果てしなく広がる空と、どこまでも続く地平線。ヨーロッパの穀倉地帯と呼ばれるセルビア北部のヴォイヴォディナ自治州に足を踏み入れると、誰もがまずその雄大なパノラマに息をのむことでしょう。まるで緑色の海のようなパンノニア平原の真ん中に、静かに佇む町、バチュカ・トポラ。その名前は、旅慣れた人々の間でもまだあまり囁かれることのない、隠された宝石のような響きを持っています。
今回の旅の目的は、観光地を巡る喧騒の旅ではありません。華やかなリゾートで過ごす休日とも違います。私が求めたのは、心と深く対話するための静寂。そして、異なる文化が寄り添い、祈りの声が重なり合う場所で、自分自身の内なる声に耳を澄ませる時間でした。セルビアとハンガリーの文化が美しいモザイク模様を描くこの町は、まさに「心の巡礼」と呼ぶにふさわしい、穏やかで深い霊性に満ち溢れていました。ここでは、時間の流れさえもが緩やかになり、私たちは日常の鎧を脱ぎ捨て、素顔の自分と向き合うことを許されるのです。さあ、一緒にヴォイヴォディナの魂に触れる、静かな旅を始めましょう。
このような静かな心の旅を求めるなら、クロアチアの隠れた自然遺産を五感で体験する旅もまた、内なる声に耳を澄ませる素晴らしい機会となるでしょう。
パンノニアの海に浮かぶ、静寂の町バチュカ・トポラ

セルビアの首都ベオグラードから車で北へ約二時間進むと、窓の外の景色は徐々に都会の輪郭を失い、広大な平原へと変わっていきます。ここはかつてパンノニア海という内海が干上がってできたパンノニア平原で、その肥沃な大地がヴォイヴォディナ地方をヨーロッパ屈指の農業地帯へと押し上げ、古くから人々の生活を支えてきました。
バチュカ・トポラは、まさにこの平原の真ん中に、まるで静かな海に浮かぶ島のように位置しています。町の歴史は非常に古く、多様な民族が交差する十字路として複雑な経緯を辿ってきました。特にオーストリア=ハンガリー帝国の時代の影響が強く、現在もセルビア人とハンガリー人が多数を占め、二つの言語が日常的に行き交い、文化が自然と融合しています。
町に足を踏み入れて最初に感じたのは、耳に心地よい静寂でした。クラクションの音も人々の喧騒もほとんどなく、代わりに風が木の葉を揺らす音や遠くから聞こえる教会の鐘が、町の静かなBGMとなっています。通りを歩く人々の表情は穏やかで、その歩みはゆっくりとしていました。ここでは誰もが時間に追われることなく、自分のペースで日々を紡いでいるように見えます。
メインストリートを歩くと、ハンガリーのセセッション様式に影響を受けた優雅な建物が、社会主義時代の実用的な建造物と隣り合って並び、この町が歩んできた歴史の重なりを伝えています。カフェのテラスでは、年配の人たちがチェスに興じ、若者たちは静かに会話を楽しんでいます。その何気ない日常の光景すべてが、一枚の美しい絵画のように感じられました。この町には、訪れる者の心を穏やかにし、思考を落ち着かせる不思議な力が備わっています。それはおそらく、この広大な土地がもたらす安心感と、異なる文化を尊重し合う人々の優しい精神性が町の空気の中に溶け込んでいるからなのでしょう。
祈りの声が響きあう、多文化の聖地
バチュカ・トポラの精神を感じ取るうえで欠かせないのは、町中に点在する信仰の拠点です。ここでは、カトリックとセルビア正教という異なる二大キリスト教の流れが互いを尊重し合い、美しい調和を奏でています。町の中心部では、カトリック教会と正教会が至近距離に建ち並び、その共存こそがこの地の多文化共生を象徴しています。
聖母被昇天カトリック教会 – 天へと昇るゴシックの祈り
町の中央広場にそびえ立つ尖塔は、聖母被昇天カトリック教会の威厳ある姿を象徴しています。ハンガリー人コミュニティにとって重要な信仰の場であるこの教会は、1906年に完成した比較的新しい建物ですが、ネオゴシック様式とハンガリー・アールヌーボー(セセッション様式)が巧みに融合したデザインが、訪れる者を圧倒する美しさを誇ります。特に、ハンガリーの名窯ジョルナイによる鮮やかなタイルが屋根を彩り、陽光を受けて宝石のように輝く光景はまさに圧巻です。
重厚な木製の扉を押し開け、一歩足を踏み入れると、外の世界とは打って変わって冷涼な静寂に包まれます。高く果てしなく伸びる天井に下がるシャンデリアは優しい光を放ち、礼拝堂内を神秘的に浮かび上がらせています。私の視線は祭壇奥の壮麗なステンドグラスに釘付けになりました。聖書の物語が色鮮やかに描かれたそのガラスを通して差し込む光は、床や柱にカラフルな影を映し出し、まるで神聖な万華鏡の中にいるかのような幻想的な感覚を呼び起こしました。
しばらくの間、木製の長椅子に腰を下ろし、目を閉じてみました。聞こえるのは自分の呼吸の音と、たまに響く誰かの微かな足音だけ。この空間には、長い年月をかけて捧げられてきた祈りや願いの積み重ねが静かに満ちている気がしました。私のわずかな霊感がそう囁くのです。重くはなく、むしろ清らかで温かいエネルギー。信仰の有無にかかわらず、ただここにいるだけで心の澱が洗い流されるような、不思議な浄化の力を感じました。建築の美しさと空間の持つ霊性が溶け合い、訪れる者の魂を優しく癒す、まさに祈りのための聖地です。
| スポット名 | 聖母被昇天カトリック教会 (Rimokatolička crkva Blažene Device Marije) |
|---|---|
| 所在地 | Glavna, Bačka Topola, Serbia |
| 特徴 | ネオゴシック様式とハンガリー・セセッション様式の融合。ジョルナイ製の色鮮やかなタイルが魅力。 |
| 見どころ | 壮麗なステンドグラス、高く開放的な内部空間、静謐な雰囲気。 |
| 注意事項 | ミサの時間は静粛に。内部の撮影は許可を得てから行うことを推奨します。 |
聖エリヤ正教会 – ビザンティンの黄金の輝き
カトリック教会から歩いて数分の場所には、全く異なる趣を持つドーム型の建物が見えてきます。そこがセルビア正教の信仰の中心、聖エリヤ正教会です。ビザンティン建築の伝統を濃厚に受け継いだその姿は、西洋のゴシック様式とは対照的に、どっしりとした安定感と柔らかな曲線美を感じさせます。
内部はカトリック教会の明るく開放的な空間とは異なり、より荘厳で神秘的な雰囲気に包まれています。壁一面を覆うのは、金色の背景に描かれたイコン(聖像画)の数々です。キリストや聖母マリア、数多くの聖人たちが厳かな中にも慈愛に溢れたまなざしでこちらを見つめています。無数の細い蝋燭の揺らめく炎が、イコンの金色を揺らぎ、幻想的な光と影のコントラストを創り出していました。
正教会の特徴として、信者は椅子に座ることなく立って祈ります。人々はイコンの前に立ち、静かに祈りを捧げるのです。その真摯な姿に触れると、こちらも自然と背筋が伸びる思いでした。そして、この空間を満たしているもう一つの魅力は、乳香の香りです。甘く、わずかに煙る独特の香りが心を鎮め、内面へと意識を深く誘っているように感じられました。五感すべてがこの神聖な場に集中していくのがわかります。
ここでは、言葉ではない、魂のレベルでの対話が繰り広げられているかのようでした。イコンに描かれた聖人たちの表情、揺らめく蝋燭の炎、立ち込める香りのすべてが一体となり、日常から切り離された特別な時間と空間を生み出しています。私は人々の深い信仰と、それに支えられたこの空間の力強さにただただ圧倒されました。
| スポット名 | 聖エリヤ正教会 (Srpska pravoslavna crkva Svetog Ilije) |
|---|---|
| 所在地 | Pašićeva, Bačka Topola, Serbia |
| 特徴 | 伝統的ビザンティン様式。壁面を埋め尽くすイコンが圧巻。 |
| 見どころ | 金色に輝くイコノスタシス(聖障)、蝋燭の灯りが生み出す幻想的な空間。 |
| 注意事項 | 露出の多い服装は控えるのがマナー。女性はスカーフで髪を覆うと礼儀正しく見えます。 |
鳴り響く鐘の調べ、共生のハーモニー
夕暮れ時、私は町の中心にある公園のベンチに腰掛けて目を閉じました。すると、まずカトリック教会から高く澄んだ鐘の音が響き渡り、少し後に今度は正教会から低く重厚な鐘の音が応えるように鳴り始めました。異なる音色とリズムが、決して調和を乱すことなく、パンノニア平原の広大な空の下で混ざり合い、一つの美しい交響曲を紡ぎ出して町全体を包み込みました。
この鐘の響きこそ、バチュカ・トポラの真髄を示していると直感しました。異なる文化、信仰、歴史を持つ人々が互いの存在を認め尊重し合いながら、同じ空間と時間を共有しているのです。無理に一つに溶け合うのではなく、それぞれの音色を保ちながら調和を奏でる。この上なく美しく、尊い共生のかたちがここにあります。この静かな町で鳴り響く鐘の響きは、現代社会が見失いつつある大切なものをそっと私たちに伝えているように思えました。
湖畔に佇む、心の安息地 – ズボンコ・ボグダン・ワイナリー

バチュカ・トポラから少し足を伸ばすと、ヴォイヴォディナ地方の別の一面が目の前に広がります。それは、穏やかな湖と、その周囲に広がる豊かなぶどう畑の風景です。この地のワイン造りの歴史は古く、パンノニア平原の太陽の恩恵を受けて育まれたぶどうから、質の高いワインが生み出されています。なかでも、パリチ湖のほとりに佇むズボンコ・ボグダン・ワイナリーは、単なる醸造所ではなく、訪れる者の心身を癒す安らぎの場となっていました。
パリチ湖の風と静謐なヴィンヤード
ワイナリーへ向かう道すがら、目に飛び込んでくるのは、整然と列をなして果てしなく続くぶどうの木々です。その緑の海の向こうには、陽の光を反射して煌めくパリチ湖の広大な水面が広がっています。ワイナリーの建物そのものが、まずひとつの芸術作品であるかのようでした。ヴォイヴォディナ地方の伝統建築を基調にしつつ、優美なアールヌーボー様式を取り入れたデザインは、周囲の自然と見事に調和し、まるでおとぎ話の世界から抜け出してきたかのような印象を与えます。
敷地内をゆっくり散策すると、湖から吹き抜ける涼やかな風が、ほてった肌をそっと撫でます。風に揺れるぶどうの葉のサラサラとした響き、遠くで聞こえる水鳥の声。それ以外の音はほとんどなく、圧倒的な静寂が辺りを包みます。日常の喧騒やデジタル機器から離れ、ただ自然の中に身を委ねる時間こそが、現代人にとって何より贅沢な瞑想となるのかもしれません。
ぶどう畑の小径を歩きながら、ひと粒ひと粒に凝縮された大地のエネルギーを感じ取ってみました。太陽の光、降り注ぐ雨、そしてこの土地ならではの土壌。ワインとは単なる飲み物ではなく、この地の自然そのものを液体化した「大地の記憶」そのものなのだと改めて思わされます。そう考えると、これから味わう一杯のワインが一層特別なものに感じられました。
一杯のワインに宿る、土地の物語
ワイナリーのテイスティングルームは、重厚な木材と柔らかな照明が織りなす落ち着いた空間で、洗練された雰囲気が漂っています。専属のソムリエが、それぞれのワインにまつわる背景を細やかに語ってくれました。どのぶどう品種が使われ、どのような気候の年に収穫され、どんな樽で熟成されたか。その一杯のグラスに注がれた時間と情熱の深さを知ると、味わいの豊かさが何倍にも感じられます。
私はマインドフルネスを心がけ、五感をフルに活用してワインを味わうことにしました。まず、グラスを傾けて光にかざし、その色合いをじっくり観察します。深みのあるルビー色や輝く黄金色の美しさ。次にグラスを優しく回しながら立ち上る香りを深く吸い込みます。ベリーの果実香、花の蜜の甘い香り、樽に由来するスモーキーなニュアンス。そして最後に、少量を口に含み、ゆっくりと口中に広げて複雑な味わいと余韻を楽しむのです。
発酵食品全般がやや苦手な私ですが、丁寧に造られたワインは身体にすっと馴染みます。それはおそらく、自然のプロセスを尊重し、無駄な添加物を排した誠実なつくりから生まれる、ピュアなエネルギーがあるからなのでしょう。この一杯のワインは、ただ味覚を楽しませるだけでなく、この土地のテロワール(風土)と私自身を結びつけてくれる、まさに魔法のような液体でした。ワインを味わうという行為を通じて、私たちは大地と対話し、その恵みに心から感謝することができるのです。ズボンコ・ボグダン・ワイナリーで過ごした時間は、慌ただしい日常で鈍った五感を目覚めさせ、心に豊かな潤いをもたらす至福のひとときとなりました。
| スポット名 | ズボンコ・ボグダン・ワイナリー (Vinarija Zvonko Bogdan) |
|---|---|
| 所在地 | Kanjiški put, Palić, Serbia |
| 特徴 | パリチ湖畔という美しいロケーション。アールヌーボー様式が特色の壮麗な建物。 |
| 体験 | ワイナリーツアー、ワインテイスティング、レストランでの食事が楽しめる。 |
| おすすめ | 地元ぶどう品種を用いたワインが魅力。特に白ワインの評価が高く、レストランでは地元食材を活かした料理が味わえる。 |
歴史の息吹を感じる、カラジョルジェヴィチ家の遺産
バチュカ・トポラの魅力は、その静謐な自然環境や多文化の祈りの場所に限られません。町の近郊には、セルビア王国の歴史を今に伝える貴重な史跡が数多く残されており、これらを訪れることでこの地域が辿ってきた激動の歴史を感じ取ることができます。特に、近代セルビアの基盤を築いたカラジョルジェヴィチ家の遺産は、国の誇りであり、訪れた人々に深い感動を与えています。
カラジョルジェの館 – 王家の夏季別荘
町の中心部からほど近く、緑豊かな公園に囲まれて「カラジョルジェの館」と呼ばれる美しい建物が静かに佇んでいます。ここはかつてセルビア王国を治めたカラジョルジェヴィチ家が夏の別荘や狩猟時の滞在所として利用した場所です。豪華絢爛な宮殿というよりは、上品で落ち着いた趣のあるカントリーハウスのような雰囲気を持っています。
館内に足を踏み入れると、まるで時間が止まったかのような感覚に包まれます。ピカピカに磨かれた床、古びた家具、壁を飾る王家の肖像画。それぞれが、ここで繰り広げられた歴史の一場面を静かに物語っています。ガイドの解説に耳を傾けながら部屋を巡ると、かつてここで暮らした王族たちの笑い声や、未来を案じる真剣な会話が聞こえてくるような気がします。
とりわけ私の心を捉えたのは、窓から望む庭園の景色でした。手入れの行き届いた芝生や季節ごとに咲き誇る花々は、館の主が心を休め思索に浸った場所であることが伝わってきます。窓辺に立ち、彼らと同じ景色を見つめると、歴史上の人物たちがぐっと身近に感じられるのです。教科書の中の遠い存在ではなく、私たちと同じ感情を持つ生きた人間だったのだと。この館には、過去と現在を繋げる不思議な力が宿っているように思えます。少し霊感のある私には、壁の向こう側から誰かの優しい視線が注がれているかのような、温かな気配すら感じられました。
乗馬クラブと名馬の血統
カラジョルジェの館の隣には、広大な敷地を誇る乗馬クラブと厩舎が広がっています。バチュカ・トポラはセルビアにおける馬産と馬術の中心地としても名高く、その歴史は王家の時代にまで遡ります。館に滞在した王族や貴族たちにとって、乗馬や狩猟は重要な娯楽であり、社会的地位の象徴でもありました。
厩舎を訪れると、手入れの行き届いた美しいサラブレッドたちが出迎えてくれます。引き締まった筋肉、艶やかな毛並み、そして何より賢く穏やかな瞳が印象的です。馬は単に美しいだけでなく、非常に感受性が豊かで、人の心を癒す力を持つと言われています。私は許可を得て、一頭の馬の鼻筋をそっと撫でてみました。温かく柔らかなその感触と、馬の穏やかな呼吸が伝わってきて、心が自然に落ち着いていくのを感じました。
ここでは乗馬体験も可能です。経験豊富なインストラクターの丁寧な指導のもと、馬の背に揺られて広大な敷地を巡る時間はまさに非日常のひとときです。蹄が大地を蹴る音や風を切る感覚は爽快で、馬と一体となることで普段使わない筋肉が刺激され、心身ともにリフレッシュされるのが分かります。言葉を交わさなくても、馬の動きや呼吸から心を通わせるその感覚は、人間同士の会話とは異なる、魂の触れ合いとも言えるでしょう。歴史ある場所で高貴な動物と向き合う体験は、旅の思い出に深く刻み込まれる忘れ難い出来事となるはずです。
| スポット名 | カラジョルジェの館と乗馬クラブ (Konjički klub “Bačka Topola” i Zobnatica) |
|---|---|
| 所在地 | Zobnatica, Bačka Topola, Serbia |
| 特徴 | カラジョルジェヴィチ家にゆかりのある歴史的建造物と国内有数の乗馬施設。 |
| 体験 | 博物館見学、乗馬体験、馬車での散策、レストランでの食事。 |
| 見どころ | 館内の歴史的展示物、美しい厩舎の馬たち、広大な自然豊かな敷地。 |
ヴォイヴォディナの食卓 – 大地の恵みを心で味わう

旅の喜びは、その土地の風景や文化に触れることだけに留まりません。その土地特有の「食」を味わうことも、旅の醍醐味の一つであり、現地を深く理解するための重要な要素です。ヴォイヴォディナ地方の食文化は、この地の歴史や気候風土を映し出す鏡のような存在です。豊かな大地が育んだ食材と、多様な民族が持ち寄った調理法が融合し、素朴ながらも奥深く、滋味豊かな料理を生み出しています。
多文化が交じり合う、パンノニアの味覚
ヴォイヴォディナの食卓は、セルビアの伝統と隣国ハンガリーの影響が絶妙に溶け合っています。そこに並ぶ料理は、国境という人為的な線引きがいかに意味をなさないかを示してくれます。代表的なものの一つに、「グヤーシュ(Goulash)」があります。牛肉や野菜をパプリカパウダーでじっくり煮込んだ、濃厚でスパイシーなシチューは元々ハンガリーの名物ですが、現在ではヴォイヴォディナの家庭の味としてすっかり根付いています。寒い日に味わえば、体の芯からぽかぽかと温まります。
さらに、「パプリカーシュ(Paprikaš)」も人気の煮込み料理です。通常は鶏肉を使い、サワークリームを加えることでまろやかでクリーミーな風味に仕上がっています。新鮮なハーブの香りが食欲をそそり、パンや自家製パスタとともに味わえば、至福のひとときが訪れます。
私が訪れた「サラシュ(Salaš)」という農家レストランでは、大地の恵みを丸ごといただく体験ができました。自家菜園から採れたばかりの新鮮な野菜、平飼いで育てられた鶏の卵、手間暇かけて作られたソーセージやハム。どれも素材そのものの味が濃厚で、生命力に満ちていました。ここでの食事は単なる空腹を満たす行為ではなく、自然のサイクルに自分をそっと溶け込ませる神聖な儀式のように感じられました。
「スローフード」という名の瞑想
ヴォイヴォディナの食卓に触れて特に強く感じたのは、「スローフード」の精神です。ファストフードのように手軽に効率よく栄養をとるのではなく、食材がどこで、どのように育てられたのか、誰の手によって調理されたのかを思い浮かべながら、ゆったりと時間をかけて食事を味わうのです。それは、食事を通じた一種の瞑想と言っても過言ではありません。
私は発酵食品がやや苦手なため、濃厚なチーズは控えめにしましたが、その代わり、太陽の光をたっぷり浴びたトマトの甘さや、グリルしたパプリカの香ばしさ、瑞々しいキュウリの歯ごたえを心ゆくまで堪能しました。一品一品を丁寧に味わうことで味覚が鋭敏になり、普段の食事では気づきにくい食材の繊細な風味や食感を感じ取れるようになります。そして、この美味しい食事を準備してくれた農家や料理人への感謝の気持ちが、自然と胸に湧いてくるのです。心と体を満たす食事とは、まさにこうした体験を指すのでしょう。
地元市場(ピヤツァ)で感じる生活の息吹
その土地の食文化を肌で味わうには、地元の市場(セルビア語でピヤツァ)を訪れるのが最適です。バチュカ・トポラの市場は大規模ではありませんが、地元の人々の活気と大地の恵みであふれていました。色鮮やかなパプリカやトマト、ズッキーニが山積みされ、おばあちゃん手作りのジャムやピクルスの瓶がずらりと並びます。売り手と買い手が交わすセルビア語とハンガリー語が混じった賑やかな会話は、聞くだけで心が和みます。
そこで私は、完熟した真っ赤なラズベリーを少しだけ買いました。一粒口に入れると、甘酸っぱい果汁がじわっと広がり、まるで夏の太陽の味がしました。市場でのささやかな買い物や、地元の人々との何気ない触れ合いが、旅をより豊かで忘れがたいものにしてくれます。スーパーマーケットの包装に包まれた食材からは決して感じ取れない、人々の暮らしの温かさがピヤツァには息づいているのです。
バチュカ・トポラの静寂の中で、自分と向き合う時間
旅の終わりが迫るにつれて、私はバチュカ・トポラで過ごした日々を静かに振り返っていました。この旅は、名だたる観光スポットを巡るものではありません。むしろ、意識的に「何もしない」時間を設け、自分の内面とじっくり向き合うためのものでした。そして、この静謐で穏やかな町は、まさにそのための理想的な舞台を提供してくれました。
何もない贅沢、地平線を見つめる瞑想
ある日の午後、私は町のはずれまで歩き、ただ広がる地平線の前に腰を下ろしました。目の前には延々と続くトウモロコシ畑と、その上に浮かぶ果てしない空だけが広がっています。遮るものは何もなく、作物の間を風が通り抜ける音や、ゆっくりと形を変えながら流れる雲をぼんやりと眺めていました。
私たちの日常はあまりにも情報や刺激で溢れています。スマートフォンの通知は絶えず届き、テレビやインターネットは次から次へと新しい情報を流し続けます。そんな環境の中、私たちの思考はざわつき、心を休める余裕もありません。しかし、このパンノニア平原の中心では、外界のノイズが一切遮断されます。すると、不思議なことに、それまで気づかなかった自分自身の内なる声が、ひそやかに聞こえてくるのです。
「今の私は本当に満たされているのだろうか」「これからどのような人生を歩みたいのだろうか」という根源的な問いが、心の奥から自然と湧き上がってきます。答えを急ぐ必要はなく、その問いに静かに向き合う時間を持つことこそ、何にも代えがたい贅沢だと実感しました。この「何もない」風景こそが、心を空にし、そして本当に大切なもので満たすための最高のキャンバスだったのです。
多様性の中に「自分」を見つける旅
バチュカ・トポラで得たもう一つの大きな気づきは、多様性との向き合い方でした。カトリックと正教、セルビア文化とハンガリー文化がこの地では排除されることなく、ごく自然に隣り合って共存しています。お互いの違いを認め合い、尊重し合う空気が町全体に満ちていました。
この環境に触れるなかで、自分のアイデンティティについても深く考えさせられました。フランス人の父と日本人の母を持つ私は、常に二つの文化の狭間で自分自身を探してきました。時にはその違いに戸惑い、どちらにも完全に属せない孤独を感じることもありました。しかし、この町の人々のありようは、新たな視点を与えてくれました。どちらか一方を選ぶ必要はない。異なる側面が自分の中で共存していることこそが、豊かさであり個性なのだと。バチュカ・トポラが奏でる多文化共生のハーモニーのように、私の内にある多様性もまた、美しい調和を生み出せると信じられるようになったのです。
旅の終わりに持ち帰るもの
スーツケースに詰めたのは、地元のワインと市場で買ったハーブソルトだけでした。しかし、それ以上に心の中には、はるかに価値あるお土産が詰まっていました。パンノニア平原の地平線が教えてくれた心の穏やかさ。多文化共生の風景がもたらしてくれた他者への寛容さ。そして静寂の中で見つめ直した、自分自身の新たな可能性。
バチュカ・トポラの旅は、外の世界を巡る旅であると同時に、自分自身の深淵を探る「心の巡礼」でもありました。もし日々の喧騒に疲れ、自分を見失いかけているのなら、このセルビア北部の静かな町を訪れてみてはいかがでしょうか。きっと果てしない地平線の先に、あなたが求めていた答えが見つかるはずです。

