世界が大きく揺れ動くいま、私たちは旅に何を求めるのでしょうか。華やかな観光地を巡るだけではなく、その土地に根付く人々の精神性に触れ、自らの内面と深く向き合うような、そんな静かな旅を求める気持ちが、心のどこかで芽生えているのを感じます。今回、私が心の旅路として選んだのは、ウクライナの古都、ヴァスィーリキウ。ここは、困難な状況下にあってもなお、人々の祈りが深く、そして静かに響き渡る場所です。この地を訪れることは、今すぐには叶わないかもしれません。だからこそ、この記事を通して、遠い日本からヴァスィーリキウの聖地に思いを馳せ、そこに暮らす人々の魂の強さに触れる「心の巡礼」にお連れしたいと思います。平和への切なる願いを込めて、その歴史と文化、そして祈りの風景を一緒に辿っていきましょう。
心を見つめる静かな旅を求めるなら、オランダの静寂の自転車リトリートも、内省の機会をもたらすでしょう。
古代ルーシの息吹が宿る街、ヴァスィーリキウへ

キーウ州の南西部に位置するヴァスィーリキウは、その歴史を10世紀末、キエフ・ルーシの黄金時代にまで遡ることができる古く由緒ある都市です。この街の名前は、キエフ・ルーシにキリスト教を伝えた英雄であるウラジーミル大帝の洗礼名「ヴァスィリー」に由来すると伝えられています。その名称が示すように、この地は古くから信仰と深く結びついてきたことが伺えます。
広大なウクライナ平原を流れるストゥフナ川のほとりに築かれたヴァスィーリキウは、かつてキーウの南を守る要塞として重要な役割を果たしていました。多くの激動の歴史を乗り越えてきた人々は、そのたびに立ち上がり、信仰を拠り所にして街を再建してきました。石畳の路を歩くと、古代の城壁跡や歴史を語る建築物が静かにその物語を伝えてくれます。それらは単なる過去の遺産にとどまらず、困難を乗り越えた人々の不屈の精神と、未来へ文化を継承しようとする強い意志を示しています。
ヨーロッパ各地の街を旅した私が感じるのは、その地の真の魅力は壮麗な建造物や有名な美術館だけにあるのではないということです。むしろ、路地の隅に佇む小さな教会や広場で交わされる人々の和やかな会話、市場の活気など、日常の営みの中にこそその土地の魂が宿っているのだと思います。ヴァスィーリキウはまさにそんな場所で、歴史の重みとそこで暮らす人々の温かさが溶け合い、訪れる者の心を静かに満たしてくれます。
現在の厳しい情勢を思うと胸が締めつけられる思いですが、この街の歴史と文化を知り、その価値を心に留めておくことは決して無意味ではありません。それは遠く離れた地から送る静かな応援であり、やがて訪れる平和な未来への希望の種をまく行為だと信じています。さあ、まずはこの街の象徴ともいえる、壮麗な教会へと足を進めてみましょう。
ウクライナ・バロックの至宝、聖アントニー・テオドシウス教会
ヴァスィーリキウの小高い丘の上には、空に向かって優雅な曲線を描く青色のドームがそびえ立っています。これはこの街を象徴するのみならず、ウクライナ建築美術の代表作である聖アントニー・テオドシウス教会です。18世紀半ばに建設されたこの教会は、ウクライナ・バロック様式の中でも最高峰と称され、その独特で繊細な美しさは見る者の心を引きつけてやみません。
ウクライナ・バロックとは、西ヨーロッパの華麗なバロック様式に加え、ウクライナ特有の伝統的な木造建築の特色やコサックの精神が融合して形成された独創的な建築様式です。過剰な装飾に陥ることなく、全体の調和と流れるような形状の美しさに重きを置くのが特徴で、温かみや親しみやすさを感じさせるデザインとなっています。この教会を設計したのは、農奴出身でありながらもその才能を認められ、数多くの傑作を生み出した伝説の建築家ステファン・コヴニール。彼の魂が教会のすみずみに宿っているかのようです。
教会に近づくと、その精緻でありながら完璧なバランスの構造に圧倒されます。平面はクローバーの葉のような形状をしており、中央にそびえる大きなドームを、周囲の小さなドームたちが支えるように配置されています。白く塗られた壁に青空を映し出すドーム、そして黄金に輝く十字架のコントラストは、一枚の絵画のごとく美しく、天と地を繋ぐ祈りの場としてこれ以上ないほど見事な姿を示しています。
| スポット情報 | 詳細 |
|---|---|
| 名称 | 聖アントニー・テオドシウス教会 (Церква святих Антонія і Феодосія) |
| 所在地 | Soborna St, 62, Vasylkiv, Kyiv Oblast, Ukraine |
| 建築様式 | ウクライナ・バロック様式 |
| 建立年 | 1756-1758年 |
| 設計者 | ステファン・コヴニール (Степан Дмитрович Ковнір) |
| 見学の注意点 | 宗教施設として敬意をもち、静かに見学することが求められます。内部での写真撮影は、事前に許可を得るのが望ましいです。女性は伝統的にスカーフなどで髪を覆うことが推奨されています。 |
聖なる丘で響く静寂の祈り
教会の重厚な木製の扉をそっと押し開けると、外の光が遮られ、ひんやりとしながらも荘厳な空気に包まれます。目が徐々に慣れてくると、その壮麗な内部空間に息を呑むことでしょう。高い天井から吊るされたシャンデリアのやわらかな灯りが、壁面に描かれた聖人たちのフレスコ画を幻想的に照らし出しています。正面には聖域と俗世を区切るイコノスタシスが黄金に輝き、その精緻な彫刻と数々のイコン(聖像画)が訪れる者を圧倒します。
しばらく椅子に腰を下ろし、目を閉じてみてください。耳に届くのは自身の呼吸音と、心の奥底で響く静寂のみ。しかしその静寂の中には、何世紀にもわたりここで捧げられた無数の祈りの声が満ち満ちているように感じられます。喜びの感謝、悲しみの嘆願、平和への願い、そして愛する人への想い。その言葉にできない祈りの数々が、この教会の壁や柱に染み込み、空間全体を聖なるエネルギーで満たしているのです。
ふと祭壇の近くで静かに祈りを捧げる、ひとりの老婆の姿が目に入りました。彼女の深く刻まれた皺の一つ一つに、歩んできた人生の物語が感じられます。小さな背中からは、揺るぎない信仰に支えられた凛とした強さが放たれていました。このような困難な時代にあって、この教会が人々の心の支えとなっていることを実感させられます。ここは単なる歴史的な建造物ではなく、現在を生きる人々の魂の拠り所、生ける祈りの場なのです。
私たち旅行者は、その神聖な空間に身を置く際、謙虚さを忘れてはなりません。派手な記念写真を撮ったり、大声で話したりすることは控えるべきです。静かにその場に佇み、祈りの波動を感じ取ることこそが、聖地巡礼における何よりの体験でしょう。私もまた、世界の平和とこの地に生きるすべての人々の安寧を、心の中で静かに祈りました。
建築美に込められた信仰の物語
改めて教会の内部を見渡すと、その建築美にも心を奪われます。ウクライナ・バロックの特徴である柔らかな曲線とダイナミックな空間構成。中央のドームを見上げると、まるで天上世界がほんのすぐそこにあるかのような錯覚に陥ります。ドームの窓から差し込む光は時間とともにその角度を変え、内部の表情を刻々と変えていきます。それはまさに、神の光が地に降り注ぐさまを象徴しているのかもしれません。
壁や天井を埋め尽くすフレスコ画は、聖書の物語や聖人たちの生涯を描いたものです。当時、文字を読めなかった人々にとって、これらの絵画は信仰を学ぶ重要な教科書でした。ひとつひとつの場面を丁寧に見つめると、当時の人々の篤い信仰心が伝わってきます。鮮やかな色彩は長い年月を経てもなお輝きを失わず、それらを修復し守り続けてきた人々の努力に深い敬意を抱かざるを得ません。
特に印象深かったのは、イコノスタシスに描かれた聖人たちの表情です。厳しさの中に慈愛を秘めたその視線は、まるで私たちの心の内を見透かしているかのようです。イコンとは単なる絵画ではなく、天上界と私たちを繋ぐ「窓」とも言われています。その前に立つと自然と背筋が伸び、敬虔な気持ちが湧き上がってくるのを感じました。
この教会は、ステファン・コヴニールという天才建築家の創造物であると同時に、多くの名もなき職人たちの汗と祈りの結晶でもあります。石を積み、木を彫り、筆を走らせた人々。その信仰心がこの比類なき美しい祈りの空間を築き上げました。彼らの魂と対話するかの如く、その建築美に触れることはまた格別な体験と言えるでしょう。
街に溶け込む信仰の風景

ヴァスィーリキウの魅力は、聖アントニー・テオドシウス教会という一つの大きな輝きだけに留まりません。街を歩けば、暮らしの中に深く根付いた信仰の風景があちらこちらで見られます。これらの光景は、この街の精神的な豊かさを静かに物語っています。
もうひとつぜひ訪れたい重要な教会が、聖ニコラス教会です。18世紀末に建てられたこの教会は、古典主義様式を取り入れた落ち着いた佇まいが特徴です。もし聖アントニー・テオドシウス教会が空に向かって伸びるような華やかさを持つなら、聖ニコラス教会は地に足をつけた堅実で温かな雰囲気を漂わせています。地元の信者たちに深く愛され、日々の礼拝や地域の集まりの中心として親しまれている場所です。
| スポット情報 | 詳細 |
|---|---|
| 名称 | 聖ニコラス教会 (Свято-Миколаївська церква) |
| 所在地 | Vasylkiv, Kyiv Oblast, Ukraine(市中心部) |
| 建築様式 | 古典主義様式 |
| 建立年 | 1792年 |
| 見学のポイント | 地元コミュニティに密着した教会で、日常の信仰の様子を身近に感じられます。素朴で温かな雰囲気が魅力です。 |
街の通りを歩いていると、ふと道端に小さな祠や十字架が立てられているのに気づきます。これらは旅の安全を願ったり、亡き人を偲んだり、またはただ神への感謝の念を表すために、地域の人々によって建てられたものです。通りすがりの人が立ち止まり、静かに十字を切る姿からは、信仰が特別なものではなく日常の一部として息づいていることがうかがえます。
また、古い民家の窓辺では、美しい刺繍が施された伝統のタオル「ルシュニク」とともにイコンが飾られているのを目にすることもあります。ルシュニクはウクライナの伝統的な装飾布で、人生のさまざまな儀式に欠かせないものです。イコンと共に飾ることで、家を聖なる力で守り、家族への神の祝福を願っています。このようなささやかな日常の風景の一つ一つが、ヴァスィーリキウという街の精神的な織物を形作っているのです。
こうした光景に触れると、改めて「信仰とは何か」という問いが心に浮かびます。それは、壮麗な教会で祈ることに限らないかもしれません。毎朝、窓辺のイコンに手を合わせ、道端の十字架に一礼する。日々の暮らしの中にある小さな祈りの積み重ねこそが、人々の心を支え、困難を乗り越える大きな力となっているのではないでしょうか。
祈りの旅を支える、ヴァスィーリキウの暮らし
聖地巡礼の旅は、単に祈りの場を訪れるだけでなく、その土地に暮らす人々の生活に少し触れることで、より豊かな体験となります。ヴァスィーリキウの人々の暮らしは、素朴でありながらも、生命力に満ち溢れています。
もしも平和な時代にこの街を訪れる機会があれば、ぜひ足を運んでほしいのが中央市場(バザール)です。ここは街の胃袋とも言える場所で、人々の活力が集まる空間です。近郊の農家が持ち込む採れたての新鮮な野菜や果物が、色鮮やかに並びます。真っ赤なトマト、土の香りが漂うジャガイモ、ツヤのあるリンゴ。籠に山盛りのベリー類はまるで宝石のように輝いています。売り手の年配の女性と買い手の主婦たちが交わす冗談交じりの会話。その活気あふれる光景を眺めているだけで、自分まで元気をもらえる気がしてきます。
市場の一角には、自家製のサロ(豚の脂身の塩漬け)や燻製魚、蜂蜜、様々な種類のピクルスが並びます。これらはすべてウクライナの豊かな食文化を支える大切な食材であり、人々の暮らしの知恵と自然の恵みに対する感謝が込められています。
旅の楽しみの一つとして、やはり食事があります。ヴァスィーリキウの小さな食堂やカフェに足を踏み入れれば、心温まる家庭料理を味わうことができます。鮮やかな赤色が特徴のビーツのスープ「ボルシチ」には、たっぷりのサワークリームが添えられます。ウクライナ風水餃子の「ヴァレーニキ」は、中の具にジャガイモ、チーズ、チェリーなど様々な種類があり、素朴ながらも奥深い味わいを楽しめます。こうした料理は、厳しい冬を乗り越えるための知恵であり、家族の温かさを象徴するものでもあります。一口頬張れば、体だけでなく心までじんわり温まるのを感じられるでしょう。
もちろん、現在はこのような穏やかな日常が脅かされていることを私たちは決して忘れてはなりません。しかし、土を耕し、パンを焼き、家族と食卓を囲むという人々の営みは、どんな困難な状況にあっても失われることのない生命の根源的な強さを持っています。私たちがヴァスィーリキウの文化や食に思いを馳せることは、彼らの生活やその背景にある平和を願うことにもつながるのではないでしょうか。
巡礼者の心得と、旅の準備

この記事は、平和が訪れた未来の旅への期待として、また、今まさに遠く離れた日本からウクライナの人々へ思いを馳せる「心の旅」としてお読みいただければ幸いです。その上で、将来もし実際にこの地を訪れる機会があった際に役立つよう、巡礼者としての心構えを記しておきます。
まず最も重要なことは、現在のウクライナの状況についてです。現在、日本の外務省はウクライナ全域に対して、海外安全情報の危険レベルで最も高い「レベル4:退避してください。渡航は中止してください。(退避勧告)」を発令しています。いかなる目的であっても、現在のウクライナへの渡航は極めて危険であり、決して行うべきではありません。 この記事は決して渡航を推奨するものではなく、ウクライナの貴重な文化遺産や人々の精神性を伝え、その保護と平和の回復を願って執筆されたものであることをご理解ください。
未来の旅に向けた心の準備として、以下の点を心に留めておくことをお勧めします。
敬意を込めた服装: 教会などの宗教施設を訪れる際には、敬意を示す服装が求められます。肩や膝が覆われ、肌の露出を控えた服装を心掛けましょう。特に女性は、ショールやスカーフを一枚携帯しておくと、必要に応じて髪を覆うことができ、とても便利です。
静寂と祈りへの配慮: 教会は観光地である前に神聖な祈りの場です。内部では静かに過ごし、祈りを捧げる人々の邪魔にならないよう最大限の配慮をしましょう。写真撮影は許可されている場合でも、フラッシュを使わず、静かに行うことがマナーです。
歴史への理解: 訪れる地域の歴史、特にその地が辿ってきた苦難の歩みについて、事前に学んでおくことはとても重要です。その知識が、目にする風景をより深く理解する助けとなり、現地の人々への敬意にもつながります。
感謝の気持ちを伝える: 現地で親切にされた際は、ウクライナ語で「ありがとう」を意味する「ジャークユ(Дякую)」という言葉を使って感謝を伝えてみましょう。たった一言でも、心の距離を縮めるきっかけになるはずです。
この旅は単なる観光ではありません。自らの内面と向き合い、他者の痛みや願いに共感し、世界の平和を祈る、精神的な営みです。その思いを胸に旅をすれば、ヴァスィーリキウは間違いなく、あなたの人生にとって忘れがたい、深い意味を持つ場所になることでしょう。
心に刻む、ヴァスィーリキウからのメッセージ
今回のヴァスィーリキウへの「心の旅」を終えるにあたり、私の胸に湧き上がるのは、静かでありながらも深く、力強い感動の波です。それは、壮麗な教会建築や悠久の歴史の重みだけに由来するものではありません。むしろ、そのすべてを包み込むかのように存在する、人々の「祈りの力」そのものに心を大きく揺さぶられたのだと感じています。
ヴァスィーリキウで体感した祈りの力とは、いったい何だったのでしょうか。それは、神に何かを一方的に願うだけの行為ではないように思えます。それは、どんな苦難に直面しても希望を喪わない人間の精神的な強さの表れであり、自らの文化や歴史というルーツを、未来の世代へとつなぎ続けようとする強い意志そのものでした。聖アントニー・テオドシウス教会の丘に立ち、風の囁きに耳を澄ませば、何世紀にもわたりこの地を守り続けた人々の声なき声が聞こえてくるように思えます。
子育てがひと段落し、夫婦でさまざまな場所を旅してきましたが、これほどまでに「生きること」と「祈ること」が深く結びついている場所を、私はほかに知りません。日常生活のなかに溶け込んだささやかな祈り、そして、歴史の荒波を乗り越えてきた共同体の祈り。それらが幾重にも重なり合い、ヴァスィーリキウという街のしなやかで強靭な魂を築き上げているのです。
この記事をご覧いただいたあなたも、どうかヴァスィーリキウという街の名前やその美しい教会の姿を、心の片隅に留めておいてください。そして日常のなかでふとした瞬間、ここに暮らす人々のことや、世界の平和について思いを巡らせていただけたなら、これほど喜ばしいことはありません。
私たちの小さな祈りだけでは、目に見える変化をもたらせないかもしれません。しかし、多くの人々の祈りが一つに重なるとき、それは目に見えない大きな力となり、世界を少しずつより良い方向へと動かしていくのではないでしょうか。ヴァスィーリキウの聖地が教えてくれたのは、まさにそうした祈りの可能性でした。
ウクライナの地に、一日も早く穏やかで平和な日常が戻ることを、心の底から願い続けています。そしていつの日か、実際にこの地を訪れ、聖なる教会の鐘の音を自らの耳で聴くことができる日が来ることを、固く信じてやみません。

