モロッコの心臓部、フェズ。その旧市街(メディナ)であるフェズ・エル・バリは、ただの観光地という言葉では到底表現しきれない、生きた迷宮です。一歩足を踏み入れれば、そこはまるで千年前にタイムスリップしたかのような世界。車の騒音は消え、代わりにロバの蹄の音、人々のざわめき、そして祈りを呼びかけるアザーンの響きが空気を満たします。この街は、訪れる者を優しく、しかし抗いがたい力で包み込み、日常の感覚を麻痺させてしまう不思議な魅力に満ちています。細く入り組んだ路地を歩いていると、自分がどこにいるのか、今がいつなのかさえ曖昧になっていくのです。
旅の目的は人それぞれですが、私がこの街に強く惹かれたのは、そこに今もなお力強く息づく「手仕事の魂」があるからでした。効率や合理性が優先される現代において、フェズの職人たちは、気の遠くなるような時間と手間をかけ、先祖から受け継いできた技術で美しいものを作り続けています。その姿は、まるで街そのものが持つ記憶と魂を、彼らの手を通して形にしているかのよう。革の匂い、染料の色彩、金属を打つリズミカルな音、木を削る香り。五感のすべてで受け止める職人たちの営みは、私たちの心の奥深くに眠る何かを、そっと揺り起こしてくれます。それは、忘れかけていた大切な記憶の断片にも似て、少しだけ切なく、けれど温かい感情でした。今回は、そんな迷宮都市フェズに宿る職人たちの魂と、彼らが紡ぎ出す伝統工芸の色彩を巡る、少しだけ特別な旅にご案内します。
この迷宮をさらに深く知りたい方は、フェズの革の匂いとモザイクの煌めきに誘われる旅もご覧ください。
時が止まった迷宮都市、フェズ・エル・バリの深淵へ

世界遺産にも登録されているフェズ旧市街、フェズ・エル・バリは、「世界最大の生きたメディナ」として知られています。その歴史は9世紀にさかのぼり、イドリース朝がこの街の基盤を築きました。まるで巨大な蟻の巣のように、9000を超える細い路地が網目状に張り巡らされており、一度迷い込むと抜け出すのは非常に困難です。なぜこれほど複雑な構造になったのかと言うと、それは強烈な太陽の熱から身を守り、涼しい日陰を生むための生活の知恵であると同時に、外敵の侵入を防ぐ巧みな都市設計でもありました。
この迷路を歩く体験自体が、一種の瞑想の時間となります。ざらりとした土壁にそっと触れると、ひんやりした感触とともに、何世代にもわたる人々の息づかいが伝わってくるかのようです。路地の角を曲がるたびに、目の前の風景がまるで違う世界に変わります。荷物を積んだロバがゆっくりと通り過ぎ、香辛料の鮮やかな色彩が視界に飛び込んだかと思えば、その次の瞬間には静けさに包まれた小さな泉のある広場に辿り着くのです。光と影が織りなすコントラストは、一幅の絵画のような美しさを感じさせます。
この街の魅力は視覚にとどまりません。聴覚は、イスラムの祈りの呼びかけであるアザーンの荘厳な響きや、スーク(市場)から響く職人たちのリズミカルな槌音、子どもたちのはしゃぐ声を捉えます。嗅覚は、甘く爽やかなミントティーの香りや、エキゾチックなスパイスの匂い、そして街の象徴とも言えるなめし革独特の香りを感じ取るでしょう。味覚は、クミンやコリアンダーが効いたタジン料理の深い風味や、デーツの濃厚な甘みを記憶に留めます。全身でこの街の空気を吸い込みながら歩くことによって、私たちは日常の束縛から解放され、研ぎ澄まされた感覚の中で「今、ここにいる」という実感を味わうのです。
そこには、かつて誰かと歩いた異国の街角の記憶がふと重なり合う瞬間があります。楽しかったはずの旅の情景が、今は少し胸を締めつけるように感じられることもあるでしょう。しかし、フェズのこの迷宮は、そうした感傷さえも優しく包み込み、時間の流れの中へと溶け込ませてくれる、不思議な包容力を持っていると感じられました。
職人たちの魂が響き合う場所、スークの小宇宙
フェズの中心地とも呼べるのがスーク(市場)です。しかし、このスークは単なる売買の場にとどまりません。職人の工房(アトリエ)と店舗が一体化しており、製造の過程そのものが目の前で繰り広げられる、生きた博物館のような存在です。スークは扱う商品ごとにゾーンが区分され、それぞれが独特の音、香り、色彩を放っています。まるで個性豊かな星々が集い、一つの銀河系を形作っているかのよう。その小さな宇宙を巡ることは、職人たちの魂と対話を始める旅でもあります。
香りの迷宮:スーク・アッタリーン
まず訪れたいのは、香辛料や香水を専門に扱う「スーク・アッタリーン」です。一歩足を踏み入れると、クミンやサフラン、ターメリック、シナモンなどのスパイスが織りなす甘く刺激的な香りに包まれます。色鮮やかな赤、黄、茶、緑のスパイスが円錐形に積み上げられた光景は、それ自体が芸術作品のようです。店先には最高級のローズウォーターやジャスミン、オレンジブロッサムから抽出された香油が小瓶に詰められ、キラキラと輝いています。また、モロッコの美容に欠かせないアルガンオイルも、さまざまな品質で並んでいます。
香りは記憶や感情に深く働きかけるとされています。ここで手に入れた小さな香水瓶は、日本に戻ってから蓋を開けるたびに、このフェズの喧騒と熱気を鮮やかに蘇らせてくれるでしょう。それはまるで旅の記憶を封じ込めたタイムカプセルのよう。店主におすすめを尋ねながら、自分だけの香りを探し出す時間は、宝探しのようなときめきをもたらします。
| スーク名 | スーク・アッタリーン (Souk Al-Attarine) |
|---|---|
| 主な取扱品 | スパイス、ハーブ、香水、アルガンオイル、ローズウォーター、ドライフルーツ |
| 特徴 | 鮮やかなスパイスの山々が並び、エキゾチックな香りが漂う。カラウィーン・モスクに隣接し、常に活気にあふれている。 |
| 楽しみ方 | 珍しいスパイスの効能を学び、さまざまな香油を試す楽しみがある。見た目の美しさから写真撮影にも適している。 |
| 注意点 | 品質に幅があるため、信頼できる店を選ぶことが重要。特にサフランは偽物も多いので注意が必要。 |
木々のささやき:スーク・ネッジャリーン
スーク・アッタリーンから少し歩くと、爽やかな木の香りが漂ってきます。そこが木工職人たちが集う「スーク・ネッジャリーン」です。このエリアの主役は、アトラス山脈産の杉(シダーウッド)。職人たちは、この芳香高い木材を用いて、伝統的な道具で丹念に家具や小箱、装飾品を手作りしています。トントン、ギコギコという軽快な音とともに、木の香りが一層深く広がります。
彼らが生み出す製品には、幾何学模様の緻密な彫刻が施され、その技術には思わず感嘆の声が漏れます。このスークの中心には「ネッジャリーン木工芸博物館」があり、かつて隊商宿(フンドゥク)として使われていた荘厳な建物内で、素晴らしい木工芸品の数々を鑑賞できます。博物館の屋上カフェからのメディナの眺めもまた格別です。温かな木の質感と職人の精神が木目一つ一つに宿っているかのような工芸品に触れると、心が静かに満たされていくのを感じます。大量生産品にはない、手仕事ならではの揺らぎと生命力がそこに息づいています。
| スーク名 | スーク・ネッジャリーン (Souk Nejjarine) |
|---|---|
| 主な取扱品 | 杉を使った木製品(小箱、家具、装飾品)、木工芸品 |
| 特徴 | 杉の爽やかな香りが漂う地域。ネッジャリーン木工芸博物館と美しい泉が広場の中央にある。 |
| 楽しみ方 | 職人の作業風景を間近で観察できる。宝石箱やトレーなど、お土産にぴったりの品が見つかる。 |
| 注意点 | 製品の品質は作業場によって差があるため、彫刻の繊細さや仕上げの丁寧さを比較して選ぶと良い。 |
魂のビート:スーク・セファリーン
メディナの奥深くで、ひときわ大きな槌音が響き渡る場所が「スーク・セファリーン」、金物職人たちの広場です。カン、カン、カン…と異なるリズムで鳴る槌音が重なり合い、まるで一つの交響曲を奏でているかのよう。ここでは職人たちが銅や真鍮、銀の板を叩き、美しい盆やランプ、ティーポット、タジン鍋などを生み出しています。火花を散らしながら金属を熱し、集中して槌を振るうその姿には神聖ささえ感じられます。
職人の集中力は圧倒的で、周囲の喧騒など気にも留めていない様子。ただひたすらに目の前の金属と対話し、魂を吹き込んでいくのです。そのリズムの槌音はフェズの街の心臓の鼓動そのもの。磨き上げられた盆に自分の姿を映してみると、この音が自らの内面のリズムと共鳴し、独特の高揚感に包まれます。ここで作られるランプシェードから溢れる光は、どんな照明よりも温かく、幻想的な影を室内に落とすでしょう。それは職人の情熱が光となって現れた、特別な灯りです。
| スポット名 | スーク・セファリーン (Place Seffarine) |
|---|---|
| 主な取扱品 | 銅・真鍮製品(盆、ランプ、ティーポット、鍋など) |
| 特徴 | 金属を叩くリズムが絶えず響く広場で、職人の作業を見ることができる。 |
| 楽しみ方 | 力強いものづくりの現場を実感できる。音が大きいため最初は驚くかもしれないが、すぐにそのリズムに馴染む。 |
| 注意点 | 作業の妨げにならないように見学や写真撮影には配慮が必要。購入時は重量も考慮すること。 |
千年の色彩と生命の匂い:タンネリ・シュワラの真実

フェズの伝統工芸を語る際に、決して避けて通れない場所があります。それが「タンネリ」と呼ばれる、なめし革の染色職人が集う作業地域です。中でも最大規模を誇るのが「タンネリ・シュワラ」。しかし、この場所にたどり着くには、まず独特な試練を乗り越えなければなりません。
スークの喧騒から少し脇道に入ると、どこからともなく強烈な匂いが漂い始めます。それは動物の皮と染色に用いられる薬品が混ざり合った、野性的で生命力あふれる匂いです。この芳香に導かれるように進んでいると、革製品店の店員が「タンネリはこちらですよ」と声をかけてくれます。彼らの案内に従って狭い階段を上がり、店の屋上テラスに出ると、言葉を失うほどの壮観な光景が広がっています。
そこには、巨大な蜂の巣のように色とりどりの液体が入った石の桶がずらりと並んでいます。赤や黄色、茶色、緑、青といった色彩はまるで巨大なパレットのようです。その中で職人たちは腰まで液体に浸かりながら、黙々と皮のなめしや染色に没頭しています。夏は灼熱の太陽に焼かれ、冬は凍える水に浸かるという過酷な環境での作業、その厳しさは想像を超えます。
彼らが用いるのは、千年以上変わらない伝統的な技法です。皮を柔らかくするために鳩の糞を発酵させたアンモニア水に皮を浸し、サフラン(黄)、ポピー(赤)、ミント(緑)、インディゴ(青)などの天然植物染料で色を付けていきます。最初に感じた強烈な匂いは、まさにこの命の循環が息づき、本物のものづくりが行われている証なのです。案内人から手渡されたミントの葉を鼻に近づけながら、非日常的なこの光景を見つめていると、効率や快適さとは無縁の世界で、人間の営みが絶え間なく継承されてきたことの尊さが胸に迫ります。
この光景はただ美しいだけではありません。むしろ、その泥臭さや生々しさこそが心を強く揺さぶります。美しさの陰に潜む厳しさ、そしてそれらを受け入れて生きる人々のたくましさ。それは私たちが普段目を背けがちな、生きることの本質を突きつけるもののように感じられました。
| スポット名 | タンネリ・シュワラ (Chouara Tannery) |
|---|---|
| 概要 | フェズ最大規模のなめし革染色職人地区。中世から続く伝統的な手法で革製品が作られている。 |
| 見学方法 | 周辺の革製品店の屋上テラスからの見学が一般的。無料で案内してもらえるが、見学後はその店で商品を見るのが暗黙のルール。 |
| 特徴 | 蜂の巣状に並んだ染色桶が生み出す独特な景観と強烈な匂い。ミントの葉を手渡されることが多い。 |
| 楽しみ方 | 職人たちの過酷ながらも力強い作業風景に圧倒される。併設のショップでは、ここで染められた革を使用したバブーシュやバッグ、ジャケットなどを購入可能。 |
| 注意点 | 匂いが非常に強いため苦手な方は注意が必要。価格交渉は必須だが、職人への敬意を忘れず楽しむ姿勢で臨みたい。 |
テラスから階下のショップに降りると、さっきの匂いが嘘のように、滑らかな革製品が整然と並んでいます。特に人気なのはモロッコの室内履き「バブーシュ」。色とりどりのバブーシュは見ているだけで心が弾みます。他にも、使い込むほど味が出るバッグや、驚くほど柔らかなレザージャケットなど魅力的な品々が揃っています。値段は交渉次第ですが、あの現場を見た後だからこそ、職人たちの労苦に思いを馳せ、正当な価格を支払いたくなるのです。ここで手に入れた一足のバブーシュは、ただの土産物ではなく、フェズの職人たちの魂の一部を分けてもらったかのような特別な宝物となりました。
フェズ・ブルーの神秘、魂を宿す陶芸の世界
フェズの街を歩くと、リヤド(邸宅ホテル)の壁面やモスク、マドラサ(神学校)など、さまざまな場所で息を呑むほど美しいモザイクタイルに出会います。これは「ゼリージュ」と呼ばれるモロッコの伝統工芸品で、小さな色付きタイル片を職人が手作業で緻密な幾何学模様に組み合わせるもので、その繊細な美しさはまさに匠の技と言えます。
そのゼリージュや繊細な絵付けが施されたタジン鍋などの陶器が制作される現場を訪ね、メディナの外縁に位置する陶芸工房の地区へと足を運びました。私が見学した「Art Naji」のような規模の大きな工房では、陶器づくりのすべての工程を間近に見ることができます。
まず驚かされたのは、原料の粘土を採掘するところから始まっている点でした。工房の職人が粘土を丁寧にこね、ろくろを回しながら見事な形に整えていきます。その手の動きはまるで魔法のようです。形作られた器は天日でゆっくりと乾燥させた後、窯で素焼きにされます。次に、いよいよ絵付けの段階に入ります。職人たちは細い筆を巧みに操り、驚異的な速さと正確さで伝統的な模様を描き出します。下書きなし、完全なフリーハンドで描かれる複雑なアラベスク模様。その集中力と熟練の技術には、ただただ見とれてしまいました。
特に印象深かったのが「フェズ・ブルー」と呼ばれる、深く吸い込まれるような青色でした。この独特の青色はコバルトを原料としており、フェズ陶器の象徴とも言える色です。職人たちは代々この色の調合技術を受け継いできました。青色だけでなく、緑や黄色、赤など鮮やかな色彩も用いられ、それらが組み合わさることで華やかで異国情緒あふれる世界観が生まれています。
工房の別の区域では、ゼリージュ制作の様子も間近に見ることができます。焼きあがった大きなタイルを、専門の職人がタガネのような特殊な工具で細かく正確にカットしていきます。星形やひし形のタイル片を、設計図もなく、記憶だけを頼りに裏返しの石膏の上に並べていく様子は、まるで複雑なパズルを組み立てているかのようです。彼らの頭の中には、まさに宇宙の法則とも言える完璧な幾何学模様が刻み込まれているのでしょう。
工房に隣接する広大なショールームには、完成済みの陶器やゼリージュタイルのテーブルなどがぎっしりと並べられています。すべて手作りのため、同じデザインでも微妙に表情が異なります。その豊富な品揃えの中から自分だけの「一点」を見つけるひとときは、まさに至福の時間です。旅の思い出を食卓に映し出すため、小さなタジン鍋とフェズ・ブルーの小皿をいくつか選びました。これらの器を使うたびに、職人たちの真剣なまなざしや、工房に漂っていた土の香りを思い起こすことでしょう。
| スポット名 | Art Naji (アール・ナジ) |
|---|---|
| 概要 | フェズ伝統の陶器やゼリージュ(モザイクタイル)の製作過程を見学し、購入できる大規模な工房。 |
| 見学内容 | 粘土の成形、手描きによる絵付け、ゼリージュのタイルカットと組み立てなど、全工程をじかに体験可能。 |
| 特徴 | 職人の卓越した技を間近で堪能でき、「フェズ・ブルー」と称される美しい青色陶器が有名。 |
| 楽しみ方 | 見学後は広いショールームでショッピングを楽しめる。タジン鍋や皿、タイルなど種類豊富で日本への発送も可能。 |
| アクセス | フェズの旧市街外、バブ・フェトゥ門の外側に位置し、タクシーでのアクセスが便利。 |
迷宮のオアシス、リヤドで過ごす静謐な時間

フェズの迷宮を一日中歩き回り、五感をフルに使い切った後は、心身の疲れを癒すための安らぎの場が必要です。その最適な場所が、伝統的な邸宅を改装した宿泊施設、「リヤド」と呼ばれる建物です。
リヤドとはアラビア語で「庭」や「楽園」を意味します。その名にふさわしく、建物の中心部には美しい中庭があり、噴水や緑が配置されています。高い壁に囲まれているため、一歩足を踏み入れれば外の喧騒は消え、静けさと涼やかな空気に包まれます。これは厳しい気候や外部の喧騒からプライベート空間を守る、モロッコの伝統的な建築様式の特徴です。
私が宿泊したリヤドも、細い路地の奥にひっそりと佇む、まるで秘密の隠れ家のような場所でした。重厚な扉を開けると、ゼリージュのタイルがきらめき、精緻な漆喰彫刻が施された柱が並ぶ幻想的な空間が広がっていました。中庭の噴水の心地よい水音と、小鳥のさえずりだけが静かに響き渡ります。
リヤドでの過ごし方は、何もしない贅沢を楽しむことに尽きます。中庭に面したソファにゆったりと腰掛け、甘いミントティーを味わいながら、ただ静かに時の流れを感じるのです。壁に描かれた幾何学模様のタイルをぼんやりと眺めていると、心が無になり、考えが澄み渡っていくように感じられます。迷宮を歩き回り鋭敏になった神経が、ゆっくりと落ち着いていきます。
多くのリヤドには屋上テラスがあり、そこからはフェズ・エル・バリの密集した家並みが見渡せます。夕暮れ時、空がオレンジ色から深い青へと移り変わる繊細なグラデーションは、本当に息をのむ美しさです。やがて街中のモスクから一斉にアザーンが響き渡る頃、その荘厳で神秘的な響きが空間を震わせ、旅人の心に深く染み入ります。それは、この街の信仰と日常が密接に結びついていることを改めて実感する瞬間でもあります。
迷宮で少し感傷的になった心も、この静謐な空間にいると不思議と穏やかさを取り戻します。過去の出来事や未来への不安も、この悠久の時の流れの中では、ささいなものに思えてくるのです。リヤドはただの宿泊施設ではなく、旅人に内省と癒しをもたらす魂の聖域でもありました。
旅人のための実践情報:迷宮都市を歩くヒント
フェズのメディナは訪れる人すべてを魅了しますが、同時に少しばかり挑戦的な場所でもあります。快適で安全な旅を実現するために、いくつか役立つ情報をご紹介します。
道に迷うことを恐れず、楽しむ気持ちを持つ
まず最も重要な心構えは、「道に迷うことを楽しむ」ということです。フェズ・エル・バリでは、最新の地図アプリですら役に立たないことが多々あります。むしろ、迷子になることこそがこの街の魅力の一つ。目的地を決めず、気の向くまま歩きながら、偶然の出会いや新たな発見を楽しむのがフェズを味わう秘訣です。もし道に迷ったら、遠慮せず地元の人に声をかけてみましょう。商店の店主や路上でくつろぐお年寄りなど、親切に教えてくれる人が多くいます。言葉がうまく通じなくても、ジェスチャーでコミュニケーションを取る体験はきっと旅の素敵な思い出になるでしょう。
ガイドを賢く活用する
時間に制約がある方や効率良く名所を回りたい方、また安全面に不安がある方は、公認ガイドの利用をおすすめします。公認ガイドは政府発行のライセンスを持ち、歴史や文化に関する知識が豊富です。彼らと一緒なら、迷いやすい細い路地もスムーズに移動できるうえ、非公認の「偽ガイド」やしつこい客引きから自衛できます。信頼できるガイドはリヤドやホテルで紹介してもらうのが安心です。料金は事前にきちんと確認し、納得の上で交渉しましょう。
女性が安心して旅を楽しむための服装と注意点
モロッコはイスラム教国であり、特に歴史あるフェズでは、文化や宗教への敬意を示す服装が望まれます。女性の場合、肩や膝を隠す露出を控えた服装がおすすめです。チュニックやロングスカート、ゆったりしたパンツなどが快適に過ごせます。薄手のスカーフやストールを1枚持っておくと、強い日差しを遮ったり、モスクを訪れる際に髪を覆ったりするのに便利です。派手な装飾や目立つ服装は避け、周囲に溶け込むようなコーディネートが不要な注目を避ける上で賢明です。また、安全面を考慮し、夜間の一人歩きは控えましょう。日没後はリヤドでゆったり過ごすか、信頼できるタクシーを利用して移動するのが安心です。
迷路のような街歩きに欠かせない持ち物
フェズの路地は多くが石畳や未舗装の道で構成されています。長時間の散策になるため、履き慣れた歩きやすい靴、特にスニーカーを用意することが必須です。ヒールのある靴はほとんど役に立ちません。また、日差しが強いので、帽子やサングラス、日焼け止めも必ず携帯しましょう。乾燥しているため、こまめな水分補給のために水も常に持ち歩くことが大切です。スークでの買い物は基本的に現金取引なので、ある程度のディルハムを事前に用意しておくとスムーズに買い物ができます。
手仕事の温もりが教えてくれたこと

フェズの旅を終えた今、私が感じたのは、この街が教えてくれた「本当の価値」とは何かということでした。職人たちは汗を流し、集中のすべてを注いで一つの作品を生み出します。その中には、作り手の人生観や哲学、そして何世代にもわたって継承されてきた魂が深く刻まれています。現代のボタン一つで何でも手に入る便利な暮らしの中では味わえない、ずっしりとした重みと温かさをそこに感じました。
タンネリの強烈な匂いや、セファリーン広場を響き渡る槌の音すべてが、生命の躍動そのものでした。迷宮の路地にふと迷い込んだとき、心細さを感じながらも、自分の内なる声に耳を傾ける静かな時間が訪れました。過去の旅の思い出が蘇り、少し胸を締めつけるような瞬間もありましたが、この街の悠久の歴史に包まれるうちに、いつしか遠い昔の風景のように淡く変わっていきました。
フェズは単に美しい景観を楽しむだけの街ではありません。訪れる人の五感や魂に直接語りかけてくる場所です。手仕事の温もりに触れ、迷宮の中で自分自身と向き合うひととき。それは効率性や利便性という価値基準では計れない、豊かで深い時間でした。この街で出会った職人たちの真剣なまなざしと、彼らが紡ぎ出す美しい色彩は、これからも変わらず私の心に温かい灯火として輝き続けるでしょう。

