ラオスの東北部、緑豊かな丘陵地帯に、世界中の旅人たちの好奇心をかき立ててやまない風景が広がっています。その名は「ジャール平原」。空と大地が溶け合う広大な土地に、まるで巨人が忘れていったかのように、数千もの巨大な石の壺(ジャール)が点在しているんです。いったい誰が、何のために、どうやってこれほどの数の石壺を作ったのか。その多くは未だに厚い謎のベールに包まれています。今回は、そんなミステリアスな魅力に溢れる世界遺産、ジャール平原への旅をご案内します。古代の息吹と、この土地が乗り越えてきた歴史の記憶。その両方に触れる、忘れられない時間旅行へ、一緒に出かけてみませんか。
ラオスを訪れる際には、同じく古代の神秘に満ちたアンコール遺跡群への旅もおすすめです。
はじまりの地、ポーンサワンの空気

ジャール平原への冒険は、シエンクワーン県の県都であるポーンサワンという街からスタートします。ラオスの首都ビエンチャンや古都ルアンパバーンから飛行機やバスでアクセスが可能なこの街は、多くの旅人にとって拠点となる場所です。率直に言うと、ポーンサワンは華やかな観光地に見られるような賑やかさや派手さとは異なり、静かで落ち着いた雰囲気が漂う素朴な町です。しかし、それがまた魅力でもあります。大通り沿いにはゲストハウスやレストラン、ツアー会社が立ち並び、これから始まる新しい体験への期待感をそっと高めてくれます。
私はルアンパバーンから長距離バスに揺られ、約8時間かけて夕暮れ時にこの街へ到着しました。乾いた土の香りと、どこかの家庭から漂う夕食の匂いが混ざり合います。遠くで響くバイクのクラクションを耳にしながら、空が茜色から深い藍色へと変わっていく様子を眺めていると、不思議と心が穏やかになっていくのを感じました。都会の喧噪から離れ、ゆったりと自分のリズムを取り戻せる、そんな安心感がポーンサワンにはあります。
ホテルにチェックインして荷物を置いた後、早速街を散策しました。小さな市場では地元の人々が新鮮な野菜や果物、香辛料を売っており、その活気に触れるだけで旅気分が高まります。そこで翌日のジャール平原ツアーの予約も済ませました。街のツアーデスクやゲストハウスで簡単に申し込むことができ、トゥクトゥクをチャーターしてプライベートで巡るか、他の旅行者とバンをシェアする乗り合いツアーのどちらかを選べます。私は一人旅だったため、新しい出会いを楽しみに乗り合いツアーを選びました。料金は訪れる遺跡の数や人数によって異なりますが、主要な3つのスポットを1日で回るツアーが、一人あたり約150,000キープ(約2,200円)程度が相場でした。トゥクトゥクを一台貸し切る場合は料金がやや高くなりますが、自分のペースで時間を気にせず回れるのが魅力です。どちらのプランも遺跡入場料は別途必要なので、少し多めに現金を準備しておくと安心です。
圧巻の光景、ミステリーの中心「サイト1」へ
ツアー当日、朝8時にゲストハウスの前で迎えに来てもらい、乗り合わせたのは年齢も国籍もさまざまな旅人たちでした。少し緊張しつつも、皆が同じ目的地へ向かうという一体感に包まれ、車内はすぐに穏やかな雰囲気が漂いました。ポーンサワンの街から舗装道を走り続け、やがて赤土の道に入って約30分。眼前に広がるのは、なだらかな丘陵が連なる壮大な景色でした。ここが、ジャール平原の中で最大規模を誇る「サイト1(トゥン・ハイ・ヒン)」です。
バンを降りてビジターセンターで入場券を購入しました。料金は15,000キープ(およそ220円)です。ここにはジャール平原の歴史や、この地が持つもう一つの側面に関する展示があり、遺跡を訪れる前に立ち寄ることを強くおすすめします。その内容については後ほどじっくりご紹介します。
そして、いざ石壺群とご対面。ゆるやかな坂を登り切った瞬間、思わず息を呑みました。緑豊かな平原に、大小さまざまな灰色や赤茶色の石壺が300個以上点在しており、その大きさは高さ2メートルを超え、重さが数トンに及ぶものもあると言います。一つひとつがまるで意志を持っているかのような静謐さと圧倒的な存在感を放ち、ただ「そこにある」ことの力強さを感じさせました。写真で見ていたイメージをはるかに凌駕する、生き生きとしたエネルギーに満ちた光景です。
草原を渡る風がそよぎ、サワサワと優しい音を響かせています。遠くで鳥の鳴き声が聞こえるほかは、風の音と時折漏れる観光客の感嘆の声だけ。ゆっくりと石壺の間を歩きながら表面に触れてみると、ひんやりとしてざらつく感触がありました。長い年月、太陽や雨風にさらされてきた証が、その肌ざわりに刻まれているようです。苔に覆われた箇所や雨水によってできた窪みなど、すべてがこの石壺の歴史を物語っているように感じられました。
石壺は何のために作られた?古代の謎を巡る想像
歩みを進めるうちに、頭の中は「なぜ?」の連続でした。これらの石壺は紀元前500年から紀元500年頃の鉄器時代に築かれたと推測されていますが、その用途は定かではありません。最も有力な説は、遺体を安置する棺として使われたというものです。実際、石壺の周囲から人骨が発見されており、遺体を壺の中で風葬や腐敗させた後、骨だけを取り出して別の場所に埋葬したのではないかと考えられています。そう思うと、この静かで美しい土地が、古代の人々の死生観と深く結びついた聖なる場所であったことが心に迫り、少し厳かな気持ちになります。
一方で地元の伝承には、古代の王が戦いの勝利を祝うためにこの壺でラオ・ラーオ(ラオスの米焼酎)を造り、祝宴を開いたという話も伝わっています。「巨人の酒壺」と呼ばれることもあり、そう聞くとこの巨大な壺たちが陽気な宴の象徴にも見えてくるのが不思議です。もしかしたら、両方の意味を持っていたのかもしれません。真実は誰にもわからないからこそ、私たちは自由に想像の翼を広げることができるのです。
丘の頂上からの絶景と歴史が息づく洞窟
サイト1の中央には小高い丘があり、ぜひそこまで登ってみてください。息を切らしながら頂上に立つと、これまで歩いてきた石壺群を360度のパノラマで見渡せます。広大な大地と尽きることのない青空、その間に点在する無数の石壺の光景。あまりの壮大さに自分がほんの小さな存在だと実感すると同時に、時を超えてこの地に立っていることの奇跡に胸が熱くなりました。この景色を見るためだけでも訪れる価値がある、心からそう思える瞬間です。
丘の近くにはもうひとつ欠かせない場所があります。ぽっかり口を開けた洞窟です。中に入るとひんやりとした空気が肌を撫で、外の光が届かない奥は深い闇に包まれています。この洞窟は、石壺に遺体を納める前に火葬した場所ではないかと考えられているそうです。天井には光を取り入れる穴が開いており、そこから差し込む一筋の光が神秘的に洞窟内を照らしていました。静寂に満ちたこの空間で目を閉じると、まるで古代の人々の祈りや囁きが聞こえてくるような不思議な感覚に包まれました。
さらに奥地へ。サイト2とサイト3の異なる魅力

サイト1の壮大なスケールを堪能した後は、バンに戻り、さらに奥地に位置する他のサイトへと向かいます。多くのツアーでは、サイト2とサイト3を訪れるのが定番ルートです。それぞれが異なる魅力を持っているため、ぜひ十分な時間を設けて訪れてほしいスポットです。
丘の上に静かに佇む「サイト2」
サイト2は、サイト1から車で約20分の場所にあります。ここは二つの丘にまたがり、石壺が点在しているスポットで、サイト1に比べて観光客が少なく、より落ち着いたプライベートな雰囲気が味わえます。木々の合間から望む田園風景は格別で、石壺とラオスののどかな日常が溶け合った光景はまるで絵画のようでした。
サイト1の石壺が平原に力強く点在しているのに対し、サイト2の石壺はまるで森の木々と語り合うかのように、静かで優美に佇んでいます。ここには唯一、彫刻が施された石壺が存在していることでも知られています。風化は進んでいるものの、人の顔のようなレリーフが彫られており、古代の人々の芸術性や信仰心を感じ取れる貴重な遺物です。時を忘れて石壺の隣に腰を下ろし、風のざわめきに耳を澄ます―そんな贅沢な時間が似合う場所でした。
森に秘められた隠れた「サイト3」
最後に訪れたのは、サイト3です。ここは豊かな森の中、小さな丘を越え、揺れる吊り橋を渡りながら、牛が草をはむのどかな田んぼのあぜ道を歩くという、ちょっとした冒険気分を味わえるスポットにあります。アクセスはやや不便ですが、そのぶん辿り着いた時の感動は格別です。
木漏れ日が差し込む森の中、苔に覆われた石壺たちがまるでかくれんぼをしているかのように点在しています。その光景は他のサイトとはまったく異なり、神秘的でどこかファンタジックな雰囲気を醸し出しています。まるでアニメの世界に迷い込んだかのような感覚で、それぞれの石壺が森の精霊の棲み処のように見えました。ここでは、石壺の謎を追うよりも、この美しい自然と古代の遺物が織りなす調和に身を委ねるのが最高の楽しみ方かもしれません。虫の声や鳥のさえずりを聴きながら深呼吸すると、心身の奥からリフレッシュされるのを感じられます。
主要な3つのサイトを巡る場合は、移動時間も含めておよそ5~6時間の見込みで計画すると良いでしょう。朝に出発すれば、ちょうどお昼過ぎにポーンサワンの街へ戻ってきて、ゆっくりランチを楽しむことができます。
旅人が知るべき、ジャール平原のもう一つの顔
この神秘的なジャール平原を訪れる際、決して忘れてはならない重要な事実があります。それは、この地域がラオス内戦およびベトナム戦争の時代に、世界でも有数の激しい爆撃を受けた場所のひとつであるという悲しい歴史です。アメリカ軍は約9年間にわたり膨大な数の爆弾を投下し、その多くはクラスター爆弾でした。現在もなお、数百万個とされる不発弾(UXO)がこの地に残されていると言われています。
サイト1のビジターセンターやポーンサワンの町にあるMAG(Mines Advisory Group)のビジターセンターを訪れると、その歴史や不発弾除去の取り組みについて詳しく学ぶことが可能です。ジャール平原の観光地では、安全が確保された範囲が赤と白の杭で示されています。観光客は必ずこの杭で囲まれた道の内側を通行しなければなりません。何気なく杭から外れて写真を撮ったり、珍しい植物に近づいたりする行為は、非常に危険で命を脅かす可能性があります。
こうした背景を知ると、目の前に広がる穏やかで美しい風景が、また違った意味を持って感じられるでしょう。石壺が耐え忍んできたのは、何千年もの自然の風雪だけではありません。わずか数十年前にこの地で起きた悲劇も、彼らは静かに見守ってきたのです。私たちが払う入場料の一部は不発弾除去の作業資金に充てられています。単に美しさや不思議さに感動するだけでなく、この土地の抱える痛みに思いを馳せ、その上で未来への希望を考えること。それこそが、ジャール平原を旅する私たちに課せられた重要な使命だと感じました。
ジャール平原への旅、準備と心構え

ミステリアスな遺跡と聞くと、準備が面倒に感じるかもしれません。しかし心配はいりません。いくつかのポイントを押さえておくだけで、誰でも素晴らしい体験ができます。
まず服装についてですが、何よりも歩きやすさが大切です。スニーカーは必ず用意しましょう。遺跡内は未舗装の道や草地が多いため、サンダルは避けたほうが安全です。日差しが強いので、帽子やサングラス、そして日焼け止めも忘れずに持参してください。ラオスは一年中暑いですが、朝夕や標高の高い場所では少し肌寒く感じることもあるため、薄手の長袖カーディガンやパーカーを1枚持っておくと体温調節に役立ちます。遺跡巡りだからといって、気合を入れたアウトドアウェアで固める必要はありません。動きやすいTシャツにパンツやロングスカート、そして少し色味のあるストールを加えるだけで、旅の気分も高まるのでおすすめです。
持ち物としては、必ず水分を準備してください。特に乾季は乾燥しているため、こまめな水分補給が重要です。それから虫よけスプレーも必要です。自然が豊かな場所なので、特に森の中にあるサイト3では重宝します。もちろん、絶景を撮影するためのカメラやスマートフォンも必須アイテムです。意外と大事なのは現金です。ポーンサワンの町にはATMがありますが、ツアー代や入場料、途中の売店での買い物はほとんど現金払いなので、余裕を持って少し多めに用意しておくと安心です。
旅行に適した時期は、雨が少なく気候が安定している乾季の11月から3月ごろとされています。この時期は空気が澄み、青空と緑の草原の美しいコントラストを楽しめます。4月から5月は最も暑く、6月から10月は雨季に該当しますが、雨季は緑が一層深まり観光客も少ないため、しっとりとした風情を味わいたい方にはおすすめです。その場合は雨具と滑りにくい靴を必ず準備してください。
ポーンサワンの夜と、心に染みるラオスの味
ジャール平原から戻った日の夜、ポーンサワンの街でラオス料理を味わうのは大きな楽しみのひとつです。街の中心部では夜になるとナイトマーケットが開かれ、香ばしい香りが漂っています。そこで味わえるのが、ラオスのソウルフードとも称される串焼き(ピンガイ)や、もち米(カオニャオ)です。
レストランでぜひ試してほしい料理が「ラープ」です。細かく刻んだ肉や魚をハーブや唐辛子、ライムで和えたサラダのような一品で、爽やかな辛みが食欲をかき立てます。韓国料理のピリ辛も好きですが、ラオスの辛さはハーブの香りが豊かで、また違った美味しさがあります。もち米を少しちぎって手で丸め、ラープと一緒にいただくのがラオス流。この組み合わせが本当に絶妙です。
そして、一日の冒険の締めにはやはりビアラオ(Beerlao)!すっきりとした喉越しで飲みやすく、歩き疲れた身体に染みわたります。ゲストハウスのテラスで、今日出会った旅人たちとビアラオを片手に話し込む時間も、旅の忘れがたい思い出となりました。ジャール平原の謎について互いに考えを披露し合い、次に訪れる国の情報交換をしたり。そんな何気ない会話こそが、旅を何倍にも豊かにしてくれます。
時を超えて、あなたを待つ場所

ジャール平原の旅は、単なる美しい風景の鑑賞にとどまりませんでした。そこは、大地に刻まれた壮大な歴史の教科書を、自分の足で踏みしめ、五感を通じて読み解くような体験だったのです。なぜここに石壺が存在するのか、その答えはいまだに見つかっていません。しかし、それで良いのかもしれません。答えがないからこそ、私たちは想像の翼を広げ、古代の人々の営みに思いを馳せることができるのです。
朝日に照らされて輝く石壺、夕日にシルエットを映し出す石壺。風に吹かれ、雨にさらされ、時には戦火の中で幾多の試練に耐えながらも、数千年という長い歳月をここで静かに刻み続けてきた存在です。その前に立つと、日々の悩みや焦燥がなぜかとても小さなものに感じられてきます。
もしあなたが、日常からしばし離れて、時が止まったかのような場所で自分と向き合いたいと思うなら。もしあなたが、未解明の謎に心をときめかせるタイプなら。ラオスのジャール平原は、きっとあなたをやさしく迎え入れ、忘れがたい思い出を贈ってくれるでしょう。さあ、次はあなたの番です。この壮大な謎解きの旅に、一歩を踏み出してみませんか。

