オンライン旅行会社(OTA)経由での航空券予約は、私たち旅行者にとって長らく当たり前の選択肢でした。しかし今、その常識が大きく揺らぎ始めています。航空会社が自社サイトやアプリを通じた「直接予約(ダイレクトブッキング)」をかつてないほど強力に推進しており、旅行予約の勢力図に地殻変動が起きようとしています。
航空会社が「脱・OTA依存」を急ぐ背景
長年、航空会社とOTAは互いに利益を享受する協力関係にありました。航空会社はOTAの巨大な集客力によって販売網を広げ、OTAは航空券販売で得られる手数料を収益の柱としてきました。ではなぜ今、航空会社は直接予約へのシフトを加速させているのでしょうか。その背景には、大きく3つの理由があります。
収益性の改善とコスト削減
最も大きな理由は、コスト削減です。航空会社はOTA経由で航空券が販売されるたびに、販売手数料を支払わなければなりません。この手数料は収益を圧迫する大きな要因であり、直接予約を増やすことでこのコストをまるごと削減し、利益率を改善することができます。
貴重な顧客データの獲得
顧客が自社サイトやアプリで直接予約をすると、航空会社は予約情報だけでなく、旅行の好みや頻度といった貴重な顧客データを直接手に入れることができます。このデータを活用することで、一人ひとりに合わせたマーケティングや、パーソナライズされたサービスの提供が可能になり、顧客との長期的な関係構築に繋がります。
ブランド体験の向上と追加収益
直接予約は、航空会社がブランドイメージをコントロールし、顧客に一貫したサービス体験を提供する絶好の機会です。さらに重要なのが、座席指定、追加手荷物、機内食といった「アンシラリーサービス(付帯サービス)」の販売強化です。
調査会社IdeaWorksCompanyのレポートによると、2023年における世界の航空会社の付帯サービスによる収入は、1179億ドル(約17兆円)に達すると予測されています。これは航空会社にとって極めて重要な収益源であり、自社サイトであれば、これらのサービスをより柔軟かつ効果的に顧客へ提案できるのです。
顧客を惹きつける航空会社の具体的な戦略
航空会社は、単に「直接予約がお得です」と呼びかけるだけではありません。顧客を自社サイトへ誘導するために、様々な戦略を展開しています。
- ロイヤルティプログラムの強化: マイレージ会員向けに、一般には公開されない限定運賃や、ボーナスマイルを提供。
- 直接予約限定の特典: 無料の機内Wi-Fi、優先搭乗、座席指定料金の割引など、直接予約をした顧客だけが享受できる特別なメリットを用意。
- テクノロジーの活用: IATA(国際航空運送協会)が推進する新データ規格「NDC(New Distribution Capability)」を導入。これにより、OTAでは提供できないような多様な運賃プランや付帯サービスを組み合わせた商品を、自社サイトや一部の提携先で販売できるようになります。
予測される未来と旅行者への影響
この航空会社とOTAのパワーバランスの変化は、今後の旅行業界全体、そして私たち旅行者の予約行動にも大きな影響を与えそうです。
OTAのビジネスモデルに変革の波
航空券は、ホテルやアクティビティ予約に繋げるための重要な「集客商品」でした。航空会社の直接予約シフトにより、OTAはこの集客力を一部失う可能性があります。これに対抗するため、OTAは航空券以外のホテル、レンタカー、現地ツアーなどを組み合わせた独自のパッケージ商品を強化したり、より優れた検索機能やUI/UXで利便性を追求したりするなど、プラットフォームとしての付加価値を高める戦略に一層注力していくでしょう。
私たち旅行者の選択はどう変わる?
この変化は、旅行者にとって一長一短かもしれません。
航空会社の公式サイトで予約すれば、限定特典やよりパーソナライズされたサービスを受けられるメリットがあります。一方で、複数の航空会社の価格を一度に比較できるというOTAの最大の利便性は、相対的に低下する可能性があります。
これからの航空券探しは、まずOTAで価格やフライトの全体像を把握し、その後、気になる航空会社の公式サイトを訪れて直接予約の特典や限定運賃がないかを確認する、といった「ひと手間」が賢い方法になるかもしれません。
航空会社とOTAの競争と協調が織りなす新たな業界地図。その変化の先にどのような旅行予約の未来が待っているのか、今後も注目していく必要があります。

