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    「千の窓を持つ街」ベラトと「死にゆく街」チヴィタ・ディ・バニョレージョ 時を超えた天空都市の対話

    ヨーロッパの地図を広げると、まるで忘れ去られた宝石のように、ひっそりと、しかし確かな輝きを放つ場所が点在しています。アドリア海を挟んで向かい合う、アルバニアとイタリア。この二つの国に、時が止まったかのような、天空に浮かぶ城塞都市があるのをご存知でしょうか。一つは、アルバニアの「千の窓を持つ街」ベラト。そしてもう一つは、イタリアの「死にゆく街」チヴィタ・ディ・バニョレージョ。私は、ヨーロッパの路地裏に眠る音を探すように旅を続けるバックパッカー。今回は、この二つの天空都市が奏でる、対照的でありながらどこか共鳴しあう魂の旋律を、皆様にお届けしたいと思います。歴史の重みと人々の息遣い、そして風化していくことの儚い美しさ。それはまるで、長大な交響曲と、静謐な無伴奏チェロ組曲を聴き比べるような旅でした。さあ、日常の喧騒から少しだけ耳を澄まし、時を超えた都市の対話に、心を傾けてみませんか。

    この対話を終えた後は、イタリアのウンブリア地方にある静寂に満ちた宝石のような街、スペッロで心を解き放つ旅もおすすめです。

    目次

    アルバニアの至宝、ベラトへ

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    バルカン半島に位置する小国、アルバニア。その名前を耳にしても、多くの人にとって具体的なイメージを描くのは容易ではないかもしれません。しかし、この国にはまだあまり知られていない貴重な宝物が隠されています。その代表格が、世界遺産にも登録されている歴史深い古都、ベラトです。首都ティラナからバスに揺られて数時間、車窓の景色が徐々に穏やかな丘陵地帯へと移り変わり、やがて現れる壮大な風景に、訪れた誰もが息をのむことでしょう。

    千の窓が物語る街並み

    ベラトは「千の窓の街」という愛称で親しまれています。その名の通り、オスム川の谷間にそびえる急斜面には、オスマン帝国時代に建てられた白い壁の邸宅がパズルのように密集しています。それぞれの家には茶色の木製枠の大きな窓が整然と並び、まるでこちらを見つめているかのようです。朝日の光を浴びればキラキラと輝き、夕暮れ時には家々の灯りが星々のように瞬く。その風景は一枚の壮麗な絵画のようで、時間の流れを忘れさせる魅力を放っています。

    街はオスム川の両岸に広がり、イスラム教徒が多いマンガレム地区とキリスト教徒が多いゴリツァ地区に分かれています。二つの地区は美しい石造りのゴリツァ橋でつながり、異なる文化が川を挟んで共存してきた歴史を物語っています。私が訪れたのは初夏の爽やかな季節、マンガレム地区の磨り減った艶のある石畳の坂道をゆっくりと踏みしめながら登っていきました。足元からは長い年月にわたり人々が歩んできた道の重みが伝わってきます。迷路のように入り組んだ路地では、突然角を曲がると地元の老人が井戸端会議を楽しみ、子どもたちは元気に駆け回る光景に出会います。観光地でありながらも、ここには確かな日常の時間が流れているのです。壁から顔を覗かせる鮮やかなピンク色のブーゲンビリアは、白壁と青空に美しく映え、時折耳に届くアルバニアの民族音楽の素朴で少し哀愁を帯びた旋律が、街の空気に溶け込んでいました。

    歴史の交差点、ベラト城の威風

    マンガレム地区の丘の頂上にそびえるのが、ベラトの象徴ともいえるベラト城、「カラヤ」として知られる城塞です。紀元前4世紀にイリュリア人によって築かれたとされ、その後ローマ帝国、ビザンツ帝国、オスマン帝国と支配者が変わるたびに増改築が重ねられてきました。堅固な城壁は今なお街全体を見守るかのように聳え立っています。

    この城の特筆すべき点は、単なる歴史的遺構であるだけでなく、現在なお約100世帯が城内で生活する「生きた城塞」であることです。門をくぐり一歩足を踏み入れると、そこは別世界。石造りの家々の軒先には洗濯物が風になびき、庭先で野菜を育てるおばあさんの姿があります。観光客が歴史探訪を楽しむ傍らで、子どもたちはボールを蹴り、猫はゆったりと日向ぼっこをしています。現実の日常と歴史が溶け合う不思議な空間こそ、ベラト城の最大の魅力です。かつての栄華を物語る遺跡と、今日を生きる人々の営みが違和感なく共存しているのです。

    城内にはビザンツ時代の教会がいくつか残されており、中でも丘の上に建つ聖三位一体教会は、赤レンガと石の精巧な装飾が美しく、周囲の緑と調和してまるで絵画の一部のようです。また、オスマン時代に建てられた「赤いモスク」の尖塔跡も残存し、この地でキリスト教とイスラム教の文化が重なり合ってきた歴史を物語っています。異なる信仰は時に対立しつつも、長い時を経て一つの場所に共存してきた軌跡を、肌で感じられるのがベラト城なのです。城壁の最も高い地点に立つと、目の前に息をのむような大パノラマが広がります。雄大なトムオリ山を背景に、「千の窓」が連なるベラトの街並みが眼下に広がり、オスム川はゆったりとその流れを見せています。風に吹かれながらこの景色を眺めると、自分が悠久の時の流れの中にいるかのような、不思議な安らぎに包まれました。

    スポット名ベラト城 (Kalaja e Beratit)
    概要紀元前4世紀に始まる城塞。現在も住民が暮らす「生きた城塞」として知られ、教会やモスク跡、博物館が点在。
    見どころ城壁からの絶景、聖三位一体教会、オヌフリ博物館、城内の日常風景
    住所Rruga Mihal Komnena, Berat, Albania
    注意事項急な坂や石畳が多いため歩きやすい靴が必須。夏は強い日差しへの帽子や水分補給を推奨。

    イコンの静けさと輝き - オヌフリ博物館

    ベラト城内で見逃せないのが、最大の教会である生神女就寝大聖堂の一角にあるオヌフリ博物館です。この博物館には、16世紀の偉大なイコン画家オヌフリとその工房による作品が数多く所蔵されています。

    薄暗い聖堂に足を踏み入れると、金箔で装飾された豪華なイコノスタシス(聖障)が目に飛び込みます。壁面に並ぶイコンは単なる宗教画を超え、深い精神性と芸術的な洞察に満ちています。オヌフリ作品の大きな特徴は、その独特な色彩、特に「オヌフリ・レッド」と呼ばれる鮮烈で透明感を漂わせる深紅色にあります。これは彼が秘伝の技法で生み出したもので、その製法はいまだに謎に包まれていると伝えられています。聖人の衣装に用いられたその赤は、神聖さと情熱、そして苦悩を象徴しているかのようでした。

    私は美術の専門家ではありませんが、オヌフリが描く聖人たちの表情には様式化されたビザンツ美術のなかにも、人間の感情の繊細な機微が宿っていると感じました。その眼差しは厳かでありながら慈愛に満ち、静かにこちらに何かを語りかけてくるようです。館内は静寂に包まれ、訪問者は皆、作品の前で自然と息を潜めます。ここでの鑑賞は、単なる美術鑑賞を超え、むしろ瞑想に近い体験と言えるでしょう。一枚一枚のイコンと向き合う時間は、自らの内面と対話するひとときでもあります。信仰の有無を問わず、卓越した芸術が持つ普遍的な力、魂を揺さぶり静かな感動を呼び起こす力を、この場所で改めて実感しました。

    ベラトの味覚と心温まる人々

    旅の醍醐味は、風景や歴史だけでなく、その土地ならではの食文化に触れることにもあります。ベラトでは、オスマン帝国や周辺諸国の影響を受けつつ独自に発展した、味わい深いアルバニア料理を楽しむことができます。

    マンガレム地区の伝統的なレストランで味わった「タベ・コシ」は、ヨーグルトと卵で子羊肉を焼き上げたグラタンのような一品。ヨーグルトの酸味と肉の旨味が絶妙に調和し、鮮烈な印象を残しました。さらに、パプリカやトマト、チーズを煮込んだ「フェルゲセ」は素朴ながら野菜の甘みが凝縮され、パンにつけて食べると手が止まらなくなります。地元の新鮮な食材を用い、丁寧に作られた料理は、どれも心と体に優しく染み渡るものでした。

    なにより印象深かったのは、ベラトの人々の温かなもてなしです。レストランの店主は片言の英語で一生懸命料理の説明をしてくれ、帰り際には「シッケミ!(またね!)」と笑顔で送り出してくれました。路地で道を尋ねたお年寄りは、言葉は通じなくとも身振り手振りで親切に目的地まで案内してくれました。そこには観光客を単なる「客」ではなく遠方からの「ゲスト」として迎える、純朴かつ誠実なホスピタリティが息づいていました。千の窓の向こうに広がるのは美しい景色だけでなく、その窓の向こうで息づく人々の温かな日常そのものだと、私は深く感じたのです。

    イタリアの奇跡、チヴィタ・ディ・バニョレージョへ

    アルバニアのベラトが歴史と日常が力強く融合する「動」の天空都市だとすれば、イタリア中部に位置するチヴィタ・ディ・バニョレージョは、まるで時が止まったかのような静謐な「静」の天空都市であると言えるでしょう。ローマから北へ約120キロ、ラツィオ州とウンブリア州の境界に、この奇跡の街が佇んでいます。

    空に浮かぶ「死にゆく街」

    チヴィタ・ディ・バニョレージョを初めて遠くから見た時の衝撃は、今も鮮明に記憶に残っています。深い谷の反対側に、まるで巨大なキノコのように、凝灰岩の台地がそびえ立っています。その頂上に中世の街並みがひょっこりと乗っているのです。周囲の台地とは完全に隔絶され、外の世界とつながるのは長さ約300メートルの細く長い一本の橋だけ。その姿はまさに「天空の城」です。宮崎駿監督のアニメ映画『天空の城ラピュタ』のモデルの一つとも言われていますが、実際にこの光景を目にすれば、多くの人が納得することでしょう。

    しかし、この街にはもうひとつの少し切ない異名があります。それは「La città che muore」―「死にゆく街」という呼び名です。街が乗る凝灰岩の台地は粘土層の上に形成されているため非常に脆く、長年にわたり風雨の浸食が続き、今も少しずつ崩れ続けています。いつかは完全に崩落し、街が消えてしまうかもしれないという運命を背負っているのです。その儚い運命こそが、この街に唯一無二の美しい緊張感を与えています。この「死にゆく」という宿命が、逆説的に多くの人を惹きつけ、街の特別な存在感を生んでいるのです。

    駐車場のある丘から街へ向かう橋を渡り始めると、その急な勾配に一歩一歩進むたび、まるで現実世界から徐々に切り離されていくような感覚に包まれます。眼下には広大な谷が広がり、高所が苦手な人には少々勇気が必要かもしれません。しかし振り返ると広がる景色、そして目前に迫るチヴィタの威厳は、その苦労を大いに上回るものでした。頬を撫でる風と鳥の囀りだけが響く中で天空の城へと進むこの道のりは、旅の始まりを告げる荘厳な儀式のように感じられました。

    時が止まった中世の迷宮

    街の入り口にあたるサンタ・マリア門をくぐると、そこはまるで時間が止まったかのような世界が広がっていました。車の騒音も現代的な看板も一切なく、そこにあるのはエトルリア時代から受け継がれた石畳の道、蔦の絡まる石造りの家々、そして深い静寂だけです。街は非常に小さく、端から端まで歩いても15分ほどで巡れます。ですが、その限られた空間に迷路のように入り組んだ路地が張り巡らされ、どこを切り取っても絵になる景色が広がっていました。

    私はあえて地図を手にせず、気の向くままに細い路地を歩いてみました。突然現れた小さな広場、花飾りの窓辺、壁の隙間から力強く根を張る植物。どこからか猫が姿を現し、足元にすり寄るとまた気まぐれにどこかへ去っていきます。街の定住者は冬には10人にも満たないと聞きました。昼間は観光客で賑わいますが、一歩路地裏に入ると、自分だけがこの中世の世界に迷い込んだような錯覚にとらわれます。ベラトの「生きた城塞」とは対照的に、ここはまるで見事に保存された巨大な博物館のよう。人々の生活の気配よりも、石の壁に染みこまれた幾世紀もの時の香りがより強く感じられるのです。

    街の中心にはサン・ドナート教会が静かに建っています。ロマネスク様式のファサードを持つこの教会は、街の精神的な拠り所として、その崩れゆく運命を見守り続けてきました。内部は華美な装飾こそありませんが、厳かな敬虔な空気に満ちていました。壁に残るフレスコ画の断片や使い込まれた木製の十字架は、この街の長い歴史を静かに語りかけていました。

    スポット名チヴィタ・ディ・バニョレージョ (Civita di Bagnoregio)
    概要風雨による浸食で崩壊の危機にあるため「死にゆく街」と称される天空都市。外界とは一本の長い橋でのみ繋がる。
    見どころ天空に浮かぶような独自の景観、中世のままに時が止まった街並み、サン・ドナート教会、展望台からの眺望
    住所01022 Bagnoregio, Viterbo, Italy
    注意事項街に入るには入場料が必要。駐車場から街までは長い橋を徒歩で渡る必要があり、急勾配のため歩きやすい靴が必須。

    創造の息吹が響く地

    「死にゆく街」という表現にはどこか終末的な響きがありますが、現在のチヴィタは単に滅びを待つだけの場所ではありません。その唯一無二の雰囲気と美しさに惹かれたアーティストや職人たちが、この街にアトリエや小さな店を構え、新たな創造の息吹を注ぎ込んでいます。

    路地を歩いていると、手作りの陶器を販売する店や地元の風景を描いた絵画を展示する小さなギャラリーに出会います。私はそのひとつに立ち寄り、オリーブの木で作られたカッティングボードを手に取りました。滑らかな手触りと美しい木目。店主の男性は穏やかな笑みを浮かべ、「この街の静けさが作品に集中するのに最適なんだ」と語ってくれました。風化し、崩れゆく運命にあるからこそ、人は何かを「創りたい」という根源的な欲求を刺激されるのかもしれません。滅びゆくものへの哀惜と、新たに生まれるものへの希望。その二つが、この小さな街で不思議なバランスを保って共存しているのです。古い教会の隣にモダンなカフェが現れ、若いアーティストたちが集う光景にも、その様子が表れていました。彼らはチヴィタの歴史に敬意を払いながらも、街を未来へつなぐ新たな物語を紡ぎ出そうとしているように思えました。

    ラツィオの恵みを堪能する

    チヴィタの散策途中には、この土地ならではの食文化に触れる楽しみもあります。街には数軒のレストランやトラットリアが軒を連ね、ラツィオ州の豊かな味わいを堪能できます。

    私が訪れたのは、崖の端にテラス席を備えたレストラン。眼下に広がる雄大な谷の景色を眺めながらの食事は、まさに格別でした。注文したのは、この地方の郷土パスタ「ウンブリケッリ」。手打ちの太麺パスタに猪肉を使った濃厚なラグーソースが絡み、野趣あふれる力強い味わいが口いっぱいに広がります。地元産の赤ワインとの相性も抜群で、ついグラスを重ねてしまいました。豊かな大地が育んだ食材と美しい景観。これ以上の贅沢はありません。食事を終え、エスプレッソを片手に夕暮れの空を見上げていると、街は徐々にオレンジ色の光に染まっていきました。日中の観光客が橋を渡り戻っていくと、街にはふたたび深い静寂が訪れます。その静けさの中で味わう食後のひとときは、旅の記憶に深く刻まれる忘れがたい時間となりました。

    二つの天空都市、魂の対話

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    ベラトとチヴィタ・ディ・バニョレージョ。この二つの天空都市を巡る旅の中で、私はそれぞれの対照的な魅力と、その奥底に流れる不思議な共通項について思いを馳せずにはいられませんでした。それはまるで、異なる言葉で語りかけながらも同じ旋律を奏でる、二つの魂の対話のように感じられたのです。

    歴史の層:共存と断絶の対比

    両都市の歴史の質感には大きな違いがあります。ベラトの歴史は、まるで地層が幾重にも重なるかのごとく複雑に重なり合っています。古代イリュリアの砦に始まり、ローマ時代、ビザンツ、さらにオスマン帝国へと支配者が変遷しました。キリスト教とイスラム教という二大宗教が、ときに衝突しながらも融合し、この地に根付き続けてきました。ベラト城内に教会とモスクの遺跡が共存することは、その象徴といえるでしょう。この複雑で多層的な歴史こそが、ベラトに独特の奥行きと重みをもたらしており、多様性を受け入れ昇華してきた力強い「共存」の物語を紡いでいます。

    一方でチヴィタの歴史は、「断絶」という出来事によって特徴付けられます。起源はエトルリア時代にさかのぼり、中世には繁栄を極めましたが、数々の地震や土砂崩れの影響で、住民は徐々に街を離れていきました。特に17世紀末の大地震が決定的で、都市は孤立し、発展が途絶えてしまったのです。現代になってようやく外部とつながる橋が架けられましたが、それまでは長い間、時の彼方に忘れ去られた存在でした。だからこそ、今の街並みは中世の姿を奇跡的に保っており、この「断絶」が生み出す純粋でやや悲壮な美学がチヴィタの真髄となっています。

    ベラトが歴史の連続性を感じさせる都市であるのに対し、チヴィタは歴史の断絶を体現しています。この差異が、それぞれの街が放つ独特の空気感を決定付けているのです。

    住民の暮らし:日常と非日常の境界線

    旅人が感じるそれぞれの街における「人の気配」もまた、鮮やかに対照的です。ベラトでは、歴史的な風景のすぐ隣に人々の日常が息づいています。石畳のベラト城で遊び回る子供たち、路地裏のカフェで談笑する年配の方々、窓辺に洗濯物を干す主婦の姿。彼らにとって、世界遺産であるこの街は特別な観光地ではなく、生まれ育った生活の場なのです。歴史は生活の一部として溶け込み、背景のように存在しています。訪れた私たちは、その「生きた歴史」の劇場に招かれたかのような感覚を覚えます。

    対照的にチヴィタでは、日常のにぎわいはほとんど感じられません。もちろんレストランや土産物店の従業員はいますが、常住者は非常に限られており、特に観光客がいなくなる早朝や夜間には、街はまるで無人のセットのような静寂に包まれます。ここで旅人は純粋な「非日常」を体感します。そこで感じられるのは、人の営みの温もりよりも、石や風が語りかける悠久の時の流れです。それはやや寂しささえ漂いますが、この徹底した非日常性こそが訪問者が求める魅力かもしれません。日常から完全に切り離された空間に身を置くことで、人は自己の内面と深く向き合う機会を得るのです。

    ベラトでは住民の生活に触れることで旅の感動が増し、チヴィタでは人々の不在によって内省が促される。両方とも旅人にとってかけがえのない体験をもたらします。

    精神的な共鳴:「儚さ」と「永遠」

    一見すれば全く異なる二つの都市ですが、訪れる者に対して精神的な問いを投げかける点で深く共鳴しているように思えます。それは「時間」という普遍的なテーマへの根源的な挑戦です。

    チヴィタの「滅びゆく」運命は、私たちに「儚さ」を突きつけます。眼前の美しい街並みが、やがては地上から消え去るかもしれないという現実を思うとき、私たちは今この瞬間の価値や存在の奇跡を強く感じます。それは桜の花が散ることを知っているからこそ、その満開の美しさに胸を打たれるのと同じ感覚かもしれません。チヴィタの美しさは、有限性という調味料が加わることで一層際立っているのです。この街を歩く体験は、自らの生の有限性を直視し、一日一日を大切に生きることの意義を再認識させる精神的な巡礼とも言えます。

    対してベラトの何層にも積み重なる歴史は、「永遠」や「持続」といった感覚を私たちに与えてくれます。数世紀にわたり様々な人々がこの地で生活し、祈り、文化を築いてきました。王朝が滅び、支配者が変わっても、街は息づき続け、暮らしは受け継がれてきたのです。個々の一生を超えた壮大な時の流れを感じ取ることができます。ベラトの石畳に立つとき、私たちはその壮麗な物語の一端を担い、過去から未来へと続く大きな流れの中にいるという不思議な安堵感と謙虚さに包まれます。

    「儚さゆえに美しい」チヴィタと、「持続するからこそ尊い」ベラト。この二つの対照的な時間感覚に触れることで、私たちの人生観は豊かになり、日々の暮らしに新たな視座をもたらしてくれるのではないでしょうか。

    旅の実用情報と心構え

    これら二つの魅力あふれる天空の街への旅を検討されている方へ、役立つ情報と旅をより充実させるためのコツをお伝えします。

    ベラトへの旅

    ベラトはアルバニア内陸部に位置し、アクセスの拠点は首都ティラナとなります。ティラナのバスターミナルからはベラト行きのバスが頻繁に運行しており、所要時間は約2時間半から3時間です。バスの車窓からは、アルバニアの素朴な田園風景を楽しめるのも魅力です。

    ベラトをゆったり満喫するには、最低でも1泊2日の滞在をおすすめします。日帰りだと、城塞の散策や街の雰囲気をじっくり味わうには時間が不足しがちです。特に観光客が少ない朝や夕方の散歩は格別の体験です。宿泊施設は伝統的な家屋を改装した趣のあるホテルやゲストハウスが多く、オスマン様式の客室に泊まるという貴重な体験も味わえます。

    ベラト旅行のポイント

    項目詳細
    アクセスティラナからバスで約2.5〜3時間。
    おすすめの季節春(4月〜6月)や秋(9月〜10月)が気候も快適で過ごしやすい。夏は日差しが強いが活気に溢れる。
    滞在日数最低1泊2日が望ましい。2泊あれば周辺のワイナリー訪問なども可能。
    服装・持ち物石畳と急な坂道が多いため、歩きやすいスニーカー等が必須。帽子やサングラス、飲料水も忘れずに。
    その他アルバニア・レクの現金が必要な場面も多い。特に小規模な店や市場ではカード不可の場合がある。

    チヴィタ・ディ・バニョレージョへの旅

    チヴィタ・ディ・バニョレージョへは、イタリア中部の交通の要所であるオルヴィエート経由が一般的です。ローマのテルミニ駅からオルヴィエートへは電車で約1時間半。そこからCOTRAL社のバスに乗り換えてバニョレージョまで約45分かかります。バニョレージョの町からチヴィタへは徒歩かシャトルバスで移動します。

    多くの観光客は日帰りですが、可能であればチヴィタに宿泊することを強く推奨します。観光客が去り静寂に包まれた夜の街、そして朝霧の中に浮かび上がる幻想的な景観は、宿泊者だけが味わえる特別な体験です。街には数軒のB&B(民宿)があり、忘れがたい一夜を過ごせます。

    チヴィタ・ディ・バニョレージョ旅行のポイント

    項目詳細
    アクセスローマからオルヴィエートへ電車で約1.5時間。オルヴィエートからバニョレージョへバスで約45分。
    おすすめの時間帯観光客が少ない早朝や、ライトアップが始まる夕暮れから夜にかけて。特に朝霧の多い季節は幻想的。
    入場料街へ入る橋の手前で入場料が必要(時期により変動あり)。
    服装・持ち物長く急な橋を歩くため、歩きやすい靴が必須。大きな荷物は移動が困難なので宿泊時は持ち物を最小限にすると良い。
    その他橋の麓や街中にレストランはあるが数は限られている。オフシーズンは営業状況を事前に確認するのが安心。

    二つの街を巡る旅のコツ

    アルバニアとイタリアという異なる二国にまたがるこれらの都市を、一度の旅程で巡るのは容易ではありません。しかし、物理的な旅路にとらわれず、心の旅としてこの二つを繋げることは可能です。例えば、まずどちらか一方を訪れてその感動を胸に刻み、数年後にもう一方を訪れる。こうした体験を経ることで、両都市の違いや歴史、時間の流れをより深く感じ取ることができるでしょう。旅の前に双方の歴史や文化について少し学んでおくと、現地での発見が何倍にも豊かになるはずです。

    天空の記憶を胸に

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    アルバニアのベラトとイタリアのチヴィタ・ディ・バニョレージョ。二つの天空の街を巡る旅は、私にとってただの観光に留まりませんでした。それは、目に見えない「時間」と対話し、歴史の重みや人々の営みの尊さ、そして滅びゆくものの儚い美しさに触れる、心の深奥を揺さぶる旅でもありました。

    ベラトの「千の窓」から差し込む光は、何世代にもわたる人々の笑い声や祈りが染み込んでいるかのようでした。そこには、どんな困難な時代をも逞しく生き抜いた人間の生命力の強さが宿っていました。それは、様々な楽器が複雑に絡み合いながらも壮大なハーモニーを紡ぎ出す、重厚で荘厳な歴史の交響曲のようでもありました。

    一方、チヴィタを包む静寂のなかでは、風のささやきや石の声に耳を傾けることになります。一本の細い橋でかろうじてつながれたその姿は、「いま、ここにあること」の奇跡を教えてくれる存在です。まるで一本の弦で、聴く人の心の奥深くに響き渡る静謐な無伴奏の詩のようでした。

    逞しく生きる街と、静かに消えゆく運命にある街。この二つの都市の記憶は、これからも私の心の中で鳴り響き続けるでしょう。もしあなたが日々の暮らしの中で、大きな時の流れや変わらぬものの価値、あるいは儚さゆえの美しさに触れたいと願うなら、ぜひこれらの天空都市への旅を検討してみてください。きっとそこには、あなたの魂を揺さぶり、明日を生きる活力となる新たな光をもたらす景色が待っていることでしょう。

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    この記事を書いた人

    ヨーロッパのストリートを拠点に、スケートボードとグラフィティ、そして旅を愛するバックパッカーです。現地の若者やアーティストと交流しながら、アンダーグラウンドなカルチャーを発信します。

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