AIの急速な進化は旅行業界に新たな課題をもたらす。オンライン旅行代理店(OTA)の消滅ではなく、AIプラットフォームへの対応による顧客獲得コストの高騰が利益率を圧迫する主要因となる。消費者はAIを旅行の情報収集に積極的に活用するが、現在のツールは予約機能が未熟で、最終予約はOTA等に依存する。ホテル業界もAIアルゴリズムへの依存や顧客データ分散のリスクがあり、AI検索最適化と直販強化、OTAとの戦略的連携による「ハイブリッド戦略」が求められる。
米投資銀行BTIGが先月公表した最新の調査から、人工知能(AI)の急速な進化が旅行業界に及ぼす影響についての新たな見解が示されました。AIがオンライン旅行代理店(OTA)を消滅させるというこれまでの懸念とは異なり、今後の主な課題は顧客獲得コストの高騰による利益率の圧迫であることが浮き彫りになっています。
消費者のAI利用動向と現状ツールの限界
BTIGが2026年6月に米国のレジャー旅行者を対象に実施した調査によると、消費者のAIに対する関心は非常に高いことがわかります。すでに60%以上の旅行者がAIツールを試した経験を持っており、旅行のインスピレーションを得るために76%、リサーチ目的で80%、旅程の作成で65%の人がAIの利用に前向きな姿勢を示しています。さらに、航空券の予約にAIを使用したいという回答は38%、ホテルの予約に関しては42%に上りました。
今年2月に旅行業界調査機関Phocuswrightが実施した別の調査でも、過去12ヶ月間に少なくとも1回の旅行でAIを計画や予約に利用した米国旅行者の割合が56%に達しており、2025年上半期の33%、同下半期の43%から着実な増加傾向を示しています。
しかしながら、消費者の期待に対して現在のAIツールはまだ発展途上です。BTIGの分析では、既存のAIツールはパーソナライゼーションの精度が低く、価格の比較や実際の予約完結機能が限定的であると指摘されています。そのため、情報収集の入口としてAIが使われる一方で、最終的な予約決済は依然として信頼性と利便性に優れたOTAや宿泊施設の公式サイトに依存する状況が続くと予測されています。
OTAは「中抜き」の被害者ではなく新たなコスト増に直面
AIがOTAを市場から排除するという「中抜き」のシナリオは、現時点では現実的ではないとアナリストは見ています。Booking HoldingsやExpedia Groupに代表される大手OTAは、数十年間にわたって蓄積された膨大な顧客データや、数百万件に及ぶ宿泊施設のインベントリ、そして高度な決済インフラを持っています。Googleなどがエージェント型AIによる予約機能の拡充を進める中においても、OTAは競争相手ではなく不可欠なパートナーとして機能し続ける可能性が高いです。
その一方で深刻化するのが、顧客獲得コストの増大です。これまでOTAのトラフィックの約40%は従来の有料検索から流入していましたが、ユーザーの検索行動がAIプラットフォームへと移行することで、検索環境のルールが大きく変わりつつあります。OTAは、AIの回答結果やチャットインターフェース上での自社の可視性を維持するために、新たな広告出稿やプラットフォームへの投資を強いられることになり、これが結果として利益率を圧迫する要因となります。
ホテル業界に求められるハイブリッド戦略と今後の展望
この構造変化は、ホテルや宿泊事業者にとっても対岸の火事ではありません。AIが旅行の初期段階における主要な情報収集ツールとなることで、どのホテルがユーザーに提案されるかはAIのアルゴリズムに大きく依存することになります。
ホテル事業者がこれまで通りOTAからの送客に頼るだけでは、OTA側のコスト増に伴う手数料の引き上げや、AIプラットフォーム上での露出低下による影響を直接受けるリスクがあります。さらに、AIプラットフォームとOTAを介して予約が行われる場合、Googleなどのプラットフォームが顧客との接点を持ち、OTAが取引を処理し、ホテルは単にサービスを提供するだけの存在となるため、顧客データの所有権が分散し、リピーターとの直接的な関係を構築することがより困難になる懸念も指摘されています。
予測される未来において、ホテル業界はAI主導の予約環境に対して受け身でいるリスクを避けなければなりません。AI検索のアルゴリズムに選ばれるよう自社コンテンツやレビューを最適化し、自社直販ルートの競争力を高めること。そして同時に、巨大な送客力を持つOTAとの協力関係を戦略的に維持していく「ハイブリッド戦略」を構築することが、中長期的な収益性を確保するための不可欠な条件となるでしょう。

