バルセロナと聞けば、多くの人がアントニ・ガウディの奇想天外な建築群や、太陽が降り注ぐ地中海のビーチを思い浮かべるかもしれません。もちろん、それらはこの街が持つ大きな魅力。でも、バルセロナの本当の心臓部に触れたいなら、絶対に訪れるべき場所があります。それは、人々の活気と食材の色彩が爆発する「食の殿堂」、ラ・ボケリア市場です。
今回は、ただ市場を歩くだけでなく、もっとディープにカタルーニャの食文化を体験すべく、市場の新鮮な食材を使って本場のカタルーニャ料理を学ぶクッキングクラスに参加してきました!目で見て、音を聞き、香りを楽しみ、そして自らの手で作り、味わう。五感をフルに使ったこの体験は、私の旅の中でも忘れられないハイライトになりました。この記事を読めば、あなたもきっとバルセロナのキッチンに立ちたくなるはず。さあ、一緒に美食の冒険へ出かけましょう!
バルセロナの魅力は食だけにとどまらず、ガウディが描いた色彩の交響曲、サグラダ・ファミリアもまた、訪れる者を圧倒する芸術の殿堂です。
バルセロナの心臓!活気あふれるラ・ボケリア市場へ

ランブラス通り沿いの入口をくぐると、そこはまさに別世界です。喧騒に包まれた人々の熱気、色彩豊かな食材が放つエネルギー、そして食欲を刺激する芳しい香りが一斉に押し寄せてきます。ここは、バルセロナの台所とも言える ラ・ボケリア市場です。
知るほどに面白い!市場の歴史と豆知識
この市場は、実は非常に長い歴史を誇っています。その起源は13世紀にまで遡り、当初は古城の外に設けられた、単なる露店の豚肉市場だったそうです。意外に感じるかもしれませんね。現在のような賑やかな総合市場となったのは、もっと後の時代のことです。
ところで、「ボケリア市場」という名前、どこか不思議な響きを持っていると思いませんか?正式名称は「サン・ジュセップ市場(Mercat de Sant Josep)」です。ではなぜ「ボケリア」と呼ばれるのか。その由来にはいくつか説があり、特に興味深いのは、古いカタルーニャ語で「喉」を意味する “boc” に由来するという説です。昔ここで売られていたヤギの肉(boc)が名前のルーツだとか、あるいは城門の開口部(boca)を指すとも言われています。はっきりとは分かっていないものの、こうした謎めいた一面も市場の魅力の一つと言えるでしょう。
私たちが今目にする美しい鉄骨とガラス張りの屋根は、1914年に完成しました。アール・ヌーヴォー様式が取り入れられたこのモダンな設計は、市場の活気と見事に調和しています。歴史を知った上で訪れると、単なる市場ではなく、まるで生きた博物館のように感じられるでしょう。
五感を刺激する市場の散策
一歩中に入ると、最初に目に飛び込んでくるのは、宝石のように輝く色とりどりの果物の山々です!マンゴーやパパイヤ、ドラゴンフルーツなどの南国の果実から、日本ではあまり見かけない珍しいベリー類まで、その鮮やかな色彩に思わず息を呑みます。特に人気なのは、カットフルーツやフレッシュジュースのスタンド。1〜2ユーロほどで気軽にビタミン補給ができるので、散策のスタートにぴったり。カラフルなジュースは写真映えも抜群で、ついカメラを向けたくなります。
市場の奥へ進むと、次に目を引くのはスペインの誇る食の王様、ハモン(生ハム)の専門店が軒を連ねるエリアです。天井から吊るされた数えきれないほどの豚足は圧巻の眺め。最高級の「ハモン・イベリコ・デ・ベジョータ」から、より手頃な「ハモン・セラーノ」まで、種類も価格もさまざま。店員さんに尋ねると、それぞれの違いを丁寧に教えてくれます。ここでひとつ豆知識を。イベリコ豚の蹄は黒く、それが特徴で「パタ・ネグラ(黒い脚)」と呼ばれる高級品の証明です。見つけたらぜひ注目してみてください。
シーフードコーナーも見逃せません。氷の上に並べられた新鮮な魚介類は、まるで海の宝石箱そのもの。エビやムール貝、アサリはもちろんのこと、日本では高級とされるテナガエビ(シガレス)や、見た目は少し奇妙だけれど味は絶品のカメノテ(ペルセベス)など、見ているだけでワクワクします。威勢の良い店主たちの掛け声が飛び交い、市場のエネルギーが最高潮に達する場所でもあります。
また、きのこ専門店やオリーブ専門店、スパイス専門店など、各種の専門店をひとつひとつ覗いて回るだけでも、時間があっという間に過ぎてしまいます。飛び交うスペイン語やカタルーニャ語の響き、さまざまな食材が混ざり合う独特の香り、そして何よりも、人々の笑顔と情熱が溢れる場所。ボケリア市場は単なる食材の売買市場ではなく、バルセロナの文化が凝縮されたエネルギースポットなのです。
市場の食材が魔法に変わる!カタルーニャ料理クッキングクラスへ潜入
市場の活気を全身で感じ取った後、ついに本日のハイライトであるクッキングクラスが始まります。これはただの料理教室ではありません。シェフとともにボケリア市場を巡り、自分の目で確かめ、手で触れ、選び抜いた食材を使って調理を行う、まさに極上の地産地消体験です。
クラスの開始:シェフとの出会いと市場散策
指定された集合場所へ行くと、明るく屈託のない笑顔が魅力のシェフ、カルロスさんが迎えてくれました。彼は太陽のような輝きを放ち、料理に対する情熱が全身から伝わってきます。「ようこそ!今日は僕と一緒に、カタルーニャ料理の魔法を体験しよう!」という力強い挨拶に、参加者全員の期待感が一気に高まりました。
まずはカルロスさんと共に市場ツアーへ出発します。先ほどひとりで歩いた時とはまったく異なる視点で、プロの目を通した食材選びの極意を教えてもらいました。
「見てごらん、このイワシの目。澄んで輝いているだろう?これが新鮮さの証さ」「トマトは単に赤いだけじゃダメ。手に持った時にずっしりとした重みがあり、ヘタのあたりから良い香りがするものを選ぶんだよ」。彼の説明はまるで魔法の呪文のようで、普段何気なく見ていた野菜や魚が特別な存在に変わって見えました。
パエリア用の米を扱う専門店では、「パエリアにはボンバ米という短粒種が最適なんだ。たっぷりスープを吸っても煮崩れしにくい。リゾット用の米とは全く違うんだよ」と熱を込めて語ります。市場の店主たちとも親しげに冗談を交わしつつ、今日使う最高のエビやムール貝を手際よく仕入れていきました。その光景を見ているだけで、まるでバルセロナの日常に溶け込んだ気分に浸れました。
さあキッチンへ!調理開始
食材の買い出しを終え、市場からほど近いクッキングスタジオに移動します。そこは最新の調理器具が整った、明るく清潔なキッチン。大きなアイランドキッチンを囲む形で私たちの作業スペースが用意されており、これから始まる料理体験に胸が躍ります。
本日のメニューは、カタルーニャ料理のフルコースです。
- パ・アム・トゥマケット(Pan con Tomate):カタルーニャの定番、トマトブレッド
- トルティージャ・デ・パタタス(Tortilla de Patatas):スペイン風ポテトオムレツ
- 魚介のパエリア(Paella de Marisco):言わずと知れたスペイン料理の代表格
- クレマ・カタラーナ(Crema Catalana):カタルーニャ風カスタードプリン
どれも名前は知っていても、自分で作るのはもちろん初めて。カルロスさんのデモンストレーションを見ながら、一品ずつ丁寧に手順を学んでいきます。
カタルーニャ料理の心臓部:ソフリットの極意
最初にカルロスさんが教えてくれたのは、多くのカタルーニャ料理の味の基礎となる「ソフリット(Sofrito)」の作り方。これは刻んだ玉ねぎ、ニンニク、トマトをオリーブオイルで時間をかけてじっくり炒め、深い味わいを生み出すソースのベースです。
「カタルーニャ料理で一番大事なのは何かと問われたら、僕は『忍耐』と答えるよ」とカルロスさんは微笑みながら話します。「このソフリットこそがその象徴だ。玉ねぎが甘くとろけるようになるまで、弱火で幾時間もかけて炒める家庭もあるんだ。この時間を惜しんでは、本当の旨味は引き出せないからね」。
私たちは時間の制約でそこまで長時間はかけられませんでしたが、それでも玉ねぎが美しい飴色になるまで丁寧に木べらで混ぜ続けました。甘く香ばしい匂いがキッチンに広がり、これから作る料理のおいしさが約束されたかのようでした。この地道で時間をかける工程こそが、料理に深い味わいとコクをもたらす魂であることがよくわかりました。料理ファンにはたまらない豆知識ですよね。
主役登場!極上パエリア作りの秘密
続いてメインディッシュのパエリア作りへ。大きな平たい鍋「パエジェーラ」がコンロにかけられ、たっぷりのオリーブオイルが注がれます。まずは市場で選んだ新鮮なエビやイカをさっと炒めて香りをオイルに移し、一旦取り出します。このひと手間が後の風味に大きな影響を与えるのだそうです。
次にソフリットとボンバ米を加え、米粒が透き通るまで丁寧に炒めます。そこへサフランとパプリカパウダーを投入すると、一気にスペインらしい黄金色と魅惑的な香りがキッチンを包みます。そして魚介の出汁(カルド)を熱々のまま注ぎ入れます。ジュッという音と立ち上る湯気がまさにクライマックスの合図です。
ここでカルロスさんが最も重要なポイントを教えてくれました。「ここからが一番肝心だよ。お米を決して、決して混ぜ過ぎてはいけないんだ!」。ぐつぐつ煮える鍋に手を伸ばして混ぜたくなる衝動を必死に抑えます。混ぜると米から粘りが出てしまい、パエリア特有のパラパラとした食感が失われてしまうからです。具材を美しく配置したら、あとは火加減を調整しつつお米がスープを吸いきるのをじっくり待ちます。
また、パエリアのもう一つの楽しみは、鍋底にできるおこげ「ソカラット(Socarrat)」。これが最高の味わいの部分で、火を最後に少しだけ強めて香ばしいおこげを作るのがプロの技だと教えてくれました。このソカラットを巡って家族で争奪戦になることもあるという話も聞かせてくれました。
炎の芸術が織り成すデザート:クレマ・カタラーナ
締めくくりのデザートはクレマ・カタラーナ。見た目はフランスのクレームブリュレに似ていますが、実は全く異なるものです。
最大の違いは調理方法にあります。クレームブリュレは生クリームを使い、湯煎焼きにしますが、クレマ・カタラーナは牛乳を使い、鍋で直接火にかけてカスタードを作ります。さらにシナモンとレモンの皮で香り付けをするのがカタルーニャ流で、味はよりさっぱり爽やかです。
カスタードを冷やし固めた後、上に砂糖をまぶしていよいよ仕上げの段階。カルロスさんが取り出したのは小さな鉄の匙(こて)。これを直火で真っ赤に熱し、砂糖の上に押し当てます。瞬時に砂糖が溶けて焦げ、甘く香ばしい煙が立ち上る姿はまさに炎の芸術です。私たちは安全なガスバーナーを使いましたが、パリッとしたカラメル層ができた時の達成感は格別でした。
最高の思い出は、最高の味と共に

すべての調理が終わると、スタジオの奥にあるダイニングスペースへと移動しました。大きなテーブルの上には、私たちが手掛けた鮮やかなカタルーニャ料理がずらりと並び、その光景はまるで本格的なレストランのようです。地元のスパークリングワイン「カヴァ」で乾杯し、いよいよ実食の時間となりました。
最初にいただいたのはパ・アム・トゥマケット。カリッと焼き上げたパンにニンニクをこすりつけ、熟したトマトをたっぷりと押しつけ、オリーブオイルと塩を軽くかけただけのシンプルな一品です。それなのに、その美味しさは驚くほどで、市場で選んだトマトのフレッシュな甘みと酸味、そして香り高いオリーブオイルが口の中いっぱいに広がります。
トルティージャは、中がトロリと半熟で絶妙な仕上がり。じっくり炒めた玉ねぎの甘みがじゃがいもと卵にじんわり溶け込んでおり、やさしい中にも深みのある味わいを感じさせてくれます。
そして真打ちのパエリア。一口頬張ると、魚介の旨味をしっかりと吸い込んだお米の美味しさが一気に広がりました。サフランの香りが鼻を抜け、プリプリのエビや柔らかなイカの食感に思わず笑みがこぼれます。さらにスプーンで鍋底をカリカリと掬うと、待ちに待ったソカラが登場。香ばしくて旨味が凝縮されたこの部分は、まさに至福の味わいです。みんなで「美味しいね」と顔を見合わせ、自然と笑顔が広がりました。
デザートのクレマ・カタラーナは、表面のカラメルをスプーンでコンコンと割る瞬間が最高です。パリッと軽やかな音とともに割れたカラメルと、ひんやりと滑らかなカスタードのコントラストが絶妙で、レモンとシナモンの爽やかな香りが食後の口をさっぱりと整えてくれます。
一緒に料理を作ったのは、アメリカから来たカップル、オーストラリアから一人旅に訪れた女性、そして私の三人。言葉は完璧に通じなくても、「美味しいね」という気持ちは世界共通。料理という魔法のおかげで、初めて会った私たちはすぐに打ち解けることができました。自分たちで作った料理を囲み、旅の話に花を咲かせる時間。これ以上に素敵な食事があるでしょうか。最高の思い出が、最高の味とともに心に刻まれた、そんな瞬間でした。
バルセロナの旅を格上げする体験の予約方法
こんなに素敵な体験は、バルセロナを訪れた際にはぜひ挑戦してみたいですよね。クッキングクラスはさまざまな会社が開催しており、オンラインの旅行体験予約サイトなどで簡単に見つけることができます。「Barcelona cooking class」といったキーワードで検索してみてください。
私が実際に参加したクラスの情報を参考としてご紹介します。
| 体験名 | Boqueria Market Tour and Paella Cooking Class(一例) |
| ウェブサイト | 各種アクティビティ予約サイトにて検索可能 |
| 料金 | €80〜€150程度(クラスの内容や時間によって変動します) |
| 所要時間 | 約4〜5時間 |
| 含まれる内容 | 専門シェフのガイド、ボケリア市場のツアー、料理教室、レシピ提供、調理した料理の試食(前菜、メイン、デザート)、ドリンク(ワイン、水など) |
予約時には、市場ツアーが含まれているかどうかを確認することをおすすめします。市場を単に歩くだけでなく、プロの解説付きで回ることで、得られる知識や楽しさが格段に違います。また、ほとんどのクラスは英語で行われますが、調理のプロセスは視覚で理解しやすいため、英語が苦手でも問題ありません。シェフも参加者もフレンドリーなので、ジェスチャーや笑顔でスムーズにコミュニケーションが取れますよ。
料理だけじゃない!市場の奥深き魅力

クッキングクラスに参加する時間が取れなくても、ボケリア市場は訪れるだけの価値があります。市場を楽しむためのポイントをいくつかご案内します。
バル巡りでタパスを味わう
市場内や周辺には、カウンター席のみのこぢんまりとしたバルが点在しています。ここでは、市場で仕入れたばかりの新鮮な食材を使ったタパスを手軽に味わえます。有名なお店には、「エル・キム・デ・ラ・ボケリア」や「ピノチョ・バル」があり、いつも地元の人や観光客で賑わっています。
カウンターに並ぶタパスの中から気になる品を指差して注文するスタイルです。おすすめは、マッシュルームの鉄板焼き(シャンピニョネス・ア・ラ・プランチャ)や、ひよこ豆とブティファラ(カタルーニャのソーセージ)の煮込みなど。冷たく冷えたビールやカヴァと合わせれば、まさに最高の組み合わせ。立ち飲みスタイルでさっと楽しむのが、バルセロナの地元流の楽しみ方です。
ボケリアでお土産探しも楽しめる
ボケリア市場は、食に関連するお土産を見つけるのにもぴったりの場所です。日本に持ち帰るなら、高品質なオリーブオイルの小瓶やパエリアには欠かせないサフラン、燻製の香り豊かなパプリカパウダーなどがおすすめです。真空パックされたハモン・イベリコやチョリソーも、検疫ルールを確認すれば素晴らしいお土産になります。
また、カタルーニャ地方の伝統的なお菓子「トゥロン」(アーモンドを固めたヌガーのようなお菓子)の専門店もあり、さまざまなフレーバーを試食しながらお気に入りを見つける楽しみも味わえます。
バルセロナの食文化に触れる旅
今回のクッキングクラス体験は、単なる料理教室以上のものでした。バルセロナという街の精神に少しだけ触れることができた、貴重なひとときだったのです。市場の活気あふれる雰囲気の中で食材を選び、シェフの熱意に触発され、時間をかけて料理を完成させ、そしてみんなで食卓を囲む。その一連の流れが、まさにカタルーニャの豊かな食文化を体現していました。
料理はその土地の歴史や気候、そして人々の性格を映し出す鏡のようなものです。カタルーニャ料理には、太陽の恵みを受けた食材への感謝、味を引き立てるために惜しまない手間と愛情、そして食事の時間を皆で楽しむ陽気な精神が根底に流れていると強く感じました。
もし次にバルセロナを訪れる機会があれば、ぜひ少し時間を割いてキッチンに立ってみてください。ガウディの建築に感動するのと同じくらい、あるいはそれ以上に、深く鮮やかにバルセロナの思い出があなたの心に刻まれるはずです。自分で作ったパエリアの味は、きっと忘れられない旅の記念になることでしょう。

