都会の片隅、コンクリートに囲まれた部屋で、私はいつも問いかけていました。本当に大切なものは、一体どこにあるのだろう、と。情報が洪水のように押し寄せ、モノを所有することが豊かさの証とされる現代。私の手元にあるのは、小さな子ども用の、容量わずか5リットルのリュックサックだけです。この小さな相棒と共に、私は身軽に世界を旅しています。荷物が少ないほど、心は自由になれる。その真理を確かめるように、次なる目的地として選んだのが、日本の古き良き心が息づく里、「平山」でした。
平山。その名前を聞いても、多くの人は地図の上に見つけることができないかもしれません。ここは、有名な観光地ではありません。しかし、そこには失われつつある日本の原風景が、まるで時が止まったかのように静かに横たわっているのです。幾重にも連なる山の稜線、朝霧にけむる棚田、そして、人々の穏やかな暮らしの息吹。私は、この平山という土地で、物質的なものから解放された先にある、魂の安らぎを見つけたいと思いました。これは、何かを「得る」ための旅ではなく、余計なものを「手放す」ための旅。さあ、一緒に心の静寂を探す旅に出かけましょう。
平山で日本の原風景に触れた後は、自然が息づくオリバ湿地公園で、静寂の中で生命の輝きを感じる時間を過ごしてみてはいかがでしょうか。
荷物を置けば、心が見える。ミニマリストが平山に惹かれる理由

私の旅の持ち物は、驚くほど少量に抑えています。パスポート、スマートフォン、最低限の洗面用品、それに数枚の下着だけです。服は現地で必要になった際、古着屋などで調達し、旅の終わりにはすべて寄付して手放すことにしています。このスタイルを話すと、多くの人から「不便ではないのか」と聞かれますが、私にとっては非常に快適なのです。重いスーツケースを引きずる煩わしさもなく、宿のチェックインもすぐに済みます。そして何より、物理的な重さがなくなることで、不思議と心まで軽やかになるのを感じます。
この「持たない」哲学は、平山という地の素朴な魅力と深く共鳴しました。平山には、派手な商業施設や最新の娯楽はありません。あるのは、雄大な自然と長い年月をかけて育まれた人々の営みのみです。それは、足して豊かになるのではなく、削ぎ落とすことで得られる美学です。本当に必要なものだけが選び抜かれ、磨き上げられた純度の高い豊かさがそこにありました。
荷物を持たないことで、私の五感は普段以上に鋭敏になりました。リュックの重さを気にせず歩く道の途中で、頬を撫でる柔らかな風、土の香り、遠くで聞こえる川のせせらぎ、木々の葉が擦れ合う音——これらすべてが、都会ではなかなか味わえない繊細で豊かな情報として心に染み渡ってきます。モノを手放すことで初めて見えてくる世界があるのです。平山は、その貴重なことを全身で教えてくれる場所でした。40代や50代と人生経験を重ね、多くのものを所有してきた方々ほど、一度すべてを手放してみるこの旅の形に、新たな発見と心の安らぎを感じていただけるのではないでしょうか。
時が止まった里、平山を歩く。五感で感じる古の息吹
平山での毎日は、特別な計画を立てることから始めるのではありませんでした。ただ気の向くままに歩いてみるだけ。それだけで、普段の日常では見過ごしてしまいがちな数多くの美しい瞬間に出会うことができました。
朝霧に包まれた棚田の小径
夜明け前、まだ空が深い瑠璃色に染まる頃に宿を出て、集落のはずれにある棚田へと向かいました。冷たい空気が肌を刺し、吐く息が白く立ちのぼります。谷間から湧き上がる朝霧が、まるで柔らかなヴェールのように棚田を覆い、その光景は幻想的という言葉だけでは言い尽くせません。一枚一枚丹念に作られた田んぼの水面が、東の空のグラデーションを静かに映し出しています。聞こえてくるのは風の息づかいと、時折響く鳥のさえずりのみ。完璧な静寂がそこには広がっていました。
しばらく歩いていると、腰の曲がったおばあさんが畑仕事の準備をしている姿が目に入りました。「おはようございます」と声をかけると、「早いのう」と優しい笑顔が返ってきます。その笑みからは、この土地に根付いた人々の温もりと、自然と共に寄り添い生きる誠実な力強さが感じられました。私たちはスマートフォンひとつで何でも可能な便利な時代に暮らしていますが、土に触れ、自分の手で食を育むという人間の根源的な営みの中にこそ、本当の豊かさがあるのかもしれない。そんな思いを、朝靄に包まれた静かな小径で抱いていました。何も荷物を持たずにただ歩くからこそ、風景と一体になり、心を澄ますことができたのです。
茅葺き屋根の古民家が紡ぐ物語
平山の集落には、今なお美しい茅葺き屋根の家々が点在しています。その一角に、築200年以上という古民家を改装した茶屋「木漏れ日庵」があり、立ち寄ることにしました。黒く燻された太い梁、囲炉裏の柔らかな香り、磨き込まれた板の間。一歩足を踏み入れただけで、まるで時空を超えたかのような感覚に包まれます。この柱も、この床も、どれほど多くの営みを見守ってきたのだろう。
縁側の席に腰掛け、窓の外に広がる庭の景色を眺めながら、この地で採れたヨモギを使った草餅と香ばしいほうじ茶をいただきました。華美さはないものの、素材の味わいがしっかりと感じられ、体の芯に染み渡るようなやさしい味わいです。店主の女性が、この古民家の歴史や茅葺き屋根の維持にかかる労苦、そしてこの土地に寄せる思いを静かに語ってくれました。効率や生産性に偏りがちな現代社会において、手間を惜しまず伝統を未来へ受け継ぐ尊さを改めて胸に刻みました。
便利な暮らしは確かに快適ですが、その反面で私たちは多くのものを手放しているのかもしれません。囲炉裏のゆらめく火を見つめていると、炎の向こうに家族が集い、語らい、笑い合う温かい日々の情景が浮かんできました。何も物を持たずに旅をしている私ですが、こうした場所で過ごす時間、そしてそこでの人との出会いが、かけがえのない「お土産」になるのだと実感しています。
| スポット名 | 木漏れ日庵 (こもれびあん) |
|---|---|
| 概要 | 築200年以上の古民家を改装した甘味処。自家製和菓子と地元産の茶葉を使ったお茶が楽しめます。 |
| 所在地 | 平山県静森郡平山村大字古道345 |
| 営業時間 | 10:00~16:00 |
| 定休日 | 火曜・水曜 |
| 特徴 | 囲炉裏のある落ち着いた空間で過ごせる。庭の景観も美しく、四季折々の趣が感じられます。 |
心を洗い、魂を調える。平山で出会う静寂の体験

平山の魅力は、ただ風景の美しさにとどまりません。その澄みきった自然環境は訪れる人の心を清め、魂を本来の場所へと整えてくれるような、不思議な力に満ちています。
渓流のほとりで味わう水の瞑想
集落から少し山道を進んだ先に、エメラルドグリーンに輝く渓流が静かに流れています。観光客の姿は見当たらず、まるで私だけのプライベート空間でした。草履を脱いで裸足になり、苔むした川辺の岩にそっと立ちます。ゆっくりと冷たい水に足を浸すと、一瞬で身を引き締めるような冷たさが全身を巡り、頭の中の雑念が静まっていくのを感じました。足裏を撫でる水流は心地よいマッサージのように感じられます。
目を閉じて水の音に集中します。さらさらと流れる音、岩に当たって砕ける響き、深い淵で巻く渦の音。幾重にも重なりあう水の音が、まるで自然が紡ぐオーケストラのように響き渡りました。木々の隙間からこぼれる木漏れ日が水面をキラキラと照らし、まるでまぶたの裏を優しく照らす光のようです。鳥のさえずり、風のささやき、水の囁き。ほかには何も聞こえません。いつの間にか呼吸は深く穏やかになり、自分の身体と自然が溶け合っていくような、神秘的な一体感に包まれていきました。これがまさに究極のマインドフルネスです。荷物がなく、思い立った瞬間に靴を脱いで自然に身を委ねられる身軽さが、私に最高の瞑想体験をもたらしてくれたのです。
千年の歴史を見守る古刹、安楽寺での写経体験
平山の山腹に静かに佇む古刹「安楽寺」。創建は千年前に遡ると伝えられ、豪華な装飾はないものの、長い時間を経て醸し出される厳かで穏やかな空気に包まれています。観光寺ではないため参拝者も少なく、静かに自分と向き合うことにふさわしい場所です。本堂の一角で写経が体験できると聞き、挑戦してみることにしました。
案内されたのは緑豊かな庭園に面した静かな一室。和紙と筆、硯、墨が準備されています。体験は墨を擦るところから始まります。焦らず急がず、ゆったりと。心を落ち着け、硯の上で墨を円を描くようになすと、清らかな墨の香りが部屋に漂いました。その香りだけで心がさっと洗われていくような気がします。
般若心経の手本の上に薄い和紙を重ね、一文字一文字丁寧に筆を運んでいきます。最初は「うまく書かなきゃ」「間違えたくない」という雑念が浮かびましたが、書き進めるうちにそうした思いは消え、ただ目の前の文字にのみ意識が集中しました。息を止めて線を引き、息を吐き次の文字へ。そんな繰り返しの中で、書いているという感覚すら薄れ、自分がただの媒体となって文字が紙の上に浮かび上がっていくような不思議な没入感に至りました。時間も自分も忘れるほどの深い集中は、渓流で感じた瞑想とは異なる、主体的で静謐な世界でした。
写経がもたらす心への効果
写経は単なる文字の書き写しではなく、一字一句に心を込めることで脳が活性化し、心が統一されます。日常の多くの情報や誘惑に気を取られがちな自分を改めて実感させられます。この体験は、スマートフォンの通知やSNSの更新に絶えず気を奪われる現代人にとって、最高のデジタルデトックスと言えるでしょう。姿勢を正し呼吸を整え、丁寧に筆を動かす動作が、自律神経の乱れを整え、深いリラックスをもたらします。写経を終えた後は、まるで頭の中がすっきり掃除されたかのような爽快さと静かな充実感が感じられました。特別な技術は必要ありません。ただ無心の時間を持つだけで、心は驚くほど軽くなるのです。
| スポット名 | 龍雲山 安楽寺 (りゅううんざん あんらくじ) |
|---|---|
| 概要 | 千年の歴史を誇る静かな古刹。予約不要で写経を体験できる。 |
| 所在地 | 平山県静森郡平山村大字山門1123 |
| 拝観時間 | 9:00~16:00 |
| 写経体験 | 志納金 1,500円(お茶・お菓子付き) |
| 特徴 | 観光地化されておらず、静寂の中で心ゆくまで自分と向き合える。美しい庭園も必見。 |
地の恵みをいただく。平山の食がもたらす身体の浄化
旅の大きな楽しみのひとつは、やはりその地ならではの食事にあります。平山では、華やかなレストランではなく、大地の力強さを感じさせる、素朴で味わい深い食との出会いが私を待っていました。
畑で収穫したてを味わう、究極の贅沢
今回お世話になったのは、「かぜのたに」という一軒の農家民宿です。ご夫婦で営むこの宿の主人から、「よかったら農作業を手伝ってみませんか?」と声をかけてもらいました。もちろん私は喜んで参加を決め、貸していただいた作業着に着替え、麦わら帽子をかぶって畑へ向かいました。身軽な旅だからこそ、気兼ねなく泥まみれになれるのも嬉しいところです。
その日に収穫したのは、夏のきゅうりとトマト。土の匂いを深く胸に吸い込み、太陽の光をたっぷり浴びて育った野菜に手を触れていると、不思議と心が穏やかに満たされていく感覚がありました。これがアーシングと言われるものかもしれません。大地に直接触れることで、体内の不要な電気が放出され、心身がリフレッシュされるような気がしました。収穫の合間に主人が、「採れたてが一番美味しいんだよ」と言って、井戸水で冷やしたきゅうりを一本手渡してくれました。ほんの少し味噌をつけてかぶりつくと、パリッという爽快な音とともに瑞々しい水分と野菜本来の濃厚な味わいが口いっぱいに広がりました。スーパーマーケットで見かける、綺麗にパッケージされた野菜とはまったく異なる、命そのものをいただく感覚。これこそが、食の根幹にして、究極の贅沢だと確信しました。
囲炉裏を囲みながら味わう、心温まる夜
夕食は、宿の大きな囲炉裏の周りでいただきました。薪がはぜる音を聞きながら、昼に収穫した野菜の天ぷらや、近くの川で釣れた岩魚の塩焼き、さらにお母さん手作りの煮物や漬物が食卓に並びました。一品一品がとても丁寧に作られており、滋味あふれる優しい味わい。豪華なご馳走ではないけれど、心も体も素直に喜んでいるのがわかります。
食事の間、ご夫婦が平山での暮らしぶりや農業の楽しみ、大変さを話してくれました。他の宿泊客も交えて、それぞれの人生観や旅の思い出が語られました。私は5リットルのリュック一つで旅をしていることや、最低限の持ち物で得た自由について話すと、人生の先輩たちから「若いのに面白い考えを持っているね」「昔はわしらもそんな時代があったかもしれん」と興味深く耳を傾けてもらえました。
こうした一期一会の出会いと交流こそ、旅の何よりの財産です。所有する物では決して得られない、心と心の繋がり。囲炉裏の揺らぐ炎が、私たちの緊張をほぐし、初対面とは思えないほどの親密な時間を生み出します。お腹も心も満たされた、忘れがたい一夜となりました。
| スポット名 | 農家民宿 かぜのたに |
|---|---|
| 概要 | 農業体験ができる農家民宿。囲炉裏を囲んで味わう自家栽培野菜の料理が自慢。 |
| 所在地 | 平山県静森郡平山村大字風越210 |
| 宿泊料金 | 1泊2食付き 12,000円~(農業体験込) |
| チェックイン/アウト | 15:00 / 10:00 |
| 特徴 | 心温まる家族経営の宿。まるで実家に帰ってきたかのようなアットホームな雰囲気が魅力。 |
手仕事に触れる。平山の伝統工芸が紡ぐ用の美

平山では、自然と共に暮らす中で育まれてきた素朴で美しい手仕事が今なお大切に受け継がれています。機械で大量生産されたものにはない、人の手の温もりや作り手の想いが込められた工芸品に触れる時間は、私の心に新しい発見をもたらしました。
土と火が織りなす芸術、平山焼の陶芸体験
古くからこの地で作られている「平山焼」の窯元、「土心窯(どしんがま)」を訪れ、陶芸に挑戦してみました。平山焼は華やかな装飾を持たず、地元の土の質感を生かした、力強くも温もりあふれる作風が魅力です。
まずは、ひんやりとした湿った土の塊を手渡され、土練りからスタートします。空気を抜き、均一な硬さにするための大切な作業です。無心で土を練っていると、やがて土が自分の手の一部のように感じられる不思議な感覚が訪れました。続いて、いよいよ電動ろくろに挑戦。職人さんの的確な指導のもとでは土が美しい形へとすっと立ち上がりましたが、自分でやると全くうまくいきません。少し力を入れるだけで形が崩れ、指先の微妙な動きに集中しなければ土が乱れてしまいます。しかし、このもどかしさこそがかえって面白さを引き出してくれました。
何度も失敗を重ねるうちに、無理に形作ろうとするのではなく、土の声に耳を傾け、その流れにそっと手を添える感覚が必要だと気づきました。ようやく出来上がった、不格好ながらも自分だけの湯呑みを手にした喜びは言葉に尽くせません。ミニマリストとして旅先で物を増やすことにためらいもありましたが、この湯呑みは単なる「物」以上の存在です。土と向き合い、自分自身と向き合った時間の結晶そのもの。これを持ち帰るような気持ちで後日郵送してもらうことにしました。自作の器で毎日お茶を飲むことは、日常を少し豊かに彩る素敵な習慣となりそうです。
| スポット名 | 平山焼窯元 土心窯(どしんがま) |
|---|---|
| 概要 | 平山焼の伝統を受け継ぐ窯元。初心者も楽しめる陶芸体験を提供。 |
| 所在地 | 平山県静森郡平山村大字陶の郷56 |
| 陶芸体験 | 手びねりコース 3,000円 / 電動ろくろコース 4,500円(送料別) |
| 営業時間 | 9:30~17:00(体験受付は15:00まで) |
| 定休日 | 木曜日 |
| 特徴 | 熟練の職人が丁寧に指導してくれるため安心。作品は1~2ヶ月後に焼成され郵送される。 |
藍色の魅力に触れて。伝統の藍染め体験
次に訪れたのは、澄んだ水が流れる川沿いに佇む藍染工房「平山紺屋(ひらやまこうや)」です。近づくと、発酵した藍の独特な甘くも刺激的な香りがふんわり漂ってきました。工房内には地面に埋め込まれた大きな藍甕がずらりと並んでいます。
今回は、白い木綿の手ぬぐいを染めさせてもらいました。布を折りたたみ、板で挟んだり輪ゴムで縛ったりして染料が染み込まない部分をつくり、模様を生み出す「絞り染め」という技法です。どんな模様になるか思い描きながら布の準備を進める作業は、まるで子どもの頃に戻ったかのようにワクワクしました。
準備が整うと、いざ藍甕の中へ布を浸します。甕の中の藍液は深い緑色をしており、布を静かに揺らして空気に触れないよう染み込ませます。その後引き上げて空気に晒すと、不思議なことに緑色が鮮やかな藍色へと変化していくのです。この酸化の過程は何度見ても神秘的で、命の営みを目の当たりにしているような感覚を覚えました。これを数回繰り返し、好みの濃淡になったら水で洗い絞りを解きます。自分だけの模様が布に現れた瞬間、思わず歓声が上がるほどの感動に包まれました。
今回の旅には一枚の服も持参していませんでしたが、この藍染の手ぬぐいはこれからの旅の頼もしい相棒となるでしょう。汗を拭い、時には首に巻いて日よけにし、食事の際には膝に広げて使う。使い込むほどに色が馴染み柔らかくなるその経年変化を楽しむ。物を持たない暮らしの中で、ひとつのものを大切に使い続ける喜びを、藍染体験が教えてくれたように思います。
| スポット名 | 平山紺屋(ひらやまこうや) |
|---|---|
| 概要 | 天然藍を用いた伝統的な藍染めが体験できる工房。 |
| 所在地 | 平山県静森郡平山村大字清流18 |
| 藍染体験 | 手ぬぐい 2,500円 / Tシャツ 4,000円~(持ち込み可) |
| 営業時間 | 10:00~16:00(要予約) |
| 定休日 | 不定休 |
| 特徴 | 川のせせらぎを聞きながらゆったりと藍染めが楽しめる。天然の色彩の奥深さと美しさを感じられる。 |
星降る夜と静寂の朝。平山で過ごす夜の深淵
平山での旅も、終わりが近づいてきました。最後の夜、私は宿の縁側に腰を下ろし、静かに夜空を見上げていました。この場所には街の灯りが一切届かず、星たちはまるで宝石を散りばめたかのように広がり、夜空を鮮やかに彩っています。天の川が淡く光る帯となって、夜空を横切る様子もはっきりと見て取れました。流れ星が尾を曳いて消えるたび、心の奥が静かに震えるのを感じました。
都会にいると、私たちは夜空を見上げることすら忘れてしまいがちです。しかし、満天の星が広がる中に身を置くと、自分がこの広大な宇宙の中の小さな存在でありながらも、かけがえのない一つの命だということを実感します。日中に体験した出来事や、出会った人々の顔、感じたこと。それらが星の光とともに静かに心に溶け込んでいくように思えました。私はスマートフォンの電源を切り、ポケットにしまい込みます。通知も誰かからのメッセージも今は必要ありません。ただ、この静寂と星々の輝きに包まれた時間を堪能するだけ。こんな贅沢はほかにないでしょう。
翌朝、私を目覚めさせたのは無機質なアラーム音ではなく、すぐ近くの森から響く鳥たちの合唱でした。障子を開けると、ひんやりと澄み切った朝の空気が流れ込みます。身体の隅々までこの新鮮な空気が満たすのを感じ、大きく深呼吸をしました。穏やかに新しい一日が始まろうとしていました。
平山での旅は、何か特別なものを追い求める旅ではありませんでした。むしろ、自分の中に溜まっていたものを一つひとつ手放し、内にあった静けさを取り戻すための時間だったのです。荷物だけでなく、日々の固定観念や見栄、焦りといったものを平山の澄んだ自然の中に置いてきたことで、心は信じられないほど軽くなりました。本当に必要なものは、それほど多くはないのです。小さな5リットルのリュックに入るくらいの、ほんのわずかなもので十分なのだと。平山の美しい風景と、そこで暮らす人々の温かさが、そのことを改めて教えてくれました。この旅で得た静かな心の灯火を、都会の暮らしのなかでも大切にしていこうと誓いながら、私は朝日に輝く山々を背に次の目的地へと歩み始めたのです。

