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    ウィーンの至宝、シェーンブルン宮殿庭園を歩く。ハプスブルク家の栄華と隠された物語を巡る一日

    ヨーロッパの中心に位置し、かつて広大な帝国を支配したハプスブルク家の都、ウィーン。その街の南西部に、帝国の栄華を今に伝える壮麗な宮殿が静かに佇んでいます。その名は、シェーンブルン宮殿。女帝マリア・テレジアが愛し、その家族と共に多くの夏を過ごした夏の離宮です。宮殿内部の豪華絢爛な部屋々も見逃せませんが、今回私が皆様をご案内したいのは、宮殿の背後に広がる、息をのむほどに広大で美しい庭園です。ここは単なる美しい公園ではありません。ハプスブルク家の権力、美意識、そして時に隠された遊び心までが、隅々にまで込められた壮大な芸術作品なのです。今回は、この庭園に秘められた物語を紐解きながら、優雅な一日を過ごすための特別な散策ルートへと皆様をお連れします。誰かにそっと話したくなるような、とっておきのトリビアも交えながら、ハプスブルク家の夢の跡を一緒に辿ってみませんか。

    シェーンブルン宮殿の庭園を満喫した後は、ウィーンのもう一つの自然の宝、ベートーヴェンが愛したウィーンの森へ足を延ばしてみてはいかがでしょうか。

    目次

    庭園の歴史と設計思想 – なぜこれほどまでに広大なのか

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    シェーンブルン宮殿の庭園を初めて訪れる人々は、その圧倒的な広大さにまず驚かされます。総面積は約1.7平方キロメートルに及び、これは東京ドーム約36個分の広さに相当します。なぜこれほどまでに広大な庭園が築かれたのか、その答えはハプスブルク家の偉大な女帝、マリア・テレジアの時代に遡ります。

    女帝マリア・テレジアの理想の具現化

    シェーンブルン宮殿と庭園の現在の基盤が整えられたのは、18世紀中頃、マリア・テレジアの治世においてでした。彼女にとってこの場所は、政治的な重圧から解放される心の安らぎの場であると同時に、ハプスブルク家の権威を内外に示す壮大な舞台でもありました。マリア・テレジアは、当時ヨーロッパ宮廷文化の頂点とされたフランスのヴェルサイユ宮殿に対し、強い対抗意識を抱いていたと伝えられています。したがって、庭園の設計においても、ヴェルサイユを凌ぐ豪華さと規模を目指したのです。

    この壮大な計画を担当したのは、宮廷建築家のニコラウス・パカッシと、庭園設計家のジャン・トレベルでした。彼らは女帝の壮大な構想を現実にするため、自然の丘陵地形を巧みに活用し、宮殿から放射状に広がる壮麗なバロック様式の庭園をデザインしました。実は庭園の設計にはコンペが行われ、当初はより壮大で斬新な案も存在していたと言われます。しかし最終的に採用されたのは、自然との調和を重視しつつ、帝国の威光を表現するにふさわしい、秩序と荘厳さを備えたデザインでした。マリア・テレジアがこの庭園に注いだ情熱は、単なる美の追求にとどまらず、家族と過ごす時間を何よりも大切にし、子供たちが自然と親しむ場として動物園や植物園の基礎も築き上げました。この庭園は、母としての顔と君主としての顔が見事に融合した、彼女の夢の体現であったと言えるでしょう。

    自然と人工の調和 — バロック様式の庭園美

    シェーンブルン庭園を歩くと、その完璧な対称性と幾何学的な美しさに気づくことでしょう。これは17世紀から18世紀にかけてヨーロッパで流行したバロック様式(フランス式庭園)の特徴です。この様式は、混沌とした自然を人間の理性によって制御し、秩序ある美しい世界を創造するという当時の啓蒙思想を色濃く反映しています。

    庭園の中心軸は、宮殿中央の大広間から始まり、庭園を真っ直ぐに貫き、丘の上にそびえるグロリエッテへと続きます。この一本の軸線は、皇帝の視線と権力が庭園の隅々、さらには帝国の果てまで及ぶことを象徴しています。軸線の両側には、左右対称に配された花壇、細部にまで細心の注意を払って刈り込まれた生垣、そして神話の神々を模った大理石の彫刻群が並び、すべてが計算され尽くした壮大な一枚の絵画を形成しています。興味深いことに、これらの彫刻は単なる装飾以上の意味を持ち、ハプスブルク家が重んじた美徳や、古代ローマ帝国の正統なる後継者としての正当性を示す寓意に満ちています。庭園を散策しながら、それぞれの彫刻が表す意味を想像するのも、ここを訪れる楽しみのひとつです。自然の地形や樹木でさえ、この人工的な秩序の中に巧みに溶け込み、自然と芸術が一体となって、まさに「地上の楽園」と称される景観を創り出しています。

    グレート・パルテレから始まる圧巻の眺望

    宮殿の裏手に位置し、庭園に面したテラスに足を踏み入れた瞬間、誰もがその壮大な景観に息を呑むことでしょう。ここから始まるのが、庭園の中心部とも言える「グレート・パルテレ」です。

    宮殿のバルコニーから見下ろす圧巻の風景

    目の前に広がるのは、色彩豊かな花々が緻密な模様を描く広大な花壇です。フランス語の「パルテール(parterre)」は「地面に沿って」という意味で、刺繍のように繊細な花壇を指します。春になるとチューリップやパンジーが咲き乱れ、夏にはバラやベゴニアが見事に開花し、まるで広大な花の絨毯を敷き詰めたかのような光景が広がります。この花壇のデザインは季節や年ごとに変えられ、訪れる度に新たな表情を楽しめるのが魅力です。左右対称に配置された花壇の間には真っ直ぐな砂利道が伸び、その先にはネプチューンの噴水があり、その更に遠くの丘の上にはグロリエッテが堂々とそびえています。計算し尽くされた遠近感が庭園に深みと壮大さを与えています。かつて皇帝や皇妃たちもこのバルコニーからこの景色を眺めたことでしょう。こうして時を超えて私たちもその光景を共有できることに、詩的な感慨を抱かずにはいられません。

    ネプチューンの噴水 - 神話が息づく水の舞台

    グレート・パルテレの突き当たり、グロリエッテの丘のふもとに位置するのが庭園で最大かつ最も劇的な「ネプチューンの噴水」です。これは単なる噴水ではなく、ギリシャ神話をモチーフにした壮大な野外劇場とも言える作品です。

    中央には三叉の矛を持つ海の神ネプチューンが立ち、その周囲には海の女神テティスや、上半身が人間で下半身が馬のヒッポカムポス、そして法螺貝を吹くトリトンなど、動きが感じられる彫刻群が躍動的に配置されています。まるで今にも動き出しそうな彫刻から力強く噴き出す水の様子は圧巻です。この噴水は1780年、マリア・テレジアの治世末期に完成しました。なぜ海の神が主題に選ばれたのか、その背景にはハプスブルク家が地中海貿易を掌握し、海上権力を確立しようとしていた政治的な事情が隠されています。つまり、この噴水は帝国の海洋支配を象徴するプロパガンダの役割も担っていたのです。彫刻それぞれに込められた物語を知ることで、この水の舞台の魅力はさらに深まるでしょう。丘を登る前にぜひ噴水の周囲をゆっくり散策し、神々の力強さを間近で感じてみてください。

    スポット名ネプチューンの噴水 (Neptunbrunnen)
    概要グレート・パルテレの端に位置し、庭園で最大級の見どころの一つ。ギリシャ神話の海神ネプチューンをテーマにした、バロック様式の壮麗な彫刻群を持つ噴水。
    トリビア彫刻家ヨハン・フェルディナント・ヘッツェンドルフ・フォン・ホーエンベルクによってデザインされ、1780年に完成。ハプスブルク家の海洋支配力を象徴しているとされる。
    見どころ中央に鎮座する迫力満点のネプチューン像と、その周囲を取り囲む神々や海の生き物たちの躍動感あふれる彫刻群。夏場には涼やかな水しぶきが心地よい。
    料金無料(庭園内エリア)

    丘の上にそびえる栄光の記念碑、グロリエッテ

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    庭園の最も高台に、まるで凱旋門のような優雅な建築物がそびえ立っています。あれこそがシェーンブルン庭園の象徴であり、ウィーンの街を見守る「グロリエッテ」です。

    戦勝記念碑としてのグロリエッテ誕生の背景

    ネプチューンの噴水から続く坂道をゆっくりと上ると、次第にグロリエッテの壮麗な姿が間近に迫ってきます。この建造物は1775年に女帝マリア・テレジアの命により建てられました。その目的は、宿敵プロイセンとの七年戦争での「コリンの戦い」における勝利を記念するためでした。グロリエッテ(Gloriette)という名称は、フランス語の「gloire(栄光)」に由来し、「小さな栄光の殿堂」を意味します。名前の通り、中央のアーチの上には帝国の象徴である鷲が据えられ、壁面には戦いのレリーフが施されていて、戦勝記念碑としての威厳を放っています。

    しかし、この荘重な建物には、少々驚きのトリビアがあります。実は、建設に用いられた石材や柱の一部は、当時取り壊されることになっていた近隣のルネサンス様式の城館「ノイゲボイデ宮殿」から再利用されたものです。壮大な戦勝記念碑がリサイクル資材で造られていたというのは興味深い話です。豪華な外観の裏に、マリア・テレジアの現実的な一面が垣間見えるエピソードと言えるでしょう。戦争の記憶を刻むこの場所が、今ではウィーン市民や観光客の憩いのカフェとして親しまれているという変遷も、時代の流れを感じさせます。

    ウィーンを一望できるカフェの絶景

    グロリエッテの丘を登り切った者だけに与えられるご褒美は、息をのむようなパノラマビューです。眼下には、完璧な幾何学模様を描くシェーンブルン宮殿の庭園と宮殿全景が広がり、その先にはウィーン市街、さらにはシュテファン大聖堂の尖塔まで見渡せます。この眺望を前に、かつての皇帝たちも帝国の繁栄を思い描いたことでしょう。

    そして、この絶景を最も優雅に楽しむ方法が、グロリエッテ内の「カフェ・グロリエッテ」で過ごすひとときです。ガラス張りの店内やテラス席で、ウィーン定番のコーヒー「メランジェ」と、皇帝も愛したと伝わるチョコレートケーキ「ザッハトルテ」、温かいリンゴのパイ「アプフェルシュトゥルーデル」を味わう時間はまさに至福そのもの。心地よい風に包まれながら、ハプスブルク家の栄華の歴史に浸る贅沢なコーヒータイムは、世界中探してもなかなか得られない体験です。

    スポット名グロリエッテ (Gloriette)
    概要庭園を見渡す丘の上に建つ新古典主義様式の建造物。プロイセンとの戦勝を記念して造られた。
    トリビア「小さな栄光の殿堂」を意味し、建築資材の一部は他の城から再利用されている。屋上展望台からの眺望は必見。
    見どころ建物内はカフェとなっており、ウィーンの街並みを一望しながら優雅なティータイムが楽しめる。特に夕暮れの景色が格別。
    料金展望台入場は有料。カフェ利用は別料金。

    庭園に隠された小さな宝石たち – 散策の楽しみ

    シェーンブルン庭園の魅力は、宮殿からグロリエッテへと続くメインの軸線だけに留まりません。その両側に広がる広大な森林や小径を歩くと、まるで宝探しのように様々な魅力的なスポットが次々と現れます。ここでは、多くの観光客が見逃しがちな隠れた名所をいくつかご紹介します。

    ローマの遺跡 – 意図的に造られた「廃墟美」の世界

    庭園の東側、グロリエッテの丘の中腹あたりを歩いていると、突然、古代ローマの神殿跡のような廃墟が姿を現し、驚かされることでしょう。崩れかけたアーチや苔生した石柱は、一見すると本物の遺跡のように見えますが、実はこれ、1778年に意図して「廃墟」として造られた人工物なのです。

    これは「フォリー(Folly)」と呼ばれる、18世紀ヨーロッパの庭園で人気を博した装飾的建築の一種です。当時は啓蒙思想への反発として、自然のありのままの姿や古代への憧れを尊ぶロマン主義が広がり、こうした「絵になる廃墟」を庭園内に設けることが一種のステータスとなっていました。シェーンブルンの「ローマの遺跡」は、古代ローマ時代の都市ヴィンドボナ(ウィーンの旧称)近郊にあったカルヌントゥム遺跡にインスパイアされて設計されたと伝えられています。廃墟好きの私にとって、この「計算された朽ちた美しさ」は非常に魅力的です。ハプスブルク家が自らを古代ローマ帝国の正統な後継者と位置づけていたことの証拠でもあり、繁栄の象徴である庭園にあえて「滅びの美学」を取り入れた当時の貴族たちの洗練された感性には、ただただ感服するばかりです。時の流れを演出したこの場所で、しばし幻想の旅を楽しむのも一興でしょう。

    スポット名ローマの遺跡(Römische Ruine)
    概要18世紀にロマン主義の影響で、意図的に「廃墟」として造られた人工建造物(フォリー)。
    トリビア本物の遺跡ではなく、古代への憧憬を表現するために作られた。ハプスブルク家が古代ローマ帝国の後継者であることを示す意味も含まれている。
    見どころ崩れたアーチや彫刻が織りなす絵画のような風景。中央にはギリシャ神話の川の神と泉の精の像が配され、写真スポットとしても人気。
    料金無料(庭園エリア内)

    オベリスクの噴水とエジプト文明への憧憬

    「ローマの遺跡」からさらに東へ進むと、そびえ立つ一本のオベリスクが目を惹きます。その足元には洞窟風のグロットがあり、そこから水が湧き出て噴水となっています。この「オベリスクの噴水」もまた、当時のヨーロッパにおける異文化への関心の高さを示す興味深いスポットです。

    ナポレオンのエジプト遠征より前に造られたこのオベリスクは、18世紀のヨーロッパ貴族の間で高まった古代エジプト文明への神秘的な憧れを反映しています。ただし、ここには面白いトリビアがあります。オベリスクにびっしり刻まれたヒエログリフ(古代エジプトの象形文字)は、実は本物ではありません。ヒエログリフが解読されていなかった当時、学者たちの想像でデザインされた「それらしい」模様なのです。内容はハプスブルク家の歴史と栄華を寓話的に表現したものとされています。本物でないと知って鑑賞すると、どこかほほ笑ましい気持ちになるでしょう。古代文明への純粋な興味と、自らの権威を結びつけようとしたハプスブルク家の狡猾さが感じられる、ユニークなモニュメントです。

    スポット名オベリスクの噴水(Obeliskbrunnen)
    概要古代エジプトへの憧れを表現したオベリスクと、洞窟状グロットを組み合わせた噴水。
    トリビアオベリスクのヒエログリフは当時まだ解読されておらず、ハプスブルク家の歴史を象徴的に描いた創作文字である。
    見どころ高く伸びるオベリスクの迫力と、洞窟から流れ落ちる水の涼しげな対比。周囲の木々に囲まれた静謐で神秘的な雰囲気が魅力。
    料金無料(庭園エリア内)

    美しの泉(シェーナー・ブルネン) – 宮殿名の由来となった場所

    多くの訪問者は、宮殿やグロリエッテなどの華やかなスポットに目を奪われがちですが、この広大な敷地の歴史の始まりを告げるひっそりとした名所があることをご存知でしょうか。それが「美しの泉(Schöner Brunnen)」です。

    伝説によれば、1612年、神聖ローマ皇帝マティアスがこの地で狩りをしていた際、偶然美しい泉を発見しました。その清らかな水に感銘を受けた皇帝が「なんと美しい泉だ(Welch’ schöner Brunnen!)」と声を上げたことから、この地は「シェーンブルン」と呼ばれるようになったと伝えられています。現在見られる泉を囲む建物は1771年に建てられ、その中には泉の精霊エゲリアの像が置かれ、今もなお清冽な水が湧き出しています。シェーンブルンという名の由来ともなるこの場所は、宮殿の歴史の起点といえるスポットです。派手さはないものの、ここに立つと何世紀にもわたる時の流れと、この地が本来持つ穏やかな空気を感じ取ることができるでしょう。散策の折にぜひ訪れ、歴史の源流に触れてみてください。

    スポット名美しの泉(Schöner Brunnen)
    概要シェーンブルン宮殿の名前の由来とされる伝説の泉。
    トリビア皇帝マティアスが狩りの途中で発見し、その美しさに感動したという逸話が残る。現在の建物は後年に建築されたもの。
    見どころ泉の精霊エゲリアの像が安置されている静かで趣のある建物。宮殿の歴史の始まりに触れられる、知る人ぞ知るパワースポット。
    料金無料(庭園エリア内)

    世界最古の動物園と皇帝のプライベート空間

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    シェーンブルン庭園の西側には、世界中の観光客を惹きつけるもうひとつの大きな見どころがあります。それが、現存する世界最古の動物園「シェーンブルン動物園」です。

    皇帝フランツ1世の情熱が生んだシェーンブルン動物園

    この動物園を設立したのは、女帝マリア・テレジアの夫で共同統治者でもあった神聖ローマ皇帝フランツ1世です。彼は政治よりも自然科学に強い関心を持ち、世界各地から珍しい動植物を集めることを生涯の趣味としていました。その膨大なコレクションを展示する場として、1752年にこの動物園を開園させました。

    驚くべきことに、開園当初から今日に至るまで、基本的なバロック様式の設計はほとんど変わっていません。園の中央には、皇帝一家が朝食を楽しみながら動物たちを鑑賞したという八角形の「皇帝のパヴィリオン」がそびえ、その周囲には放射状に動物の檻が配置されています。当時は皇族や特別に招かれた貴族だけが立ち入ることが許された、非常にプライベートな空間でした。異国の珍しい動物たちを眺める皇帝の思いに思いを馳せながら歩くと、単なる動物園以上の歴史的な重みを感じることができます。現在ではジャイアントパンダの飼育で世界的に知られ、歴史と先進的な飼育技術が融合したユニークな動物園として、多くの人々から愛されています。

    大温室(パルメンハウス)と砂漠館(ヴュステンハウス)の魅力

    動物園の近隣には、皇帝たちの植物への熱い情熱を物語る壮麗な建築物が建ち並んでいます。その中でも特に有名なのが、鉄とガラスで作られた巨大な温室「パルメンハウス(大温室)」です。

    1882年に完成したこの建物は、全長111メートルもあり、当時はヨーロッパ大陸最大のガラス建築として知られていました。その優雅な曲線はまるでガラスの宮殿のような美しさを誇ります。内部は熱帯、亜熱帯、冷帯の3つの気候区画に分かれており、世界中から集められた多種多様な植物が、それぞれの気候に適した環境で育てられています。一歩足を踏み入れると、湿度を帯びた温かい空気に包まれ、まるで熱帯雨林の中に迷い込んだかのような感覚を味わえます。ウィーンにいながら世界各地を旅しているような気分を楽しめるのです。また近くには「ヴュステンハウス(砂漠館)」もあり、サボテンをはじめ乾燥地帯のユニークな植物や生物と出会うことができます。皇帝たちが築いたコレクションの世界は、動物だけにとどまりませんでした。

    スポット名シェーンブルン動物園 (Tiergarten Schönbrunn)
    概要1752年に開園した、現存する世界最古の動物園。バロック様式の美しいデザインが特徴。
    トリビアもとは皇帝フランツ1世のプライベートな動物コレクション(メナジェリー)として始まった。中央の「皇帝のパヴィリオン」は現在レストランとして利用されている。
    見どころジャイアントパンダをはじめ、多種多様な動物たち。歴史的建造物と最先端の飼育施設が調和した独特の環境。
    料金有料
    スポット名パルメンハウス (Palmenhaus)
    概要19世紀後半に建造された、鉄とガラスの壮大な温室施設。
    トリビア当時、ヨーロッパ大陸最大のガラス建築物であり、内部は3つの気候帯ごとに分かれている。
    見どころ世界中の珍しい植物が展示され、熱帯雨林を探検するかのような体験ができる。建築美も必見。
    料金有料

    迷宮と遊びの庭 – 童心に返るひととき

    壮大な風景や歴史散策で少し疲れた際には、子どもの頃の気持ちに戻って遊べるエリアに足を運んでみるのも一案です。庭園の西側、動物園の近くには、かつて貴族たちが楽しんだ遊び心満載の庭園が再現されています。

    復元された迷路園(ラビリンス)

    シェーンブルン庭園には、1720年頃に設計された大規模な迷路が存在しましたが、19世紀の終わりには維持が難しくなり取り壊されてしまいました。しかし1999年に、その当時の設計図を参考にして、よりコンパクトな形で現在の「ラビリンス(迷路園)」が復元されました。

    高さのある生垣で囲まれた迷路に足を踏み入れると、方向感覚が混乱し、自分の居場所がわからなくなります。行き止まりにぶつかり、同じ場所を何度もぐるぐる回ってしまうことも。しかし、試行錯誤を経て中央のゴールに辿り着いた瞬間の達成感は格別です。また、興味深いトリビアとして、かつて宮廷の紳士淑女たちがこの迷路を秘密の逢瀬の場として使っていたとも言われています。従者の目をかいくぐり、ここで恋人たちが密かに会っていたかもしれない…そう思うと、この迷路がただの庭園の一角でなく、とてもロマンチックな場所に感じられます。子どもだけでなく大人も夢中になれる魅力的なスポットです。

    リリプット・コースの遊び仕掛け

    迷路園の隣には、「リリプット・コース」と呼ばれる遊びの庭が広がっています。ここには、自分の姿が歪んで映るおもしろ鏡や、踏むと水が飛び出す仕掛け、万華鏡のように覗き込める不思議な望遠鏡など、多彩なからくりが隠されています。身体と頭を使って楽しめる素朴なアトラクションは、現代のハイテク遊園地とは異なる魅力があります。ハプスブルク家の子どもたちも、かつてこの庭で無邪気に走り回っていたのかもしれません。ご家族や友人と訪れれば、笑い声あふれる楽しい時間が過ごせるでしょう。

    スポット名迷路園・ラビリンス (Irrgarten & Labyrinth)
    概要18世紀のオリジナル迷路を基にして1999年に復元。遊び心に溢れたエリア。
    トリビアかつて貴族たちがこの迷路を密会の場として利用していたという説がある。
    見どころ生垣で構成された本格的な迷路と、多彩な仕掛けが楽しめる「リリプット・コース」。ゴール付近の展望台からの眺望も魅力。
    料金入場有料

    四季折々の庭園の表情

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    シェーンブルン庭園は、訪れるたびに季節ごとの特有の美しさで私たちを迎えてくれます。一度きりでなく、季節を変えて足を運ぶことで、その魅力の深さに改めて気づかされることでしょう。

    春 — 新たな生命の息吹

    長い冬を終え、ウィーンに春が訪れると庭園は一斉に鮮やかな色彩で満たされます。グレート・パルテレの花壇では、何十万本ものチューリップやヒヤシンス、パンジーが咲き競い、色鮮やかな調和を見せます。木々は芽吹き、やわらかな新緑が目に優しい印象を与えます。特に日本庭園のエリアに咲く桜は見事で、ここオーストリアの地にいながら日本の春の趣を感じられます。穏やかな陽気のなか、小鳥のさえずりを耳にしながらの散策は、心を清めるような心地よい時間となるでしょう。

    夏 — 栄華を極める緑の輝き

    夏はシェーンブルン庭園が最も生命力に満ち溢れる季節です。木々の緑は濃厚かつ深みを増し、涼やかな木陰を作り出します。花壇には鮮やかな深紅のバラや色とりどりのベゴニアが咲き誇り、バロック庭園としての華やかさがピークに達します。ネプチューンの噴水から舞い上がる水しぶきが涼感をもたらし、グロリエッテのカフェのテラス席は多くの人々で賑わいます。夜には庭園で繰り広げられるクラシックコンサート「サマーナイト・コンサート」が開催され、ハプスブルク家の栄華を追体験するかのような幻想的な夜を味わえます。

    秋 — 黄金色に染まる哀愁の庭

    秋が深まると庭園の木々は赤や黄色、オレンジに色づき、燃え上がるような紅葉が広がります。グロリエッテへ続く並木道はまるで黄金のトンネルのように輝きます。落ち葉を踏みしめて歩くと、カサカサとした心地よい音が響き渡ります。少し物悲しくも美しい秋の光景は、ハプスブルク帝国の栄枯盛衰を思わせ、深い感慨を呼び起こします。澄んだ秋空の下で、落ち着いた雰囲気の庭園をゆったりと散策する時間は、心を豊かにしてくれるでしょう。

    冬 — 静寂に包まれた白銀の世界

    冬のウィーンで雪が降り積もると、庭園はまったく異なる表情を見せます。一面銀色の世界に覆われ、彫刻や建物の輪郭が鮮明に浮かび上がり、水墨画のような幻想的な風景が展開します。訪れる人も少なくなり、静寂に包まれた庭園を歩くと、まるで時が止まったかのような錯覚にとらわれます。クリスマスシーズンには宮殿前で美しいクリスマスマーケットが開催され、温かなプンシュ(ホットワイン)を片手にロマンチックな雰囲気を楽しめます。凛とした冬の空気の中で、冬ならではの静謐な美しさを味わうのも格別です。

    シェーンブルン庭園を120%楽しむためのヒント

    広大なシェーンブルン庭園を存分に楽しむには、いくつかのポイントを押さえておくとスムーズです。最後に、役立つ実践的なアドバイスを紹介します。

    チケットの種類と選び方

    まず押さえておきたいのは、グレート・パルテレを含む庭園の主なエリアは無料で入場できる点です。散策だけなら料金はかかりません。ただし、グロリエッテの展望台や動物園、パルメンハウス、迷路園など特定の施設に入る際には、それぞれ別途入場料が必要となります。複数の有料スポットを訪れる予定がある場合は、宮殿の入場券とセットになった「クラシック・パス」や「ウインター・パス」などのお得なコンビチケットを購入するのがおすすめです。あらかじめ公式サイトでチケットの種類や料金を確認し、自分のプランに応じたチケットを選びましょう。

    おすすめの散策ルートと所要時間

    庭園は非常に広大なため、無計画に歩き回ると疲労がたまりやすいです。時間に余裕があまりない場合は、宮殿からグレート・パルテレを通り、ネプチューンの噴水を経てグロリエッテの丘まで往復する定番ルートがおすすめです。このコースは、所要時間が約1時間半から2時間程度です。もし一日かけてゆっくり楽しみたいなら、午前中は宮殿を見学し、午後はまずグロリエッテに登って庭園全体の眺めを把握してから、ローマの遺跡やオベリスクの噴水など東西に散らばるスポットを巡り、最後に動物園や迷路園へ立ち寄るという流れはいかがでしょうか。園内にはミニトレイン(パノラマバーン)も運行しているため、体力に自信がない方や広範囲を効率よく回りたい方には利用をおすすめします。

    服装と持ち物

    まず最優先すべきは歩きやすい靴の用意です。庭園内は砂利の道が多く、グロリエッテへ向かう坂道もあるため、スニーカーなどの履き慣れた靴が最適です。夏場は日差しを遮るものがほとんどないため、帽子やサングラス、日焼け止めが必須です。さらに広い園内では飲み物をすぐに買える場所が限られているため、特に夏場はペットボトルの飲料水を持ち歩くことを推奨します。冬のウィーンの寒さは厳しいため、手袋やマフラー、帽子、暖かいインナーなどしっかり防寒対策を忘れずに行いましょう。季節に合わせた準備をしておくことで、快適な庭園散策が楽しめます。

    ハプスブルク家の夢の跡、シェーンブルンに寄せて

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    一日をかけてシェーンブルン宮殿の庭園を巡り終えたとき、私の胸に残ったのは、単なる「美しさ」という言葉では到底言い表せない、深い感動でした。緻密に設計されたバロック様式の庭園は、ハプスブルク家が誇示した絶対的な権力の象徴そのものでした。しかし、その厳格な秩序の中に散りばめられた「ローマの遺跡」のような遊び心や、皇帝が情熱を注いだ動物園、さらには宮殿の名の由来となった素朴な泉は、ここに暮らした人々の温かな人間味や探究心を感じさせてくれます。

    かつて栄華を極めた帝国も、やがて歴史の波に呑まれて消え去りました。しかし、彼らが築いたこの壮麗な庭園は、今なお四季折々の繊細な美しさを見せ、多くの人々を魅了し続けています。幼い頃にマリー・アントワネットが駆け回っていたかもしれない小道を歩き、女帝マリア・テレジアが愛したであろう丘の上からの眺望を目にすると、私たちは時を越えて彼らの夢の足跡に触れることができるのです。シェーンブルン庭園は、過去の遺産であると同時に、現在を生きる私たちに安らぎと創造の源を提供してくれる、生きた物語の舞台なのです。もしウィーンを訪れる機会があれば、ぜひ一日をここで過ごし、自分だけの物語を見つける旅に出てみてください。きっと心に残る忘れがたい思い出が刻まれることでしょう。

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    この記事を書いた人

    大学時代から廃墟の魅力に取り憑かれ、世界中の朽ちた建築を記録しています。ただ美しいだけでなく、そこに漂う物語や歴史、時には心霊体験も交えて、ディープな世界にご案内します。

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