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    静かなる信仰の川辺で。チェコ、ヴェセリー・ナド・モラヴォウ、心安らぐ時間旅行

    プラハの喧騒を離れ、ブルノの活気ともまた違う、もっと穏やかで、もっと心の内側に響くような旅がしたい。子育てが一段落し、夫婦で過ごす時間が増えた今、私たちが求めるのはそんな静かな時間でした。地図を広げ、まだ知らないチェコの町を探していた時、目に留まったのが「ヴェセリー・ナド・モラヴォウ」という名前。モラヴァ川のほとりにある、陽気な場所、という意味を持つこの町に、なぜか強く惹かれたのです。そこは、華やかな観光地ではありません。しかし、人々の暮らしの中に、古くから受け継がれてきた信仰が深く、そして静かに息づいている場所でした。今回は、モラヴィア地方の小さな町、ヴェセリー・ナド・モラヴォウを訪れ、信仰が織りなす地域の生活と心の風景を探訪した旅の記録をお届けします。ゆったりとした時間の流れの中で、自分自身の心と向き合う、そんな大人の旅へご案内いたしましょう。

    この町の静かな信仰の息遣いを、ぜひヴェセリー・ナド・モラヴォウの教会巡礼で感じてみてください。

    目次

    モラヴィアの穏やかな時間へ、ヴェセリー・ナド・モラヴォウへの誘い

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    ヴェセリー・ナド・モラヴォウは、チェコの南東部に位置し、スロヴァキアとの国境にほど近い南モラヴィア州にある小さな町です。プラハから電車を乗り継いで約4時間。車窓から眺める景色が、都会の喧騒から広大な畑や穏やかな丘陵地帯へと徐々に変わっていく様子に、自然と心が和らいでいくのを感じられます。この地域は「モラヴィアン・スロヴァキア」とも呼ばれ、チェコ国内でも特に伝統民俗文化が色濃く残っていることで知られています。美しい民族衣装、独特な音楽や踊り、そして何よりも深く根付いたカトリック信仰が、人々の暮らしに息づいており、それらが一体となって、この地ならではの独特な雰囲気を形作っています。

    町の中心を流れるのは、その名の由来にもなっているモラヴァ川。そして、その川沿いに続くバチャ運河が町の景観を彩り、人々の生活に豊かな潤いと安らぎをもたらしています。私たちがこの町を旅の目的地に選んだのは、こうした自然と文化、そして人々の精神性が調和した場所で、ゆったりと流れる時間に身をゆだねてみたいと考えたからにほかなりません。

    旅のテーマは「祈りと日常の風景を探すこと」。大きな教会を訪れるだけでなく、道端の十字架に立ち止まり、市場で交わされる人々の会話に耳を傾け、地元の料理を味わいながら、この土地の人々が何を大切にし、どんな信念のもとに日々を送っているのか、その息づかいを五感で感じ取りたいと思いました。それは、観光名所を巡るだけでは決して味わえない、心の奥底に触れる貴重な体験となるでしょう。さあ、共にヴェセリー・ナド・モラヴォウの街を歩き始めましょう。

    川の流れとともに息づく信仰の拠点、聖守護天使教会

    町の中心に位置するバルテルニェムニェイスカー広場にそびえる聖守護天使教会は、ヴェセリー・ナド・モラヴォウの象徴的な存在であり、市民の信仰の拠り所となっています。18世紀に建てられたこの教会は、過度に華美ではないものの、厳かなバロック様式の美しい建築で、静かに私たちを迎えてくれました。淡いクリーム色の外壁と空に向かって伸びる二つの尖塔が、モラヴィア地方の澄んだ青空に見事に映えています。

    教会の正面に立つと、町の喧騒から離れたかのような不思議な感覚が広がります。時折響く鐘の音は、町全体に柔らかく広がり、単なる時を告げる合図としてではなく、人々の心に安堵と神の存在を思い出させる響きとして響き渡ります。私たちは重く堂々とした木製の扉を押して、中へと静かに足を踏み入れました。

    教会の歴史と地域社会との関係

    この教会が建立されたのは1764年のことで、当時の領主フランティシェク・アントニーン・ホジェンベルクの後援により、地域のカトリック信仰の中心となる場所として建てられました。それ以来約250年にわたり、この教会は町の歴史の節目を見守ってきました。戦争や政治の変動といった揺れる時代の中でも、人々はここに集い祈りをささげ、互いに支えあいながら歩んできたのです。

    この教会は単なるミサの場であるだけでなく、洗礼、結婚式、葬儀など人生の重要な節目に寄り添う大切な存在です。私たちが訪れた平日の午後、教会内では熱心に祈る高齢の女性たちの姿が数人見受けられました。その静かな佇まいからは、信仰が彼女たちの人生に深く根付き、かけがえのないものとなっていることが伝わってきます。観光客として静かな祈りの場に入ることにためらいを感じましたが、彼女たちは穏やかなまなざしで私たちを迎え入れ、その祈りが妨げられているとは感じていない様子でした。この場所は誰にでも開かれた祈りの場であることを実感しました。

    また、教会が主催する地域の行事も多彩で、特にクリスマスやイースターの季節には町中が祝祭のムードに包まれます。収穫感謝祭など、農業が盛んな土地ならではの冠婚葬祭以外の行事もここを中心に行われており、信仰が日々の暮らしや自然の恵みと密接に結びついていることを示しています。聖守護天使教会はまさにヴェセリー・ナド・モラヴォウの地域社会の心臓部と言えるでしょう。

    静寂の中に響く祈りの響き

    教会の内部に足を踏み入れると、ひんやりとした空気が肌を包み込み、外界から隔絶されたかのような深い静寂が広がっていました。高く伸びる天井を仰ぐ広々とした空間には、荘厳なパイプオルガンの音が響き渡りそうな緊張感が漂います。主祭壇には、教会の名称の由来となった守護天使が描かれた美しい祭壇画が掲げられ、その周囲には金色の装飾や聖人の像が鮮やかに飾られていました。

    しばらくの間、私たちは古びた木製の長椅子に腰掛け、この空間に心をゆだねてみました。壁面に並ぶステンドグラスからは、多彩な色彩の柔らかな光が差し込み、床に美しい模様を描き出しています。その光はまるで天からの導きのように感じられ、心身を浄化するかのようです。ほのかに漂う古木と蝋、そしてお香が混ざった独特の香りが、一層心を落ち着かせてくれました。

    ここで人々は何を祈るのでしょう。家族の健康や仕事の成功かもしれませんし、個人的な悩みや苦しみの告白かもしれません。しかし、その一つ一つの祈りがこの静寂に溶け込み、目に見えない力となって空間を満たしているように感じられました。特定の宗教を持たない私でさえ、この場所では自然と頭を垂れ、目に見えない大いなる存在に対し感謝と畏敬の念を抱かざるを得ませんでした。それは、特定の教義を超えた人間の根源的なスピリチュアリティに触れる瞬間だったのかもしれません。派手な見どころはないものの、この教会で過ごした静謐な時間は、今回の旅のなかでも特に心に深く刻まれる、貴重な体験となりました。

    スポット情報詳細
    名称聖守護天使教会 (Kostel svatých Andělů strážných)
    所在地Bartolomějské nám., 698 01 Veselí nad Moravou, Czechia
    アクセス町の中心広場に面しており、徒歩で簡単に訪れることが可能
    訪問時の注意ミサや儀式の最中は信者の迷惑にならないよう静かにし、撮影も控える配慮が必要です。肌の露出が多い服装は避けましょう。

    水路が語る歴史の物語、バチャ運河のほとりで

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    ヴェセリー・ナド・モラヴォウにはもう一つの顔があり、それが町を貫くバチャ運河(Baťův kanál)です。この運河は20世紀初頭に、有名な靴メーカー「バタ社」の創業者トマーシュ・バタによって、石炭や物資を運ぶための工業用水路として築かれました。しかし時代の流れとともにその役割を終え、現在はチェコを代表する美しいレクリエーション用の水路として、多くの人々に親しまれています。

    運河に沿って手入れの行き届いた遊歩道が整備されており、地元の人たちがサイクリングや散歩を楽しむ姿が途切れません。私たちも、川面を渡る爽やかな風を感じながら、ゆったりと運河沿いを散策してみました。水鳥がのんびりと羽を休め、岸辺の緑が鮮やかに目に映ります。かつて物資の船が忙しく往来していたであろうこの水路は、今や穏やかで癒しの時間が流れる空間へと様変わりしていました。その風景は産業遺産が新たな価値を見出し、人々の暮らしに潤いをもたらしている素晴らしい例と言えるでしょう。

    船上から楽しむヴェセリーの景色

    運河の魅力を十分に味わうには、観光船に乗るのがおすすめです。町の中心にある船着き場から、私たちは小ぶりの遊覧船に乗り込みました。船はゆっくりと水面を滑り始め、陸から眺めるのとは異なる角度から町の風景を映し出します。水面に近い低い位置から見上げる聖守護天使教会の塔や、川沿いに立ち並ぶ赤い屋根の家々は、まるで絵本の世界のようでした。

    船頭を務める年配の男性は、この運河の歴史や沿岸で見られる動植物について、チェコ語でゆっくりと、そして熱意をもって説明してくれました。言葉のすべては理解できなくとも、彼の表情や身振りから、この運河への誇りと大切にしている気持ちがひしひしと伝わってきます。途中、狭い水門を通過する際には、船が壁にかすりそうなほどぎりぎりの幅を優れた操船技術で通り抜けていきました。その様子はちょっとした見せ場のようで、乗客から歓声があがりました。

    船旅の最中には、岸辺で釣りをする人や犬を散歩させる人、家族連れのサイクリングなど、多くの人々とすれ違いました。彼らはみな、船上の私たちに笑顔で手を振ってくれました。この光景から、この運河が地域の人々の生活に深く根付き、大切にされていることがよくわかります。水は生命の源であり、人々を結びつける道でもあります。この穏やかな船旅は、水と人々の暮らしが密接に繋がっていることを改めて感じさせてくれる、素敵なひとときとなりました。

    運河沿いに佇む小さな祈りの場

    運河沿いの散策路を歩いていると、時折道端にひっそりと佇む十字架や聖母マリアの小さな祠(ほこら)が目に留まります。これらは「ボジー・ムカ(Boží muka)」と呼ばれ、チェコの田舎道ではよく見かける光景です。しかし、それぞれに人々の祈りや物語が込められていることを思うと、単なる道標以上の意味を持っているように感じられます。

    ある十字架は、過去にこの地で起きた悲しい事故の慰霊として建てられたのかもしれません。また別の祠は、病の回復や旅の安全を願って建立されたのかもしれません。台座には建立年や寄進者の名前が刻まれていることもあります。風雨にさらされ苔むしたこれらの石像は、長い年月の間、この地を訪れる人々の喜びや悲しみ、祈りを静かに受け止めてきたことでしょう。

    私たちは小さな祈りの場を見つけるたびに立ち止まり、静かに手を合わせました。それは壮大な教会で捧げる祈りとは異なり、より個人的で生活に根ざした信仰の形です。誰に強いられることなく自らの心から湧き上がる思いを形にしたこれらの十字架や祠からは、この土地の人々の深い信仰心がひしひしと伝わってきます。大きな歴史の物語だけでなく、名もなき人々の小さな祈りの積み重ねが、その土地の文化的風景を豊かにしていることを、この運河沿いの散策が教えてくれました。

    ユダヤの記憶を辿る、旧シナゴーグと墓地の静寂

    ヴェセリー・ナド・モラヴォウの歴史を語るうえで、かつてこの町に存在したユダヤ人コミュニティの記憶を避けて通ることはできません。町の中心から少し歩いた場所には、その歴史を今に伝える旧シナゴーグの建物が現存しています。現在は市立博物館の一部として活用されていますが、その独特な建築様式は、この場所がかつてユダヤ教徒の祈りの場であったことを静かに物語っています。

    キリスト教文化が主流を占めるこの町に、かつて異なる信仰を持つ人々が共に暮らしていたという事実は、この町の歴史が多層的であることを示しています。私たちは、かつてのコミュニティの痕跡をたどるべく、旧シナゴーグと町外れに位置するユダヤ人墓地を訪れました。

    失われたコミュニティへの追憶

    旧シナゴーグは19世紀半ばに建設され、ムーア様式を取り入れた異国情緒あふれる外観が目を引きます。馬蹄形のアーチが連なる窓や、幾何学的模様で装飾されたファサードは、カトリック教会の建築とは全く異なる美的感覚を反映しています。内部に一歩足を踏み入れると、現在は展示スペースとなっていますが、高い天井や、かつて女性が礼拝に参加したと思われる二階のギャラリーの跡が、シナゴーグであった当時の面影をあちこちに見ることができます。

    壁に飾られた古写真や資料は、第二次世界大戦前にこの町で暮らしていたユダヤ人たちの姿を伝えてくれます。彼らは商売を営み、地域の経済や文化に貢献し、キリスト教徒の隣人たちとともに共生していました。しかし、その穏やかな暮らしは、ナチス・ドイツによるホロコーストによって無惨にも断ち切られました。町に住んでいたほとんどのユダヤ人が強制収容所へ送られ、多くは生きて帰ることが叶わなかったのです。

    館内に満ちる静寂は、単なる静けさを超えています。それは、失われた多くの命と断絶した歴史に対する、声なき嘆きのようにも感じられます。特定の宗教を支持するわけではなく、一人の人間として、このような悲劇が二度と繰り返されてはならないという強い思いを抱かずにはいられません。過去の記憶を留め、後世へ受け継いでいくことの重要性を、この場所は静かに、しかし力強く訴えかけているのです。

    ユダヤ人墓地が伝える沈黙の物語

    町の中心からやや離れた静かな場所に、ユダヤ人墓地があります。高くそびえる木々に囲まれたその場所は、まるで外の世界から切り離されたかのような、不思議な静寂に包まれています。

    不規則に並ぶ墓石の中には、数百年前にさかのぼるものもあるといいます。苔生し風化して一部の文字は読み取れなくなっていますが、ヘブライ語で故人の名前や生涯が刻まれていることがわかります。一つ一つの墓石が、かつてこの土地で生きた一人ひとりの人間や家族の物語を秘めています。私たちは誰にも邪魔されることなく、墓石の間をゆっくりと歩みました。

    墓石の上に小さな石が置かれているのを見かけることがあります。これはユダヤ教の習慣で、故人を偲び、訪問した証として石を置くものです。枯れることのない石を捧げることで、永遠の記憶を象徴しています。誰が置いたのかは定かではありませんが、遠い親族か、歴史を忘れまいと誓う誰かが、いまもここを訪れている証拠でしょう。

    この墓地で過ごすひとときは、生と死、記憶と忘却について深く考えさせられる時間でした。肉体は滅んでしまっても、その人が生きた証は、石に刻まれた文字や、誰かの心の中で生き続けています。そして、その記憶をたどろうとする者がいる限り、その存在は完全に消え去ることはないのかもしれません。この場所は悲しみの場であると同時に、生命の尊厳と記憶を繋ぎ留めることの重みを教えてくれる、非常に精神的な空間でした。

    スポット情報詳細
    名称旧シナゴーグ(現 市立博物館内) / ユダヤ人墓地(Židovský hřbitov)
    所在地シナゴーグ:tř. Masarykova 140 / 墓地:Na Blatech 通り沿い
    アクセスどちらも町の中心から徒歩圏内。ただし墓地はやや分かりにくいため、地図での確認をおすすめします。
    訪問時の注意墓地は神聖な場所であるため、敬意を持って静かに行動しましょう。男性はユダヤ教の習慣に従い、帽子やキッパ(小さな帽子)の着用が望ましいとされています。

    暮らしの中に溶け込む信仰のかたち

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    ヴェセリー・ナド・モラヴォウの旅で心に深く刻まれたのは、壮麗な教会や歴史的な名所だけでなく、信仰が人々の日常の中に自然に根付いている光景でした。その姿は、観光客である私たちにも温かく、穏やかな気持ちをもたらしてくれました。

    市場に集う人々の笑顔

    週に数回、町の広場で開かれる市場(Tržiště)は、地元の人々の活気に満ちあふれています。新鮮な野菜や果物、手作りのチーズやソーセージ、焼きたてのパン、色鮮やかな花々が店先を彩り、それぞれに作り手の心が込められているのが感じられます。

    そこでは単なる売買の場面を超えた光景が広がっていました。店主と客は互いの家族の健康を気遣い、天候の話題や村の噂に花を咲かせていました。長年の交流の中で培われた、温かいコミュニティの姿そのものでした。農家の方が育てた野菜を手にしながら「今年の出来栄えは神様のおかげなんだ」と笑顔で語るのを聞いて、彼らの労働と信仰が深く結びついていることを肌で感じました。日々の糧に対する感謝という、素朴で謙虚な心が彼らの暮らしの根底に流れているのです。

    私たちもここでリンゴと蜂蜜を少し購入しました。言葉は拙かったものの、お店の奥様が見せてくれた太陽のような笑顔は、何よりも素敵なお土産となりました。この市場の賑わいは、生活の豊かさとともに、人と人とを繋ぐ大切さを教えてくれました。

    家々の壁に飾られた聖人の絵

    町の中心から少し離れた住宅地を散策していると、多くの家の玄関先や壁のくぼみには、聖母マリアの像や十字架、あるいは聖人の絵が飾られていることに気づきました。それらは派手さはなく、素朴で小さなものが多いのですが、丁寧に手入れされ大切にされていることがわかります。

    これらは単なる装飾品ではなく、家と家族を災いから守り、日々の暮らしを見守る存在として置かれているのです。毎朝仕事に出かける前に静かに手を合わせる人、窓から見える聖人の絵に一日の無事を感謝する人。信仰は日曜日だけの教会通いに留まらず、365日24時間、彼らの生活の隅々に息づいているのです。

    特に印象的だったのは、ある家の窓辺に飾られていた、子どもが描いたと思われる素朴な天使の絵でした。その拙くも心のこもった絵は、どんなに高価な宗教画よりも、その家族の純粋な信仰心を表しているように感じられました。信仰という心のバトンは、親から子、そして孫へと、こうして日々の暮らしの中で自然に受け継がれていくのでしょう。その穏やかな継承の姿に、私たちは深い感銘を受けました。

    年間の祭りや行事と教会の役割

    この地域では、教会暦に沿った年間の行事が、今もなお人々の暮らしのリズムを形づくっています。クリスマスやイースターはもちろん、各村の守護聖人を祀る祭り(ポスヴィーツェニー)が地域最大のイベントです。

    地元の方のお話によると、祭りの日には多くの人々が「クロイ」と呼ばれる華やかな刺繍が施された伝統的な民族衣装をまとい、教会でのミサに参加したあと広場で音楽や踊りを楽しむそうです。特に若い女性たちの衣装は、何世代にもわたり母から娘へと受け継がれる大切な宝物であり、その準備は数ヶ月も前から始まり、家族総出で手伝うのだとか。

    この話を通じて、祭りが単なる娯楽の場ではなく、家族の絆を強め、地域の伝統文化と信仰を次世代へ受け継ぐ重要な役割を果たしていることが理解できました。そして、その中心にあるのは常に教会です。教会は、人々が集い祈り、喜びを分かち合うかけがえのない場であり、この強い共同体意識こそが困難な時代を乗り越え、自分たちの文化を誇りを持って守り続ける力の源になっているのでしょう。

    モラヴィアの恵みを味わう、食と祈りの時間

    旅の大きな楽しみの一つは、その土地ならではの食文化を味わうことです。ヴェセリー・ナド・モラヴォウでの食事は、モラヴィア地方の豊かな自然の恵みと人々の温かい思いが伝わる、素晴らしい体験となりました。

    伝統料理に込められた感謝の気持ち

    私たちは、町の中心にある家庭的で落ち着いた雰囲気のレストランで、チェコの伝統料理をいただくことにしました。私が選んだのは「スヴィーチコヴァー」です。これは、スパイスに漬け込んだ牛肉をじっくり煮込み、根菜を使った濃厚でクリーミーなソースがかかった、チェコを代表するご馳走です。一方、夫は豚のローストにザワークラウトとクネドリーキ(蒸しパンの一種)が添えられた定番メニューを頼みました。

    運ばれてきた料理は素朴でありながら、心が込められた深い味わいでした。特にソースをたっぷり吸ったクネドリーキは、ほのかな甘みがあり、どこか懐かしさを感じさせてくれます。隣のテーブルでは、地元の家族とおぼしきグループが食事の前に静かに十字を切り、感謝の祈りを捧げていました。その光景を目にして、食べることは単に空腹を満たす行為ではなく、神様から授かった恵みに感謝する神聖な時間なのだと改めて思いました。

    この南モラヴィア地方は、チェコ有数のワイン生産地でもあります。私たちは地元の白ワインをグラスで楽しみました。爽やかな酸味と豊かな果実味が料理の味をより一層引き立ててくれます。キリスト教では、ワインはイエス・キリストの血の象徴として特別な意味を持つ飲み物です。この土地で育まれた葡萄から造られたワインを味わうことで、モラヴィアの大地の恩恵を全身で感じることができました。

    心安らぐカフェでのひととき

    教会の広場に面した小さなカフェは、旅の間の憩いの場として私たちのお気に入りの場所となりました。石畳の通りを眺めつつ、香り高いコーヒーとこの地方特産の甘い焼き菓子「コラーチ」を楽しむ時間は、まさに至福のひとときです。

    このカフェで、私たちは旅のノートを開き、その日目にした景色や心に残った出来事を書き留めました。教会の静けさ、運河の水面のきらめき、市場で交わした人々の笑顔。ひとつひとつの出来事を思い返して文字にするうちに、この町で過ごした時間がどれほど私の心に深く刻まれているかを強く実感しました。

    忙しく観光スポットを巡るのではなく、こうしてカフェでゆったり過ごす時間を持つこと。その時間こそが旅の体験を自分の内に落とし込み、自分自身のものにする大切な過程なのです。ヴェセリー・ナド・モラヴォウの落ち着いた雰囲気は、その内省の時間にぴったりの場所でした。隣の席で談笑する地元の人たちのチェコ語の響きをBGMに、私たちは穏やかで豊かな時間の流れに身をゆだねていました。

    旅の終わりに心に刻む、ヴェセリーの風景

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    ヴェセリー・ナド・モラヴォウで過ごした数日間は、あっという間に過ぎ去りました。町を離れる朝、私たちは再び聖守護天使教会の前に立ちました。鐘の音がまるで旅立ちを祝福するかのように、優しく町中に響いていました。

    この旅で私たちが見つけたものは何だったのでしょうか。それは華やかな観光名所や刺激的なエンターテインメントではありませんでした。私たちが得たのは、人々の日常に静かに根ざした信仰の風景でした。困難な時には心の力となり、喜びの時には感謝の対象となる、生きる伴侶のような存在です。教会での厳かな祈り、路傍の十字架に込められた個人的な想い、食卓を囲んでのささやかな感謝。多様な形で表現される信仰は、この土地に暮らす人々の心を豊かにし、コミュニティの絆を強める大切な役割を果たしていました。

    さらに、この旅は私たちに問いかけてきました。「あなたにとって、信じるものとは何ですか?」と。それは必ずしも特定の神や宗教である必要はないのかもしれません。目に見えないものへの敬意、自然の恩恵への感謝、家族や隣人との繋がりを大切にする心。人間が古くから抱いてきたこれらの根源的な感情こそが、現代に生きる私たちにとっても心の拠り所となるのではないでしょうか。

    ヴェセリー・ナド・モラヴォウは派手さはないものの、訪れる人の心に静かな感動を深く刻みつける町です。もし日常の喧騒に疲れ、自分の内面と向き合う時間を求めているなら、ぜひこのモラヴァ川のほとりの町を訪れてみてください。そこにはきっと、あなたの心を清め、新たな力をもたらす穏やかで美しい時間が流れているはずです。

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    この記事を書いた人

    子育てが一段落し、夫婦でヨーロッパの都市に長期滞在するのが趣味。シニア世代に向けた、ゆとりある旅のスタイルを提案。現地の治安や、医療事情に関する情報も発信する。

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