旅に出る理由なんて、いつだって些細なものだ。一枚の写真、誰かの呟き、ふと目にしたドキュメンタリーの一場面。僕にとってのカオソック国立公園は、まさにそれだった。エメラルドグリーンの湖面に突き出すようにそびえ立つ、霧をまとった石灰岩の奇岩群。その麓に、ぽつり、ぽつりと浮かぶ小さなバンガロー。その非現実的な風景が、僕の旅心を鷲掴みにして離さなかったのだ。「いつか、必ず」。そう心に誓ってから数年、僕はついに南タイの熱帯雨林の奥深くへと、その一歩を踏み出した。
バンコクの喧騒も、プーケットのビーチリゾートの賑わいも、ここにはない。あるのは、地球が何億年もかけて育んできた、手つかずの自然の息吹だけ。もしあなたが、日常という名のレールから少しだけはみ出して、自分自身と、そしてこの星の素顔と向き合う時間を求めているのなら。このカオソックの物語は、きっとあなたの背中をそっと押してくれるはずだ。
地球の記憶を宿す森、カオソックへ

カオソック国立公園。その名前を口にするだけで、どこか神秘的な響きが感じられるのは僕だけだろうか。タイ南部スラートターニー県に広がるこの地は、約1億6千万年前から存在すると言われている。世界的に知られるアマゾンの熱帯雨林よりも古い歴史を誇り、まさに「生きた化石」と呼べる森だ。広さは739平方キロメートルに及び、日本の山手線の内側の面積の10倍以上と聞けば、その規模の壮大さが少しは伝わるのではないだろうか。
僕の目的地は、この広大な国立公園の中心部に位置する「チューラン湖」。ラチャプラパー・ダムの建設により誕生した人工湖だが、その景観は人工的だとは思えないほど神秘的で雄大なものだ。何百もの石灰岩のカルスト地形が湖面から突き出し、水墨画のような幻想的な光景を作り出している。かつて山頂だった場所が、今では湖に浮かぶ島となっているのだと考えると、目の前の景色が悠久の時の流れの一瞬を切り取ったものに過ぎないと改めて感じさせられる。
旅の出発点は、多くの人がプーケットかスラートターニーの町を選ぶだろう。今回は僕もプーケットからミニバンを乗り継いで訪れることにした。約4時間のバス旅の間、窓の外の風景は賑やかなビーチタウンから徐々にゴムのプランテーションやヤシの畑へと変わっていく。そしてやがて視界は濃密な緑に包まれ始めた。この感覚こそが、まさに文明の領域から少しずつ自然の世界へ入っていく、ワクワクする瞬間だ。道は舗装されているが、時折見かける象に注意を促す標識が、この場所の特別さを物語っている。
途中で一緒になったのは世界各国からの旅人たち。ドイツから来たカップルに、バックパック一つで旅するイスラエルの青年、そして僕。その言葉は拙くとも、皆が同じ方向を見つめていることがすぐにわかった。誰もがこれから始まる未知の体験に胸を躍らせているのだ。ミニバンの料金は一人あたり数百バーツで、事前にオンライン予約もできるし、現地の旅行代理店で気軽にチケットを入手することも可能だ。このあたりの緩やかさが、タイ旅行の心地よさの一つでもある。僕はあえて予約をせず、プーケットのバスターミナルで「カオソック!」と声を上げ、一番早く出発するバスに飛び乗った。こうした行き当たりばったりの旅も、一興なのだ。
冒険の入り口、カオソック・ビレッジ
ミニバンが到着したのは、国立公園の入り口に位置するカオソック・ビレッジだった。ここはジャングルに囲まれた小さな村で、これから始まる冒険の拠点となる場所だ。道沿いには素朴なゲストハウスやバンガロー、欧米人に人気の洗練されたレストラン、そしていくつものツアー会社が軒を連ねている。聞こえてくるのは鳥のさえずりと、たまに通り過ぎるバイクのエンジン音くらい。空気は湿り気を帯び、濃厚な植物の香りが鼻をくすぐる。ああ、ここまで来たんだと実感できる瞬間だ。
多くの旅人はここで、チューラン湖を巡る1泊2日や2泊3日のツアーを手配する。もちろん日帰りのプランもあるが、カオソックの醍醐味を味わうなら、湖上のバンガローで一晩過ごすことを僕は強くおすすめしたい。村には多数のツアー会社があり、料金やバンガローのクラス、アクティビティの内容がそれぞれ微妙に異なる。事前にインターネットで評判の良い会社を数社ピックアップしておき、現地で実際に話を聞いて決めるのが賢い方法だ。パンフレットの写真を見ながら、「このバンガローが理想だ」「ジャングルトレッキングはもう少し本格的なコースが良い」などと、自分の希望を伝えてみる。この交渉のひとときも旅の楽しみのひとつに違いない。
私が選んだのは、1泊2日のパッケージツアーで、料金は一人約2,500バーツだった。プランには村から湖までの送迎、ロングテールボートでのクルーズ、湖上バンガローでの宿泊、滞在中の全食事、そしてカヤックやジャングルトレッキングといったアクティビティが含まれている。国立公園の入場料(外国人料金は300バーツ)は別途必要になることが多いので、その点はあらかじめ確認しておいたほうがいい。もちろん、より豪華な設備を備えた高級バンガローを選べば料金は高くなり、逆にシンプルな共同部屋タイプならもっと安価に抑えられる。重要なのは、自分がどのような体験を求めているかだ。静かな自然と向き合いたいのか、それとも他の旅人との交流を楽しみたいのか。自分の旅のスタイルに合ったツアーを選ぶことが、満足度を左右する大きなポイントとなる。
特に乾季の11月から4月にかけては人気のバンガローがすぐに満室になることもあるようだ。確実に確保したいなら、事前にオンライン予約をするのが賢明だろう。多くのツアー会社はウェブサイトを持ち、英語での問い合わせや予約も可能だ。私は幸運にも飛び込みで希望のツアーに参加できた。これも旅の運命かもしれない。翌朝8時にツアー会社の前に集合する約束を取り付け、その夜は村のゲストハウスで、新たな冒険への期待に胸を膨らませながら眠りについた。
湖上の楽園へ。チューラン湖の絶景クルーズ

翌朝、指定された時間に集合場所へ向かうと、同じツアーに参加するメンバーがすでに集まっていた。フランスからの家族連れ、スウェーデン出身のカップル、そしてオランダ人の若者グループ。国籍も年齢もさまざまな僕たちは、一台のソンテウ(荷台を改造した乗り物)に乗り込み、チューラン湖の入り口にあたるラチャプラパー・ダムの船着き場を目指す。村から約1時間半、揺れの激しい道のりも、これから始まる体験の序章だと思えば楽しく感じられた。
船着き場は、想像以上に活気に満ちていた。色鮮やかなロングテールボートが何十隻も停泊し、荷物を運ぶ人々やガイドの大声での指示が飛び交っている。ここで国立公園の入場料を支払い、ライフジャケットを身につけて、いよいよボートに乗り込む。エンジンがけたたましい音とともに始動し、ボートがゆっくりと岸を離れたその瞬間、僕たちの冒険は真の意味でスタートを切った。
そこから先に広がる光景は、言葉を失うほどの美しさだった。穏やかなエメラルドグリーンの湖面をボートは滑るように進み、左右には天を突くかのような石灰岩の奇岩が次々と姿を現す。まるで水墨画のようであり、あるいはファンタジー映画の一幕のような、夢のように非現実的な風景。誰かが「海の桂林」と呼んだのも納得できる。しかし、僕にはそれ以上に原始的で力強い何かを感じた。まるで地球が誕生の記憶をむき出しのまま見せつけているかのような、そんな畏敬の念すら覚える壮大な光景だった。
ボートの上で感じる風は爽やかで、時折飛んでくる水しぶきが火照った肌をほどよく冷やしてくれる。ガイドの青年が指差しながら「あれは象の形に見える岩だ」「あっちにはライオンが寝そべっているように見えるでしょ?」と教えてくれる。確かに想像力を働かせると、岩肌に様々な動物の姿が浮かび上がってくる。一時間ほどのクルーズだったが、時間の感覚はあっという間だった。ひたすら目の前の絶景に心を奪われ、シャッターを切り続けるばかりだった。日常の悩みやストレスが、この雄大な自然の前ではいかに些細なものか思い知らされる。ボートが進むたびに、心の澱が洗い流されていくような不思議な浄化作用を感じた。
湖上に浮かぶ我が家、フローティング・バンガロー
やがてボートは速度を落とし、奇岩の麓にひっそりと浮かぶ、いかだのような集落へ近づいていった。僕たちが今夜宿泊するフローティング・バンガローだ。竹や木で組まれたシンプルな造りのバンガローが、水面に一列に並んでいる。ボートが到着すると、既に滞在中の旅人たちが手を振って迎えてくれた。
割り当てられたバンガローの中に入ると、思わず笑みがこぼれた。室内はマットレスと蚊帳、小さなテーブルだけの非常に簡素な作り。しかし扉を開けると、目の前に湖が広がり、小さなテラスから直接エメラルドグリーンの水に飛び込めるのだ。この上ない贅沢だろう。荷物を放り出す暇も惜しみ、すぐに水着に着替えてテラスから勢いよく飛び込んだ。ひんやりとした水が移動の疲れを瞬時に洗い流してくれる。水面に浮かびながら見上げる空と奇岩は、ボートの上から見る景色とはまた異なる格別なものだった。
ここで少し現実的な話をしておこう。湖上のバンガローの設備はグレードによって差がある。僕が泊まったスタンダードタイプは、電気の供給が夜間の数時間のみ(発電機稼働時間)に限られている。当然Wi-Fiはなく、トイレやシャワーは共同で、水シャワーが基本だ。しかし、この「ない」ことこそが、ここでの最大の魅力と言える。スマホの通知に邪魔されず、ただただ自然と向き合う時間を過ごせる。夜には発電機の音も止み、真の静寂と暗闇が訪れる。その中で見上げる星空の美しさは、都会では到底味わえない感動をもたらしてくれる。
もしもう少し快適さを求めるなら、プライベートシャワーやエアコン、24時間電気利用可能なデラックスタイプのバンガローを選ぶこともできる。予約時にどの設備を重視するか明確にしておけば、ミスマッチを防げるだろう。いずれにせよ、ここは自然の懐に抱かれる場所である。高級ホテルのようなサービスを期待せず、「デジタルデトックスを楽しむ」くらいの気持ちで臨むのがカオソックを最大限に味わう秘訣だ。
カオソックの鼓動を感じるアクティビティ
バンガローで過ごす楽しみは、単に景色を眺めてのんびりするだけに留まらない。ツアーには、カオソックの大自然を全身で感じられるさまざまなアクティビティが盛り込まれている。昼食を済ませ、ひと息ついた後、再びガイドの案内に従って活動を開始した。
静寂を漕ぎ進む、朝霧のカヤッキング
カオソックでの見どころの一つに、カヤッキングがある。バンガローのすぐそばに用意されているカヤックは、いつでも自由に利用可能だ。特に格別なのは、早朝のカヤッキングだ。日の出前の薄明るい空のもと、そっとカヤックを湖面に浮かべる。昨夜降った雨で湿った空気がひんやりと肌を撫でる。湖面を覆う朝霧は、まるで雲海の上を進んでいるかのような幻想的な光景を作り出している。
耳に入るのは、自分のパドルが水を打つ音と、遥か彼方の森から響くテナガザルの鋭い鳴き声だけだ。彼らの「キィー、ホッ、ホッ、ホッ…」という歌声は、ジャングルの覚醒を告げるファンファーレのように感じられる。霧の向こうで、木の梢がわずかに揺れる気配に目を凝らすと、大きなサイチョウが羽ばたいて飛び去るのが目に入った。運が良ければ、水辺に水を飲みに来た野生のシカや、枝に腰掛けるサルたちの姿も観察できるという。エンジン音がないカヤックだからこそ、動物たちをおびえさせることなく、彼らの世界をそっと訪れることができる。この静寂と一体になる感覚は、一度味わうと忘れられなくなる。都会の喧騒に囲まれて暮らす私たちにとって、これ以上に贅沢な時間はなかなかないだろう。
密林の奥へ、ジャングルトレッキング
午後のアクティビティは、ガイドと共にジャングルの深部へと踏み込むトレッキングだった。ボートで対岸の森へ渡り、そこからいよいよ歩き始める。一歩足を踏み入れると、そこはまるで別世界。陽の光を遮るほどに密に生い茂る木々の下、シダやツルが絡みつき、濃厚な緑の空間が広がっている。湿った土と落ち葉の香り、無数の虫のさえずり、そして時折聞こえる得体の知れない動物の鳴き声。五感がジャングルの生命力に圧倒される。
ガイドは、植物に関するさまざまな説明をしてくれた。薬用となるハーブ、毒性のあるキノコ、このツタを使えば水が得られるなど。彼の豊かな知識は、何世代にもわたってこの森と共に生きてきた人々の知恵そのものだ。巨大なタケノコや、人の顔ほどもあるクモ、鮮やかな色彩のトカゲなど、目に映るすべてが新鮮な驚きに満ちている。ここで特に注意すべきは服装だ。必ず滑りにくく濡れても支障のない靴を履くこと。サンダルは危険だ。また、ヒルや虫から肌を守るため長袖・長ズボンは必須であり、虫除けスプレーもたっぷり使うことを勧める。ヒルに血を吸われるのも、ジャングル体験の一部と捉えることもできるが…。
トレッキングの最終目的地は洞窟だった。ヘッドライトをつけ、ガイドを先頭に真っ暗な洞窟内へ進む。ひんやりと冷たい空気の中、コウモリの羽音や天井から滴る水の音だけが響く。場所によっては腰まで水に浸かりながら進む部分もあり、まさに探検気分だ。数億年かけて形成された鍾乳石がライトに照らされて煌めく。この洞窟探検は雨季には水位の上昇で中止になることもあるという。私たちが訪れたのは乾季だったが、それでも十分スリリングで忘れがたい体験となった。
野生の息吹を求めて、ナイトサファリ
夜、夕食を終えると、希望者を対象にナイトサファリが催された。再びロングテールボートに乗り込み、闇に包まれた湖上を漕ぎ出す。ガイドが強力なライトで岸辺のジャングルを照らすと、暗闇の中にいくつもの光る目が浮かび上がる。夜行性の生き物たちが活動を始めているのだ。
昼間とは全く異なる、夜のジャングルの顔がそこにあった。ライトに照らされたのは、水辺で草を食むサンバー(シカの一種)の親子、じっと獲物を狙う木の枝のヘビ、そして大きな瞳でこちらを見つめるスローロリス。ガイドの巧みな操作でボートは音もなく動き、動物たちに警戒心を抱かせることなく接近する。風が止むと湖面は鏡のように静まり返り、満天の星が映り込む。エンジンを切って、しばし静寂に身を任せる。聞こえるのは虫のさえずりと、時折響く動物の声だけ。この圧倒的な自然との一体感は、まさにナイトサファリならではの特別な体験だった。
星空と静寂に満たされる、湖上の夜

アクティビティを終えてバンガローに戻ると、完璧な夜のひとときが待っていた。夕食はバンガローの共同ダイニングで、ツアー参加者全員が一つのテーブルを囲む。メニューにはグリーンカレーや野菜炒め、揚げ魚といったシンプルなタイの家庭料理が並ぶ。しかし、雄大な景色を眺めながら、今日の冒険を語り合いながら味わう食事は、どんな高級レストランのディナーよりも格別に感じられた。
食事を終え、発電機が停止すると、本物の暗闇と静寂が訪れる。バンガローのテラスに寝そべって夜空を見上げると、息をのむほどの星空が広がっていた。天の川が鮮明に夜空を横切っている。人工の光が一切ないからこそ見られる、本物の星の輝きだ。流れ星が尾を引きながらすっと消えていく。僕は持参した小さなボトルのウィスキーを少しずつ口に含みながら、この永遠に続きそうな夜空をただただ見つめていた。
隣のバンガローからは、フランス人家族の楽しげな笑い声が聞こえてくる。反対側では、スウェーデン人のカップルが静かに語り合っている。言葉は通じなくても、同じ景色を見て同じ感動を共有しているという不思議な連帯感がそこにはあった。日常の肩書きや立場はここではまったく無意味だ。ただ一人の旅人として、この壮大な自然の中に溶け込んでいく。そんな感覚がとても心地よかった。
旅の準備と心構え
これまでカオソックの魅力について語ってきたが、最後にこれから旅立つあなたのために、より実用的なアドバイスを少しだけお伝えしたい。最高の体験を得るためには、それなりの準備と心構えが欠かせないからだ。
持ち物は何が必要?旅の準備ポイント
まず、絶対に忘れてはいけないのが「防水バッグ」だ。ボート移動中や突然のスコール、カヤック体験など、荷物が濡れる場面は驚くほど多い。スマホやカメラ、パスポートといった大事なものは、必ず防水バッグやジップロックでしっかり保護しよう。これはカオソックの旅において不可欠なアイテムと言える。
服装は、乾きやすい素材を基本に選ぶこと。日中はTシャツと短パンで過ごすことが多いが、先に述べたようにジャングルトレッキングでは長袖・長ズボンが必須だ。夜は冷え込むこともあるため、薄手の羽織りものが一枚あると非常に便利だろう。水着は複数枚持っていくと重宝する。足元は滑りにくいトレッキングシューズと、バンガローでゆったり過ごすためのサンダルの両方を用意したい。
ほかに便利なものとしていくつか挙げておこう。まず「ヘッドライト」。夜にバンガローから共同トイレへ行く際など、両手が自由になるヘッドライトはとても役に立つ。次に「虫よけスプレー」と「日焼け止め」。これらは言うまでもないが、日本製よりも現地で手に入るより強力なタイプが効果的な場合もある。「速乾タオル」もかさばらず乾きやすいのでおすすめだ。そして、万が一に備えて「常備薬」。胃腸薬や絆創膏、消毒液など基本的な救急セットがあると安心感が違う。
不安を和らげる、ちょっとしたQ&A
初めて訪れる土地では不安を感じやすいものだ。「本当に電気やWi-Fiはないの?」「トイレやシャワーはきれい?」「英語は通じるのか?」といった疑問も湧くだろう。私の経験から言えば、電気は夜の数時間だけ利用可能で、Wi-Fiは基本的にない。これを不便とみるか、貴重なデジタルデトックスの機会と捉えるかで旅の満足度は大きく変わるはずだ。
トイレやシャワーの清潔さはバンガローのランクによる。私が泊まったスタンダードな宿は豪華ではないが、しっかり清掃されており不快感はなかった。ただし潔癖傾向の強い人なら、少しグレードが高いバンガローを選んだほうが安心かもしれない。水は湖水を利用していることが多く、シャワーは基本的に冷水だが、暑い日中ならその冷たさがむしろ心地よく感じられるだろう。
言葉については、ツアーガイドや村のスタッフのほとんどが簡単な英語を話せる。タイ語の挨拶「サワディーカーップ(こんにちは)」や「コップンカーップ(ありがとう)」を覚えていくと、彼らからより温かい笑顔が返ってくるだろう。重要なのは完璧な言葉遣いではなく、伝えようとする気持ちだ。
旅の終わりに、心に残る風景

湖上のバンガローで迎えた最後の朝。テナガザルの声に目を覚まし、テラスに出ると、湖面には薄く朝霧が漂っていた。その霧の向こうから太陽がゆっくりと姿を現し、空と湖を温かなオレンジ色に染めていく。静かな時間の中、その光景をただ見つめていると、心の奥深くからじわりと満たされる感覚が湧き上がった。
今回の旅で、僕は特別な偉業を成し遂げたわけではない。ただボートに乗り、森を歩き、湖で泳ぎ、満天の星空を眺めただけだ。しかし、それら一つひとつの体験が、都会の生活でだんだんと鈍っていた感覚を再び新鮮に蘇らせてくれたと感じる。
カオソック国立公園は、単なる美しい観光地ではない。それは地球の古い記憶が息づく場所であり、私たち人間もこの壮大な自然の一部であるということを思い出させてくれる場所だ。もし、日常の疲れを感じているなら、心からリフレッシュできる時間を求めているなら、ぜひ思い出してほしい。タイ南部の果てに、こんなにも雄大で優しく、それでいて力強い場所があることを。あなたを静寂が包み込む夜が、きっとそこで待っているはずだ。

