南米の眩しい太陽の下で育った私にとって、ヨーロッパの古都に刻まれた歴史の深さは、いつも新鮮な驚きと感動を与えてくれます。今回、私の好奇心の羅針盤が指し示したのは、チェコ共和国の東部、オーストリアとスロバキアに隣接するモラヴィア地方。豊かなブドウ畑が広がり、穏やかな時間が流れるこの土地は、かつて大モラヴィア王国が栄えた場所であり、スラヴ世界におけるキリスト教信仰の原点ともいえる聖地です。その中でも、モラヴァ川のほとりに静かに佇む町、ヴェセリー・ナド・モラヴォウに、私の心は強く惹かれました。町の名前は「モラヴァ川の上にある陽気な場所」を意味するそうですが、その陽気さの奥には、何世紀にもわたる人々の祈りと魂の物語が深く根付いているのです。歴史の激動を乗り越え、今もなお人々の心の拠り所として聳え立つ教会たち。その鐘の音に導かれるように、私はモラヴィアの信仰遺産を巡る旅に出ることにしました。この旅が、あなたの心にも静かな安らぎと新たな発見の光を灯すことを願って。
モラヴィアの信仰遺産を巡る旅の後には、チェコの首都で、セドレツ納骨堂とプラハが問いかける「生きること」の意味について思いを巡らせるのも一興かもしれません。
モラヴィアの信仰、その深遠なる源流へ

ヴェセリー・ナド・モラヴォウの教会を訪れる前に、このモラヴィア地方が長い年月をかけて育んできた信仰の歴史に少しだけ思いを馳せてみたいと思います。この地の物語を理解することで、教会の一つひとつの石が持つ意味をより深く感じ取ることができるからです。
モラヴィアのキリスト教の歩みは9世紀にまで遡ります。当時、この地には大モラヴィア王国が繁栄していました。王国のラスチスラフ王は、フランク王国からの政治的および宗教的な干渉を阻止するため、遠くビザンツ帝国に使節を派遣しました。そこで派遣されたのが、皇帝ミカエル3世より神学者であり言語学者でもあった兄弟、キュリロス(コンスタンティノス)とメトディオスでした。彼らは、ラテン語やギリシャ語が主流だった聖書や典礼を、スラヴの人々が理解できる言葉で伝えようと試みました。そのためにスラヴ語を記す新たな文字、グラゴル文字を創り出します。これが後にキリル文字の原型となりました。言葉の壁を越えて人々の心に直接語りかける布教活動により、この地にキリスト教の基盤を深く揺るぎないものとして築き上げたのです。教会の扉を開く時、私たちはこの二人の聖人が成し遂げた偉業の上に立っていることを決して忘れてはなりません。
しかし、モラヴィアの信仰の歩みは必ずしも平坦ではありませんでした。15世紀になるとプラハ大学の学長ヤン・フスが教会改革を唱え、カトリック教会との対立が激化して火刑に処せられました。彼の処刑はフス戦争という激しい宗教戦争を巻き起こし、モラヴィアもその混乱の渦中に巻き込まれました。フスの教えは後の宗教改革の先駆けとなり、この地方の人々の信仰に多様性をもたらすとともに、時には対立の歴史も刻み込んだのです。
さらに17世紀に入ると、ヨーロッパ全土を巻き込んだ三十年戦争がこの地に壊滅的な被害をもたらしました。カトリックとプロテスタントの対立が激しくなり、多くの町や村が破壊され、人々の信仰は厳しい試練にさらされました。戦争の後、ハプスブルク家の支配のもとでカトリック化が強力に推し進められ、壮麗なバロック様式の教会が次々と建てられていきました。現在、私たちがヴェセリー・ナド・モラヴォウで目にする多くの教会は、この時代に築かれたものです。それらは、戦乱の傷跡を乗り越え、信仰の再生を力強く宣言する象徴でもありました。
その後も、オーストリア=ハンガリー帝国時代や二度の世界大戦、さらに共産主義政権による宗教抑圧といった数多の試練がモラヴィアの人々を襲いました。それでもなお、彼らは信仰の火を消すことなく守り続けました。それは教会という建物に限らず、家族の中で受け継がれる祈りや復活祭やクリスマスといった年中行事、そして日常生活に息づく文化として連綿と受け継がれたのです。ヴェセリー・ナド・モラヴォウの教会を訪れるのは、ただ美しい建築を鑑賞するだけでなく、キュリロスとメトディオスの時代から続く、苦難と希望、祈りと再生の荘厳な物語に触れる旅でもあります。さあ、その物語が息づく聖なる空間へと一歩踏み入れてみましょう。
時を刻む守護天使教会
ヴェセリー・ナド・モラヴォウの街を歩いていると、ひときわ目立つ小高い丘の頂上に、優美でありながらも確固たる存在感を放つ教会が見えてきます。それが、この旅の最初の目的地である守護天使教会(Kostel svatých Andělů Strážných)です。街の中心から少し坂を上ったその道は、まるで日常から聖なる世界へと誘う巡礼の径のように感じられました。
天使が見守る丘の上からの眺め
丘の頂にたどり着くと、まずその広々とした景色に息を呑みます。眼下には、赤褐色の屋根が連なるヴェセリー・ナド・モラヴォウの街並みが広がり、その先には穏やかなモラヴァ川がゆったりと流れ、緑豊かな平原がどこまでも続いています。この教会が、古くからこの街と住む人々を静かに見守り続けてきたことが、理屈ではなく心で感じ取れるようでした。
教会の外観は18世紀初頭に建てられた典型的なバロック様式ですが、華美すぎることはなく、むしろ柔らかな黄色の壁と優美な曲線が周囲の穏やかな風景に巧みに溶け込んでいます。正面にそびえる双子の鐘楼は、天へ祈りを捧げる両腕のようで、その姿は訪れる者を穏やかに迎え入れてくれるかのようです。私はしばらく佇み、壁に手を触れてみました。ひんやりとした石の冷たさからは、幾世紀にもわたる風雪に耐え抜いてきた歴史の重みと、ここを訪れた無数の人々の想いが伝わってくるようでした。故郷の南米にある色鮮やかで活気に満ちた教会とは対照的に、この抑制された美しさの中には深い精神性が漂っていると感じます。
静寂に包まれた聖堂の神秘
重厚な木製の扉をゆっくり押し開けて中へ入ると、外の光や騒音がすっと遠ざかり、ひんやりとした静けさが全身を包み込みます。そこには光と影が織りなす荘厳な空間が広がっていました。バロック様式特有の華やかな装飾が施されているものの、息苦しさは感じられません。むしろ天井の高さに導かれるように、魂が解放されるような感覚に満たされました。
自然と視線は一番奥にある主祭壇へと引き寄せられます。黄金の輝きに包まれた祭壇の中心には、この教会の名前の由来にもなっている「守護天使」が描かれた祭壇画が掲げられていました。子どもの手を取り、険しい崖道を導く天使の姿は、人生という旅路の中で誰もが目に見えない力に守られ、導かれているという普遍的なメッセージのように感じられます。画家や制作年代に関する情報はわからなくても、その絵の前に立つだけで心が落ち着き、温かな何かに包み込まれる安心感を覚えました。
祭壇の両脇や側廊には多くの聖人像が並び、それぞれが苦悩や慈しみ、歓喜といった様々な表情を見せています。まるで人間の多様な感情を受け止めてくれているかのようです。また、壁や天井を彩るフレスコ画は聖書の物語を色鮮やかに再現しており、文字が読めなかった時代の人々にとって信仰を学ぶ「生きた教科書」だったことでしょう。見上げると、ドーム型の天井から柔らかな光が降り注ぎます。その光は肌を焼きつける故郷の強烈な日差しとは異なり、心の奥をそっと照らす慈愛に満ちたものです。
教会の鐘が刻む時の物語
静寂の中で過ごした後、再び外に出て高くそびえる鐘楼を見上げました。この鐘は一体どれほど長い間、この街の時を告げてきたのでしょうか。毎日の祈りの時刻を知らせるのみならず、誕生を祝う喜びの鐘、結婚を祝福する華やかな鐘、そして哀悼の鐘としても鳴り響いてきたに違いありません。時には火事や敵の襲来を報せる警鐘となり、人々の命を守る役割も果たしてきたことでしょう。
ちょうどそのとき、鐘楼から重厚な鐘の音が響き渡りました。ゴーン、ゴーンと鳴り響くその音は、単なる音以上に大地の深奥から湧き上がるような魂を揺さぶる振動でした。音は丘の上から街全体に広がり、人々の営みの中に優しく溶け込んでいきます。目を閉じてその響きに耳を傾けていると、それは過去から現在、そして未来へと連なる途切れぬ時間の流れそのもののように感じられました。この鐘の響きは何世紀もの間、この街の人々の心に刻まれ、彼らの人生の一部として響き続けてきたのです。その悠久の時の流れの中に、自分という小さな存在が立っていると実感することに、不思議な感動が湧き上がりました。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 名称 | 守護天使教会 (Kostel svatých Andělů Strážných) |
| 住所 | Bartolomějské nám., 698 01 Veselí nad Moravou, Czechia |
| 様式 | バロック様式 |
| 見どころ | 主祭壇の祭壇画、バロック様式の内装、丘の上からの眺望 |
| アクセス | ヴェセリー・ナド・モラヴォウ中心部から徒歩約10分 |
| 注意事項 | ミサや行事開催時は内部見学が制限される場合があります。静かに見学し、信者の祈りを妨げないように配慮しましょう。 |
旧市街に佇む聖母マリア被昇天教会

守護天使教会が丘の上から町を静かに見守る「静」の存在であるのに対し、活気に満ちた旧市街の広場に面して建つ聖母マリア被昇天教会(Kostel Nanebevzetí Panny Marie)は、人々の日常とともに歩み続ける「動」の象徴とも言えるかもしれません。この教会は、まさにヴェセリー・ナド・モラヴォウの歴史を体現する、もう一つの重要な信仰の中心地です。
ゴシックの精神とバロックの華やかさ
この教会の魅力は、その長い歴史の中で形作られた異なる建築様式の融合にあります。元々この地には、13世紀に建造されたゴシック様式の教会がありました。天に向かって鋭く伸びる塔やアーチといった荘厳なゴシック建築の特徴は、今なお教会の基礎部分や重厚な壁の中にその面影を見いだせます。しかし、17世紀の三十年戦争による甚大な被害の後、教会はバロック様式で再建されました。そのため、ゴシックの骨組みにバロックの優美な装飾が施され、非常に独特な外観を持つ建物となっています。
教会の正面に立つと、異なる時代の息吹が交錯するような不思議な感覚に包まれます。天に突き抜けんばかりの力強い尖塔と、ファサードを彩る柔らかな曲線美。厳格で直線的なゴシックと、感情豊かで華やかなバロックの調和。これらは、数多の試練を乗り越えた土地の人々の精神的歩みを象徴しているかのようです。重なる歴史の層を目の当たりにすると、思わず時間を忘れて見入ってしまいます。
祈りが染み込んだ石畳の広場
聖母マリア被昇天教会は、町の広場に直接面して建っています。広場では市場が開催され、人々が笑い合い、子どもたちが元気に駆け回る。教会の扉はそんな賑やかな日常に向かって常に開かれています。私自身、広場に面したカフェのテラス席に腰掛け、しばし教会と行き交う人々の姿を眺めていました。買い物帰りに教会の前で立ち止まり、静かに十字を切る年配の方。友達との待ち合わせ場所として教会を選ぶ若者。こうした光景から、この教会は特別な日だけのものではなく、日常生活に深く根付いた神聖な場であることがひしひしと伝わってきました。
カフェで一息ついたあと、私も教会の扉をくぐってみました。内部は守護天使教会とは異なる趣をもち、より生活に寄り添った温かさと親密さを感じさせます。主祭壇には聖母マリアが祀られており、天へ昇るマリアを描いた祭壇画は訪れる者に深い感銘と希望を与えます。カトリックの信仰において聖母マリアは重要な存在ですが、特にこの教会では、その母性的な優しさと包容力が空間全体を包み込んでいるようです。苦しい時、悲しい時、多くの人がこのマリアの前でひざまずき、慰めと力を求めてきたのでしょう。壁や柱には、無数の祈りの声が染み通っているかのように感じられます。
教会内を静かに歩いていると、一角に置かれた古い洗礼盤が目に入りました。この石の洗礼盤でいったいどれだけの赤子が洗礼を受けて、この町の共同体に迎え入れられたのでしょうか。誕生から死に至るまで、人生のさまざまな節目において、この教会は人々と寄り添ってきました。その光景は、遠く南米で育った私にも懐かしく、普遍的な人間の営みの尊さを改めて感じさせてくれました。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 名称 | 聖母マリア被昇天教会 (Kostel Nanebevzetí Panny Marie) |
| 住所 | Masarykova, 698 01 Veselí nad Moravou, Czechia(旧市街広場) |
| 様式 | ゴシック様式を基盤としつつバロック様式で改築 |
| 見どころ | 主祭壇の聖母マリア被昇天の祭壇画、ゴシックとバロックが融合した建築美 |
| アクセス | ヴェセリー・ナド・モラヴォウの中心地 |
| 注意事項 | 町の中心部に位置し多くの人が訪れますが、教会内では静粛を保つこと。写真撮影の可否は事前に確認されることをお勧めします。 |
教会だけではない、ヴェセリー・ナド・モラヴォウの魅力
この町の魅力は、歴史ある教会だけにとどまりません。信仰の物語に心ゆくまで触れた後は、町を包む豊かな自然や文化に身をゆだねることで、旅の深みがいっそう増していきます。ここでは、ヴェセリー・ナド・モラヴォウが持つもう一つの顔をご案内しましょう。
バチャ運河沿いでのひとときの深呼吸
町のすぐ近くを、バチャ運河(Baťův kanál)がゆったりと流れています。この運河は20世紀初頭に、有名な靴メーカー「バタ社」の創設者であるトマーシュ・バチャが、石炭などの物資輸送のために造り上げたものです。かつて産業の近代化を支えたこの運河は、現在はその役割を終え、市民や観光客が憩う美しいスポットとなっています。
私は運河沿いの緑あふれる遊歩道をのんびりと歩きました。水面を滑る遊覧船、カヌーを楽しむ家族たちの笑い声、岸辺でゆったりと釣り糸を垂れる人々。そのすべてがまるで絵画のように穏やかで平和な景色を作り出しています。水鳥が羽を休め、風に揺れる葦のさわさわとした音が耳に心地よい。荘厳な教会の静寂とは異なる、自然の大らかさによる癒しがここにはありました。深く息を吸い込むと、湿った土と草の香りが胸いっぱいに広がり、旅の疲れがすっと消えていくのを実感します。歴史的な教会、近代化の証である運河、そして変わらぬ自然。この三つが見事に調和していることこそが、この町の大きな魅力なのでしょう。
モラヴィアワインと美食の誘い
旅の楽しみの一つは、その土地ならではの食文化に触れることです。このモラヴィア地方は、チェコを代表するワインの産地として知られています。特に白ワインの質は高く、日照時間の長さと昼夜の寒暖差が、香り高く爽やかな酸味をもつぶどうを育てていると言われます。
私は旧市街の小さなレストランの扉を開けました。そこは「sklípek」と呼ばれる、ワインセラーを改装した趣あふれるお店です。勧められたのは地元産のミュラー・トゥルガウという白ワイン。青リンゴやハーブを思わせる爽やかな香りが鼻をくすぐり、一口含むと生き生きとした果実味と心地よい酸味が口の中に広がります。まさにモラヴィアの陽光と大地の恵みを感じさせる味わいでした。
料理は、この地域の伝統料理を選びました。濃厚なニンニクスープ「チェスネチュカ」は、体の芯まで温めてくれる深い味わい。メインには、牛肉をパプリカでじっくり煮込んだ「グラーシュ」を、もちもちとした蒸しパン「クネドリーキ」と一緒に楽しみました。素朴ながらも丁寧に仕上げられた温かな料理と優れたワイン。教会で得た精神的な満足とは別に、こうした美食がもたらす幸福感も旅の忘れがたい思い出となります。
民俗文化に触れる至福の時間
モラヴィアは、その豊かな民俗文化でも高く評価されています。とりわけ「モラヴィアン・スロヴァキア」と呼ばれる地域は、色鮮やかな刺繍が施された民族衣装や独特の音楽、情熱的な踊りがいまも人々の暮らしの中に息づいています。残念ながら、私の滞在時には大きな祭りは催されていませんでしたが、市内の博物館を訪れることで、その文化の深さを垣間見ることができました。
博物館では、ため息が出るほど美しい刺繍の民族衣装が並んでいました。花や鳥を描いた繊細な刺繍は、一針一針に作り手の想いが込められているかのようです。これらの衣装は、単なる装飾品ではなく、冠婚葬祭や宗教的祝祭など、人生の節目に重要な役割を果たしてきたと聞きます。そこには人々の喜びや悲しみ、そして神への祈りが織り込まれているのです。教会のフレスコ画が「石の聖書」と称されるなら、この民族衣装は「糸の聖書」とでも呼べるでしょう。形は異なっても、人々の信仰や世界観を表現し、次世代へと伝える役割は共通していることに思い至りました。
旅人の心に灯る、信仰という名の光

ヴェセリー・ナド・モラヴォウで過ごした数日間は、私の心に深く静かな余韻をもたらしました。丘の上に佇む守護天使教会で響いた鐘の音や、旧市街の聖母マリア被昇天教会で感じた人びとの祈りの温もり。それらは、宗教の信仰とは別の次元で、人間の魂の根底に触れる体験でした。
教会という空間には特別な力があります。そこは単に祈りを捧げる場というだけでなく、共同体の歴史を伝える記憶の装置であり、芸術と精神性が融合する舞台でもあります。何よりも、日常の喧騒から離れて、自分自身と静かに向き合うことを許してくれる聖域なのです。ステンドグラスを通る彩り豊かな光の中に立ち尽くすと、日々の悩みや不安がほんの少しだけ小さく感じられます。
この旅で私が強く感じたのは、モラヴィアの人々が信仰をいかに歴史や文化、さらには日常生活の中に溶け込ませてきたかということでした。それは特別なものではなく、食事や睡眠と同じくごく自然な生活の一部です。だからこそ、幾度もの戦争や政治変動という荒波を乗り越えても、その灯火は消えなかったのでしょう。
南米の強烈な陽光の下で育った私にとって、ヨーロッパの曇り空のもとで育まれた内省的で深遠な信仰の世界は、時に複雑で捉えがたいものに思えることもあります。しかし、ヴェセリー・ナド・モラヴォウの教会で過ごした時間は、その根底にあるのが、幸せを願い安らぎを求め、目に見えない大きな存在に感謝するという人間共通の感情であることを教えてくれました。
旅を終え、日常に戻った今でも、あのモラヴィアの空の下で聞こえた鐘の音が、時折静かに私の心の中に響いています。それは、人生という旅において誰も一人ではないと優しく語りかける守護天使の声のようです。この静かな町で得た心の安らぎと温かな光を胸に抱き、私は再び次の旅へと歩みを進めていきます。

