世界の大手ホテルチェーンが、これまでの戦略を大きく転換し始めています。富裕層をターゲットとした豪華絢爛なラグジュアリーホテルだけでなく、より幅広い旅行者が利用しやすい「中価格帯のライフスタイルブランド」の世界展開を加速させているのです。特に、著しい経済成長を続けるアジア太平洋地域が、この新たな戦いの主戦場となりつつあります。
なぜ今、「中価格帯」が注目されるのか?
この戦略シフトの背景には、旅行者の価値観の大きな変化があります。
主役はミレニアル・Z世代へ
現代の旅行市場を牽引するのは、体験価値を重視するミレニアル世代やZ世代です。彼らは、単に豪華な部屋に泊まることよりも、そこにしかないユニークな体験や、SNSで共有したくなるようなデザイン性の高い空間を求めます。
しかし、彼らの多くは超高級ホテルに毎度泊まれるほどの予算はありません。一方で、画一的なビジネスホテルでは満足できない。この「ラグジュアリーとエコノミーの中間」に存在する、デザイン性が高く、地域の文化を感じられ、かつ価格も手頃なライフスタイルホテルへの需要が爆発的に高まっているのです。
コロナ禍が変えた旅のスタイル
コロナ禍を経て、ワーケーションやブレジャー(ビジネス+レジャー)といった働きながら旅をするスタイルが定着しました。これにより、一回の旅行で長期滞在するケースが増え、一泊あたりの宿泊費を抑えたいというニーズが顕著になっています。こうした新しい旅の形も、中価格帯ホテルの人気を後押ししています。
成長の牽引役はアジア太平洋地域
今回の世界戦略で、ホテルチェーンが最も熱い視線を送っているのがアジア太平洋地域です。
拡大する中間層と旅行市場
アジア太平洋地域では、経済成長に伴い中間層が急速に拡大しており、旅行への意欲と消費能力が飛躍的に向上しています。ある調査によると、アジア太平洋地域の旅行・観光市場は今後も年平均7%以上の高い成長率を維持すると予測されています。この巨大なポテンシャルを持つ市場を、各ホテルチェーンが逃すはずはありません。
大手チェーンの具体的な動き
実際に、大手ホテルチェーンは具体的な数字を掲げてアジア太平洋地域での展開を加速させています。
- マリオット・インターナショナルは、「モクシー・ホテル」や「ACホテル」といったライフスタイルブランドを積極的に展開。同社はアジア太平洋地域(中国を除く)において、2025年末までにセレクトサービス(中価格帯)のポートフォリオを倍増させる計画を発表しています。
- ヒルトンも、「ヒルトン・ガーデン・イン」や「ハンプトン・バイ・ヒルトン」といったブランドで攻勢をかけており、アジア太平洋地域で開発中のホテルの約7割がこれらの中価格帯ブランドで占められています。
- IHGホテルズ&リゾーツも、「voco」や「avid hotels」といった新ブランドを次々と投入し、同地域での存在感を高めています。
OTAとの連携強化が成功のカギ
これらのホテルチェーンは、オンライン・トラベル・エージェント(OTA)との連携をこれまで以上に強化しています。特にデジタルネイティブである若年層は、OTAを通じて情報を収集し、予約を完結させることが一般的です。OTAの強力な集客力を活用し、まずは自社ブランドを体験してもらうことで、将来的に自社の会員プログラムに取り込むという長期的な戦略を描いています。
今後の予測と私たち旅行者への影響
この大きな地殻変動は、今後のホテル業界と私たちの旅にどのような影響を与えるのでしょうか。
ホテルの選択肢が劇的に広がる
まず、私たち旅行者にとって最も嬉しいのは、選択肢が飛躍的に増えることです。「価格は手頃なのに、おしゃれで快適」というホテルが世界中の都市や観光地に誕生します。これにより、旅のスタイルはさらに多様化し、これまで予算の都合で諦めていた場所へも足を運びやすくなるでしょう。
「体験」を巡る競争が激化
一方で、ホテル業界では中価格帯市場での競争がますます激しくなります。単にデザインが良いだけでは生き残れず、その土地ならではの文化体験ができるイベントの開催、サステナビリティへの取り組み、地域コミュニティとの連携など、付加価値を巡る競争が本格化していくと予測されます。
これからのホテル選びは、単に「泊まる場所」を選ぶだけでなく、「どんな体験をしたいか」で選ぶ時代へと本格的に突入します。大手ホテルチェーンが仕掛けるこの新たな潮流は、私たちの旅をより豊かで刺激的なものに変えてくれるに違いありません。

