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    水鏡に映るルネサンスの夢、チェコ・テルチへ。森と湖が奏でる幻想曲

    プラハの喧騒を背に、列車は南へ。車窓を流れるのは、穏やかな丘陵と深い森がどこまでも続く、ボヘミアの大地です。僕の旅はいつも、そんなふうに始まります。計画なんてあってないようなもの。ただ、心のコンパスが指し示す方角へ、音に導かれるように足を運ぶだけ。今回、その針がぴたりと止まった場所、それがチェコの小さな町、テルチでした。「モラヴィアの真珠」と謳われるその街は、まるで時が止まったかのようなルネサンスの宝石箱。そして、その宝石箱を優しく包み込む湖と森が、僕の心を捉えて離さなかったのです。今回は、おとぎ話の世界から抜け出してきたようなテルチの街並みと、その周囲に広がるヴィソチナ地方の豊かな自然を巡る旅の記憶を、一枚のレコードに針を落とすように、ゆっくりと紡いでいきたいと思います。

    目次

    テルチ歴史地区 – 時が止まったルネサンスの宝石箱

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    テルチの駅に降り立った瞬間、空気が一変したのを感じました。都会の慌ただしいリズムは消え失せ、ゆったりとしながらもどこか上品なペースが街全体を包んでいるようです。石畳の道を歩きながら旧市街に入ると、信じられないほど美しい光景が目の前に広がりました。ここは世界遺産に登録されているテルチ歴史地区の中心、ザハリアーシュ・ス・フラドツェ広場です。その見事な美しさは「美しい」という言葉だけでは到底言い表せません。まるで巨大なキャンバスに描かれた絵画の中に迷い込んだかのような、完璧な調和と色彩の調べがそこにありました。

    ザハリアーシュ・ス・フラドツェ広場 – パステルカラーの交響曲

    細長く伸びる広場を囲むのは、まるでオーケストラの楽器のようにカラフルな家々。淡いピンクやミントグリーン、スカイブルー、クリームイエローなどのパステルカラーで彩られた建物の正面は、どれもが唯一無二の表情を持っています。切妻屋根や細かな装飾の破風(屋根の三角部分)が、それぞれ異なるメロディーを奏で、集まることで美しいシンフォニーを生み出しています。これらの建物は「ブルジョワの家」と呼ばれ、かつてこの街で富を築いた商人たちが、その財力や美的センスを競い合って建てたものと伝えられています。

    ここで興味深いトリビアを一つ。1530年、テルチは大火に見舞われ、木造家屋のほとんどが焼失しました。しかし当時の領主ザハリアーシュ・ス・フラドツェはこれを機に街の再建を決意。イタリア・ルネサンス文化に深く傾倒していた彼は、イタリアから建築家や芸術家を招聘し、統一感ある美しい街並みを築きました。広場に面した家々の正面には、漆喰を掻き落として模様を描く「スグラッフィット技法」と呼ばれるルネサンス期に流行した装飾が施されています。聖書の物語や神話のワンシーン、幾何学模様などの絵が壁一面に広がり、各家がまるで美術館のようです。商人たちは壁の装飾で、富だけでなく教養の深さも示していたのかもしれません。現代の私たちがSNSに「映える」写真を投稿する感覚とどこか通じるものがあり、思わずほほえましい気持ちになりました。

    広場を歩く際は、ぜひ建物の一階部分に注目を。連続するアーケードは、雨や強い日差しを避けられる快適な歩道を作り出しています。その下を歩くと、中世にタイムスリップしたかのような感覚に浸れます。カフェや土産物店が軒を連ね、ショーウィンドウを眺めるだけでも心が躍ります。写真好きにとって特に魅力的なのは、アーケードの柱が生み出す奥行き感。柱越しに見る広場の風景や向かいのカラフルな建物を額縁のように切り取ると、印象的な一枚が撮れることでしょう。

    広場の中心には聖マルガレータの噴水とマリア記念柱が静かに佇んでいます。これらは街の守護と繁栄を祈って建てられたもので、美しい街並みに荘厳さを添えています。噴水そばのベンチに座り、ただぼんやりと広場を眺めているだけで、時間があっという間に流れていきます。行き交う人々や壁に落ちる影の移ろい、遠くから聞こえてくる教会の鐘の音すべてが、テルチという街の特別な時間の流れを教えてくれるようでした。

    スポット名ザハリアーシュ・ス・フラドツェ広場 (Náměstí Zachariáše z Hradce)
    住所Náměstí Zachariáše z Hradce, 588 56 Telč, Czechia
    見どころパステルカラーに彩られたルネサンス様式の家々、スグラッフィット装飾、連続アーケード、聖マルガレータ噴水、マリア記念柱
    写真映えポイントアーケードの柱を額縁にした構図、壁の繊細な装飾、広角で撮る広場全体のパノラマ、夕暮れのマジックアワー
    豆知識1530年の大火災後、領主ザハリアーシュによりイタリアルネサンス様式で再建。商人たちの家は富と名誉の象徴。

    聖ヤコブ教会 – 天に伸びるゴシックの尖塔

    ザハリアーシュ広場の喧騒から視線を上げると、高く雄々しい尖塔が目に飛び込みます。これがテルチの象徴、聖ヤコブ教会です。広場の華やかなルネサンス建築とは対照的に、こちらは天に向かってそびえる厳粛なゴシック様式。14世紀に建てられましたが、火災や改修を経て現在の姿になったと伝えられています。高さ約60メートルの尖塔は街のいたるところから見え、まるで街を見守る灯台のような存在です。

    教会内に一歩足を踏み入れると、ひんやりした空気が肌に触れ、外の光や喧騒が遠ざかっていくのを感じます。高く続く身廊、アーチ状に描かれた天井はまるで神へ向かう道のように神聖です。内部はゴシック基調ですが、バロック様式の祭壇や装飾も加わり、時代を超えた芸術が見事に調和しています。ステンドグラスから差し込む光が床や柱に色彩豊かな模様を描き、その幻想的な美しさに思わず息をのんでしまいました。音楽大学を中退した私ですが音楽への情熱は消えていません。この荘厳な空間でパイプオルガンの響きを聞けたらどれほど素晴らしいだろうと、しばし想像の世界に浸りました。

    この教会の最大の魅力は展望台からの眺望です。狭くて息を切らしがちな螺旋階段を登り切ると、視界が一気に開けます。眼下には先ほど歩いたザハリアーシュ広場が、おもちゃのミニチュアのように広がって見えます。パステルカラーの屋根が連なる様子は上空から見るとまた別の表情を見せてくれます。その先には輝く湖面、テルチ城の優美な姿、そして地平線まで続く深い森が広がっています。頬を撫でる風とかすかな街の音に包まれ、テルチが水と緑に恵まれた地であることが肌で感じられました。

    もう一つトリビアを。この教会の鐘はかつて街の危機を知らせる役割を担っていました。火災や敵襲の際には鐘の音が街中に鳴り響き、人々は広場に集まり力を合わせて危機に立ち向かったそうです。展望台から街を見下ろしながら、その遠い昔の人々の営みや祈りが風に乗って聞こえてくるような気がしました。美しいだけでなく、生活や歴史が深く刻まれた場所、それが聖ヤコブ教会。テルチを訪れた際はぜひこの階段を上り、この街の息吹を肌で感じてください。

    スポット名聖ヤコブ教会 (Kostel sv. Jakuba Staršího)
    住所Náměstí Zachariáše z Hradce, 588 56 Telč, Czechia
    見どころ高く聳えるゴシック尖塔、荘厳な内部空間、バロック祭壇、展望台からの360度パノラマビュー
    写真映えポイント展望台から俯瞰するザハリアーシュ広場のミニチュア風景、湖と森を含むテルチ全体、教会内のステンドグラスの光彩
    豆知識展望台へは狭く急な階段を登るため歩きやすい靴が必要。鐘はかつて街の危機を知らせる重要な役割を果たしていた。

    テルチ城 – 貴族が描いた理想の庭園

    ザハリアーシュ広場のすぐ隣、シュチェプニツキー池に優雅に映るのがテルチ城です。この城はテルチの歴史に欠かせない、まさに街の心臓部とも言うべき存在です。14世紀のゴシック要塞として築かれましたが、広場再建の指導者ザハリアーシュ・ス・フラドツェによってルネサンス様式の豪華なシャトーへと生まれ変わりました。彼は防御拠点にとどまらず、文化と芸術の中心地として、誰もが羨む理想郷をこの地に築こうと努めたのです。

    城内はガイドツアーでのみ見学可能ですが、参加する価値は計り知れません。扉をくぐるとそこは別世界。「豪華絢爛」という言葉が最もふさわしい空間。特に感動的なのが「黄金の間(Golden Hall)」。名前の通り、息をのむ美しさの黄金色格天井が訪れる人を迎えます。30枚の木彫りレリーフにはギリシャ神話の英雄ヘラクレスの物語、旧約聖書の場面、そして当時の領主ザハリアーシュ自身の姿が細やかに彫られています。これらは単なる装飾ではなく、彼の権力や教養、高潔さを示す壮大なプロパガンダアートでした。ガイドの解説に耳を傾け、レリーフに込められた物語を読み解くひとときは、美術史の講義を受けるようで知的好奇心が大いに刺激されます。

    さらに、狩猟を描いたトロフィーで埋め尽くされた「アフリカの間」、青を基調に繊細な装飾が美しい「青の間」、歴代領主の肖像画が並ぶ「騎士の間」など、見どころは尽きません。各部屋が異なるテーマで飾られ、当時の貴族たちの華やかな暮らしぶりを垣間見ることができます。ここでひとつ小話を。ザハリアーシュ公は妻カテジナ・ス・ヴァルトシュテインを深く愛していました。城内にはそれぞれのイニシャル「Z」と「K」を組み合わせた紋章や、二人が手を取り合う様子が装飾として散りばめられています。政略結婚が多かった当時、二人の強い絆がうかがえます。この物語を知ると、豪華な飾りのひとつひとつがよりロマンティックに輝いて感じられることでしょう。

    見学後は隣接する城庭園もぜひ散策してみてください。幾何学的に整えられたフランス式庭園は静寂と落ち着きを醸し出します。温室のアーケードや木々の間から覗く池の景色も美しく、散策に最適です。壮麗な城内とは対照的な、開放的で穏やかな空間での深呼吸は旅の疲れを癒してくれるでしょう。テルチ城は歴史、芸術、そして愛の物語が結晶した、まさにルネサンスの夢の舞台といえます。

    スポット名テルチ城 (Státní zámek Telč)
    住所Náměstí Zachariáše z Hradce 1, 588 56 Telč, Czechia
    見どころ黄金の間の豪華な格天井、多彩なテーマで飾られた各部屋、美しい中庭、隣接するフランス式庭園
    写真映えポイント黄金の間の天井レリーフの細部、中庭の美しいアーチ、庭園から眺める城と池の風景
    豆知識内部見学はガイドツアーのみ。領主ザハリアーシュと妻カテジナの愛の証が城中に散りばめられている。

    湖面に映る幻影 – テルチを巡る三つの池

    テルチの美しさを唯一のものにしている要因は、街を取り囲む三つの池の存在です。ウヘレツキー池、シュチェプニツキー池、そしてスタロムěstský池。これらは中世に外敵から街を守る防御用の堀として築かれました。しかし時代の変遷とともに役割を終えた今では、巨大な鏡のように街の風景を映す池となり、テルチに幻想的な魅力をもたらしています。風がない穏やかな日には、水面に映る「逆さテルチ」が、まるで現実と夢の境界が溶け合ったかのような、不思議な感覚へと誘います。

    ウヘレツキー池 – 水鏡に映る絶景のパノラマ

    テルチを代表する景色として多くのポストカードやガイドブックに登場するのが、ウヘレツキー池越しに望む歴史地区のパノラマです。南側に広がるこの池の岸辺に立つと、ザハリアーシュ広場の色とりどりの建物、聖ヤコブ教会の鋭い尖塔、優雅なテルチ城のシルエットが一直線に並び、水面に完璧な姿を映し出します。一度この光景を目にすれば、なぜテルチが「モラヴィアの真珠」と称されるのかがすぐにわかるでしょう。

    写真愛好家にとって、この場所はまさに聖地です。時間帯によって表情を変える風景は早朝、池に朝霧がかかると街がまるで霧の中から浮かび上がる蜃気楼のごとく見えます。陽が高く昇り青空が広がれば、建物の色彩が鮮やかになり、水面の反射も鮮明に映ります。私が特に心を奪われたのは夕暮れ時。西の空に傾く太陽がオレンジから紫のグラデーションを描き、その色彩が水面と街の壁に染み渡ります。シルエットとなった街並みが燃えるような空を背景に浮かび上がる様は、まるで絵画を越えた壮大な交響詩のようでした。日が沈み街に明かりが灯ると、水面には光の粒が揺らぎロマンティックな夜景が広がります。

    この絶景をベストなコンディションで楽しむための秘訣は「風の有無」です。完璧な水鏡、いわゆる「逆さテルチ」を撮影するには、水面が完全に静かで風がないことが不可欠です。風速をチェックし、風の穏やかな早朝や夕方を狙うのが賢明です。また、池の周りにある遊歩道を歩き角度を変えれば、まったく異なる表情の写真を捉えられます。教会を中心に据えたり、城を主役にしたりして、自分だけのベストアングルを見つけるのも楽しみの一つです。単にシャッターを切るだけでなく、光と風の微妙なバランスを読み取り、街が最も輝く瞬間を待つことは、旅人にとって最高のひとときとなるでしょう。

    シュチェプニツキー池 – 静寂と緑に包まれた散歩道

    ウヘレツキー池が華やかな表舞台ならば、街の北側にあるシュチェプニツキー池は、静かな安らぎをもたらす裏舞台のような存在です。ここは観光客も少なく、よりプライベートな時間を享受できます。池の周囲には豊かな緑の公園が広がり、木陰のベンチでは地元の人々が読書に興じたり、犬の散歩を楽しんだりと、穏やかな日常の風景が流れています。

    この池の魅力は、テルチ城との調和にあります。城の背後および庭園が池に面しているため、水辺を散策していると、まるで城の広大な敷地を歩いているかのような感覚に包まれます。石造りの城壁が水面に影を落とし、庭園の木々がそよ風に揺れ、水鳥が羽ばたく音だけが響く静寂の世界。喧騒を離れ、ゆったりと物思いにふけりたい時にこれほど適した場所はありません。

    テルチの地形に関するトリビアをひとつ。歴史地区は三つの池と水路によってほぼ完全に外界から切り離された半島状の地形を成しています。これは最大限の防御を意図した設計でした。シュチェプニツキー池沿いに歩くと、街への入り口となる小さな橋が複数架かっていることに気づくでしょう。かつてこれらの橋が跳ね上げられると街は難攻不落の要塞となりました。今は平和の象徴ともいえる美しい水辺の景色も、かつては生死を分ける最前線でした。その歴史に思いを馳せながら歩くと、見える景色に新たな深みが加わってくるのが不思議です。

    スタロムěstský池 – 街の歴史の始まりを見守る水面

    三つの池の中でも最も小さく、旧市街の古いエリアに寄り添うのがスタロムěstský池です。ザハリアーシュ広場の華やかさとは異なり、素朴で歴史の息吹を感じさせる場所に位置しています。池のほとりには、ゴシック様式の小さな聖霊教会が静かに佇み、その白壁と赤い屋根が水面に映る姿は、派手さこそないものの心にじんわりと染み渡る美しさを持っています。

    この周辺はテルチがルネサンス期に大改修される前の中世の面影を多く残しているとされます。迷路のような細い路地や古びた石垣、そしてこのスタロムěstský池。こここそ、まさにテルチの歴史の起点を見守り続けてきた生き証人のような存在かもしれません。観光客で賑わう中心部からわずか数分歩くだけで、こんなにも静かで郷愁を誘う風景に出会えるのは、テルチの深い魅力の一つです。ゆとりがあれば、ぜひこの小さな池の周囲をゆっくり散策し、長い年月を重ねてきたテルチの歴史に耳を傾けてみてください。派手な観光地では味わえない、心豊かなひとときを見つけられることでしょう。

    チェコの森へ – ヴィソチナ地方の深呼吸

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    テルチの魅力は、世界遺産に登録された街並みだけにとどまらず、その外に広がる自然の美しさにもあります。街の外に一歩踏み出せば、チェコでも特に景観が優れていると称されるヴィソチナ地方の広大な丘陵が広がっています。深く静かな森、小さな村々が点在し、きらめく湖が散りばめられたその風景は、まるで絵画のようで心を穏やかに癒してくれます。歴史的な地区の散策に少し疲れたら、レンタサイクルやバスを利用して、この美しいチェコの森へ足を伸ばすことをぜひおすすめします。

    聖ヤンの丘 – テルチを見守る巡礼の地

    テルチの街から南東方向へ、のどかな田園が広がる道を約30分歩くと、ほどよい高さの丘が見えてきます。これが聖ヤンの丘です。地元の人々にとっては親しまれた散歩コースであり、かつては巡礼の地としても賑わっていました。緩やかな坂を上るにつれて視界が広がり、背後にはテルチの街並みが広がります。

    丘の頂上に立った瞬間、僕は思わず「わあ」と声を漏らしました。そこからの眺めは聖ヤコブ教会の展望台とはまた違った、格別の美しさがあったためです。ミニチュアのように見えた街が、ここでは自然と見事に調和した一つの風景として目に飛び込んできます。三つの池が太陽の光を反射してきらめき、その中央にまるで真珠のように輝くテルチの街。そしてそれらを包み込むように、どこまでも続く森や畑のパッチワーク。まさにヴィソチナ地方の豊かさを象徴する絶景です。写真撮影の際には、望遠レンズで街並みを引き寄せ、圧縮効果によって背景の森と一体化させるのも面白いでしょう。

    丘の上には、バロック様式のかわいらしい聖ヤン・ネポムツキー礼拝堂が建っています。ここでひとつ、この聖人に関する小話を紹介します。聖ヤン・ネポムツキーはチェコで最も敬われている聖人の一人で、特に「橋の守護聖人」や「水の聖人」として知られています。その理由は彼の悲劇的な死に由来します。14世紀、当時の王ヴァーツラフ4世の怒りを買い、プラハのカレル橋からヴルタヴァ川(モルダウ川)に投げ落とされ殉教したと伝えられているのです。このため、チェコの古い橋のたもとや水辺には彼の像や礼拝堂が多く見られます。テルチは池に囲まれた水の街であることから、この丘の上に彼が祀られているのは非常に自然なことかもしれません。礼拝堂の前で静かに手を合わせ、この街の平和と水の恵みに感謝しました。

    ロシュテイン城 – 森にひっそり佇むゴシックの古城

    さらに深くチェコの森の神秘に触れたいなら、テルチからバスで少し足を伸ばし、ロシュテイン城を訪れてみるのも良いでしょう。深い森の中に隠れるように佇むこの城は、14世紀に建てられたゴシック様式の建造物で、おとぎ話に登場するような三角屋根の塔が印象的です。華麗なルネサンス様式のテルチ城とは対照的に、こちらは中世の騎士や貴族の暮らしを彷彿とさせる質実剛健ながらもロマンティックな雰囲気が漂います。

    城内には当時の武具や家具、生活用品などが展示されており、中世の城での暮らしぶりをリアルに感じることができます。細い螺旋階段や厚い石壁の部屋、そして窓の外に広がる緑の森。ここに籠城すれば、敵から身を守ることができたのだろうと想像が膨らみます。城の歴史を解説するガイドツアーも魅力的ですが、ロシュテイン城にはもう一つの顔があります。それは、多くの伝説や幽霊話が伝わるミステリアスなスポットとしての側面です。

    中でも有名なのが「白い貴婦人」の伝説です。彼女はかつてこの城に暮らしたペルヒタ・ス・ロジェンベルカという女性の霊とされており、不本意な結婚により不幸な人生を送りました。死後も白いドレスの姿で城内をさまよい、その姿を見る者には幸運または不運が訪れると言い伝えられています。他にも、首のない騎士の幽霊が夜な夜な現れるという話など、背筋が少し冷たくなるような逸話が多数残されています。これらのトリビアを知っていると、城の薄暗い廊下を歩くだけで冒険心がくすぐられることでしょう。城の周辺はハイキングコースとしても整備されているため、見学とあわせて森の散策を楽しむのもおすすめです。鳥のさえずりや木々のざわめきに耳を澄ませながら歩けば、まるで中世の世界に迷い込んだかのような不思議な体験ができるかもしれません。

    スポット名ロシュテイン城 (Hrad Roštejn)
    住所Roštejn 1, 588 56 Doupě, Czechia
    見どころ森の中に佇む美しいゴシック様式の城、中世の生活を伝える内部展示、城から望む豊かな森の眺め
    写真映えポイント森の木々の間から見える城の全景、城の窓枠ごしに見る森の風景
    豆知識「白い貴婦人」の霊の伝説が有名。テルチからバスで行けるが、便数が少ないため事前の時間確認が必要。

    旅の旋律を奏でる – テルチの食と文化

    旅の魅力は、ただ美しい風景や歴史的建造物を眺めることだけに留まりません。その土地特有の味覚や文化に触れることで、旅の思い出はより深く、色鮮やかなものになるのです。テルチは小さな町ながら、訪れる人の心と体を温かく包み込む素朴な食文化が息づいています。

    モラヴィアワインの魅力

    「チェコ」と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、多くの人にとってビールでしょう。確かにチェコは世界的なビール大国ですが、テルチが位置するモラヴィア地方は、実は国内でも有数のワインの産地として知られています。特に白ワインが高く評価されており、爽やかな酸味とフルーティーな香りが特徴的です。プラハなどの都市部ではめったに味わえない地元産ワインを堪能できるのは、この地ならではの特権と言えるでしょう。

    ザハリアーシュ広場に面したレストランのテラス席で、美しい街並みを眺めながら冷えた白ワインを一杯楽しむ。この贅沢はなかなか味わえません。料理は、この地方の伝統的なメニューに挑戦するのがおすすめです。特に、池で育った鯉(カプル)を使った料理は名物の一つです。フライやグリルなど、様々な調理方法で楽しめる淡白な白身魚と、キリッとした酸味の白ワインの相性はまさに絶妙。地元の人々が集う小さな居酒屋「ホスポダ」では、陽気な店主におすすめのワインを教えてもらいながら、チェコ語の会話に耳を傾けるひとときも、忘れがたい思い出となるでしょう。

    広場のカフェで過ごす午後のひととき

    街散策に疲れたら、広場に面したカフェで甘い一休みをどうぞ。テルチのカフェは、どこも歴史的な建物のアーケードの下にあり、独特の雰囲気が漂っています。ショーケースにはチェコの伝統的なケーキや焼き菓子がずらりと並び、どれにしようか迷ってしまうほどの豊富さです。私のおすすめは「メドヴニーク」という蜂蜜のケーキ。何層にも重なった生地の間に、蜂蜜と練乳のクリームが挟まれており、濃厚ながらも優しい甘さが口いっぱいに広がります。コーヒーとの相性も抜群です。

    美しい広場を眺めつつ温かいコーヒーと甘いケーキをじっくり味わう時間は、単なる休憩以上の価値があります。あえて観光地を駆け巡るのではなく、何もしない時間を作り、行き交う人々を眺めたり、建物のスグラッフィット装飾の細部に目を向けたりすることで、旅の記憶は一層深く心に刻まれます。テルチのカフェは、「贅沢な無為の時間」を過ごすのに最適な場所と言えるでしょう。

    テルチで見つける、小さなアートの宝物

    旅の記念に特別なものを見つけたいと思ったら、広場のアーケードに並ぶ小さなお店を訪れてみてください。そこにはチェコの伝統工芸品や地元アーティストの作品が並び、宝探しのような楽しさがあります。輝くボヘミアンガラスのアクセサリー、温もりを感じる木製のマリオネット(操り人形)、手描きの陶器など、いずれも職人の技が光る逸品です。

    私が特に心惹かれたのは、ある小さなギャラリーで見つけたテルチの街並みを描いた水彩画でした。写真とは異なる、画家の視点を通して切り取られた風景は一層詩的で、温かい感情が溢れていました。高価なものでなくても、自分が「これだ」と感じる品物に出会えた喜びは、旅の大きなハイライトとなります。それは、テルチで過ごした時間や感じた空気、聞いた音といった全てを凝縮して持ち帰るような特別なもの。そんな自分だけの宝物を見つけることも、テルチ散策の醍醐味のひとつです。

    旅の終わりに – 心に刻むテルチの風景

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    テルチで過ごした数日間は、まるで美しい夢の中にいるかのような体験でした。パステルカラーに彩られた家々が奏でる軽快なメロディー、教会の鐘が響かせる荘厳な調べ、そして湖面に映る静かな反響。この街全体が、まるで一つの完璧な音楽作品のように見事に調和していました。

    水面に映る「逆さテルチ」は、ただの反射に留まりません。それは、現実の世界と誰もが心に描く理想郷や夢の世界が溶け合う瞬間の風景なのかもしれません。ザハリアーシュ公が描いた理想郷は、約500年の時を経てもなおこの地に息づき、訪れる人々の心に静かな感動を呼び続けています。

    もしあなたが日常の喧噪を離れ、ただ美しいものに心を委ねたいと願うなら、ぜひチェコのテルチ行きの列車に乗ってみてください。そして、広場の石畳を歩き、湖畔に佇み、森の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んでみてください。きっとそこには、あなたの心の弦を優しく揺らす、あなただけの風景や物語が待っていることでしょう。この旅の記憶が、次なる旅の序章となることを心から願っています。

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    この記事を書いた人

    ヨーロッパのストリートを拠点に、スケートボードとグラフィティ、そして旅を愛するバックパッカーです。現地の若者やアーティストと交流しながら、アンダーグラウンドなカルチャーを発信します。

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