OTAへの高額手数料が経営を圧迫、ホテル業界が直接予約へ舵を切る
世界のホテル業界で、大きな地殻変動が起きています。多くの旅行者が利用するExpediaやBooking.comといったOTA(オンライン旅行代理店)から、ホテルの自社ウェブサイトへの直接予約へと顧客を誘導する「ウィンバック戦略」が、今、急速に広まっています。その背景にあるのは、OTAに支払う高額な手数料問題です。
ホテルがOTA経由で予約を獲得した場合、その手数料は宿泊料金の15%から、場合によっては30%にも達すると言われています。例えば、一泊5万円の部屋が予約されれば、最大で1万5千円が手数料としてOTAに支払われる計算です。このコストはホテルの収益性を大きく圧迫し、長年の課題となっていました。この状況を打開し、収益性を改善するために、ホテルは顧客との直接的な関係構築へと本格的に乗り出したのです。
なぜ今「ウィンバック戦略」が注目されるのか?
OTAはホテルにとって、世界中の旅行者にアプローチできる強力な集客ツールであることは間違いありません。しかし、その利便性の裏で、ホテルは収益性だけでなく、もう一つ重要なものを失っていました。それは「顧客データ」です。
OTA経由の予約では、顧客の詳細な情報がホテル側に十分に渡らないケースが多く、顧客の好みや過去の利用履歴に基づいたパーソナライズされたサービスを提供することが困難でした。顧客との関係が希薄になることで、リピーターの育成も難しくなります。
コロナ禍を経て、多くのホテルがコスト構造の見直しを迫られたことも、この動きを加速させました。不安定な経済状況の中で、手数料というコントロール可能なコストを削減し、顧客との永続的な関係を築くことの重要性が再認識されたのです。
ホテルが仕掛ける、巧妙なアプローチ
では、ホテルは具体的にどのようにしてOTAから顧客を「取り戻そう」としているのでしょうか。その手法は、滞在のあらゆる場面に散りばめられています。
チェックイン時の特典案内
OTA経由で予約した顧客がチェックインする際に、「次回、当ホテルの公式サイトから直接ご予約いただくと、ウェルカムドリンクやレイトチェックアウトなどの特典がございます」といった案内を丁寧に行います。目の前の顧客に対し、直接予約のメリットを具体的に提示することで、次回の予約行動を変えようという試みです。
滞在後の限定オファー
チェックアウト後もアプローチは続きます。ホテルは顧客のメールアドレスを取得し、後日、「公式サイト限定の割引オファー」や「会員プログラムへのご招待」といった特別なメールを送信します。一度滞在してホテルの魅力を知った顧客に対し、お得な情報を提供することで、リピート利用を直接予約へと繋げます。
公式サイトの魅力向上
「ベストレートギャランティ(最低価格保証)」を掲げ、他のどのサイトよりも公式サイトが最もお得であることを保証するホテルも増えています。また、公式サイトでしか予約できない特別な宿泊プランや体験アクティビティを用意することで、OTAにはない付加価値を創出しています。
未来予測:旅行者と業界に訪れる変化
この「ウィンバック戦略」の広がりは、今後の旅行業界にどのような影響を与えるのでしょうか。
旅行者への影響
私たち旅行者にとって、この変化はメリットの大きいものになる可能性があります。ホテルの公式サイトから予約することで、部屋のアップグレード、割引、ポイント付与といった特典を受けられる機会が増えるでしょう。また、ホテルとの直接的なコミュニケーションを通じて、よりパーソナライズされた、満足度の高い滞在が期待できます。ただし、予約時にはOTA独自のセールやポイントプログラムも存在するため、公式サイトとOTAを比較検討する賢い視点が、これまで以上に求められることになります。
業界への影響
ホテル側は収益性の改善に加え、顧客データを活用したマーケティング戦略を強化し、顧客ロイヤルティを高めることができるようになります。一方、OTA側は単なる予約プラットフォームとしての役割だけでなく、ホテルとのパートナーシップを再構築したり、送迎や現地ツアー予約といった付加価値サービスを拡充したりすることで、その存在意義を改めて示す必要に迫られるでしょう。
ホテルとOTAのパワーバランスが変化し、顧客との関係性を重視する時代へ。私たちの「どこで予約するか」という選択が、旅の質そのものを左右する重要な要素になっていくことは間違いありません。

