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    『睡蓮』はここに在った。フランス、ジヴェルニー「モネの庭」で絵画に迷い込む旅

    酒と旅をこよなく愛する全国さすらいのライター、太郎です。いつもは赤提灯が灯る横丁や、地元の人しか知らないような食堂の暖簾をくぐっている僕ですが、今回は少しばかり趣向を変えて、フランスはパリから足を延ばしてみました。目指すは、印象派の巨匠クロード・モネが愛し、その半生を過ごしたというジヴェルニーの村。そう、あの連作『睡蓮』が生まれた場所です。

    美術の教科書で見た、あの淡く、光に満ちた絵画。あの風景は、画家の想像の産物なのか、それとも実在するのか。もし実在するのなら、この目で見て、その空気を吸い込んでみたい。そんなシンプルな衝動に駆られて、僕はパリ・サン=ラザール駅のホームに立っていました。芸術がどうとか、高尚な理屈は後回し。ただ、モネが見た光を、僕も浴びてみたかったのです。この旅は、一枚の絵画に誘われた、光と色彩を探す冒険。さあ、あなたも一緒に、絵画の世界へ迷い込んでみませんか。

    フランスの旅をもっと深めたい方は、南仏の鷲ノ巣村を巡る旅もご覧ください。

    目次

    パリの喧騒を抜け出し、光の待つ場所へ

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    旅のスタート地点はパリ・サン=ラザール駅です。モネもこの駅をテーマにした連作を手がけていますが、かつての蒸気機関車の煙が立ち込めていた様子とは異なり、現在は洗練された高速鉄道が静かに行き来しています。ジヴェルニーには駅がないため、まずは最寄りの町ヴェルノン(Vernon)を目指します。フランス国鉄SNCFの公式サイトやアプリを利用すれば、日本にいる間に簡単にチケットを予約できるので、旅の計画がスムーズに進みます。窓口で慌てる心配もありません。私はいつも旅のパートナーであるスマートフォンでさっと予約を済ませています。

    列車に揺られて約50分。窓の外の景色はパリの密集した建物から、だんだんと穏やかな田園風景へと移り変わり、その変化を眺めているだけで心がゆったりとほぐれていきます。セーヌ川の穏やかな流れが見えてきたら、そこがヴェルノンの駅です。ジヴェルニーまではここからおよそ7キロほどの距離となります。

    駅前では、モネの庭園の開園期間に合わせてシャトルバスが運行されています。これが最も手軽で分かりやすい移動手段でしょう。バスの時刻表は列車の到着時間に合わせて組まれていることが多いため、ほとんど待ち時間がありません。料金は片道または往復が選べますが、帰りの時間も決まっているなら往復で購入しておくと楽です。バスに乗り込むと、観光客の期待感に満ちたざわめきが心地よく耳に届きます。

    他にも、駅前から出ている可愛らしい観光用のミニ列車「プチトラン」に乗り、のんびりと村へ向かうのも味わい深いです。または、体力に自信があるならレンタサイクルや徒歩も選択肢に入ります。セーヌ川沿いの道をゆったり歩けば、約1時間半で到着。晴れた日には最高の散策コースとなるでしょう。私はというと、気持ちを抑えきれず迷わずシャトルバスに飛び乗りました。何よりもまず、主役の庭園に一刻も早く会いに行きたかったのです。

    色彩の洪水に溺れる「クロ・ノルマン」

    バスに揺られ、緑豊かな田舎道を約15分ほど走ると、ジヴェルニーの村にたどり着きます。バス停から少し小道を歩けば、そこはモネの家と庭園の入口です。ここで、旅をより快適にするための大切なアドバイスをひとつ。チケットは必ずオンラインで事前に予約しておくことをおすすめします。特に観光シーズンの週末は、チケット売り場に長い行列ができるためです。その列を横目に、予約者専用の入り口からさっと入場できる優越感は格別です。クロード・モネ財団の公式サイト「Fondation Claude Monet Giverny」で簡単に購入できるので、訪問前にぜひ手配しておきましょう。大人料金は年によって多少変動しますが、その価値は充分にあります。

    さて、いよいよ門をくぐります。その瞬間、思わず息を呑みました。目に飛び込んできたのは、まさに「色彩の洪水」でした。パンフレットや写真で何度も見た光景ですが、実物の迫力はまったく別格です。ここは「クロ・ノルマン」と呼ばれる花の庭。背の高い花も低い花も、色とりどりの花々が、まるで意志を持って咲いているかのように広がっています。

    しかしながら、それは決して無秩序なカオスではありません。一見自然に咲いているように見えて、すべてが完璧に計算され尽くしているのです。赤、黄、青、紫、ピンク…あらゆる色が混ざり合いながらも決して濁らず、互いを引き立て合っている様は、まるで巨大なパレットの上にモネが絞り出した絵の具をそのままぶちまけたかのようです。アーチ状に組まれた支柱にはバラやクレマチスが絡まり、花のトンネルをつくり出しています。そのトンネルの下を歩くと、甘い香りに包まれ、どこにいるのか一瞬わからなくなるほどでした。

    僕が訪れたのは初夏。アイリスが紫のグラデーションを見せ、オリエンタルポピーが燃えるような赤で存在感を放ち、バラがたわわに花びらを開いていました。季節ごとに主役の花は変わります。春にはチューリップや藤が、夏にはひまわりやグラジオラスが、秋にはダリアやアスターが庭を彩るそうです。いつ訪れても、この庭は全く違った表情を見せてくれるのでしょう。モネが毎日飽きることなくこの庭を描き続けた理由が、少し理解できた気がしました。

    庭の中を歩く際は、ぜひ足元にも注意を払ってください。メインの通路から細い小道がいくつも分かれており、迷い込むように歩くと次々と新たな花の表情に出会えます。写真撮影に夢中になる気持ちはよくわかりますが、時にはカメラを置いて、目の前の光景を心に焼き付ける時間も大切にしたいものです。歩きやすい靴は必須です。石畳の小道もあり、庭全体を見るためにはかなりの距離を歩くことになるからです。

    画家の息吹が宿る家

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    「クロ・ノルマン」の奥にひっそりと佇むのは、モネが家族と共に43年間を過ごした住まいです。緑色の鎧戸と淡いピンクの壁が織りなす、その愛らしい佇まいはまさにフランスの田舎家の趣きを漂わせています。この家の内部も見学が可能で、一歩足を踏み入れると、そこは画家の個人的な世界。まるで時間が止まったかのような不思議な感覚に包まれます。

    まず目を奪われるのは、ダイニングルームの鮮烈な黄色です。壁から天井、椅子に至るまで、すべてが明るい黄色で統一されており、こんなにも陽気な空間でどのような食事が繰り広げられていたのか、想像が膨らみます。壁にはモネが集めた日本の浮世絵がずらりと飾られていて、広重や歌麿、北斎といった名だたる絵師の作品が、このフランスの田舎家の壁面を彩っています。このジャポニスムへの強い傾倒は、後に彼の『睡蓮』の構図にも影響を与えたと伝えられています。遠く離れた異国の芸術にインスピレーションを求めていたモネの感性には、改めて感嘆させられます。

    隣接するサロンは、一転して落ち着いた青い色調でまとめられています。ここにも浮世絵が飾られ、モネが実際に使用していたと思われる家具が配置されていました。壁には、彼の友人であったセザンヌやルノワールといった印象派画家たちの作品の複製が掛けられており、彼らと芸術について語り明かした夜があったのではないかと、想像が膨らみます。

    二階に上がると、モネの寝室があります。窓から望むのは、先ほど歩いてきた「クロ・ノルマン」の庭。毎朝彼はこの窓から、自ら創り上げた傑作を眺め、光の移ろいを感じていたのでしょう。その視点を追体験できるひとときは、何とも贅沢な時間です。家の中には撮影禁止の場所も多いため、ルールをしっかり守りましょう。その分、自らの目に焼き付けることに専念できます。

    そして、聖地「水の庭」へ

    家と「クロ・ノルマン」を堪能した後、いよいよ真打ちが登場します。庭園を分断する道路の下に設けられた地下通路をくぐり抜けると、ふと空気が変わったことに気づきます。少しひんやりとして湿度を感じさせる空気の中に広がるのは、あの「水の庭」です。

    言葉を失いました。そこには、教科書や画集、美術館で何度も目にしてきた風景が、驚くほど静かに、そして圧倒的な存在感をもって展開していました。緑色の太鼓橋、水面に影を落とす柳の木、水辺を彩る竹やアイリス。そして、水面を覆うように浮かぶ睡蓮の葉と花々。

    まさにモネの絵画そのものだと感じました。いや、違います。ここは絵画を超えた存在です。風が水面をそっと撫でるたびに、睡蓮の葉がかすかに揺れ、光がきらきらと乱反射します。鳥のさえずりが聞こえ、時おり鯉が水面から顔を出す。すべてが生きているのです。モネは、この途切れることのない一瞬一瞬の光と生命の輝きを、キャンバスに留めるために格闘し続けたのでしょう。

    池の周りには遊歩道が整備されており、一周することができます。歩く場所によって、太鼓橋の見え方や柳の枝ぶり、光の差し込み具合がまるで変わることに感動を覚えます。どの角度から見ても完璧な一枚の絵のようで、シャッターを切る指が止まりません。特に藤棚が絡む太鼓橋はあまりにも有名で象徴的なスポットです。多くの人がここで足を止め、それぞれの思いで景色を味わっています。

    しばらく歩いて疲れたら、池のほとりに置かれたベンチに腰かけ、ただぼんやりと水面を見つめてみてください。流れる雲、映り込む空の色、刻々と変わる表情。朝の柔らかな光、昼の力強い日差し、夕暮れの茜色。モネは、同じ場所、同じモチーフを時間や天候によって描き続けました。その理由がここに座ると痛いほど理解できます。この池はただの池ではなく、光と空と水が織りなす無限の宇宙なのです。

    この庭園全体をじっくり見て回るなら、最低でも2〜3時間は必要です。僕のようにベンチで思索にふけったり、写真の構図にこだわったりすると、あっという間に半日が過ぎてしまうでしょう。急ぎ足で巡るのはあまりにももったいない。時間に余裕を持った計画を立てることを強くおすすめします。

    ジヴェルニーの村で過ごす、穏やかな時間

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    モネの庭園で感動に浸ったあとは、ジヴェルニーの村自体をゆっくり散策するのもまた趣があります。庭園の門を越えると、蔦が絡まる石造りの家々が軒を連ね、まるで絵本の中のように美しい村が広がっています。メインストリートであるクロード・モネ通りには、小さなギャラリーやカフェ、お土産屋さんが並んでいます。

    庭園のすぐそばには「ジヴェルニー印象派美術館」があり、モネのみならず彼に影響を受けた他の印象派画家の作品も展示されています。モネの庭で実際に感じた光を思い出しながら絵画を鑑賞すると、一層違った感動が味わえることでしょう。

    少し歩いて村のはずれにあるサント・ラドゴンド教会を訪れるのもおすすめです。素朴で小さなこの教会の裏手にある墓地には、モネが家族とともに眠っています。世界各国から訪れる人々が手向けた花で、その墓はいつも美しく彩られています。偉大な芸術家がこの愛した地で安らかに眠っていると思うと、胸が熱くなりました。

    散策で疲れたら、村のカフェでひと息つくのもいいでしょう。私は木漏れ日が差し込むテラス席で地元のシードルを一杯いただきました。冷たいリンゴの発泡酒が、歩き回って火照った身体に心地よく染み渡ります。周囲のテーブルからはさまざまな国の言葉が聞こえてきます。皆、私と同じようにモネの光に導かれて、この小さな村を訪れたのでしょう。そんな思いを巡らせながら過ごす時間は、旅の醍醐味そのものです。

    お土産を探すなら、モネの庭園に隣接するミュージアムショップが充実しています。画集やポストカードはもちろん、睡蓮をモチーフにしたスカーフやアクセサリー、さらには庭で育てられた花の種までも販売されており、見ているだけで飽きません。私は自分用に小さな画集を、友人へのお土産には浮世絵が描かれたノートをいくつか購入しました。

    あなたのパレットに、ジヴェルニーの光を

    帰路のバスに乗り、ヴェルノンの駅へ向かいました。そして再び列車の車窓に揺られながら、パリへ戻る道すがら、今日見た光景を何度も思い返していました。あの色彩のあふれんばかりの光景、水面に映る空の色、風に揺れる柳の枝、そしてひっそりと咲き誇る睡蓮。それらは確かに、僕自身のパレットに新たな彩りを加えてくれたように感じられました。

    ジヴェルニーへの旅は、有名な観光名所を訪れるのとは異なります。それは、一人の画家が生涯をかけて追い求めた創作の源泉に、自らの身を浸す体験です。なぜモネは光にここまで執着したのか。なぜ何度も同じテーマを描き続けたのか。その答えは理屈ではなく、ジヴェルニーの庭に足を踏み入れた瞬間に、全身で感じ取ることができるはずです。

    もしあなたが、少しでも印象派の絵画に心を動かされたことがあるのなら。あるいは、日々の喧騒から離れてただ美しいものに心を委ねたいと願うなら。どうかパリから少しだけ足を伸ばして、ジヴェルニーを訪れてみてください。そこには、どんな高精細なモニターでも再現できない、本物の光と色彩が待ち受けています。

    訪れる前には、クロード・モネ財団の公式サイト「Fondation Claude Monet Giverny」で、開園期間や営業時間、チケット料金などの最新情報を必ずご確認ください。特に、開園期間は春から秋に限られ、冬季は閉園しているため注意が必要です。最高の環境で、モネが愛した世界を心ゆくまで堪能してください。あなたの旅が、光と喜びに満ち溢れたものになることを願ってやみません。

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    この記事を書いた人

    美味い酒と肴を求めて全国を飲み歩く旅ライターです。地元の人しか知らないようなB級グルメや、人情味あふれる酒場の物語を紡いでいます。旅先での一期一会を大切に、乾杯しましょう!

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