世界の果て、と聞いて、あなたはどんな風景を思い浮かべるでしょうか。地の果て、空の果て、海の果て。私にとってそれは、地図の空白を埋めるように存在する、まだ見ぬ場所への憧れの同義語でした。大学時代から古びたもの、忘れられた場所に惹かれ、世界中の朽ちた建築を追い求めてきた私にとって、「隔絶された場所」という響きは、何よりも甘美な誘惑の言葉なのです。今回、私の旅心を捉えて離さなかったのは、オマーンの飛び地、ムサンダム半島の最北端にひっそりと存在するクムザールという村。アラビア半島とイランを隔てる、世界で最も重要な海上交通路の一つ、ホルムズ海峡。その海峡に突き出すようにして、三方を険しい岩山に、一方を碧い海に抱かれたその村は、陸路では到達不可能な、まさに「海の果て」でした。
そこで待っているのは、何世紀にもわたって独自の文化と言語を守り続けてきた人々の暮らし。そして、ホルムズ海峡の豊かな恵みをその日のうちに味わう、漁師直伝のこの上なくシンプルなシーフード体験。煌びやかなリゾートでも、歴史的な遺跡でもない、ただそこにある「本物の暮らし」の匂いに、私は抗うことができませんでした。複雑な現代社会から切り離された場所で、火と塩と新鮮な魚だけで完結する食の原点に触れる。それはきっと、忘れかけていた何かを思い出させてくれる旅になるはず。さあ、あなたも一緒に、時が止まったような村への冒険に、心を馳せてみませんか。
地球の果てを旅する情熱が湧いたなら、まるで火星のような風景が広がるヨルダンの砂漠もまた、忘れられない冒険となるでしょう。
旅の始まりは、フィヨルドに抱かれた港町カサブから

クムザールへの旅は、ムサンダム半島の玄関口となる港町カサブからスタートします。アラブ首長国連邦のドバイから陸路で国境を越え、車で約3時間の道のりです。パスポートにオマーンの入国スタンプが押され、車窓には荒々しい岩山が連なる風景が広がり始めると、これから始まる冒険への期待が次第に高まってきます。ドバイの近未来的な高層ビル群とは対照的に、乾いた大地と深く切れ込んだ入り江が織りなすカサブの風景は、「アラビアのノルウェー」と称される理由がよくわかります。フィヨルドと言うと北欧の緑豊かな景観を思い浮かべますが、ムサンダムのフィヨルドはほとんど木が生えていない赤茶けた岩山が海に落ち込む荒涼とした中にも荘厳な美しさを持っています。
クムザールへ行くには、このカサブの港からボートをチャーターする方法が唯一の手段です。まさに現代に残された秘境へ向かう入口です。私たちは事前にカサブ市内のホテルを通じて信頼のおけるツアー会社に日帰りのプライベートボートツアーを手配していました。料金はボート1台を半日チャーターする形で、約150オマーン・リアル(約6万円)ほどかかりました。決して安価ではありませんが、4〜5人のグループで割れば、一人当たりの負担は現実的な範囲に収まります。何より、自分たちのペースで自由に旅ができるプライベートツアーの価値は計り知れません。もちろん、港で直接船頭と交渉することも可能ですが、言語の壁や料金トラブルを回避するためには、事前にホテルやツアー会社を通して予約するのがもっとも安心できる方法でしょう。その際、「クムザール村を訪れ、新鮮な魚料理のランチを楽しみたい」という要望を明確に伝えておくことが重要です。
イルカが舞う海を抜け、隔絶された谷間の村へ
早朝に港へ集まると、浅黒く日焼けした船頭のアブドゥッラーさんが、屈託のない笑顔で私たちを迎えてくれました。私たちが乗るのは、日差しを遮る屋根が備えられた、約10人乗りのスピードボートです。ライフジャケットを身に着け、いよいよ出発の時がやってきました。ボートが港を離れ速度を上げると、頬を心地よい潮風が撫でていきます。
カサブからクムザールまでの船旅は、およそ1時間半から2時間かかります。しかし、それは単なる移動時間ではありませんでした。ボートはまるで神が巨大な斧で大地を断ち割ったかのような、壮大なフィヨルドの間を進んでいきます。両側にそびえる断崖絶壁は、幾重にも重なる地層の歴史を露わにし、時折、崖の窪みにヤギの群れが信じられない角度で草を食んでいる姿が見えます。まるで文明の足跡が一切ない太古の地球に迷い込んだような錯覚に陥りました。
しばらく進んだところで、アブドゥッラーさんが船のエンジンを緩め、沖の一点を指し示しました。すると、海面からイルカたちが次々と姿を現し、私たちのボートと並走しながらジャンプを始めたのです。その数は10頭、いや20頭以上はいたかもしれません。人懐っこい彼らは、まるで私たちを歓迎しているかのように振る舞いました。青い海と赤茶けた岩山を背景に、生命力あふれるイルカたちが舞い踊る光景は、あまりに幻想的で思わず息を呑みました。この時点で、この旅が特別なものになることを確信していました。
ホルムズ海峡に近づくにつれて、波はやや高くなり、海の色も深い藍へと変化していきます。そして、いくつかの岬を回り込んだ瞬間、目の前には信じがたい光景が広がりました。三方を屏風のような切り立った崖に囲まれ、その谷間のわずかな平地に、石とコンクリートで造られた家々が、まるでパズルのピースのように隙間なく密集しているのです。これがクムザール村との初めての対面の瞬間でした。
時の流れが異なる場所、クムザールの第一印象

ボートがゆっくりと村の小さな船着き場に近づくと、子供たちがどこからともなく現れ、興味深そうな目でこちらを見つめていました。大人の男性たちは船着き場の周囲で網の手入れをしたり、おしゃべりに興じたりしています。女性の姿はあまり見られませんが、家々の窓からそっと様子をうかがっている気配を感じました。
船を下り、一歩村の中へ足を踏み入れた瞬間、独特の空気感が漂っているのに気づきました。それは潮の香りと乾いた土のにおい、そして生活の気配が混ざり合った濃密なものでした。村には車がやっと通れる細いメインストリートが一本あるだけで、あとは一人が通れるくらいの狭い路地が迷路のように張り巡らされています。家々は隣り合って建ち並び、肩を寄せ合うように連なっているため、その間を歩いているとまるで巨大な生き物の体内にいるかのような不思議な感覚に包まれました。
廃墟マニアとしての興奮とは少し異なります。確かに建物は古く、厳しい自然環境の中で風雪に耐えてきた歴史が感じられますが、そこには間違いなく人々の暮らしの温もりが満ちあふれていました。軒先に干された洗濯物、路地で遊ぶ子供たちの高く響く笑い声、家の中から漏れ聞こえる会話。そして、すれ違う村人たちが向けてくれる、やや控えめながらも温かなまなざし。この村は朽ち果てることを拒み、力強く生き続けているという事実に、私は深く心を打たれました。
ここで話されているのはアラビア語やペルシャ語ではなく、この村独自の「クムザール語」だといいます。古代ペルシャ語にアラビア語やポルトガル語、英語などが混ざってできたこの言語は、この村が長い間外界から隔絶され、独自の文化を育んできたことの生きた証明です。言葉は通じなくても、挨拶を交わし笑顔を向けると、恥ずかしそうに微笑み返してくれます。その素朴なコミュニケーションが何より心地よく感じられました。
漁師が振る舞う、人生で最も贅沢な一皿
村の散策をひと通り終えた後、私たちはついにこの旅の目玉であるシーフード体験へ向かいました。案内してくれたのは、船頭アブドゥッラーさんの親戚であるムハンマドさん。日に焼けた引き締まった顔立ちと、分厚い手のひらからは、彼が熟練の漁師であることがひしひしと伝わってきました。
彼の家の前に広がる、小さな海辺の広場が私たちのためのレストランです。調理器具と呼べるのは、シンプルな炭火コンロと重厚なナイフが一本あるだけ。食材はちょうど今、別の小舟で漁から戻ってきた仲間が水揚げしたばかりの、銀色に輝く魚たちです。マグロの幼魚であるヨコワと、日本では高級魚として名高いハタ(グルーパー)が数匹、まだぴくぴくと動いています。
「今日の魚はこちらだ。グッドフィッシュだよ」
ムハンマドさんは片言の英語と身振り手振りを交えて、誇らしげに魚を見せてくれました。メニューは存在しません。その日に海がもたらしてくれたものこそが、最高のご馳走なのです。彼は手慣れた様子でヨコワを捌き始めました。内臓を取り出し、豪快にぶつ切りにしていく動作には無駄がなく、まるでひとつの儀式を見ているようでした。
ぶつ切りにされた魚は、塩をふっただけでそのまま炭火の上の金網に置かれます。「じゅう」という音とともに香ばしい香りが立ち上り、私たちの空腹を一層刺激しました。焼いている間、ムハンマドさんはミントの葉がたっぷり入った甘い紅茶「シャイ」を振る舞ってくれました。熱々の紅茶をすすりつつ、目の前に広がるホルムズ海峡の景色を眺めます。時折、巨大なタンカーがゆったりと水平線の向こうを通り過ぎていくのが見えました。世界の物流を支える大動脈のすぐそばで、こんなにも素朴で時間が止まったかのような営みが続いている。その対比に、どこか不思議な感覚を覚えました。
約15分ほどで魚が焼きあがり、大きな皿に無造作に盛られて平たいパン「ホブズ」とともに私たちの前に置かれました。見た目はただの「魚の塩焼き」ですが、一切れ口に運んだ瞬間、私は言葉を失いました。
まず、肉の弾力が尋常ではありません。プリッとした食感からジュワッとあふれ出る旨味が洪水のように口中に広がります。炭火で焼かれた皮はパリパリと香ばしく、ほんのりまとった塩気が魚本来の甘みを最大限に引き立てていました。余計なスパイスもハーブもソースも一切なく、ただ素材の力だけでここまで完成された味になるのかと驚かされました。これまで味わったどの高級レストランのシーフードよりも間違いなく美味しく、まさに「人生最高のシーフード」でした。
隣で一緒に食べていた友人も目を丸くして「信じられない…」とつぶやきます。私たちは夢中になって手で魚をほぐし、ホブズに挟んで食べ続けました。この味の秘密は言うまでもなく圧倒的な「鮮度」にあります。海から揚がって1時間も経っていない魚。そして、ホルムズ海峡という、プランクトンが豊富で潮流が速い、世界有数の漁場が育んだ魚の持つポテンシャルの高さ。それを漁師たちが代々受け継いできた、最も美味しく食べるためのシンプルな知恵で調理する。これ以上に贅沢な食事がほかにあるでしょうか。
旅の準備と心構え:秘境の村を訪れるあなたへ

この素敵な体験を、ぜひあなたにも味わってほしいと思います。そのために、クムザールへの旅を計画する際にいくつか心に留めておいていただきたいポイントがあります。
訪問するなら、過ごしやすい季節を選ぼう
まずは、旅のタイミングについてです。オマーンの夏は想像をはるかに超える暑さとなります。気温が日中に40度以上になることも珍しくありません。快適に旅を楽しみたいなら、気候が穏やかな10月から4月ごろが最適なシーズンと言えます。特に冬季である12月から2月は、日差しが柔らかく、海も比較的穏やかな日が多いため、おすすめです。
文化への敬意を込めた服装と万全の準備を忘れずに
服装については、現地の文化を尊重しつつ、厳しい自然環境に備えることが大切です。クムザールはイスラム教の伝統を重んじる保守的な村です。観光客であっても、肩や膝を覆い、肌の露出を控えた服装を意識しましょう。女性であれば、髪を覆うスカーフを一枚持っておくと、より丁寧な印象を与えるだけでなく、日よけにも役立ちます。また、日差しは予想以上に強烈です。つばの広い帽子やサングラス、そして強力な日焼け止めを必ず準備してください。足元は、未舗装の村の路地を歩き回ったり、ボートの乗り降りがあったりするため、慣れたスニーカーが最適です。ビーチサンダルでは少し不安かもしれません。
持ち物としてまず挙げたいのは、船酔いが心配な方のための酔い止め薬です。そして、ツアー中に飲む十分な水も忘れずに。村には小さな商店が一軒ありますが、品揃えは限られているため、前もってカサブの街でしっかりと準備しておきましょう。カメラやスマートフォンの予備バッテリーも必須です。せっかくの絶景を前にバッテリー切れになるのは非常に悲しいことです。村の電源が安定しない可能性が高いので、モバイルバッテリーがあると心強いでしょう。
現金は充分に用意し、謙虚な心構えで
忘れてはならないのが現金です。村内ではクレジットカードが一切使えません。ボートのチャーター料金は事前に支払うケースが多いものの、シーフード体験の代金や村人へのチップ、ささやかなお土産の購入を考慮すると、ある程度のオマーン・リアル(OMR)を現金で持参する必要があります。チップは義務ではありませんが、素晴らしい体験を提供してくれた漁師さんに感謝の気持ちを込めて渡せば、きっと喜んでもらえるでしょう。
そして何より重要なのは、この村が単なる観光地ではなく、人々の日常の生活の場であることを理解し、謙虚な気持ちで訪れる「敬意」を持つことです。特に、村人や女性、子どもたちを撮影する際は、必ず事前に許可を得てください。無遠慮にカメラを向けることは、彼らのプライバシーを侵害しかねません。言葉が通じなくても、カメラを見せて笑顔を向け、相手の反応を待つことで、双方が心地よい時間を共有できます。
不便さすらも旅の魅力に変えて
クムザールでは、スマートフォンが圏外になる可能性が高いです。Wi-Fiもありません。しかし、それを不便と感じるか、デジタルデトックスのチャンスと捉えるかで、旅の感動は大きく変わります。時にはスマートフォンを鞄の奥にしまい、目の前の風景や人との交流に五感を集中させてみてください。きっと普段は見逃している多くの発見があるはずです。
また、村には観光客向けの充実したトイレはありません。ボートには簡易トイレが備えられていることが多いため、出発前に船頭に確認しておくと安心です。こうしたささやかな不便も、秘境を旅する醍醐味の一部です。完璧に整えられた観光地では味わえない冒険のスパイスとして、むしろ楽しんでみてはいかがでしょうか。
ホルムズの夕陽に染まる、忘れられない記憶
名残惜しさを胸に抱きつつ、私たちは再びボートに乗り込み、クムザール村を後にしました。船着き場から村人たちがいつまでも手を振って見送ってくれた光景が、強く心に残りました。
帰路の船上では、太陽がゆっくりと水平線に沈みかけ、西の空や海、そして荒々しい岩肌のフィヨルドが、燃え盛るようなオレンジ色に染まっていきました。言葉を失うほどの壮麗な夕景が広がっていました。風こそ少し冷たくなったものの、心の中は不思議なほど温かさで満たされていました。
今日私たちが味わった魚の味は、単なる「美味しい」という言葉だけでは表しきれない特別なものでした。それはホルムズ海峡の豊かな自然の恵みであり、この厳しい環境の中で何世代にもわたり生きてきた漁師たちの知恵と誇りの結晶であり、さらに見知らぬ旅人を温かく迎え入れてくれた村人たちの優しさが溶け込んだ、唯一無二の味わいだったのです。
廃墟や古い建造物に惹かれ、そこに刻まれた「時間の痕跡」を愛してきた私ですが、クムザールで出会ったのは、過去から現在、そして未来へと力強く続く「時間の流れ」そのものでした。朽ちることのない人々の営みと自然への畏敬の念。ここで過ごした数時間は、私の旅に対する価値観を少し変えたように思います。
もしあなたが、ありふれた観光に物足りなさを感じているのなら。もしあなたが、日常から離れた場所で心を動かす本物の体験を求めているのなら、ぜひあなたの次の旅先リストにホルムズ海峡のこの小さな村をそっと加えてみてはいかがでしょう。きっと、あなたの人生の一ページに深く刻まれる忘れがたい味と温かな笑顔が待っているはずです。

