慌ただしい日常から少しだけ離れて、心と体をゆっくりと解放する旅に出てみませんか。ヨーロッパの中心、チェコ共和国の西部に、ボヘミアの深い森に抱かれるようにして佇む、珠玉の温泉保養地があります。その名は、カルロヴィ・ヴァリ。その歴史は中世にまで遡り、神聖ローマ皇帝カレル4世が傷ついた鹿を追ってこの地の温泉を発見したという伝説から始まります。以来、ゲーテ、ベートーヴェン、ショパンといった名だたる芸術家やヨーロッパ中の王侯貴族たちがこぞって訪れ、その心身を癒やしてきた特別な場所です。
カルロヴィ・ヴァリの魅力は、ただ温泉に浸かるだけではありません。この地の温泉は「飲む」ことで、その大いなる恵みを体内に取り込む「飲泉療法」が文化として深く根付いています。専用の温泉カップを片手に、テプラー川のせせらぎに沿って続く壮麗な回廊「コロナーデ」をゆっくりと歩く。それは、単なる観光ではなく、自分自身の内側と静かに向き合う、まるで瞑想のような時間です。この記事では、そんなカルロヴィ・ヴァリでの特別な体験、飲む温泉水の神秘と、歴史が息づくコロナーデを巡る静かな散策の魅力について、たっぷりとご紹介いたします。さあ、癒やしの旅へとご一緒しましょう。
カルロヴィ・ヴァリの静かな散策に加えて、オフジェ川沿いのサイクリングでこの地方の自然をよりダイナミックに楽しむ方法については、チェコ・カルロヴィヴァリとオフジェ川サイクリング探訪記もご覧ください。
カルロヴィ・ヴァリとは?知られざる温泉地の素顔

多くの日本人にとって、チェコといえば首都プラハの美しい街並みが思い浮かぶかもしれません。しかし、プラハから車で西に約2時間走ると、まったく異なる穏やかで優雅な雰囲気を持つ場所が広がっています。それがカルロヴィ・ヴァリです。
ボヘミアの森に囲まれた温泉地
カルロヴィ・ヴァリは、チェコ西部のボヘミア地方に位置し、ドイツとの国境にほど近い場所にあります。深い森林と渓谷が広がる地形の中を、テプラー川が静かに流れており、その風景は訪れる人々の心を落ち着かせ、都会の喧騒を忘れさせてくれます。1350年頃、神聖ローマ皇帝でありボヘミア王でもあったカレル4世が狩猟の途中でこの地の温泉を発見したと伝えられており、「カルロヴィ・ヴァリ」はチェコ語で「カレルの温泉」を意味します。この発見以来、街はヨーロッパ屈指の温泉リゾート地として発展しました。18世紀から19世紀にかけて、その名声はピークに達し、オーストリア=ハンガリー帝国の皇帝フランツ・ヨーゼフ1世やロシアのピョートル大帝、多くの文人や音楽家たちが療養や社交を目的に訪れました。街を彩るパステルカラーの優雅な建物群は、その華やかな時代の息吹を今に伝え、街全体が壮大な芸術作品のように感じられます。
飲泉文化の本場
日本の温泉地では一般的に湯船に浸かって体を温める「入浴」が中心ですが、カルロヴィ・ヴァリの温泉文化は大きく異なります。ここでは温泉を「飲む」、つまり「飲泉療法」が伝統的な治療法として根付いています。カルロヴィ・ヴァリの地下には約79の源泉が湧き出ており、そのうち十数か所が飲泉用に活用されています。これらの温泉水には、ナトリウムやカルシウム、マグネシウム、硫酸イオンなど多様なミネラルが豊富に含まれており、特に消化器系や代謝機能の改善に効果があるとされています。各源泉は温度やミネラル含有量が微妙に異なり、そのため味や効能もさまざまです。かつては専門の医師が患者の症状に合わせ、どの源泉をいつどの程度飲むべきかを処方していました。現在も長期滞在の療養施設では医師の指導のもと、本格的な飲泉療法が続けられています。旅行者であっても、この独特な文化の入口を気軽に体験することが可能です。
コロナーデが彩る優美な街並み
カルロヴィ・ヴァリの街の特徴として特に際立っているのが、「コロナーデ」と呼ばれる建築物です。コロナーデとは、飲泉所である源泉(チェコ語でプラメン)を覆う形で設けられた、柱が連なる美しい回廊のことを指します。これは天候に左右されず快適に飲泉や散策を楽しめるように考えられた建築様式です。雨や雪の日でも、訪れる人々は傘を差さずに優雅な回廊の下を歩きながら、温かい温泉水をゆったりと味わうことができます。カルロヴィ・ヴァリにはそれぞれ異なる時代や様式で建てられた、5つの主要なコロナーデが存在します。荘厳なネオ・ルネッサンス建築から繊細な鉄細工、温かみのある木造建築まで、多彩なデザインが街を彩っています。これらのコロナーデを巡り歩くこと自体が、カルロヴィ・ヴァリ観光の醍醐味であり、歴史と芸術を肌で感じる貴重な体験となるでしょう。
旅の始まり:専用カップ「ラーゼンスキー・ポハーデク」を手に入れよう
カルロヴィ・ヴァリでの飲泉散策を始める前に、まず手に入れておきたいのが、この地特有の特別なアイテムです。それが「ラーゼンスキー・ポハーデク(Lázeňský pohárek)」と呼ばれる、平たい形状の陶器製温泉カップです。これがなければ、カルロヴィ・ヴァリの旅は始まりません。
温泉カップの選び方
一見すると単なる装飾的な水差しのように見えるかもしれませんが、このカップには独特の仕掛けがあります。持ち手部分が空洞になっており、そこがストローの役割を果たしているのです。カップ本体に温泉水を注ぎ、持ち手の先から少しずつ飲む仕組みになっています。これは、高温の温泉水で唇をやけどしないように、またミネラル成分が歯のエナメル質を傷つけるのを防ぐための工夫とされています。街の土産物店や専門店の店頭には、カラフルなラーゼンスキー・ポハーデクがずらりと並び、その光景は圧巻です。伝統的な青色の玉ねぎ模様「ツヴィーベルムスター」が描かれたクラシックなものから、花や鳥をモチーフにした繊細なデザイン、さらには現代アーティストによる斬新でモダンな作品まで、種類は豊富です。サイズも様々で、一口サイズの小さなものから、たっぷり飲める大ぶりなものまで揃っています。どれにしようか迷いながら、自分だけの一つを選ぶ時間は、旅の始まりにふさわしい楽しい儀式となるでしょう。価格帯も数百円から数千円まで幅広く、気軽に買える点も魅力です。ぜひ時間をかけて、あなたの旅のパートナーとなるカップを見つけてください。
カップが紡ぐ旅の思い出
このラーゼンスキー・ポハーデクは、単なる飲泉用の道具ではありません。それはカルロヴィ・ヴァリでの体験そのものを象徴する、大切な記念品でもあります。コロナーデを歩きながら、このカップで温かい温泉を口に含むたびに、旅の記憶が一つ一つ刻まれていきます。旅を終えて家に戻った後も、飾り棚に置かれたこのカップを見るたびに、ボヘミアの森の澄んだ空気やテプラー川の穏やかな流れ、壮麗なコロナーデの風景が鮮明に蘇ってくるでしょう。それはまるで、旅の魔法を閉じ込めた小箱のような存在です。機能的でありながら芸術品でもあり、さらには思い出の器としての役割も果たすラーゼンスキー・ポハーデクは、カルロヴィ・ヴァリを訪れた証として、あなたの心に深く刻まれることでしょう。
珠玉のコロナーデ巡り:5つの回廊を歩く

さあ、お気に入りの温泉カップを手に入れたら、いよいよカルロヴィ・ヴァリのコロナーデ巡りが始まります。市内には個性豊かで歴史ある5つの美しいコロナーデが点在しており、テプラー川沿いをゆっくり散策しながら、大地の恵みと建築の美を存分に味わいましょう。
ムリーンスカー・コロナーダ(Mlýnská kolonáda / Mill Colonnade)
カルロヴィ・ヴァリで最大かつ最も威厳ある象徴的な存在、それがムリーンスカー・コロナーダです。「粉屋のコロナーデ」という名前は、かつてここに水車小屋があったことに由来します。プラハの国民劇場設計で知られる建築家ヨゼフ・ジーテクが手掛け、1871年から1881年にかけて築かれました。その姿は古代ギリシャやローマの神殿を連想させます。
全長132メートルにわたる回廊を支えるのは、124本の壮麗なコリント式円柱。屋根の上には12か月を象徴する12体の寓意像が配され、その繊細な彫刻美には思わず息を呑みます。内部は陽光が差し込み明るく開放感に満ちており、多くの人がベンチに腰掛け談笑したり、ゆったり歩いたりしています。ここでは、異なる温度と成分を持つ5つの源泉から湧き出る温泉水を汲めます。それぞれ名前と逸話があり、違いを味わう楽しさもあります。ムリーンスカー・コロナーダの圧倒的な存在感は、カルロヴィ・ヴァリの黄金時代におけるヨーロッパ屈指のスパリゾートの片鱗を今に伝えています。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 名称 | ムリーンスカー・コロナーダ (Mlýnská kolonáda / Mill Colonnade) |
| 建築様式 | ネオ・ルネッサンス様式 |
| 完成年 | 1881年 |
| 特徴 | 124本のコリント式円柱が並び、市内最大かつ最も著名なコロナーデ。屋根上の12体の寓意像が優美。 |
| 主な源泉 | ムリーンスキー泉 (56℃)、ルサルカ泉 (60℃)、クニージェ・ヴァーツラフ泉 (65℃)、リブシェ泉 (62℃)、スカリニー泉 (48℃) |
サドヴァー・コロナーダ(Sadová kolonáda / Park Colonnade)
ムリーンスカー・コロナーダから少し歩くと、緑豊かなドヴォルザーク公園の隣にひっそりと佇むサドヴァー・コロナーダがあります。ムリーンスカー・コロナーダの重厚さとは対照的に、こちらは非常に繊細で優美な印象です。名の通り公園の自然と見事に調和しています。
1880年、ウィーンの建築事務所フェルナー&ヘルマーの設計によるこのコロナーデは、鋳鉄製の柱や手すりにまるでレース編みのような細やかな装飾が施されています。白く塗装された姿はまるで貴婦人のドレスのようで、アール・ヌーヴォーの風格を漂わせます。かつてはコンサートホールやレストランも兼ねた複合施設の一部でしたが、現在は回廊の部分のみが残っています。ここでは「ハディー・プラメン(蛇の泉)」と呼ばれる源泉が湧き、その名はかつて泉の周辺に蛇が集まったという伝説に由来し、飲泉所の装飾にも蛇のモチーフが見られます。豊かな緑を眺めつつ、この優美なコロナーデのベンチで静かに過ごすひとときは格別です。特に朝の光のなかで見る姿は幻想的な美しさを放ちます。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 名称 | サドヴァー・コロナーダ (Sadová kolonáda / Park Colonnade) |
| 建築様式 | 鋳鉄製アール・ヌーヴォー様式 |
| 完成年 | 1880年 |
| 特徴 | ドヴォルザーク公園に隣接し、白く繊細なレースのような鋳鉄製コロナーデ。優雅で幻想的な雰囲気が魅力。 |
| 主な源泉 | ハディー泉 (30℃) |
トゥルジニー・コロナーダ(Tržní kolonáda / Market Colonnade)
サドヴァー・コロナーダからさらに川沿いを進むと、温もりを感じさせる木造のコロナーデが姿を現します。こちらはトゥルジニー・コロナーダ、「市場のコロナーデ」と呼ばれ、1883年にフェルナー&ヘルマーによって設計されました。スイスのシャレー風のデザインが特徴的で、石造りの建物が多いカルロヴィ・ヴァリの街並みにおいてひときわ異彩を放っています。
木彫りの細工が随所に施され、その職人技の巧みさに感嘆させられます。中でも中央上部に飾られたレリーフは、カレル4世が傷ついた鹿を追ってこの地の温泉を見つけたという伝説を描き、中世の世界に思いを馳せさせてくれます。ここでは「カレル4世の泉」と、「市場の泉」という2つの源泉から温泉水を楽しめます。木材の温かみと精緻な彫刻美が融合したこのコロナーデは、訪れる人々に心地よい安らぎをもたらします。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 名称 | トゥルジニー・コロナーダ (Tržní kolonáda / Market Colonnade) |
| 建築様式 | スイス様式(木造) |
| 完成年 | 1883年 |
| 特徴 | 繊細な木彫り細工が施された温かな木造建築。カレル4世の温泉発見伝説を描くレリーフが印象的。 |
| 主な源泉 | カレル4世の泉 (64℃)、市場の泉 (62℃) |
ヴジーデルニー・コロナーダ(Vřídelní kolonáda / Hot Spring Colonnade)
これまでの歴史的なコロナーデとは異なり、現代的で機能的な造りのヴジーデルニー・コロナーダ。1975年に竣工し、ガラスと鉄筋コンクリートを用いた社会主義時代のチェコスロバキア建築様式を色濃く映しています。
この建物の主役は、カルロヴィ・ヴァリで最も強力な源泉「ヴジーデロ(Vřídlo)」。中央のガラス張りドーム内では、摂氏72度の熱泉が蒸気を伴いながら高さ約12メートルにも噴き上がり、その迫力はまさに地球の生命力を感じさせます。この源泉は市内の他の温泉施設やホテルへの源泉供給の中核でもあります。内部には50℃や30℃に温度調整された飲泉スタンドが5か所設置されており、訪問者は好みの温度で温泉水を味わえます。また、地下では源泉がパイプラインで運ばれる仕組みを見学できるツアーも行われています。歴史的な美術性とは異なるものの、カルロヴィ・ヴァリ温泉の中心として躍動感あふれる魅力を持つスポットです。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 名称 | ヴジーデルニー・コロナーダ (Vřídelní kolonáda / Hot Spring Colonnade) |
| 建築様式 | 機能主義様式(モダン建築) |
| 完成年 | 1975年 |
| 特徴 | ガラス張りのモダンな建物に高さ12メートルまで吹き上がる間欠泉「ヴジーデロ」(72℃)を擁する。市内温泉の源。 |
| 主な源泉 | ヴジーデロ (72℃、飲泉用は温度別に冷却) |
ザーメツカー・コロナーダ(Zámecká kolonáda / Castle Colonnade)
トゥルジニー・コロナーダの裏手、小高い丘の上に優雅に佇むのがザーメツカー・コロナーダ、「城のコロナーダ」です。1910年から1912年にかけて、アール・ヌーヴォーの建築家フリードリヒ・オーマンにより設計されました。名前の通り、かつてこの地には城がありました。
現在は高級スパ施設「キャッスル・スパ」の一部となっていますが、一部は一般公開されています。2つのセクションに分かれており、下部は自由に訪れることができる「下の城の泉」の飲泉所を備えています。上部は円形のパビリオンで、太陽をモチーフにしたレリーフが美しい「上の城の泉」があり、こちらはスパ利用者専用です。丘の上から望むテプラー川沿いの街の眺めは素晴らしく、他のコロナーデとはまた異なる静謐で落ち着いた空気が漂います。喧騒を離れ、静かに温泉と向き合いたいときに訪れたい隠れ家的スポットです。アール・ヌーヴォーの優美な曲線美と高台からのパノラマが、心に深い癒しをもたらしてくれます。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 名称 | ザーメツカー・コロナーダ (Zámecká kolonáda / Castle Colonnade) |
| 建築様式 | アール・ヌーヴォー様式 |
| 完成年 | 1912年 |
| 特徴 | 小高い丘に建つ優美なコロナーデ。現在はスパの一部だが、一般に開放された源泉もある。街を見下ろす絶景が魅力。 |
| 主な源泉 | 下の城の泉 (55℃)、上の城の泉 (50℃) |
飲泉体験の作法と心得
美しいコロナーデを巡りながら、多彩な源泉に触れることは、素晴らしい体験です。しかし、カルロヴィ・ヴァリの飲泉文化をより深く味わうためには、いくつかのマナーと心得を知っておくとよいでしょう。これらは厳格なルールというよりも、先人が築いてきた温泉の恩恵を最大限に生かすための知恵なのです。
正しい飲み方で効果を引き出す
本来、飲泉療法は専門医の指導のもと、個々の体質や症状に応じて行う医療行為です。しかし、旅行者がこの文化に触れ、健康の増進を目的として楽しむことは大いに推奨されています。その際に大切にしたいのは、「少しずつ、ゆっくりと」という基本的なルールです。
まず、一度に大量に飲むことは避けましょう。温泉水には豊富なミネラルが含まれており、多量摂取は体に負担を与える可能性があります。専用カップに1杯、100mlから200mlほどを汲んだら、それを5分から10分かけて、ゆっくりと歩きながら飲むのが伝統的なスタイルです。美しい柱廊を眺めたり、川のせせらぎを聞きながら、少しずつ味わう。この「歩きながら飲む」行動が消化器の働きを促し、温泉成分の吸収を助けると考えられています。また、飲むタイミングとしては食事の30分から1時間前が最も効果的とされます。空腹時に温かい温泉水を飲むことで胃腸の動きが活性化し、その後の消化を助けるのです。
源泉ごとの味や温度の違いを楽しむ
カルロヴィ・ヴァリの飲泉の醍醐味は、各源泉で異なる味わいと温度の個性を体験することにあります。各源泉には成分表示のプレートが設置されているため、これを参考に飲み比べる楽しみもあります。
例えば、鉄分が多い泉は少し金属的な「鉄の味」が感じられます。塩分濃度の高い泉はわずかな塩気を味わえるでしょう。炭酸ガスを多く含む泉では口内に微かな刺激を受けることもあります。温度も様々で、30℃程度のぬるいものから60℃以上の熱いものまで存在します。ぬるい源泉は飲みやすい一方で、熱い源泉の方がミネラルの吸収が良いとされます。最初は少し飲みにくいと感じる源泉も、何度か口にするうちに「これが効いている証拠かもしれない」と思える心境に変わるのが不思議です。自身の体調や好みに合わせて、「今日はこの泉が合っている気がする」と直感を頼りに、お気に入りの源泉を見つけることも旅の醍醐味の一つです。
心と体に静かに向き合うひととき
カルロヴィ・ヴァリでの飲泉は、単なる温泉水を飲む行為にとどまらず、自分の心身と静かに向き合う、一種の儀式(リチュアル)ともいえる時間です。
専用カップから立ち上る湯気を吸い込み、温かい液体が喉を通り胃へとゆっくりと落ちていく感覚に注意を向けてみてください。大地の深奥から湧き出たエネルギーが徐々に体内に満たされていくのを感じ取れるかもしれません。忙しい日常の中で、私たちは自分の体の声を聞き逃しがちですが、この飲泉の散策時間だけは思考を止め、純粋に五感に集中することができます。コロナーデのベンチに腰掛け、行き交う人々の様子を眺め、歴史ある石畳の感触を足裏で感じる。内面で何が起きているのかを穏やかに観察する。こうした時間は深いリラクゼーションと内なる平穏をもたらし、現代人に必要な「デジタルデトックス」としての役割を果たし、スピリチュアルな癒しの体験ともなり得るのです。
コロナーデ散策だけじゃない、カルロヴィ・ヴァリの更なる魅力

飲泉とコロナーデの散策はカルロヴィ・ヴァリを象徴する楽しみですが、この街の魅力はそれだけに留まりません。優雅な散歩の合間に、ぜひ訪れたいスポットや味わってみたい名物が数多くあります。
歴史あるホテルの威厳に触れる
テプラー川のほとりには、かつて王侯貴族たちが宿泊したであろう壮麗で歴史深いホテルが軒を連ねています。その中でも特に存在感を放つのが「グランドホテル・プップ」です。1701年創業の長い歴史を誇り、その華麗な内装はまるでお城のような趣きを持ちます。映画『007 カジノ・ロワイヤル』のロケ地としても知られ、ジェームズ・ボンドが登場したカジノやレストランのシーンはここで撮影されました。宿泊となると少々敷居が高いかもしれませんが、ホテル内の「カフェ・プップ」なら誰でも気軽に訪れることができます。優雅な雰囲気の中、チェコ伝統のケーキとコーヒーを味わいながら、かつての華やかな社交界に思いを馳せてみるのも素敵です。
名物「温泉ワッフル」を味わう
飲泉散策の途中で甘いものが恋しくなったら、ぜひ試していただきたいのがカルロヴィ・ヴァリ名物の「ラーゼンスケー・オプラトキ(Lázeňské oplatky)」です。これは、温泉水を使って焼き上げられた大きくて薄い丸いウエハース(ゴーフル)で、街のあちこちにある屋台や専門店で販売されています。注文するとその場で温めてくれるため、いつでも焼きたての美味しさを楽しめます。プレーンのほか、チョコレートやヘーゼルナッツ、バニラなどのクリームを挟んだ種類も豊富です。サクッと軽い食感とほのかな甘みが、飲泉で少し変わった味覚をリフレッシュするのにぴったり。歩きながら手軽に食べられるのも魅力の一つです。温かいオプラトキを手にコロナーデの街を歩けば、旅の喜びがより一層高まるでしょう。
ハーブリキュール「ベヘロフカ」
カルロヴィ・ヴァリには「13番目の泉」と称されるもう一つの名物温泉があります。それがこの地で生まれた薬草酒「ベヘロフカ(Becherovka)」です。1807年、薬剤師ヨゼフ・ベヘルが20種類以上のハーブやスパイスを調合して生み出したリキュールで、もとは胃腸薬として発売されていました。独特の香りと甘みとほのかな苦みのバランスが絶妙で、多くの人々に愛されるチェコを代表する国民的なお酒です。一般的には食前酒としてストレートで飲まれるほか、トニックウォーターで割った「ベトン」というカクテルも人気です。街の中心にある「ヤン・ベヘール博物館」では、ベヘロフカの歴史や製造過程を知ったり、試飲も楽しめます。お土産としても非常に喜ばれ、カルロヴィ・ヴァリの思い出と一緒に持ち帰りたい一品です。
街を一望できる絶景スポットへ
温泉街の賑わいから少し離れて新鮮な空気を吸いたくなったら、ケーブルカーでディアナ展望台へ向かうのがおすすめです。山頂に位置する高さ40メートルの展望台からは、赤い屋根が印象的なカルロヴィ・ヴァリの街並みと、その周囲に広がる広大なボヘミアの森を一望できます。そのパノラマビューはまさに絶景と言えます。展望台のふもとにはレストランもあり、美しい風景を眺めながら食事を楽しむことも可能です。さらに周辺には整備されたハイキングコースがいくつもあり、森林浴を楽しみながら散策するのも爽快です。温泉の恵みを体に取り入れた後は、清らかな森のエネルギーを全身で受け取り、心身ともにリフレッシュできるでしょう。
ウェルネスツーリズムの真髄に触れる旅
カルロヴィ・ヴァリへの旅は、単なる名所や歴史的なスポットを訪れる一般的な観光旅行とは異なる趣を持っています。これは、自身の健康や幸福、つまり「ウェルネス」と向き合うための旅であり、ウェルネスツーリズムの本質に触れる貴重な体験と言えるでしょう。
「療養」から「癒し」への変遷
かつてカルロヴィ・ヴァリは、特定の病気を治すために長期間滞在する「療養(キュア)」を目的とした人々が訪れる場所でした。しかし時代が進むにつれ、その役割は次第に変わりつつあります。今でも本格的な療養施設は存在しますが、多くの訪問者は日常のストレスや疲労から解放され、心身をリフレッシュする「癒やし(ヒーリング)」を求めてやって来ます。短期間の滞在でも、温泉を味わい、コロナーデを散策し、美しい自然に触れることで、この地が誇るウェルネスのエッセンスを十分に感じ取ることができるのです。治療よりもむしろ予防やメンテナンスの意味合いが強く、日々たまった心身の疲れを特別な空気や水で洗い流す感覚に近いかもしれません。
自分のペースで過ごす贅沢な時間
カルロヴィ・ヴァリでの旅において最も大切なのは、せかさずゆったり過ごすことです。「あれも見なければ」「これも食べなくては」といった義務感を手放し、徹底的に自分のペースを尊重することこそが、この地で味わう極上の贅沢といえます。朝はゆっくり目覚めて、温泉カップを持ってコロナーデへ出かける。気の向くままに散策し、疲れたらベンチに腰かけて川の流れをただ眺める。午後にはカフェで読書を楽しんだり、森の小径をゆっくり歩いたり。時間に縛られることなく、自分がその瞬間に心地よいと感じることを選び取る。そうした緩やかな時間の流れの中に身を置くことで、本来の自分自身のリズムを取り戻すことができるのです。効率や成果から離れ、ただ「存在する」ことを味わう時間こそが、魂の安らぎに通じているのです。
内なる自分と向き合う霊的なひととき
地中深くから湧き出る温泉の水を体内に取り入れる行為は、私たちが自然の一部であることを思い起こさせる、非常に根源的でスピリチュアルな体験です。温かい湯が体を巡る感覚は、大地という母なる存在と再びつながるような深い安心感をもたらしてくれます。何世紀にもわたり、多くの人々が癒やしを求め祈りを捧げてきたこの地には、目に見えないポジティブなエネルギーが満ちているかのように感じられます。歴史が幾重にも積み重なるコロナーデの石畳を歩いていると、時代を越えて、過去に訪れた人々の息づかいが聞こえてくるような気がします。この静謐で美しい環境の中で、私たちは日常の雑念から解き放たれ、普段は気付かない内なる声に耳を傾けることができるのです。カルロヴィ・ヴァリの旅は、体の回復だけでなく、心の浄化と魂の潤いをもたらす旅。この地を後にするとき、きっと心も体も軽やかになり、新たな活力で満たされている自分を感じるでしょう。

