子育ても一段落し、夫婦でヨーロッパの街に暮らすように滞在する旅が、私たちの何よりの楽しみとなりました。歴史の重みと芸術の香りが漂うフィレンツェやパリも素敵ですが、今回私たちが心を奪われたのは、ドイツの首都ベルリン。そこは、過去と未来が交差し、絶えず新しい文化が生まれ続ける、エネルギーに満ちた都市でした。特に私たちの知的好奇心と食欲を刺激したのは、ベルリンが「ヴィーガン天国」と呼ばれる最先端の食文化と、街の多様性を象徴するハラールグルメが、見事に融合しているという事実です。健康を意識する世代にとって、また新しい食の世界に触れたいと願う旅人にとって、ベルリンはまさに宝の山。今回は、50代の私たちが心ゆくまで堪能した、ベルリンの奥深い食の世界へと皆様をご案内いたします。
ベルリンの食文化の奥深さを、街の歴史やアートとともに味わう旅については、ベルリン、壁の記憶と未来の味覚を巡る記事でさらに詳しくご紹介しています。
なぜベルリンは「ヴィーガンの聖地」と呼ばれるのか

ベルリンの街を歩いていると、スーパーマーケットの棚やカフェのメニューに「Vegan」という表記がごく普通に並んでいることに気づきます。これは一時的な流行ではなく、ベルリンの歴史と文化が育んだ、自然なライフスタイルの一部なのです。
壁の崩壊がもたらした自由な精神の開花
ベルリンの食文化を語る際、ベルリンの壁崩壊は欠かせません。東西に分断されていた都市が再び一つになると、世界中からアーティストやクリエイター、自由を求める若者たちがベルリンに集まりました。彼らがもたらしたのは、既成の価値観にとらわれないカウンターカルチャーの精神です。権威への反発や環境保護の意識、動物愛護の考え方が深く根付き、それが食生活にも大きく影響しました。菜食主義やヴィーガニズムは単なる食事制限ではなく、彼らの思想を表現する手段の一つへと発展していったのです。手頃な家賃も相まって、実験的なレストランやカフェが次々とオープンし、ベルリンはヴィーガン文化が花開くための豊かな土壌となりました。
多様な人々が紡ぐ現代のベルリン
現在のベルリンはITスタートアップの中心地としても知られており、世界各地から優秀な人材が集まっています。異文化が交錯する中で、食の多様性は一層加速しています。健康志向やサステナビリティへの関心は世界的なトレンドですが、特にベルリンではその意識の高さが際立っています。ここでのヴィーガンは、地球環境への負担を軽減し、自身の健康を守るための合理的で洗練された選択肢です。特別なものではなく、ごく自然な日常生活の一部分として受け入れられています。オーガニック専門スーパーの「ビオ・コンパニー(Bio Company)」が市内のあちこちに点在し、高品質なヴィーガン食材を気軽に手に入れられる環境も、この文化の広がりを強力に支えています。
五感を満たす、ベルリンのヴィーガンシーン探訪
「ヴィーガン料理は味気ないのでは?」そんな固定観念は、ベルリンを訪れればあっという間に覆されるでしょう。ここには、驚きと喜びに満ちた、創造性豊かなヴィーガン料理の世界が広がっています。私たち夫婦が実際に足を運び、心から感動したお店をいくつかご紹介します。
エレガントな空間で味わう芸術的ヴィーガン「Kopps」
特別な日のディナーに選びたいのが、ミッテ地区にある「Kopps」です。ベルリンのヴィーガンファインダイニングの先駆けともいえるこのお店は、洗練されつつも温かみのある空間で、落ち着いた大人の時間を演出してくれます。私たちはコース料理を堪能しましたが、一皿一皿がまるで絵画のように美しく、食材の組み合わせの妙技に何度も驚嘆しました。地元で採れた旬の野菜を主役に、ハーブやスパイスを巧みに用いて野菜本来の味わいを最大限に引き出しています。特に印象に残っているのは、セロリアック(根セロリ)を使った一皿。じっくり火を通すことで甘みと旨みが凝縮され、まるで肉のような満足感を与えてくれました。食の世界の新たな可能性を感じさせる、忘れがたい体験となりました。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 店名 | Kopps |
| エリア | ミッテ(Mitte) |
| 住所 | Linienstraße 94, 10115 Berlin |
| 特徴 | 高級ヴィーガンレストラン。ブランチも評判が良く、予約が推奨されます。記念日や本格的なヴィーガン体験に最適です。 |
| 訪問のヒント | ディナーは少しフォーマルな装いで訪れると、より雰囲気を満喫できます。コースはボリュームがしっかりしているので、お腹を空かせて行くのがおすすめです。 |
陽だまりのカフェで味わう至福のブランチ「1990 Vegan Living」
ベルリンの日常を感じたいなら、カフェでのブランチがおすすめです。フリードリヒスハイン地区にある「1990 Vegan Living」は、ベトナム料理をベースにしたヴィーガンタパスが楽しめる、個性的で居心地の良いお店です。色とりどりの小皿料理がテーブルに並ぶ光景は、目にも楽しく心が弾みます。新鮮なハーブがたっぷり使われた生春巻き、カリッと揚げられた豆腐の唐揚げ、ココナッツミルクの優しい甘さが広がるカレーなど、どれも素材の魅力が生きており、心身ともに満たされる味わいです。穏やかな光が差し込む窓辺で、夫とゆったりとおしゃべりを楽しむ時間は、まさに暮らすように旅をする喜びを感じさせてくれました。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 店名 | 1990 Vegan Living |
| エリア | フリードリヒスハイン(Friedrichshain) |
| 住所 | Krossener Str. 19, 10245 Berlin |
| 特徴 | ベトナム風ヴィーガンタパスが人気。多彩な小皿料理を少しずつ楽しめるので、様々な味を試したい方や友人とのシェアにぴったりです。 |
| 訪問のヒント | 人気店のため、とくに週末のランチタイムは混雑します。時間をずらすか、平日利用がおすすめ。現金のみの場合もあるので、現金を用意しておくと安心です。 |
ベルリン名物をヴィーガンで楽しむ!「Vöner」と「Curry at the Wall」
旅の醍醐味といえば、その土地ならではのストリートフード。ベルリン名物のドネルケバブとカリーヴルストは、驚くことにヴィーガンで味わうことができます。
フリードリヒスハインにある「Vöner」は、世界初のヴィーガンドネルケバブを提供したパイオニア的存在です。回転する肉の代わりに、スパイスで味付けしたセイタン(小麦グルテン)の塊が串に刺さって焼かれています。それを削って、新鮮な野菜や数種類のソースとともにパンに挟んだ「Vöner」は、本物のケバブに劣らぬ満足感。ジャンキーさと野菜のフレッシュさが絶妙なバランスで、夢中でかぶりついてしまいました。
一方、カリーヴルストは、焼いたソーセージにケチャップとカレー粉をかけるシンプルなドイツのソウルフードです。クロイツベルク地区、かつてのベルリンの壁すぐそばにある「Curry at the Wall」では、この名物をヴィーガン版で味わえます。大豆などから作られたソーセージはプリッとした食感が巧みに再現されており、スパイシーなソースとの相性も抜群です。歴史的な場所で未来志向のストリートフードを楽しむという、ベルリンならではのユニークな体験でした。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 店名 | Vöner |
| エリア | フリードリヒスハイン(Friedrichshain) |
| 住所 | Boxhagener Str. 56, 10245 Berlin |
| 特徴 | ヴィーガンドネルケバブの元祖。ボリュームたっぷりで、ランチや小腹が空いたときに最適です。 |
| 訪問のヒント | イートインスペースは限られているため、テイクアウトして近くの公園で食べるのもおすすめです。 |
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 店名 | Curry at the Wall |
| エリア | クロイツベルク(Kreuzberg) |
| 住所 | Zimmerstraße 97, 10117 Berlin |
| 特徴 | チェックポイント・チャーリーの近くで、観光の合間に立ち寄りやすい立地。ヴィーガンとオリジナルの両方のカリーヴルストを提供しています。 |
| 訪問のヒント | 小さな屋台形式のお店で、フライドポテトとのセットも人気です。 |
ハラールグルメとの出会い – 街に溶け込む多様性の香り

ベルリンの食文化のもう一つの大きな柱がハラールグルメです。特にトルコ出身の移民が多く暮らすこの街では、彼らの食習慣が色濃く根付いています。街を歩けば、ドネルケバブの香ばしい香りや、スパイスを効かせた中東料理店の看板をあちこちで目にすることができます。
ハラールとは何か – 宗教的背景に基づく食の選択
ここで少しハラールについて説明しておきます。ハラールとは、イスラム教の教えで「許された」という意味を持つ言葉です。食に関しては、豚肉やアルコール、イスラムの規定に則って処理されていない肉などが禁じられています。これは単なる食の制限ではなく、信仰に根ざした敬虔な食の選択であり、彼らの生活や文化に深く結びついています。ベルリンでは、多くのレストランや食品店に「Helal」や「Halal」という表示があり、イスラム教徒が安心して食事を選べる環境が整っています。これはベルリンがいかに多様な文化を受け入れ、共存しているかの証拠でもあります。
ヴィーガンとハラールの意外な共通点
一見、まったく異なるように見えるヴィーガンとハラールですが、実は興味深い共通点があります。それは「何を食べるか」を意識的に選んでいる点です。ヴィーガンは動物愛護や環境、健康といった理念に基づき、ハラールは信仰に則り。それぞれが単に空腹を満たすだけでなく、自分の価値観や哲学と向き合いながら食事を選んでいるのです。この「意識的な食の選択」という姿勢こそが、ベルリンの食文化に深みと精神性をもたらしているように感じられます。
食のフロンティア:ヴィーガンとハラールが融合する場所
ベルリンの魅力は、異なる食文化が単に隣り合っているだけでなく、ときには見事に融合し、まったく新しい美食体験を創り出している点にあります。
ノイケルンの賑やかな街並みで堪能する本格アラブ料理「Azzam」
多くの移民が暮らし、活気に満ちたノイケルン地区。その中心を走るゾンネンアレーは「アラブ通り」としても知られており、中東系の食料品店やレストランが立ち並びます。なかでも特に評判の良い店が「Azzam」です。常に地元の人や観光客で賑わう活気あるお店で、ハラール対応の肉料理もありますが、特に光るのは元々ヴィーガンであるメゼ(前菜)の多彩な品々です。
私たちが頼んだのは、巨大な皿に盛られたフムス(ひよこ豆のペースト)、ババガヌーシュ(焼きナスのペースト)、揚げたてのファラフェル(ひよこ豆のコロッケ)。滑らかでクリーミーなフムスは、これまで味わった中でもトップクラスの美味しさ。焼きたての薄いパンにのせて食べると、その素朴ながら奥深い味わいに思わず笑みがこぼれます。これらはすべて植物由来の食材だけで作られており、ヴィーガンでありながらハラールにも対応。文化や宗教の枠を超えて、誰もが共に楽しめる食の原点を感じさせてくれました。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 店名 | Azzam Restaurant |
| エリア | ノイケルン(Neukölln) |
| 住所 | Sonnenallee 54, 12045 Berlin |
| 特徴 | ボリュームたっぷりでコスパ抜群のアラブ料理。特にフムスが評判で、カジュアルで活気のある雰囲気も魅力です。 |
| 訪問のポイント | 料理の量が多いため、複数人でシェアするのがおすすめ。注文はカウンターで先払いのシステムなので、現金を準備しておくとスムーズです。 |
食の多様性を体感できる「マルクトハレ・ノイン」
クロイツベルク地区にある「マルクトハレ・ノイン(Markthalle Neun)」は、ベルリンの食文化の多様性を一度に味わえるお気に入りスポットです。歴史ある市場の建物をリノベーションしたこちらには、オーガニック野菜や焼きたてパン、手作りチーズの専門店などが軒を連ねる常設市場に加え、毎週木曜夜には「ストリートフード・サーズデー」というイベントも開催されます。
このイベントはまさに食の祭典。多国籍の料理を扱う屋台がひしめき合い、熱気と食欲をそそる香りが広がります。私たちは、ヴィーガンタコス、ハラール対応のパキスタンカレー、イタリアの手打ちパスタなど、多彩な料理が隣り合って提供される光景を目の当たりにしました。ヴィーガンを選ぶ人も、ハラールを求める人も、あるいは特に気にしない人も、誰もが同じ空間で思い思いに食を楽しんでいる。これこそがベルリンの懐の深さであり、この街特有の魅力なのだと実感しました。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 施設名 | Markthalle Neun |
| エリア | クロイツベルク(Kreuzberg) |
| 住所 | Eisenbahnstraße 42/43, 10997 Berlin |
| 特徴 | 歴史ある屋内市場。日常の買い物に加え、多彩な食イベントを開催するフードハブ。特に木曜夜の「ストリートフード・サーズデー」が人気です。 |
| 訪問のポイント | 「ストリートフード・サーズデー」は非常に混雑するため、少し早めか遅めの時間帯を狙うと比較的ゆったり楽しめるかもしれません。スリなどの注意も忘れずに。 |
ベルリンで暮らすように旅するためのヒント

長期滞在の私たちにとって、外食も楽しみのひとつですが、地元のスーパーマーケットで食材を購入し、アパートのキッチンで簡単な料理を作る時間も旅の大切な一部となっています。ベルリンは、そうした「暮らすように旅をする」ことに非常に適した街でした。
スーパーマーケットの活用法
ベルリンには、ディスカウントスーパーの「Lidl」や「Aldi」、一般的な「Rewe」や「Edeka」、そして先に紹介したオーガニック専門の「Bio Company」など、多彩な選択肢があります。特に驚かされるのが、どのスーパーでもヴィーガン商品専用のコーナーが充実している点です。豆腐や豆乳はもちろんのこと、植物性ミルク、ヴィーガンチーズ、ソーセージやハンバーグの代替品まで、日本ではなかなか見られない種類が豊富に揃っています。ヴィーガン製品には黄色い「V-Label」というマークが付いているので、これを探すのも一種の宝探しのようで楽しかったです。
また、トルコ系住民が多い地域のスーパーでは、豊富なスパイスのほか、日本では珍しい野菜や豆類、美味しいオリーブやフェタチーズ(ヴィーガン製品ではありませんが)なども手に入ります。こうした食材を使い、フムスやシンプルなサラダを作るだけで、宿泊先の部屋がベルリンのダイニングスペースに早変わりしました。
街歩きと交通のポイント
ベルリンは広大な都市ですが、地下鉄のUバーンや都市近郊鉄道のSバーン、トラム、バスなど、公共交通機関が非常に整備されていて移動は快適です。私たちは数日間有効な「ベルリン・ウェルカムカード」を購入し、これを最大限に利用しました。乗り放題だけでなく、多数の観光施設で割引も受けられるため、結果的に大変お得でした。とはいえ、一部の駅にはエレベーターやエスカレーターが設置されていない場所もあるので、大きな荷物を持つ場合や足腰に不安がある方は注意が必要です。余裕を持った計画を心がけるのがおすすめです。
治安面では、全体的に安全な都市と言えますが、観光客を狙ったすりや置き引きは発生しています。特に混雑する駅や市場、観光スポットでは手荷物から目を離さないことが重要です。夜遅くの一人歩きや、静かな場所を訪れる際は、常に周囲の状況に注意を払うようにしましょう。
食を通して見えてくる、ベルリンの素顔
ベルリンでの滞在を終えて感じたのは、この街の食文化が単なる美味しい食事を楽しむだけでなく、街の歴史や多様性、そして未来への視点そのものを映し出しているということです。ヴィーガンという選択は環境や生命への配慮といった未来志向の価値観を表し、ハラールという文化は多様な背景を持つ人々が共存してきた歴史とお互いへの尊重を示しています。そして、これらが時に融合し新たなものを生み出す創造性は、絶えず変わり続けるベルリンという都市の活力を象徴しているように感じられました。
壁の跡を辿り、博物館で歴史に触れることはもちろん大切ですが、市場の活気ある雰囲気に身を委ね、地元の人々と一緒にカフェで語らいながら新たな味覚に挑戦するのも、その街を深く知る素晴らしい方法です。私たちの世代にとって旅は単に観光名所を巡るだけのものではなく、その土地の暮らしに少しだけ触れ、現地の人々の息づかいを感じながら心と体を満たす時間を過ごすこと。それこそが、ゆとりある旅のスタイルであり、ベルリンの豊かな食文化はそのような旅にかけがえのない喜びと発見をもたらしてくれました。もしあなたが次の旅先で、これまでにない知的刺激と美食の感動を求めているなら、ぜひベルリンを訪れてみてください。きっと、あなたの価値観を揺さぶる忘れがたい食体験が待っていることでしょう。

