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    古代トラキアの聖地ベリンタッシュへ。星と交信した岩の祭壇、時空を超えたエネルギースポットを巡る旅

    旅の理由は、いつも気まぐれな風に吹かれて決まります。ある日は琥珀色のウィスキーが眠る蒸留所へ、またある日は路地裏で湯気を立てる一杯のラーメンへ。全国を飲み歩くのが私の生業ですが、今回の旅は少し趣が違いました。グラスの代わりに羅針盤を、いや、心のコンパスを頼りに向かった先は、遥か東欧の国、ブルガリア。その南部に広がるロドピ山脈の奥深く、古代トラキア人が神々と交信したと伝えられる謎の岩塊、「ベリンタッシュ」が私を呼んでいたのです。

    「知識の石」とも呼ばれるその場所は、強力なエネルギースポットであり、UFOの発着所だったという噂さえ囁かれるミステリアスな聖地。古代人はこの巨大な岩の上で何を祈り、どんな宇宙を見ていたのでしょうか。酒で火照った体を冷ます夜風とは違う、太古の風に吹かれてみたい。そんな思いに駆られ、私は飛行機に飛び乗りました。文明の喧騒から遠く離れた山中で、時を超えた声に耳を澄ます旅が、今始まります。

    このような古代の聖地や時を超えた祈りの場を求める旅は、例えばルーマニアの辺境で静かに佇む木造教会群を巡る旅へと繋がっていくものです。

    目次

    神々の囁きが聞こえる場所、ベリンタッシュとは

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    「ベリンタッシュ」という言葉の響きには、どこか呪文のような神秘的な魅力が感じられませんか。ブルガリア語で「白い石」や「知識の石」を意味するとされるこの地は、その名前の通り、緑の大地に浮かぶ巨大な白いクジラのような形をしており、訪れる人々を静かに見下ろしています。全長約300メートル、幅約40メートル、標高1225メートルに位置するこの広大な一枚岩の台地は、ただの奇岩ではありません。ここは、古代トラキア人にとって宇宙と繋がるための神聖な祭壇であり、その歴史は深いベールに包まれているのです。

    古代トラキア人とは、紀元前1000年頃からバルカン半島一帯に栄えた勇猛で魅力的な民族です。彼らは文字を持たなかったため、その文化や信仰の多くは依然として謎に包まれています。しかし、ギリシャの歴史家ヘロドトスの記述や、ブルガリア各地で発掘された豪華な黄金の副葬品から、彼らが高度な文明を誇り、独自の精神世界を築いていたことがわかっています。特に、自然崇拝を基盤とし、太陽や月、星々、さらには山や岩といった自然そのものに神性を見出していたのです。音楽と予言の神オルフェウスの伝説が生まれたのも、このロドピ山脈だと伝えられています。

    ベリンタッシュは、そんな彼らの信仰の中心地のひとつでした。平らな岩の台地は自然の産物ではなく、明確に人の手によって加工された痕跡が数多く残されています。無数の穴や溝、水路、祭壇のような区画などが点在し、これらはすべてトラキアの神官たちが壮麗な儀式を執り行うために創り上げた巨大な野外神殿だと考えられているのです。彼らはここで太陽を崇め、星の動きを読み解き、神託を受けていたのかもしれません。まさに天と地が交差し、神々と人間が対話する聖なる場所だったのでしょう。

    このベリンタッシュは、近隣に存在する聖地「カラスト(十字架の森)」や「タトゥル」とともに、「ロドピの聖なる三角形」を形成すると言われています。この三箇所は強力なエネルギーで結ばれたトライアングルをなしており、古来より特別な意味を持つ場所とされてきました。現代においても、その神秘的な魅力は色あせることなく、多くの人々を惹きつけてやみません。科学では解き明かせない謎と、魂を揺さぶる荘厳な空気がベリンタッシュには満ちているのです。

    いざ、聖なる岩へ。ベリンタッシュへの道のり

    ブルガリア第二の都市プロヴディフの喧騒を背にし、レンタカーのハンドルを南へと切りました。目的地はロドピ山脈の奥深く。車窓の風景は、穏やかな平原から次第に緑豊かな山岳地帯へと移り変わっていきます。アセノフグラトの町を過ぎると道は曲がりくねった山道となり、すれ違う車もほとんどなくなりました。聞こえてくるのはエンジン音と鳥のさえずりだけ。窓を開けると、松の樹脂と湿った土の香りが混ざり合った濃厚な山の空気が流れ込んできます。都会の洗練されたジンも魅力的ですが、この大自然の香りを肴に味わう一杯も、また格別だろうなと不謹慎ながらも期待に胸を膨らませました。

    やがて、「Белинташ(ベリンタッシュ)」と書かれた小さな看板が見え、未舗装の駐車場に到着。車から降りると、ひんやりとした空気が肌を撫で、下界とは明らかに異なる清らかな空気を感じ取れました。ここから聖なる岩までは、約30分のハイキングコース。信頼の置けるトレッキングシューズの紐をきつく締め直し、いよいよ神聖な地へと足を踏み入れます。

    道はよく整備されていますが、一部にはごつごつとした岩が露出した登り坂もあります。息が少し弾みますが、それが心地よい刺激に感じられました。周囲はブナやオークの原生林に覆われ、木漏れ日が地面で揺れる様子はまるで緑色のステンドグラスのよう。時折、視界が開けるスポットからは、幾重にも連なるロドピの山々が一望できます。どこまでも続く緑の丘陵、その先に霞んで見えるバルカン山脈の稜線。その壮大なパノラマが、この地が特別な場所であることを予感させました。

    道中、興味深い光景にも出会いました。木の枝に色とりどりのリボンや布切れが結びつけられていたのです。これはブルガリアの伝統的な願掛け「マルテニッツァ」に似た習わしで、健康や幸せを願う人々が、この聖なる道で思いを込めて結びつけたものでしょう。一つ一つの結び目に素朴な祈りが宿っているかのようで、心がほっこりと温まりました。

    ゆっくりと歩を進めるうちに、森の雰囲気が変わってきていることに気づきます。樹木の背が低くなり、巨大な岩がごろごろと転がる荒涼とした風景に変わってきました。そして、完全に森を抜けた瞬間、目の前に突如現れたのは、空へとそびえ立つ巨大な白い岩の船のような姿。これがベリンタッシュとの出会いでした。その圧倒的な存在感に、私はただ静かに立ち尽くすほかなかったのです。

    岩に刻まれた宇宙の暗号。謎めいた穴と溝の正体

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    息を切らせながら最後の坂を登りきると、視界が一気に開けます。目の前に広がるのは、想像を超える規模の岩のプラットフォームで、そこがベリンタッシュの頂上でした。表面は風化で滑らかになっていますが、明らかに人の手が加えられた形跡が無数に残されています。大小さまざまな円形の穴や、水路のように岩を掘って作られた溝、そして祭壇を思わせる四角いくぼみ。これらは一体どんな目的で作られたのでしょうか。考古学者や歴史家の間でも、その解釈について多くの説が飛び交っています。

    天体観測説 – 古代の天文台

    最も支持されている説の一つは、ここが古代の天文台だったというものです。台地に点在する数百もの穴は、一見ばらばらに掘られているように見えますが、特定の星座、例えばプレアデス星団やオリオン座、おおぐま座などの星図と一致していると指摘されています。また、いくつかの穴と溝の組み合わせは、夏至や冬至、春分や秋分の日の出・日の入りの方向を正確に示しているとも言われています。古代の神官たちは、この大きな岩の台座の上で天体の動きを観察し、農耕暦を作成し、未来を占っていたのかもしれません。夜空には満天の星が降り注ぐように広がり、宇宙と交信するのにこれほど適した場所はなかったでしょう。

    儀式説 – 神々への供物

    もう一つの説は、これらの穴や溝が宗教的な儀式に用いられたというものです。例えば、岩の上部には二つの大きな「水槽」のようなくぼみがあり、そこに雨水がたまる仕組みになっています。この水は神聖な水として儀式に使われていたと考えられています。さらに、多数の小さな穴には神々への献げ物であるワインや牛乳、または動物の生贄の血が注がれたのではないかと推測されます。そして、それらの液体は複雑に掘られた溝を伝って特定の場所へ流れ、その流れ方や速さをもとに神託が占われていたというのです。岩の表面に刻まれた無数の穴は、古代トラキア人の深い信仰と、幾度となく執り行われた神聖な儀式の痕跡なのかもしれません。

    エネルギー説 – 地球との交信点

    よりスピリチュアルな観点からは、これらの穴は地球のエネルギーが集中するポイント、いわばツボのようなものだとする説もあります。古代のシャーマンや神官は特別な感覚を持ち、エネルギーのラインが交差する場所を見つけて穴を掘り、大地のエネルギーを増幅し、神々や異次元の存在と交流していたという考え方です。実際にベリンタッシュは強い磁場を持つ場所として知られており、この説を支持する人々は後を絶ちません。岩に刻まれた模様は、人類がまだ解明していないエネルギーの流れを図示したものかもしれません。

    UFO発着点説 – 異星人との接触の場

    そして、最もSF的な説として、ここがUFOの発着場だったというものがあります。平坦な台地と不思議なマーキング。確かに、古代の宇宙船が着陸する場所として適している可能性もあるでしょう。この地域ではUFOの目撃情報も多く、ベリンタッシュの強力なエネルギーが宇宙船を引き寄せていると信じる人もいます。真偽は不明ですが、この壮大な岩を目の前にすると、「もしかすると…」という想像が自然と広がってしまいます。古代人が見ていたのは星だったのか、神々だったのか、あるいは我々の知らない何かだったのか。その真実は、風化した岩の奥深くで今なお静かに息づいているのかもしれません。

    肌で感じる、ベリンタッシュの神秘的なエネルギー

    科学的な考察も興味深いですが、ベリンタッシュの真の魅力は理屈を超えたところにあるのかもしれません。この場所は古くから強力なエネルギースポットとして知られ、訪れる人々に不思議な体験をもたらすと言われています。コンパスが磁気異常でぐるぐる回り出したり、電子機器のバッテリーが突然切れたり、逆に充電されるといった噂が絶えない地です。

    私もこのエネルギーを確かめようと、台地の中央付近にあるひときわ大きな岩の上に胡坐をかいて座ってみました。普段は喧騒を好む旅ライターには不似合いな瞑想の時間です。最初は落ち着かなかったものの、ゆっくり目を閉じて吹き抜ける風の音に耳を澄ませていると、次第に不思議な感覚に包まれました。

    まず感じたのは、圧倒的な静寂でした。人の作り出す音が一切ない世界で、聞こえるのは風が岩の表面を撫でる音と遠くで鳴く鳥の声のみです。その静けさの中で、自分の心臓の鼓動が異様に大きく聞こえました。次に感じたのは、岩から伝わるほんのりとした温かさです。何千年ものあいだ太陽に照らされ続けてきたこの岩は、生きているかのように大地の温もりを蓄えているように思えました。

    しばらく座っているうちに、頭の中を駆け巡っていた雑念がすーっと消えていくのを感じました。次の原稿の締切も、飲み残したウィスキーのことも、どうでもよくなっていきます。思考がクリアになり、感覚だけが研ぎ澄まされていくような、不思議な心地よさ。これが人々が言う「ベリンタッシュのエネルギー」なのでしょうか。劇的に変化するわけではありませんが、心の澱が洗い流されリセットされるような気分になりました。普段は酒のことばかり考えている私の頭も、この瞬間だけは空っぽになり、ただ「ここにいる」という存在の純粋な喜びに満たされました。

    周囲を見ると、私と同じように岩の上に座って静かに目を閉じている人、ヨガのポーズをしている人、あるいは大の字になって空を見上げている人がいました。皆それぞれの方法で、この場所が持つ特別な気と対話しているのです。エネルギーに敏感な人はもちろん、そうでない人でも、この場所独特の雰囲気、360度広がる壮大な景観、そして深い静寂の中に身を置けば、心が洗われるような体験ができるはずです。日々の疲れやストレスを抱えているなら、ぜひ一度この岩の上で深呼吸してみてください。きっと、忘れていた何かを思い出させてくれることでしょう。

    ベリンタッシュを訪れるための旅のヒント

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    この神秘的な岩の祭壇をぜひ実際に訪れてみたいとお考えの方へ、旅の計画に役立つ実用的な情報をご紹介します。訪問の際の参考にしてください。ベリンタッシュは訪れる人を拒むことはありませんが、自然の中の聖地であることを心に留め、十分な準備を整えてから向かうことが重要です。

    項目詳細
    ベストシーズン春(4月から6月)と秋(9月から10月)が特におすすめの時期です。この期間は気候が穏やかで、ロドピ山脈の自然が最も美しく輝きます。新緑や紅葉で彩られた山々の景色は格別です。夏は強い日差しと岩の高温により熱中症のリスクがあるため、十分な対策が必要です。冬期(12月~3月)は積雪の影響でアクセス路が閉ざされることが多く、避けた方が安全でしょう。
    アクセスブルガリア第2の都市・プロヴディフから車で約1時間半の距離にあります。途中、歴史あるアセノフグラトの街を経由します。公共交通機関でのアクセスは非常に難しいため、レンタカーでの移動が現実的です。道の大部分は舗装されていますが、最後の数キロは狭く曲がりくねった山道になるため、安全運転が求められます。駐車場は無料で、約20台分のスペースがあります。
    服装標高が高く天候の急変があるため、重ね着できる服装が基本となります。岩場は滑りやすい箇所もあるので、グリップ力のあるトレッキングシューズまたはスニーカーが必須です。夏でも風があると肌寒く感じることがあるため、薄手のウインドブレーカーなどを用意すると安心です。冬季はしっかりとした防寒対策が欠かせません。
    持ち物年間を通じて、日差しを防ぐ帽子、サングラス、日焼け止めは必ず持参してください。駐車場からベリンタッシュまでは往復約1時間のハイキングとなるため、最低でも1リットル以上の水を携帯することを推奨します。軽食や行動食も持参すると安心です。岩の上でゆっくり過ごしたい場合は、敷物があると便利です。
    注意事項ベリンタッシュ周辺には飲食店や売店は一切ありません。飲料や食料はあらかじめ麓の町で準備しておきましょう。岩の上は柵がないため、特に端の部分には近寄りすぎないよう足元に十分気をつけてください。雷注意報が出ている日は落雷の危険があるため、絶対に訪問を控えてください。何よりも、この場所が聖なる遺跡であることを敬い、岩を傷つけたりゴミを残したりする行為は厳禁です。持ち込んだものは必ず持ち帰るようにしましょう。

    時を超えて語りかける石。古代トラキア人の叡智に想いを馳せる

    夕陽がロドピ山脈を淡い茜色に染め上げ、ベリンタッシュの白い岩肌が柔らかなオレンジ色に輝き始めた頃、私は名残惜しさを胸に秘めつつ聖地を後にしました。振り返れば、巨大な岩の輪郭はまるで悠久の時を超えて旅する方舟のようであり、あるいは大地の奥深くに眠る巨人の姿のように静かに佇んでいます。その姿は古の時代から変わらず、数え切れない夜明けと日没を見守り続けてきたのでしょう。

    この旅で得たものは、単なる古代史の知識に留まりません。それは、スマートフォンを手放し、風の音に耳を傾け、岩の温もりを感じ、広がる空に心を解き放つ時間の尊さでした。私たち現代人は、膨大な情報と騒音の渦中で生きています。しかしここベリンタッシュには、人間が本来備えていたはずの自然と一体になる感覚を呼び戻す何かが確かにありました。

    古代トラキア人は、文字を持たなかった代わりに、鋭い五感と直感で世界を捉えていたのかもしれません。星の運行を肌で感じ、大地のエネルギーを読み解き、神々の声を風の中に聴いていたのでしょう。彼らが岩に刻み残した数々の穴や溝は、失われた宇宙との対話の手法を示した壮大なマニュアルだったのではないかと感じます。もちろん、それは私の想像にすぎません。しかし、解き明かされぬ謎がこの地に存在するからこそ、多くの人々が魅かれてやまないのでしょう。

    ここで古代トラキア人が見上げていた星空は、今私たちの見上げる空と寸分違わず繋がっています。彼らが感じていた風は形を変え、時を超えて今もロドピの山々を吹き渡っているのです。そう思うと遥かな過去がぐっと身近に感じられてきました。

    日々の喧騒に疲れた時は、ぜひ自分自身と、そして遠い古代と対話する旅に出てみてください。ベリンタッシュの岩は答えを与えてはくれませんが、静かにあなたを待ち続けています。そして、もし心から耳を澄ませば、きっと何か大切なことをそっと囁いてくれるはずです。

    麓の村で味わった手作りのラキヤ(果実の蒸留酒)は、喉を火照らせるように熱く、それでいて不思議と旅の疲れた体に染み入るものでした。古代の神々に捧げられた酒も、きっとこんな力強い味わいだったのかもしれません。そんな思いにふけりながら、ブルガリアの満天の星空の下で、旅の夜は静かに更けていきました。

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    この記事を書いた人

    美味い酒と肴を求めて全国を飲み歩く旅ライターです。地元の人しか知らないようなB級グルメや、人情味あふれる酒場の物語を紡いでいます。旅先での一期一会を大切に、乾杯しましょう!

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