を秘めているのです。
予測される未来と業界への影響
この変化は、旅行業界の各プレイヤーに新たな戦略を要求します。
各プレイヤーに求められる役割の変化
- OTA・旅行代理店: 単純な価格比較サイトとしての役割は終わりを迎えます。顧客データを活用し、AIを用いていかに精度の高いパーソナライズ提案ができるかが、生き残りの鍵となります。独自の付加価値や体験を提供できるプラットフォームが支持されるでしょう。
- ホテル・航空会社: 自社の持つ豊富なデータ(顧客の滞在履歴、好み、利用するサービスなど)をAIで分析し、より魅力的な商品やサービスを開発する必要が出てきます。卸売業者に商品を供給するだけでなく、独自の価値を直接消費者に届ける戦略も重要性を増すでしょう。
- B2Bプラットフォーム: Didaのような企業は、単に商品を右から左へ流すだけでなく、AIを活用してパートナーであるOTAや旅行代理店が価値を提供しやすくなるような、高度なソリューションを提供する役割が求められます。
旅行者の体験はより豊かに
私たち旅行者にとって、この変化は大きなメリットをもたらします。膨大な情報の中から自分にぴったりの旅行プランを探し出す手間が大幅に削減され、まるで優秀なコンシェルジュが提案してくれるかのように、シームレスで満足度の高い旅行計画が可能になります。
AIによる技術革新は、旅行業界の長年の課題であった価格競争を新たなステージへと導こうとしています。これからの旅行業界は、テクノロジーを駆使してどれだけ個々の旅行者に寄り添った「価値」を提供できるかが問われる時代に突入していくでしょう。

