旅とは、一体何なのでしょうか。美しい景色を眺め、美味しいものを味わう。それもまた旅の醍醐味に違いありません。しかし、年齢を重ねるにつれ、私たちは旅にそれ以上のものを求めるようになるのかもしれません。日常の喧騒から離れ、自分自身の心と静かに向き合う時間。そして、ガイドブックには載っていない、その土地に暮らす人々の息遣いや温もりに触れる体験。そんな、魂が揺さぶられるような出会いを求めて、私はブラジルの内陸部、ゴイアス州の小さな街「ゴイアニラ」へと旅立ちました。
ブラジルと聞けば、多くの人がリオのカーニバルやサンパウロの摩天楼、アマゾンの雄大な自然を思い浮かべることでしょう。しかし、この国の本当の魅力は、そうした華やかな表舞台だけにあるのではありません。大都市の喧騒から一歩離れた場所にこそ、ブラジル人の心の原風景ともいえる、素朴で、温かく、そして深く豊かな精神性が息づいているのです。
ゴイアニラは、まさにそんな場所でした。そこには、派手な観光名所はありません。しかし、日々の暮らしの中に深く根差した信仰と、それによって育まれた人々の強い絆がありました。教会で交わされる静かな祈り、市場で飛び交う活気ある笑顔、そして食卓を囲む家族の温かい団らん。その一つひとつが、現代社会の中で私たちが忘れかけていた「豊かさ」とは何かを、静かに、しかし力強く語りかけてくるようでした。この記事が、あなたの次なる旅の、そして人生の新たな扉を開く一助となれば幸いです。
ゴイアニラでの素朴で温かい信仰と人々の絆に触れた旅のように、大地の息吹と古代マヤの叡智に触れる旅もまた、魂を揺さぶる深い体験をもたらしてくれるでしょう。
なぜ今、ゴイアニラなのか? 現代人が忘れた「つながり」を求めて

私たちが生きる現代は、かつてないほど便利で豊かであり、自由さが広がる時代です。スマートフォンひとつあれば世界中の情報にアクセスでき、インターネットを通じて顔も知らない人々と瞬時につながることも可能です。しかし同時に、私たちは説明しがたい孤独感や心の渇きを感じているのではないでしょうか。
効率化が求められ、あらゆるものが数値で評価される社会のなかで、私たちは隣人との対話を忘れ、家族と食卓を囲む時間も失い、自分の心の声に耳を傾ける余裕すらなくしてしまったのかもしれません。物理的な距離は縮まっても、心の距離はますます遠のいていく――そんな現代社会の矛盾のなかで、多くの人は人間本来の「つながり」を切望しています。
ゴイアニラへの旅は、そのような渇きを癒すための処方箋のような存在でした。この街には、私たちが失いかけているかもしれない大切なものがいまだ確かに息づいています。それは、信仰という太い幹から枝葉のように広がる、人と人との深い絆です。
ゴイアニラの人々の暮らしの中心には、いつも祈りがあります。それは特別な儀式ではなく、朝目覚めて神に感謝し、食事の前に祈りを捧げ、一日の終わりに無事を報告するといった、自然な生活の一部として根付いています。信仰は彼らの行動の指針であり、価値観の土台であり、何より困難な時に支えとなる心の拠り所となっています。そして、同じ信仰を共有する人々は血縁を超えた大きな家族のような共同体を築いています。誰かが困っていれば当然のように手を差し伸べ、喜びは自分のことのように分かち合う。その様子は、希薄な人間関係に慣れてしまった私たちにとって、眩しく、少し羨ましくも映ることでしょう。
ブラジルという国は、ヨーロッパ、アフリカ、先住民の文化が融合した「人種の坩堝」として知られています。その多様性は時に複雑な社会問題を引き起こすこともありますが、他者を受け入れる寛容さと生命力に満ちたダイナミックな文化を育んできました。ゴイアニラは、そんなブラジルの多様性と活力を凝縮したような街。この地で人々の暮らしに触れることは、私たち自身の生き方や幸福のあり方を改めて見つめ直す貴重な機会を与えてくれるのです。
ブラジルの信仰の坩堝(るつぼ)を知る
ゴイアニラの住民の生活を深く理解するには、ブラジルという国が持つ複雑かつ多様な宗教的背景を知ることが欠かせません。この国の精神文化は決して一枚岩ではなく、カトリックを基盤としつつも、アフリカから来た人々の魂の叫びやヨーロッパで生まれた新たな思想、さらに古来からこの土地に根付く精霊信仰などが複雑に絡み合い、独特かつ創造的な信仰形態を生み出してきました。
大多数を占めるカトリック信仰とその変容
ブラジルは世界最大のカトリック信者数を誇る国として知られており、その歴史は16世紀のポルトガルによる植民地化と共に始まりました。宣教師たちがもたらしたカトリックは瞬く間にこの広大な土地に広がり、社会や文化の隅々にまで深く浸透していきました。
しかし、ブラジルのカトリックはヨーロッパのそれとは異なる独特の様相を持っています。そこには民衆の生活に根ざした、より情熱的で人間味豊かな信仰の姿が映し出されています。特に目立つのが、聖母マリアや多くの聖人への強い崇敬の念です。人々はイエス・キリストのみならず、自分たちの願いを親身に聞き入れてくれる身近な存在として聖人たちに祈りを捧げます。町の教会には色鮮やかな聖人像が置かれ、参拝者は花やろうそくを捧げながら熱心に語りかけるのです。これは厳格な教義による信仰というよりも、もっとパーソナルで心温まる関係性に基づく信仰といえます。
加えて、ブラジルのカトリックは社会的な側面とも深く結びついてきました。1960年代から70年代にかけて、軍事政権下の貧困や抑圧に苦しむ人々のために立ち上がった「解放の神学」はその象徴的存在です。「神は貧しい者の側にある」という理念は多くの人に希望を与え、社会変革の重要な原動力となりました。このようにブラジルのカトリックは、人々の魂の救済のみならず現実の社会問題にも積極的に関わることで、深い支持を集めてきたのです。
精神的な支えとなるスピリティズム(心霊主義)
カトリックと並び、ブラジルの精神文化に大きな影響を及ぼしているのが「スピリティズム(エスピリティズモ)」です。これは19世紀半ばにフランスのアラン・カルデックによって体系化された思想で、霊魂の不滅や輪廻転生、霊との交信を中心としています。
一見するとオカルト的に見えるこの思想が、科学や合理主義が尊重される近代ブラジルでこれほど多くの人の心をつかんだのはなぜでしょうか。その理由は、スピリティズムが「科学・哲学・宗教の融合」を謳い、霊的現象を合理的に説明しようと試みた点にあります。近代化の波により伝統的価値観が揺らぐ中、科学だけでは満たせない精神的な空白を感じる人々にとって、この教えは非常に魅力的だったのです。
ブラジルのスピリティズムでは特に「カルマの法則」と「慈善活動」が重視されます。現世の行いが来世に影響すると考えられており、人々は道徳的な生活を促されます。また、スピリティズムのセンターでは、霊的な力を持つとされる「メディウム(霊媒)」を通じて霊的治療や悩み相談が行われ、西洋医学や心理カウンセリングを補う大切な心の拠り所となっています。ゴイアニラのような内陸都市でも、こうしたスピリティズムの施設は人々の生活に溶け込み、地域社会において重要な役割を果たしています。
アフリカの魂が息づくカンドンブレとウンバンダ
ブラジルの信仰を語る上で、アフリカ由来の宗教を抜きにすることはできません。植民地時代に労働力として強制的に連れてこられたアフリカの人々は、自らの身体と魂に刻まれた信仰を決して手放さず、カトリックの聖人の姿を借りて自らの神々(オリシャ)を祀るなど、巧みに信仰を守り抜きつつ独自の宗教文化を形成しました。その代表的存在が「カンドンブレ」と「ウンバンダ」です。
カンドンブレは西アフリカのヨルバ族の信仰に起源を持ち、自然界の多様な力を司る「オリシャ」と呼ばれる神々を崇拝します。儀式では太鼓のリズムに合わせて人々がトランス状態に入り、神々を体に降ろすことで神託を受けたり、癒しを得たりします。これは西洋的な神の概念とは全く異なり、自然・人間・神々が一体となるダイナミックで生命力に満ちた世界観に基づいています。
一方、ウンバンダは20世紀初頭にブラジルで生まれた、より新しい宗教で、カンドンブレの要素に加えスピリティズムやカトリック、先住民族の信仰などが融合された非常にシンクレティック(混淆的)なものです。ウンバンダでは慈悲と慈善が最も重要視され、人々は様々な霊的存在(プレト・ヴェーリョと呼ばれる老奴隷の霊など)の助けを借りて心身の問題解決を図ります。人種や階級にかかわらずすべての人を温かく包み込むその姿勢は、多くのブラジル人の心を掴んでいます。
これらアフロ・ブラジリアン宗教はかつて「呪術」や「迷信」として差別や偏見の対象となってきましたが、現在ではブラジルの豊かな文化遺産の一部として再評価が進んでいます。ゴイアニラを訪れる際に儀式に直接触れる機会は限られるかもしれませんが、ブラジル人の根底に流れる生命力やリズム感、そして自然への畏敬の念といった精神の源流に、こうしたアフリカの魂が息づいていることを知ることは、この国を深く理解するために非常に重要です。
ゴイアニラの街角で感じる、祈りのある暮らし

ブラジルの複雑な信仰文化を胸にゴイアニラの街を歩くと、日常の何気ない光景が、一層深みのある豊かな意味を帯びて見えてきます。人々の生活に祈りがいかに自然に溶け込んでいるか、その息遣いを街のいたるところで感じ取ることができるでしょう。
街の中心に佇む教会 – Paróquia Nossa Senhora da Guia
ゴイアニラの中心部に位置するParóquia Nossa Senhora da Guia(ノッサ・セニョーラ・ダ・ギア教区教会)は、この町の信仰を象徴する存在であり、多くの人々の心の支えとなっています。派手な大聖堂ではありませんが、その素朴で温かな外観は、街の暮らしに自然と馴染んでいます。
教会の扉をくぐると、ひんやりとした空気が肌を包み、外の喧騒がまるで嘘のように静寂へと変わります。高く広がる天井に声が響きわたり、ステンドグラスから差し込む柔らかな光が穏やかに空間を照らしています。その光の先には、長年使い込まれた木製の長椅子や、壁に刻まれたキリストの受難を描いたレリーフ、祭壇には静かに佇む聖母マリア像が見えます。贅沢な装飾こそないものの、隅々まで丁寧に手入れされており、訪れる人の祈りが染み込んでいることが伝わってきます。
私が訪れたのは平日の昼下がりで、ミサの時間ではありませんでしたが、教会の中には数人が静かに座り、それぞれの思いを込めて祈りを捧げていました。目を閉じて手を組む老婦人や、小さなロザリオを指で優しく動かしながら声を潜める男性の姿は自然そのもので、彼らにとって教会が神と対話するための「自分だけの部屋」のような個人的な空間なのだと感じさせられました。
もし機会があれば、日曜日のミサに参加してみるのもおすすめです。正装した家族連れや友人同士の若者、一人で静かに訪れる高齢者など、あらゆる世代が集まり、聖堂は活気に満ち溢れます。神父の言葉に耳を傾け、皆で声を合わせて聖歌を歌う様子は、たとえポルトガル語が分からなくとも、その厳かで温かな空気、そして人々の真摯な祈りの表情に心を打たれること請け合いです。ミサの終了後は、教会の外で人々が談笑し、近況を報告し合います。教会は祈りの場であるだけでなく、地域の人々が集い、語り合い、絆を深めるコミュニティの中心として今も力強く機能しているのです。
| スポット名 | Paróquia Nossa Senhora da Guia |
|---|---|
| 住所 | Praça da Matriz, s/n – Centro, Goianira – GO, 75370-000, Brasil |
| 特徴 | ゴイアニラの中心に位置するカトリック教会。街の象徴的な存在であり、地域住民の信仰とコミュニティの核となっている。質素ながらも温かい雰囲気が魅力。 |
| 訪問時のアドバイス | ミサ開催時以外は静かに見学可能。日曜日のミサに参加すれば、地域の人々の深い信仰心を肌で感じられます。訪問の際は肌の露出を控え、写真撮影は節度を持って行動し、祈りの場への敬意を忘れないようにしましょう。 |
ざわめきの中の安らぎ – Praça da Matriz(中央広場)
教会の目の前にはPraça da Matriz(中央広場)が広がり、街の「へそ」とも称される場所です。大きな木々が心地よい日陰をつくり、ベンチに腰かけた人々がゆったりとした時間を過ごしています。
昼間は子どもたちが元気に駆け回り、そのそばでは母親たちがおしゃべりに花を咲かせます。ベンチに座った年配の方々はチェスのようなゲームを楽しんだり、行き交う人々をぼんやり眺めたり。広場の片隅にはアサイーや搾りたてサトウキビジュースを売る屋台が並び、甘い香りが辺りに漂っています。
この広場は特別な催しが行われる場所ではありませんが、ゴイアニラの普段の暮らしがそこに凝縮されています。人々はここで待ち合わせをし、情報を交換し、休息のひとときを過ごします。スマートフォンに目を落とす人は少なく、多くが目の前の相手との会話や広場の穏やかな雰囲気を味わっているのです。都市生活の忙しさの中ではなかなか見られない、贅沢な時の流れがここにはあります。
夕暮れ時になると広場の様子は一変します。仕事や学校を終えた人たちがまばらに集まり、恋人たちが語り合い、家族連れが散歩を楽しみます。遠くからギターの響きが聞こえてくることもあります。一日の終わりを大切な人々と穏やかに過ごす、その当たり前の幸せがこの場所には満ちています。教会で祈りを終えた後に、この広場のベンチに腰かけてゆっくりと時の流れを感じてみてください。きっと心の波が静まっていくのを実感できるはずです。
| スポット名 | Praça da Matriz (Central Square) |
|---|---|
| 住所 | Centro, Goianira – GO, 75370-000, Brasil (Paróquia Nossa Senhora da Guiaの正面) |
| 特徴 | 教会に隣接する街の中心広場。大きな木の影が涼しく、市民の憩いの場として親しまれている。屋台やベンチがあり、ゴイアニラの日常風景を垣間見せる空間。 |
| 訪問時のアドバイス | どの時間帯も人々が集まるが、特に夕方は涼しくて過ごしやすい。屋台でアサイーや軽食を買い、ベンチでのんびり休むのがおすすめ。観光地ではないものの、地元の暮らしのリズムを感じるのにぴったりの場所です。 |
家庭に息づく小さな祭壇
ゴイアニラの人々の信仰は、教会や広場など公共の場にとどまらず、むしろその真髄は最もプライベートな空間である「家庭」に深く根付いています。
もし幸運にも地元の家庭に招かれたなら、リビングや寝室の隅に小さな祭壇が設置されているのを見ることができるでしょう。それは「オラトリオ」と呼ばれ、聖母マリアや家族の守護聖人の像、十字架、ロザリオなどが丁寧に飾られています。
この小さな祭壇は家族の祈りの中心地です。朝、家を出る前には安全を願い、夜寝る前には一日の感謝を捧げます。病気の家族がいれば回復を祈り、子どもが試験を控えれば合格を願う。日常の喜びや悲しみ、さまざまな願いがこのオラトリオに込められているのです。
私がホームステイした家庭でも、おばあさんが毎朝欠かさずオラトリオの前に座り、一人ひとりの名前を呼びながら祈るのが日課でした。その姿は特別な宗教儀式というよりも、大切な家族に愛情を注ぐごく自然な習慣のように映りました。信仰とは、遠くの神に救いを願うだけでなく、身近な生活の中で愛する人々の幸せを思い祈る、温かく親しみのある心の営みなのだと改めて理解したのです。
こうした家庭に根づく祈りの習慣こそ、ブラジルの家族の強い絆の源かもしれません。いつでも自分のことを思い祈ってくれる存在があるという揺るがぬ安心感が、人々を支え、困難を乗り越える力となっているのでしょう。
人々の温もりに触れる体験 – つながりが生む豊かさ
ゴイアニラの魅力は、静かに祈る風景だけにはとどまりません。むしろ、そこで生まれる人々の活気あふれる温かな交流こそが、この旅を忘れられないものにしています。見知らぬ旅人である私を、人々は驚くほど自然に、そして温かく彼らの輪の中へ迎え入れてくれました。
フェイラ(市場)で交わされる言葉と笑顔
ゴイアニラ滞在中、私が最も楽しみにしていたのが、週に一度開催される「フェイラ・リーヴリ(自由市場)」でした。朝早くから街の一角にテントが立ち並び、瞬く間に人々の熱気と活気に満ち溢れます。
市場に並ぶのは、この地の太陽をたっぷり浴びて育った色鮮やかな果物や野菜たち。珍しい形や色彩をしたフルーツ、山のように積まれたマンゴーやパパイヤ、そしてゴイアス州の食卓に欠かせないトウモロコシや豆類など、そのどれもが生命力に満ち、眺めているだけで元気が湧いてくるようです。
しかしフェイラの真の魅力は、商品の豊富さ以上にそこで交わされる人々のやりとりにあります。店主たちは商品を売るだけでなく、「お嬢さん、このマンゴーは今が一番甘いよ!」「このチーズはうちのおばあちゃんのレシピだよ。パンに挟むと最高さ!」などと、身振り手振りも交えて熱心に商品の自慢を語りかけてきます。値段交渉もまた、交流の一環です。少し言葉をかわし、笑顔を交わすだけで、自然と心の距離が縮まっていくのを感じられます。
市場の片隅には、その場で食べられる屋台も並びます。中でも人気なのが、大きな揚げ餃子のような「パステル」と、絞りたてのサトウキビジュース「カルド・デ・カナ」です。揚げたてのパステルを頬張りながら、冷たく甘いジュースを飲むと、買い物の途中で立ち話をする人たちやはしゃぐ子どもたちの声が周囲から聞こえてきます。そんな雑多でエネルギッシュな空気の中にいると、自分もこの街の一員になれたような嬉しい気持ちに包まれます。
| スポット名 | Feira Livre de Goianira (ゴイアニラ青空市場) |
|---|---|
| 住所 | 開催場所は曜日によって異なる可能性があるため、現地での確認が必要。通常は街の中心部で実施されています。 |
| 特徴 | 週に一度(または複数回)開催される青空市場。新鮮な野菜や果物、チーズ、手作りのお菓子、工芸品などが並び、地元の生活の活気を肌で感じられます。 |
| 訪問時のアドバイス | 現金を用意しておくのがおすすめ。多彩な食材があるので、店主におすすめの食べ方を尋ねるのも楽しいでしょう。パステルやカルド・デ・カナなどの屋台グルメはぜひ味わってください。スリなどには十分注意し、貴重品の管理はしっかり行いましょう。 |
共に食卓を囲むこと – 家庭料理に込められた想い
ブラジル、とりわけ内陸部の人々にとって、「食事」は単に空腹を満たす行為ではありません。それは家族や友人が集い、語り合い、絆を深めるための最も大切な時間です。その文化を深く体験できたのが、地元の家庭に招かれ、ふるまわれた温かな手料理の数々でした。
ゴイアス州には、豊かな自然の恵みを活かした素朴で滋味あふれる郷土料理が多くあります。中でも印象に残ったのは「フランゴ・コン・ペキ」。ペキと呼ばれる独特な強い香りを持つ木の実と鶏肉を一緒に煮込んだ料理です。初めて口にしたペキの香りは強烈でしたが、鶏肉の旨みと絡み合い、忘れがたい味わいでした。そのほか、もちもちとした食感がクセになるチーズパン「パン・デ・ケイジョ」、鶏肉や野菜がたっぷり詰まったパイ「エンパドン・ゴイアーノ」など、いずれも「おふくろの味」と呼びたくなるような、愛情あふれる料理ばかりでした。
しかし何よりも印象深かったのは、食事の場に広がる風景です。料理は母親や娘に限らず、家族全員で作るもの。野菜を切る人、テーブルを用意する人、飲み物を準備する人と、誰もが自然に協力し合い、キッチンは笑い声と楽しげな会話で満たされています。食事の時間になるとテレビは消され、誰一人スマートフォンに触れません。皆が、目の前の料理を味わい、顔を見合わせながら、その日の出来事やちょっとした冗談を語り合うのです。
「いただきます」や「ごちそうさま」といった決まり文句はありませんが、食事の前には皆で手をつなぎ、静かに感謝の祈りを捧げます。この食事をいただけること、そしてこうして集まれたことへの感謝。短いその沈黙の時間に、彼らが大切にしているものすべてが込められているように感じました。共に食卓を囲むというシンプルな行為が、これほど人の心を温め、豊かにするのだと、私はゴイアニラの家庭で学びました。
音楽と踊りが紡ぐコミュニティの輪
ブラジルの人々の血には、音楽とダンスが深く刻まれています。サンバやボサノヴァがよく知られていますが、広大な国土の中で、それぞれの地域に独自の音楽文化が根付いています。ゴイアス州を含むブラジル中西部で圧倒的な人気を誇るのが、「セルタネージャ」と呼ばれる音楽です。
セルタネージャは、アメリカのカントリーミュージックにルーツを持つとされ、ギター弾き語りを中心にしたやや哀愁を帯びたメロディーが特徴的です。歌詞の内容は恋愛や失恋、故郷への懐かしさ、田舎での暮らしの喜びや厳しさなど、日常に寄り添ったものが多く、多くの人々の共感を集めています。
ゴイアニラの夜、小さなバーに立ち寄ると、どこからともなくセルタネージャの生演奏が響いていました。そこにいたのはプロのミュージシャンというより、地元の音楽愛好者たちが集まって楽しんでいる様子でした。しかし、その歌声とギターの旋律は心に深く響き渡りました。客たちはビール片手に静かに耳を傾けたり、一緒に口ずさんだりします。曲が盛り上がると、誰からともなく立ち上がり、自然にペアになって踊り始めるのです。
その踊りは洗練されたものではありませんが、皆が本当に楽しそうで、音楽と一体になっているのが伝わってきました。言葉の壁がある私に、一人の男性が笑顔で手を差し伸べてくれました。ぎこちないステップで彼のリードに合わせているうちに、不思議と音楽のリズムに乗ることができました。周囲の人たちも、温かな笑顔で見守ってくれています。言葉が通じなくても、音楽と笑顔、そして握る手の温もりだけで心はつながる。そんなシンプルな事実に、私は胸を打たれました。音楽は人と人を結びつけ、コミュニティに一体感をもたらす、まるで魔法のような力を持っているのです。
旅から見出す、心豊かな人生へのヒント

ゴイアニラでの暮らしは、単なる異文化体験にとどまらず、私自身の生き方や価値観を見つめ直す大きな機会となりました。彼らの日常に根付く、心豊かに生きるための知恵は、日本の生活に戻った今も私の胸の中で確かな輝きを放ち続けています。
「ある」ものに感謝する心
私たちはつい「ない」ものに目を向けがちです。もっとお金があれば、もっと時間があれば、もっと若ければと思うこともあります。しかし、ゴイアニラの人々は、自分たちが「持っている」ものに心から感謝し、そこに喜びを見つける達人でした。
彼らの生活は、物質的には決して裕福とは言えないかもしれませんが、その表情には満たされた笑顔があふれています。家族がいること、友人がいること、健康な身体があること、毎日食事をいただけること、そして美しい自然に囲まれていること。普段は当然すぎて意識されにくい「ある」ものの一つ一つに、彼らは真摯に感謝の心を捧げているのです。
毎朝、太陽の光を浴びながら「今日も一日ありがとう」と祈りを捧げ、食事のたびにその恵みに感謝し、眠る前には無事に過ごせたことへ感謝する。その積み重ねが、彼らの心を穏やかで満たされたものにしているのでしょう。幸せとは何かを得ることではなく、今ここにあるものに気づき、感謝することから始まる。彼らの生き方は、そのシンプルな真実を教えてくれました。
助け合いの精神「ムチロン」
ブラジルには「ムチロン(Mutirão)」という言葉があります。これはもともと先住民族の言葉で、農作業などを地域の共同体で協力して行う相互扶助の慣習を指します。誰かの家を建てるとき、畑の収穫を行うとき、皆が無給で集まり、力を合わせて作業を進めます。
このムチロンの精神は、現代のゴイアニラの暮らしの中でも形を変えながら息づいています。隣家で困っていることがあれば、声をかけられなくても助けに入るのが当然です。子どもの世話を近所で交代ですることも、病気の人に食事を届けることもあります。そこには「ギブアンドテイク」のような計算はなく、「助けが必要なときはお互い様」という温かい信頼がコミュニティの土台を作っているのです。
個人主義が進み、隣が誰なのかも分からないことが珍しくない現代の都市生活。しかし人は本来、一人では生きられない弱い存在です。ゴイアニラの人々の姿は、お互いに支え合い、頼り頼られながら生きることの強さと豊かさを改めて思い出させてくれました。身近な人々に少しだけ関心を持ち、手を差し伸べる勇気。それが私たちの社会をより温かなものに変える、小さな一歩となるかもしれません。
自然と共に生きる知恵
ゴイアナラが位置するゴイアス州は、「セラード」と呼ばれる広大なサバンナ地帯にあります。一見すると乾燥し不毛な土地に見えますが、実は驚くほど多様な動植物が暮らし、人々はその恵みを巧みに生活に取り込んできました。
庭先に植えられたマンゴーやアセロラの木から果実を収穫し、ジャムやジュースを作る。体調が優れないときは庭の薬草を煎じて飲む。人々は自然がもたらす恵みをよく知り、感謝しながら暮らしています。彼らの生活は、自然を制御しようとするのではなく、その大きなリズムの中に身をゆだね、共に生きる姿勢に貫かれているのです。
日の出とともに起床し、日中は働き、日没後は家族と過ごし、夜は静かに眠る。そんな自然のリズムに合わせた生活は、私たちの心身に本来のバランスを取り戻させてくれます。現代は常に情報に追われ、夜遅くまで明るい照明のもと活動することが当たり前になりましたが、時にはスマートフォンを置き、自然の音に耳を傾け、空の色や風の香りを感じる時間を持つことも大切です。ゴイアニラでの穏やかな時間は、そんなデジタルデトックスの重要性も教えてくれました。
ゴイアニラへの旅の準備
この温かな雰囲気が漂う街への旅を計画している方に向けて、基本的な情報をお伝えします。
アクセス方法
日本からブラジルへの直行便は運航していないため、通常はヨーロッパ、中東、もしくは北米の都市で乗り継ぎを行い、サンパウロのグアルーリョス国際空港(GRU)やブラジリアのプレジデンテ・ジュセリノ・クビシェッキ国際空港(BSB)へ向かいます。全体の所要時間は乗り継ぎを含めて25時間以上かかることが一般的です。
ゴイアニラに最も近い主要空港は、ゴイアス州の州都であるゴイアニアにあるサンタ・ジェノヴェーヴァ空港(GYN)です。サンパウロやブラジリアからは国内線でおよそ1時間半から2時間のフライトとなります。
ゴイアニア空港からゴイアニラまでは車で約40分から1時間の距離です。空港からはタクシーや配車アプリを利用するか、ゴイアニアの長距離バスターミナル(Rodoviária de Goiânia)まで移動し、そこからゴイアニラ行きのバスに乗ることも可能です。バスは頻繁に運行されており、手頃な移動手段として便利です。
滞在について
ゴイアニラは小規模な街のため、宿泊施設の選択肢は多くありません。シンプルなホテルか、「ポウザーダ」と呼ばれる民宿がいくつかあります。ポウザーダは通常、オーナーの家族経営で、家庭的な暖かいもてなしを受けられるのが特徴です。人との交流を目的とした旅であれば、ポウザーダは特におすすめです。
より現地の文化を身近に感じたい場合は、ホームステイという方法もあります。専用の斡旋サイトを利用して探すことができますが、一定のポルトガル語能力が求められるケースが多い点に注意が必要です。
旅の注意点
- 治安: ブラジル全体に言える注意点ですが、安全面には十分に気をつけましょう。ゴイアニラは比較的治安が良いとされていますが、夜間に一人で歩くことは避け、派手な服装や高価なアクセサリーは控え、貴重品は複数の場所に分散して持つなど、基本的な防犯対策を徹底してください。
- 言語: 公用語はポルトガル語です。観光地ではないため英語が通じにくいことが多いです。挨拶の「こんにちは(Bom dia / Boa tarde)」「ありがとう(Obrigado / Obrigada)」「お願いします(Por favor)」といった簡単な表現を覚えておくと、地元の人々とのやりとりがスムーズになります。翻訳アプリも非常に役に立ちます。
- 気候と服装: 熱帯サバンナ気候に属し、年間を通じて比較的温暖です。乾季(5月〜9月頃)と雨季(10月〜4月頃)に大きく分かれます。日差しが強いため、帽子やサングラス、日焼け止めは欠かせません。蚊が媒介する感染症のリスクがあるため、虫よけ対策も忘れないようにしましょう。基本的には通気性の良い軽装が適していますが、朝晩の冷え込みや冷房対策として薄手の羽織るものを持っていくと便利です。
- 宗教施設訪問時のマナー: 教会などの宗教施設を訪れる際は、その場が信仰の場であることを尊重しましょう。タンクトップやショートパンツなど肌の露出が多い服装は控えるのがマナーです。内部では静かに行動し、祈っている人の邪魔にならないように配慮しましょう。写真撮影が許可されているかどうかも、事前に確認しておくと安心です。

