ベトナムと聞いて、多くの人が思い浮かべるのは、ハノイの旧市街の喧騒や、ホイアンのランタンが揺れるノスタルジックな夜、あるいはホーチミンを流れるメコンの雄大な流れかもしれません。私もそうでした。アパレルの仕事でアジアの都市を巡るたび、そのエネルギーと新しいクリエイションに心惹かれてきました。でも、心のどこかで、もっと深く、土地の魂に触れるような旅を求めていたのかもしれません。
そんな想いを抱えていた私が出会ったのが、「ポー・クロン・ガライ」という名前でした。写真で見たその姿は、乾いた大地に凛と立つ、赤レンガの塔。それは、私が知っているベトナムのどの風景とも異なり、まるで時が止まったかのような、静かで力強い祈りの形をしていました。そこは、かつてこの地を支配した海洋王国、チャム族が遺したヒンドゥー教の聖地だといいます。
古代の王が神として祀られ、今も人々の信仰を集める場所。そこにはどんな物語が眠っているのでしょうか。ファッションの世界で、古いデザインや伝統的なテキスタイルに新しい命を吹き込む仕事をしている私にとって、忘れ去られた王国の美意識と、それを今に伝える人々の営みは、抗いがたい魅力に満ちていました。決意するのに、時間はかかりませんでした。次の長い休みは、ベトナム中南部、ファンラン=タップチャムの街へ。神々の息吹が宿るという、赤レンガの塔を目指すことにしたのです。
この神秘的なチャム族の遺跡を訪れた後は、ベトナムのもう一つの絶景、ハロン湾の神秘的なクルーズで心身を浄化する旅もおすすめです。
ポー・クロン・ガライ遺跡とは? – 忘れられた海洋王国の記憶

私たちが現在立っているベトナムという国の、はるか昔の時代に目を向けると、2世紀から15世紀にかけて、中南部沿岸地域に「チャンパ王国」という勇敢な海洋民族の国が栄えていました。彼らはチャム人と称され、海を越えてインドや中東、さらには遠くヨーロッパとも交易を繰り広げ、独自の豊かな文化を築き上げていました。
その文化の土台となったのが、インドから伝わったヒンドゥー教でした。シヴァ神やヴィシュヌ神、ブラフマーなどの神々への信仰は、チャム王国の建築や芸術、さらには王権そのものと密接に結びついていました。王は神の化身とみなされ、その権威を示すために国内各地に壮麗なヒンドゥー教寺院を築き上げました。ポー・クロン・ガライ遺跡も、そのようにして誕生した聖地の一つです。
この遺跡は13世紀末から14世紀初頭にかけて、チャンパ王国を治めたジャヤ・シンハヴァルマン3世(ベトナム語ではチェー・メン王)によって建てられたと伝えられています。しかし、ここに祀られているのは伝説の王「ポー・クロン・ガライ」その人です。彼は干ばつに苦しむ民のために水源を整備し、国に繁栄をもたらした偉大な王として後世に神格化されました。つまりこの場所は、歴史上の王の偉業を讃え、神となった伝説の王を祀る、二重の祈りが込められた空間なのです。
北の隣国である大越(ダイベト)との長い戦いの末、チャンパ王国は歴史の表舞台から姿を消しました。多くの都市や寺院が破壊され、その文化はベトナムの歴史の中に埋もれていきました。しかしポー・クロン・ガライの塔群は、灼熱の太陽や激しい風雨を耐え抜き、忘れ去られた王国の記憶とチャムの人々の祈りを、今も静かに伝え続けています。それはまるで激動の歴史に洗われながらも、その核にある美しさと魂だけは決して失われなかった、一つの宝石のように感じられました。
聖地へのアプローチ – 乾いた大地に立つ赤レンガの塔群へ
ポー・クロン・ガライ遺跡への旅は、ニントゥアン省の省都ファンラン=タップチャムの街からスタートします。ニャチャンやムイネーといった有名なリゾート地の間に位置しているため、つい通り過ぎてしまいがちなこの町ですが、実はチャム文化の濃密な中心地でもあります。街の空気は南国特有の湿気と熱気に包まれていますが、どこか乾いた砂の香りが混じっているように感じられます。
ホテルで手配してもらったタクシーに乗り込み、遺跡の名前を告げると、運転手はにっこりと頷きました。市街地を抜けると、風景は一変します。低い灌木やサボテンが点々と生えた赤茶けた大地が果てしなく広がっているのです。強い日差しがアスファルトを揺らし、窓の外を流れる景色はまるで異国のロードムービーの一コマのようでした。
しばらく車を走らせると、小高い丘の頂に蜃気楼のように揺れる赤レンガの塔が見えてきました。近づくと、その輪郭が徐々にはっきりと浮かび上がり、荘厳な姿を現します。車を降りて、じりじりと肌を焼く太陽の下、遺跡の入り口へと続く坂道を一歩一歩踏みしめました。耳に届くのは乾いた風の音と、自分の鼓動だけ。日常の喧騒は遠くなり、心が静かに澄み渡っていくのを感じます。
聖域の構造を理解するための遺跡散策
ポー・クロン・ガライ遺跡は、大きく分けて3つの主要な建造物から成り立っています。それぞれに異なる役割があり、それを知ることで古代チャムの人々がどのような祈りを捧げていたのかをより深く感じ取ることができます。
ゴープラ(楼門) – 世俗世界と聖域を区切る境界線
最初にくぐるのはゴープラと呼ばれる楼門です。二階建てのこの門は、神聖な領域への入り口として機能し、俗世と聖域を隔てる結界の役割を果たしています。レンガ造りの壁には、風化しつつも繊細な彫刻の痕跡が残り、この先が特別な場所であることを静かに告げています。一歩足を踏み入れた瞬間、空気が変わったように感じました。背後の現実世界から切り離され、神々の領域に誘われるような、不思議な高揚感に包まれます。門の上部には踊るシヴァ神の姿が彫られていたと言われますが、大部分が失われてしまいました。それでも、この門が醸し出す厳かな雰囲気は、訪れた人の心を自然に引き締めるのです。
火の家(マンダパ) – 祈りの準備の場
ゴープラを抜けてすぐ右手にあるのが「火の家」と呼ばれる、鞍形の屋根を持つ建物です。ここは、主祠堂での儀式前に僧侶たちが身を清め、神々への供物や儀式道具を整えた場所と考えられています。窓がなく閉鎖的な印象を受けますが、それは外部の不浄を遮り、神聖な準備が妨げられないようにするための工夫だったのでしょう。内部を覗くと、ひんやりとした空気が漂い、かつてここで捧げられた無数の祈りの残り香が感じられるかのようです。壁に残る煤の跡は、聖なる火が焚かれていたことを想像させます。
主祠堂(カーラン) – シヴァ神が鎮座する宇宙の中心
丘の最も高い地点には圧倒的な存在感を持つ主祠堂(カーラン)がそびえ立っています。天に向かって尖るその塔は、ヒンドゥー教の宇宙観の中核であるメール山(須弥山)を象徴していると言われます。入り口の上部には、六本の腕を持ち踊るシヴァ神の荒々しくも美しいレリーフが刻まれており、その力強い姿に思わず息を飲みました。このシヴァ神こそ、破壊と再生を司る最高神であり、チャンパ王国で最も篤く信仰された神です。
靴を脱ぎ、敬虔な想いで一歩中へ踏み入れると、そこは薄暗く静寂に満ちた空間でした。外の灼熱とは対照的に、ひんやりとした空気が肌を包みます。奥に祀られているのは、男性器を象徴する「リンガ」と女性器を象徴する「ヨニ」。この二つが結合したシンボルは宇宙創造のエネルギーそのものであり、豊穣や生命の源を表しています。リンガの表面は滑らかに磨き上げられ、今も地元の人々が捧げた花や供物が周囲に置かれていました。ここは単なる過去の遺物ではなく、数百年の時を超えて今なお人々の祈りが息づく、生きた聖地なのです。暗闇に目が慣れると、壁の隅々まで長い年月にわたり燻された香の匂いが染みついていることに気づきます。それは、この場所が紡いできた祈りの歴史そのものの香りなのです。
時を超えた技術 – チャム建築の謎と美学

ポー・クロン・ガライの塔群を目の前にしたとき、誰もが抱く疑問があります。それは、「これらは一体どのようにして造られたのだろうか?」ということです。その建築技術には、現代の科学でも完全には解明しきれていない多くの謎が秘められています。
レンガに隠された謎
チャム建築の最も顕著な特徴は、驚くほど精巧に積み上げられた赤レンガです。レンガ同士の間には、通常接着剤として使われるはずの漆喰がほとんど見られません。まるで一枚岩から切り出したかのように、滑らかに一体化しています。この点についてはいくつかの説があります。
一つは、レンガを積み上げた後に全体を高温で焼き固めたという説。もう一つは、植物由来の特殊な樹脂を接着剤として用いたという説です。どちらも確かな証拠はなく、その技術はチャンパ王国の滅亡とともに失われてしまいました。私はそっと壁に手を触れてみました。ひんやりと冷たく、驚くほど滑らかな感触です。何世紀にもわたり、この地の厳しい雨季と乾季に耐えてきたとは信じがたいほど、レンガ同士が強く結びついていました。それは単なる建築技術と呼ぶにはあまりに神秘的で、まるで魔法の職人芸のように感じられました。
また驚くべきは、レンガ自体に施された精緻な彫刻です。塔の壁面には、神々やアプサラ(天女)、神話上の生き物たちが、まるで木彫りのように生き生きと表現されています。焼成後の硬くなったレンガにこれほど細かい彫刻を施すのは非常に困難であり、おそらく焼く前の柔らかい段階で彫られたのだと考えられています。それにしても、その芸術性の高さにはただただ圧倒されるばかりです。特に、アプサラのしなやかな曲線美、豊かな胸元、そして優雅な指先の動きは、まるで命が吹き込まれているかのようです。私が日々触れる西洋のクラシック彫刻とは異なり、そこには官能的で生命力に満ちた独特の美しさが宿っていました。それは自然と共存し、神々と共にあった彼らの豊かで力強い精神世界の表れにほかならないのかもしれません。
ヒンドゥーの神々とチャム文化の融合
ポー・クロン・ガライのレリーフに刻まれている神々は、インドのヒンドゥー教に由来します。しかし、その表現にはチャム独自の美意識が強く反映されています。主祠堂の入り口を守るシヴァ神の彫刻はその好例です。6本の腕には剣や三叉戟(さんさげき)などの武器を持ち、力強く踊る姿は「ナタラージャ(踊りの王)」と呼ばれます。この宇宙の破壊と再生を繰り返すリズミカルな舞は、ヒンドゥー美術の中でも人気の高いモチーフですが、ここに描かれたシヴァ神は、インドのものとは少し異なり、どこか素朴でより力強いエネルギーを感じさせます。
これは外来文化をただ単に受け入れたのではなく、自らの感性で消化し、新しい創造へと昇華させたチャムの人々の優れた才能の証でしょう。彼らは遠く離れたインドの神話を、このベトナム中南部の乾いた大地と紺碧の海を背景に、自分たちの物語として紡ぎ直したのです。塔の周囲をゆっくり歩きながら、壁に彫られた神々の姿を丹念に追っていると、まるで古代の神話の世界に迷い込んだような錯覚を覚えます。そこには壮大な叙事詩が息づき、愛と裏切りの物語があり、そして永遠の命への祈りが込められていました。
今に息づく信仰 – 聖地を彩るカテ祭の熱気
ポー・クロン・ガライ遺跡が、カンボジアのアンコール・ワットなどの巨大な遺跡と明確に区別されるのは、ここが「今も息づく聖地」であるという点にあります。特に、年に一度行われるチャム族最大の祭典「カテ祭」の期間中には、そのことが肌で実感できます。
カテ祭はチャム暦の7月1日(新暦では9月末から10月頃)に始まり、数日間にわたって祖先や神々に感謝を捧げる祭りです。ベトナム各地に住むチャムの人々がこの聖地に集結し、遺跡は通常の穏やかさが嘘のように、色彩と音、熱気で満たされます。
祭りのクライマックスは、麓の村からポー・クロン・ガライ王の衣装を運び、塔の内部に安置されているリンガ(ムカリンガ)に着せ替える儀式です。白い伝統衣装に身を包んだ行列が、チャム独特の楽器による異国情緒あふれる音楽にのせて丘を登っていく光景は、まさに圧巻です。その列には巫女や僧侶、そして鮮やかな民族衣装を着た村人たちが続きます。誰一人として表情は厳かで誇りに満ちており、この伝統がいかに大切に守り継がれてきたかが伝わってきます。
塔の前では、神々を歓待するために歌や踊りが奉納されます。扇子を使ったしなやかな舞いや、活気あふれる太鼓のリズムが響き渡ります。これらは観光客向けの演目ではなく、神々や祖先と心を通わせるための真摯な祈りの表現です。供物として捧げられたヤギの肉や果物、酒の香りが漂い、境内は人々の熱気に包まれて息苦しいほど。その渦中にいると、自分もまた数百年続く祈りの流れの一部に加わったかのような、不思議な一体感を覚えます。
私が訪れたのは祭りの時期ではありませんでしたが、主祠堂には新しいお供え物が置かれ、線香の煙が絶え間なく立ち上っていました。平日の昼間であっても、熱心に祈る地元の人々の姿が見られました。ある老女は、歳月が刻んだ深い皺のある手でそっとリンガに触れ、長い時間何かを語りかけるように祈り続けていました。その光景を目の当たりにして、チャンパ王国は滅び去っても、チャムの人々の魂は間違いなくこの聖地と共に息づいているのだと強く感じ、胸が熱くなりました。歴史は書物の中だけに存在するものではなく、こうして人々の祈りや日々の生活の中に脈々と受け継がれていくものなのかもしれません。
旅の実用情報 – 聖地への旅を快適にするために

神秘的な遺跡への旅を計画している方へ、アクセス方法や周辺の情報、女性ならではの注意点をまとめました。少しでも旅の参考になれば幸いです。
遺跡観光の拠点、ファンランの街
ポー・クロン・ガライ遺跡を訪れる際は、ニントゥアン省の県都であるファンラン=タップチャムに滞在するのが最も便利です。この街は、リゾートが発展しているニャチャンやムイネーに比べると素朴で観光客も少なめ。その分、ありのままのベトナム地方都市の生活を感じられます。
宿泊施設は海岸沿いのニンチュー・ビーチ付近にいくつかのリゾートホテルがあり、市の中心部にもリーズナブルなホテルが点在しています。移動のしやすさを考慮して市内のホテルを選びましたが、夜は静かで快適に過ごせました。
ファンランに来たらぜひ試してほしいのが、地元のグルメです。ニントゥアン省はヤギ料理が有名で、ヤギ鍋や焼き肉を提供するレストランが多くあります。少し勇気は要るかもしれませんが、クセも少なく非常に美味しいです。また、「バイン・カイン」というタピオカ粉で作るうどんのような麺料理も名物で、魚介の出汁が染み渡るスープが身体に優しい味わい。暑い遺跡観光後の疲れた体にぴったりでした。
ポー・クロン・ガライ遺跡へのアクセスと基本情報
遺跡へのアクセス方法と訪問時のポイントを以下にまとめました。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 所在地 | Bác Ái, Ninh Thuận, Vietnam(ファンラン市街地から北西へ約7km) |
| アクセス | ファンラン市街からタクシーまたはバイクタクシー(セオム)で約15分。Grabなどの配車アプリも利用可能。帰路の交通手段を確保するため、タクシーを往復でチャーターするのがおすすめです。 |
| 開館時間 | 7:30 – 17:00(季節によって変更の可能性あり) |
| 入場料 | 大人20,000VND(約120円)、子供10,000VND(約60円)※2024年現在 |
| 服装の注意点 | 神聖な宗教施設のため、肌の露出が多い服装(タンクトップやショートパンツなど)は控えましょう。特に祠堂に入る際は肩や膝を隠す服装が望ましく、羽織りものやスカーフを持っていくと便利です。 |
| 訪問のベストシーズン | 乾季にあたる12月〜4月頃が比較的過ごしやすいです。9月末から10月にかけて行われるカテ祭は混雑しますが、貴重な体験ができます。 |
| 観光所要時間の目安 | ゆっくり見学して1時間半〜2時間程度。 |
| その他 | 日差しを遮るものがほとんどないため、帽子やサングラス、日焼け止めは必須。水分補給も忘れずに。入り口付近に売店があります。 |
女性の一人旅でも、日中にタクシーを利用して訪れる分には特に危険を感じませんでした。ただし、流しのタクシーよりはホテルで手配してもらうか、信頼できるタクシー会社や配車アプリを使うほうが安心です。遺跡は高台に位置し周囲に店などがないため、特に夕方の訪問時は帰りの足を必ず確保しておくことが大事です。
ぜひ訪れたいチャム文化の伝承地
ファンラン周辺にはポー・クロン・ガライ遺跡以外にも、チャム文化を体験できるスポットが点在しています。時間に余裕があれば足を伸ばしてみてください。
- バウチュック村(Bàu Trúc Pottery Village)
東南アジア最古とされる陶器の村です。驚くべきことに、ここでは今なお轆轤を使わず、職人が器の周りを回りながら手びねりで成形する古来の技法が守られています。素朴で温かみのある土器はお土産にもぴったりで、粘土をこねる体験もできます。
- ミーギエップ村(Mỹ Nghiệp Brocade Weaving Village)
チャム族の伝統的な手織物の村で、機織りの「カタン、カタン」という心地よい響きの中、女性たちが美しいブロケード(錦織)を織り上げる様子を見学可能。幾何学模様や動植物をモチーフにした色鮮やかな織物はまさに身にまとう芸術。そのデザイン性の高さはファッション関係者にも大きな刺激を与えます。スカーフやバッグなど、日常使いできる小物も販売されています。
これらの村を訪れると、チャム文化が単なる遺跡の遺産としてではなく、人々の暮らしや手仕事の中にしっかりと根付いていることを実感できるでしょう。ポー・クロン・ガライで感じた古代の祈りが、現代の美しい手工芸品へと受け継がれているという発見は、旅を一層充実したものにしてくれます。
丘の上で感じた、時を超えた繋がり
観光を終えて再び主祠堂の前に戻り、そこから広がる景色をじっと見つめていました。眼下にはファンランの街並みが広がり、どこまでも続く乾いた大地が目に入ります。遠く、煌めく南シナ海の水平線も見渡せました。
かつてチャンパ王国の王も、この丘の上から同じ景色を眺めていたのでしょうか。彼らは海の彼方からやって来る交易船を見つめつつ、国の繁栄を神に願っていたのかもしれません。そして今、その王たちが去った後も、その血を受け継ぐチャムの人々が同じ場所で祈りを捧げ、私のような遠い国から訪れた旅人が、その美しさに心を奪われているのです。
風が赤レンガの塔をそっと撫でながら、私の頬を優しく通り過ぎていきました。その風は、まるで幾百年もの時を一瞬で駆け抜けるかのように、古の王たちの溜息と現代を生きる人々の祈りを運んでくるように感じられました。
失われたものは決して完全には消え去らない。それは形を変え、記憶となり、誰かの祈りの中で生き続けるのです。この旅で、私はそんな当たり前でありながら、忘れがちな真実に気づかされたように思います。かつて大切にしていたものが、もう手の届かない場所へ行ってしまったとき、心にぽっかり穴が開いたような寂しさを感じることがありました。しかし、この赤レンガの塔を見つめると、喪失とは終わりではなく、静かにそう教えられている気がしました。記憶は祈りとなり、未来へと繋がっていくのだと。
ポー・クロン・ガライ。神が宿る赤レンガの塔。ここは単なる美しい遺跡ではありません。時を超えた魂の交差点であり、訪れる者の心に温かさと力強さを灯してくれる聖地です。もしあなたが日常の喧騒から離れ、自分の内なる声に耳を傾ける旅を望んでいるなら、この乾いた大地に立つ神聖な塔を訪れてみてください。きっと、あなたの心に深く刻まれる忘れがたい風景と出会えることでしょう。

