ChatGPTに代表される生成AIの急速な進化が、旅行業界の構造を根底から覆そうとしています。これまで旅行予約のプラットフォームとして君臨してきたエクスペディアやブッキング・ドットコムといった大手オンライン旅行会社(OTA)のビジネスモデルが、深刻な脅威に晒されているとの分析が強まっています。
旅行予約の巨人「OTA」の現状
まず背景として、現在の旅行業界におけるOTAの立ち位置を理解する必要があります。エクスペディアグループやブッキング・ホールディングスといった巨大OTAは、世界のオンライン旅行市場において圧倒的なシェアを誇ります。調査会社Phocuswrightによれば、この2大グループだけで世界のオンライン旅行予約の半分以上を占めるほどの寡占状態です。
彼らのビジネスモデルの核は「仲介」です。世界中の航空会社やホテルを網羅的にリストアップし、ユーザーに比較検討の場を提供。予約が成立すると、宿泊施設などから手数料(一般的に15%〜25%程度と言われる)を徴収することで莫大な収益を上げてきました。Statistaの予測では、2024年の世界のオンライン旅行市場規模は約8,990億ドルに達すると見られており、その巨大な市場の主要プレイヤーが彼らなのです。
生成AIがもたらす「仲介者不要」の未来
しかし、この盤石に見えたOTAのビジネスモデルに、生成AIが待ったをかけようとしています。
パーソナライズされた旅行プランニング
従来の旅行計画では、ユーザーはOTAサイトで膨大な数の選択肢から目的地、日程、予算を入力し、自力で最適なホテルやフライトを探す必要がありました。
一方、生成AIは「5日間の予算20万円で、アートと美食が楽しめるヨーロッパの都市は?静かなブティックホテルを希望」といった曖昧な要望に対しても、対話形式で具体的な旅行プランを提案できます。AIはユーザーの好みや過去の旅行履歴を学習し、完全にパーソナライズされた旅程を作成します。
「直接予約」への誘導
最も大きな脅威は、AIが提示したプランから、OTAを経由せずに航空会社やホテルの公式サイトへ直接ユーザーを誘導する可能性です。
アナリストが指摘するように、AIプラットフォームがホテルチェーンや航空会社と直接提携を結ぶシナリオが現実味を帯びています。ホテル側からすれば、OTAに支払う15%以上の高額な手数料を削減できるため、その分を消費者に還元し、より魅力的な「公式サイト限定価格」をAI経由で提示できます。
ユーザーにとっては、AIに相談するだけで最適なプランが見つかり、しかも最もお得な価格で予約できる、というシームレスな体験が実現します。こうなると、多くの選択肢を並べて比較させるだけのOTAを利用する理由は薄れてしまいます。
激変する旅行業界の未来図
この地殻変動は、旅行に関わるすべてのプレイヤーに影響を及ぼします。
旅行者の体験はどう変わる?
旅行者は、情報収集と比較検討という煩わしいプロセスから解放されます。まるで優秀な専属コンシェルジュに相談するように、AIと対話するだけで理想の旅が形作られていくでしょう。予約のスムーズさに加え、現地でのリアルタイムな情報提供やトラブル対応など、旅の体験全体がより高度で快適なものになることが期待されます。
大手OTAの生き残り戦略
大手OTAもこの流れを座して見ているわけではありません。エクスペディアは自社サービスにChatGPTを統合し、ブッキング・ドットコムもAIを活用した旅行プランナー機能を導入するなど、対抗策を打ち出しています。
しかし、単にAIを導入するだけでは根本的な解決にはなりません。今後は、価格比較や予約の仲介といった機能的価値だけでなく、「そのOTAでしか体験できないユニークなツアー」や「専門家による質の高いサポート」といった、独自の付加価値を提供できるかが生き残りの鍵となります。手数料率の引き下げ圧力と市場シェアの低下という二重苦に直面する中で、ビジネスモデルの根本的な変革を迫られることは間違いないでしょう。
航空会社・ホテルが迎える好機
一方で、航空会社やホテルにとっては、長年の課題であった「OTA依存」から脱却する絶好の機会となり得ます。AIプラットフォームとの連携により、自社での直接予約の比率を高めることができれば、手数料コストの削減だけでなく、顧客データを直接獲得できるという大きなメリットがあります。顧客との直接的な関係を構築し、ロイヤリティを高める施策を打ちやすくなるのです。
まとめ:旅行計画の新時代へ
生成AIがもたらす変革は、単なるツールの進化ではありません。旅行業界における情報の流れとパワーバランスを塗り替え、長年続いた「OTA中心」の構造を過去のものにする可能性を秘めています。
私たち旅行者は、これからAIを賢く活用することで、これまで以上に自分らしく、そしてスムーズに旅を楽しめる時代を迎えるのかもしれません。次の旅行計画は、検索窓にキーワードを打ち込むのではなく、AIに話しかけるところから始まるのが当たり前になる日は、そう遠くないでしょう。

