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    フィリピン最北端の秘境バタネス諸島へ。台風と生きる民の食卓から、生きるための知恵を味わう旅

    「フィリピンの楽園」と聞けば、多くの人が真っ白な砂浜とどこまでも続く青い海を思い浮かべるだろう。セブやボラカイ、パラワンといった名前が次々と挙がるはずだ。しかし、僕が焦がれ続けたのは、そのどれでもない。フィリピンの最北端、台湾との間にぽつんと浮かぶ、孤高の群島、バタネス。そこは「楽園」という言葉の甘い響きとは少し違う、もっと骨太で、荒々しく、そして美しい場所だと聞いていた。

    起業家としてビジネスの最前線で神経をすり減らし、アマチュア格闘家としてリングの上で肉体を削る。そんな日常を送る僕にとって、旅は単なる休息ではない。世界の辺境に身を置き、そこに生きる人々の剥き出しの生命力に触れることで、自分の中の「生きる」という感覚をリセットするための時間だ。特にバタネスは「台風の通り道」として知られ、人々は常に厳しい自然と対峙しながら暮らしている。その過酷な環境が、一体どんな文化を、そしてどんな「食」を育んだのか。強靭な肉体と精神を求め、日々トレーニングに励む僕にとって、その答えは喉から手が出るほど知りたいものだった。

    今回の旅のテーマは、バタネスに生きるイヴァタン族の「食文化」を深く味わうこと。彼らが台風と共に生きる中で培ってきた、食材を余すことなく使い切り、厳しい季節を乗り越えるための知恵。それはきっと、僕らが忘れかけている「生きる力」そのものに違いない。さあ、フィリピンの常識が通用しない島へ、胃袋と魂を満たす旅に出かけよう。

    目次

    風が刻んだ島、バタネス。ここはフィリピンであって、フィリピンでない場所

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    マニラの空港を離陸し、プロペラ機に揺られながら約2時間。眼下に広がる景色は、これまで訪れたフィリピンのどの島とも異なっていた。鬱蒼とした熱帯雨林の緑ではなく、なだらかな丘が果てしなく続き、強風に耐えるかのように低くたたずむ草木が大地を覆っている。まるでアイルランドやスコットランドの風景画の中に迷い込んだかのような光景だ。ここはフィリピン最北端の州、バタネス諸島。主要な三つの島、バタン島、サブタン島、そしてイトバヤット島から成り、僕が降り立ったのはその中核、バタン島にあるバスコ空港だった。

    空港に降りた瞬間、肌を撫でる風の質がマニラとはまったく異なることに気づく。湿気を帯びてまとわりつく熱風とは違い、力強く、どこか乾いた感触の風。この風こそがバタネスの風土を形作ってきたと言っても過言ではない。年間に平均20以上の台風が通過するこの地で、人々は風と共に生き、時にはその猛威に耐え抜くための知恵を育んできたのだ。

    その象徴といえるのが、イヴァタン族の伝統的な石造りの家である。厚さ1メートルにもなる石灰岩の壁と、分厚い茅葺き屋根を備えた家々は、まるで大地から生まれたかのように堂々と構えている。どんな暴風にも耐えられる堅牢な造りは、自然への畏怖心と、生き抜く強い意志の表れである。ガイドのジョジョはこう教えてくれた。「この家は単なる住まいではない。家族を守る要塞であり、嵐が過ぎるのを待つシェルターなんだ。壁の一つ一つの石には、先祖の祈りが込められているんだよ」。彼の言葉に、僕はただ静かに頷くしかなかった。

    住民たちもまた、この土地の厳しい気候を反映するかのごとく、穏やかで誠実、そして驚くほどに芯の強さを持っている。すれ違う人々は皆、にっこり笑いかけ、「Hello!」と声をかけてくれる。その笑顔からは、南国リゾートで見られるような商業的なものではなく、心からの歓迎の気持ちが伝わってくる。厳しい自然環境が、かえって人々の絆を強め、助け合いの精神を育んできたのだろう。ここは確かにフィリピンだが、同時にフィリピンにしては違う。アジアのどこにもない、唯一無二の時間がここには流れている。

    乾きと塩の芸術。イヴァタンの食卓を支える「保存」という名の叡智

    この島で生き抜くための知恵は、建築技術にとどまらない。その核心は、日々の食卓にこそ秘められている。台風シーズンになると、漁に出たり畑仕事をしたりするのは困難になる。この「リーン(痩せた)シーズン」を乗り切るために、イヴァタン族は食材を長期間保存する高度な技術を築き上げてきた。それは単なる食料確保の手段ではなく、自然の恵みを最大限に尊重し、未来へと受け継ぐための神聖な儀式にも似た、一種の芸術だった。

    空を舞う魚、ディバン(Dibang)のカーテン

    バタネスの食文化を語る際に欠かせない存在が「ディバン(Dibang)」、つまりトビウオである。3月から5月にかけて、黒潮に乗って現れるトビウオの群れは、島に短い豊漁期をもたらす。この期間、男たちは「タタヤ」と呼ばれる伝統的な小舟を操り、命懸けで漁に挑む。ディバンは島民にとって神からの贈り物そのものだ。

    しかし、その恵みは永遠に続くわけではない。だからこそ、獲れたディバンを保存する必要がある。最も一般的な方法は天日干しである。訪れた漁村では、軒先という軒先に並べられたトビウオが連なり、まるで銀色のカーテンのように風に揺れていた。潮風と南国の強い日差しを浴びて魚の水分はゆっくりと抜け、代わりに旨味と塩気がぎゅっと凝縮されていく。その景色はどこか神聖で、生命の循環を体感しているかのようだった。

    一尾、味見させてもらった。軽く炙った干しディバンは、噛むほどに魚の力強い旨味がじゅわっと広がる。市販の干物のような過剰な塩辛さはなく、純粋に自然な味わいだ。これは白米がいくらでも進む逸品だ。格闘家の減量期なら拷問に近いが、旅の途中の今は遠慮なく平らげる。この凝縮されたタンパク質とミネラルが、荒天続きの日々の貴重な栄養源となる。一尾の魚も無駄にしない。この精神が、干物一枚に凝縮されている。

    大地の恵みを凝縮する、ヴネス(Vunes)とウヴェッド(Uved)

    海の恵みがディバンならば、大地の恵みを保存食へと昇華させたのが「ヴネス(Vunes)」と「ウヴェッド(Uved)」である。

    ヴネスは、タロイモ(現地名ではGabi)の葉を乾燥させたものだ。青々とした大きな葉を摘み、細かく刻んで天日でカラカラになるまで乾燥させる。見た目は茶色く縮れた葉っぱで、正直なところ最初はこれが食べ物とは信じがたかった。しかしホームステイ先の母、エレナは「嵐の時の私たちの命綱よ」と笑って教えてくれた。

    彼女がヴネスを調理する姿に、僕は目を奪われた。乾燥したヴネスを水で戻し、細かく刻んだ豚肉とニンニク、生姜と共にココナッツミルクでじっくりと煮込む。キッチンに漂う香りは、エキゾチックでありながらどこか懐かしい。できあがったヴネスはほうれん草のカレーに似た見た目で、一口口に含むと滋味深い味わいに驚いた。タロイモの葉独特の土の香りと、豚肉のコク、ココナッツミルクのまろやかさが混ざり合い、体の芯から温まるような優しい味だった。

    もう一つ、僕を夢中にさせたのが「ウヴェッド(Uved)」である。これはバナナの茎の最も柔らかい中心部分(球根に近い部分)を利用し、ひき肉や魚のすり身と合わせて作るミートボールのような料理だ。バナナの茎を食べるという発想自体が驚きだったが、これもまた島にある資源を無駄なく活かす知恵の結晶だ。エレナは巨大なバナナの茎を倒し、鉈で堅い外皮を次々と剥いでいく。現れたのは白く瑞々しい芯の部分だ。これを細かく刻み、石臼でついて粘りを引き出す作業はかなりの重労働で、彼女の腕には筋肉の線がくっきりと浮かんでいた。

    ひき肉と混ぜ合わせて団子状に丸め、スープで煮込んだウヴェッドは、驚くほど繊細な食感をもっていた。シャキシャキとした繊維質と肉の旨味が絶妙に絡み合い、淡白ながらも深みのある味わいは、毎日でも食べられそうな飽きのこない味だ。エレナは言う。「昔は肉が貴重だったから、このウヴェッドで量を増やして皆で分け合ったのよ」と。

    ディバン、ヴネス、ウヴェッド。これらはただの料理ではない。限られた資源を最大限に活かし、厳しい季節を乗り越えるためのイヴァタン族の生活哲学そのものなのだ。その一皿一皿に、彼らの歴史と誇りが刻み込まれている。

    魂に染み渡る一皿。島の日常に息づくソウルフードたち

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    保存食という特別な食文化に触れたのち、僕の関心は自然と彼らの「日常の食卓」に向かっていった。特別な日ではなく、普段の生活で彼らが口にしているものは何なのか。そこにもまた、バタネス独特の魅力的なソウルフードが息づいていた。

    黄金色に輝くターメリックライス

    バタネスで食事をすると、まずご飯の色に驚くだろう。真っ白な白米ではなく、鮮やかな黄金色に輝くご飯が自然に並ぶのだ。これは「ターメリックライス(Yellow Rice)」と呼ばれ、生のターメリック(ウコン)をすりおろして炊き込み作られている。バタネスのほとんど全ての家庭で、主食として親しまれている。

    なぜわざわざ黄色くするのか。当初は単なる彩りだと思っていたが、ガイドのジョジョに尋ねると、もっと深い意味があると教えてくれた。「ターメリックには殺菌作用や抗酸化作用があるとされている。高温多湿の気候でも、ご飯が傷みにくくなるからね。それに独特の風味が食欲をそそるだろう?」。なるほど、これもまた厳しい環境に適応した知恵の一つなのだ。わずかに香る土のようなスパイシーな香りが、どんなおかずとも不思議なほどよく合う。特に、塩味が効いたディバンの干物との組み合わせは抜群で、互いの味を引き立て合っていた。

    見た目の美しさだけでなく、健康への効果も期待できる。トレーニング後の身体の炎症を抑える助けになるかもしれないと、格闘家らしい視点を持ちながら、僕はその黄金色のご飯を夢中で口に運んだ。

    豚肉の旨み爆弾、ルニス(Luniz)

    バタネスで「絶対に味わうべき一品」を挙げるとしたら、僕は迷わず「ルニス(Luniz)」を推すだろう。これはイヴァタン風の豚の角煮とも言える究極の保存食だ。

    作り方は驚くほどシンプルだ。豚バラ肉の塊に大量の塩をまぶし、水を使わず鍋に入れて弱火でじっくり煮込む。すると豚肉の脂が溶け出し、そのラードで肉がまるで揚げ煮のような状態に仕上がる。水分が完全に飛び、脂で包まれた肉は常温で数ヶ月保存できるのだ。まさに先人の知恵の結晶だ。

    初めてルニスを口にしたのは、南バタン島を巡るツアー途中の小さな食堂だった。黒光りした土鍋から取り出されたルニスは、見た目は黒っぽくやや硬そうに見える。しかし一口噛めば、その印象が一変した。カリッとした表面が歯を突き破ると、凝縮された豚肉の旨みと塩気、そして豊かな脂の甘みが一気に口の中で炸裂した。ホロホロと崩れる柔らかさではなく、噛み応えのある肉質で、噛めば噛むほど肉の繊維一本一本から濃厚な味わいが溢れ出てくる。

    これは途方もないエネルギー源だ。一切れのルニスと一膳のターメリックライスさえあれば、一日中島の丘を歩き回れるほどの力が湧いてくる。格闘家の身体作りに欠かせない良質な脂質とタンパク質が豊富で、まさに究極の「パワーフード」と呼べるだろう。塩加減や煮込み時間が家庭ごとに微妙に異なり、それぞれに「おふくろの味」が存在するのも非常に興味深い。

    人の温もりが最高のスパイス。「Honesty Coffee Shop」で一休み

    バタネスの食文化は、食材や調理法だけで語り尽くせるものではない。そこに根付く人々の精神性こそが、重要な一面を占めている。その象徴的な存在が、南バタン島イヴァナ村にある「Honesty Coffee Shop」だろう。

    その名の通り、この店は「誠実さ」を基盤に成り立っている。海辺に建つ小さな小屋には店員の姿はなく、壁には手書きの料金表が貼られている。棚にはインスタントコーヒーや紅茶、ビスケット、パンなどが並び、客は欲しいものを自ら手に取り、代金を木箱の中に入れるだけだ。お釣りが必要な場合も、同じ木箱から自分で取っていく。そこにはただ、そのシンプルな仕組みがあるのみだ。

    最初は半信半疑だった。本当にこれで成立するのだろうか?しかし、僕がコーヒーを淹れている間にも、地元の子どもたちがスナックを買いに来ては、何のためらいもなく小銭を木箱に入れ、元気よく去っていく。観光客も、その独特な仕組みを楽しみながら静かなひとときを過ごしていた。ここでは誰も他者を疑わない。性善説が自然に息づいているのだ。

    僕もまたインスタントコーヒーとビスケットを選び、支払いを木箱に入れた。日本円でわずか100円に満たない、ささやかな買い物だ。しかし、その行為がなぜかとても温かく、誇らしく感じられた。自ら淹れた、一見ありふれたコーヒーが世界で一番美味しく感じられたのは間違いない。

    この店の存在自体が、イヴァタン族のコミュニティの結束力と、彼らが重んじてきた価値観を物語っている。厳しい自然環境は多くを奪い取るかもしれないが、その代わりにお金では買えない最も尊いもの──人と人との信頼を与えてくれたのかもしれない。Honesty Coffee Shopで過ごした時間は、バタネスの旅で味わったどの料理よりも、心の奥底に深く染み入る「ごちそう」だった。

    伝統の味を体験する。旅人が訪れるべき食の拠点

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    ここまでご紹介してきたバタネスの食文化だが、旅行者が気軽にその味を楽しめる場所ももちろん存在する。ホームステイや地元の人と交流するのが難しい場合でも、これらのレストランを訪れればイヴァタンの食の真髄を体験できるだろう。

    バタネス料理の入口としての「Pension Ivatan」

    バスコの町にある「Pension Ivatan」は、バタネス料理を初めて味わう人にぴったりのレストランだ。伝統的なイヴァタンの建築様式を再現した店内で、代表的な郷土料理を一度に堪能できる。

    私が注文したのは、多彩な料理が盛り合わせになった「Ivatan Platter」。先ほど紹介したウヴェッド、ルニス、そして焼いたディバンが盛り付けられており、ご飯はターメリックライスだ。まさにバタネスの人気料理の大集合。一皿で主要な料理をカバーできるため、短期滞在の旅行者にはとてもおすすめだ。価格も良心的で、このプラッターは2〜3人前で約1,000フィリピンペソ(およそ2,500円)。地元の味を忠実に再現しつつ、観光客向けに過度なアレンジがされていないのも好印象だ。予約は特に必要ないが、ランチやディナーのピーク時は混雑することがあるので、少し時間をずらして訪れるとゆったり過ごせるだろう。

    絶景とグルメの共演「Fundacion Pacita」

    もし旅の締めくくりに少し贅沢な食事を楽しみたいなら、「Fundacion Pacita Batanes Nature Lodge」内のレストランがおすすめだ。ここは、フィリピンを代表するアーティスト、パシタ・アバドのアトリエ兼邸宅を改装した宿泊施設で、丘の上に立ち、太平洋の壮大な景色を一望できる。

    この施設のレストラン「Cafe du Tukon」では、伝統的なバタネス料理に現代的なひねりを加えた洗練されたメニューが提供される。例えば、ディバンのカルパッチョやタロイモの葉を使ったクリームスープなど、伝統的な食材が新しい形で登場し、味覚を刺激してくれる。もちろん定番のルニスも、より洗練された盛り付けで楽しめる。

    ディナーの予約は必須で、バスコの町中のレストランと比べると価格はやや高めだが、その価値は十分にある。夕暮れ時にオレンジ色に染まる空と海を眺めながら、最高の料理とワインを味わうひとときはまさに至福。伝統を守りつつ新たな可能性を追求する、そんなバタネスの未来を感じさせる場所だった。旅の締めくくりにこれ以上ふさわしい場所はないだろう。

    遥かなる島への旅支度。バタネスへ向かう君へ

    この魅力的な島を訪れるために、いくつかの実用的な情報も合わせて紹介しよう。バタネスへの移動は、他のフィリピンの観光地とは少し異なる点が多い。しっかりと準備を整えることが、旅の満足度を大きく左右する。

    空路は唯一の選択肢

    バタネス諸島へのアクセスは基本的にマニラからの航空便のみである。Philippine Airlinesが毎日運航しているが、座席数が限られているため、特に3月から5月のベストシーズンは早めの予約が必須となる。往復の航空券はおおよそ20,000〜30,000ペソ(約50,000円〜75,000円)が相場だが、時期により変動がある。特に注意したいのは、天候による欠航や遅延が頻繁に起こる点だ。台風が通りやすい地域のため、フライトがキャンセルになるリスクは常に存在する。旅行日程は最低でも4泊5日を確保し、できれば前後に予備日を1日ずつ設け、余裕を持ったプランを組むことを強く推奨する。

    島内の移動手段とツアー

    島内の移動は、地元認可のツアーガイドが運転するトライシクル(バイクタクシー)をチャーターするのが一般的で効率的だ。主なツアーは、バタン島の北部を巡る「ノース・バタン・ツアー」、南部を回る「サウス・バタン・ツアー」、そして船を利用して別の島へ渡る「サブタン島ツアー」の3種類がある。料金はそれぞれ固定で、ノース・バタンが約1,000ペソ、サウス・バタンが約1,500ペソ、サブタン島ツアーはトライシクルと船代、各種料金を含めておよそ2,000ペソ(1台あたりの料金)が目安だ。予約は宿泊施設や、空港にいる公式のツアーガイド協会であるBATODAを通じて事前に行うとスムーズだ。ガイドは単なる運転手ではなく、島の歴史や文化についての豊富な知識を持っており、旅をより深く味わう貴重な案内人となってくれるだろう。

    持ち物と心の準備

    服装は、基本的にTシャツなどの軽装で構わないが、強い日差しや風を避けるために薄手の長袖シャツやウインドブレーカーもあると便利だ。丘陵地帯を歩く機会が多いため、履き慣れたスニーカーやトレッキングシューズは必須アイテム。さらに日焼け止め、サングラス、帽子も忘れず持参しよう。そして最も重要なのが現金の準備だ。島内にはATMがほとんどなく、クレジットカードが使える店も限られているため、滞在期間分に加えて余裕をもった現金をマニラで用意しておくことが望ましい。

    最後に心構えだが、バタネスではインターネット環境がほとんど期待できず、Wi-Fiも不安定であることを覚悟しておこう。しかし、それは決してマイナスではない。スマホから離れ、目の前の自然や地元の人々との交流に集中できる、貴重な「デジタルデトックス」の機会だと捉えてほしい。不便さを楽しむ心の余裕こそが、バタネス旅行を最高のものにする秘訣なのである。

    胃袋で感じた、生きるということ

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    バタネスでの旅を終えた今、僕の身体には太陽と風の記憶、そしてイヴァタン族の料理がもたらした力強いエネルギーが満ちあふれている。この島で味わったものは、ただの「美味しい料理」ではなかった。そこには、自然の厳しさを受け入れ、感謝し、創意工夫を重ねて生き抜いてきた人々の壮大な叙事詩が込められていた。

    ひと口の干し魚には、嵐を乗り越えるための祈りが宿っていた。一杯の滋味深いスープには、家族を想う母親の深い愛情が感じられた。一皿の黄金色のご飯には、大地と共に歩む誇りが映し出されていた。彼らの食卓はいつも自然と、コミュニティと、そして先祖との繋がりの中にある。それは僕がリングの上で求める孤独な強さとは真逆の、柔軟で他者と結びつき、受け入れる強さだった。

    抗いがたい台風の力の前で、彼らは絶望せずに知恵を絞り、肩を寄せ合ってきた。その答えの一つが、あの素朴かつ力強い料理の数々に表れている。便利さに慣れた僕たちの日常では、もはや感じにくくなった食の原点、生きるということの剥き出しの輪郭。それを僕はバタネスの食卓を通じて、胃袋で、そして魂で感じ取ることができた。

    この文章を読んでいるあなたにも、いつの日かこの島の風に吹かれ、この地の味を体験してほしい。そこには、いかなるガイドブックにも載っていない、人生を豊かにするヒントがきっと隠されているはずだから。次はあなた自身の五感で、この島の生命力を味わう番だ。

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    この記事を書いた人

    起業家でアマチュア格闘家の大です。世界中で格闘技の修行をしながら、バックパック一つで旅をしています。時には危険地帯にも足を踏み入れ、現地のリアルな文化や生活をレポートします。刺激的な旅の世界をお届けします!

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