世界中のリングを渡り歩き、厳しいトレーニングの合間に求めるのは、いつも心を根こそぎ洗い流してくれるような圧倒的な自然との対峙だ。コンクリートジャングルで研ぎ澄ました感覚は、時として野生に還ることを渇望する。そんな俺が、魂の洗濯場所として選び続けているのが、北イタリアに広がるドロミーティ山塊。別名「淡い山々」。その名の通り、夕暮れ時には燃えるようなピンク色に染まる岩肌は、見る者の心を掴んで離さない。ここは、ただ美しいだけの場所ではない。自らの足で、体で、その雄大さを感じ尽くすための、巨大なアドベンチャーフィールドなのだ。
この記事では、ドロミーティを骨の髄まで味わい尽くすためのアクティビティ、特にハイキング、サイクリング、そして冬のスキーについて、俺自身の経験を交えながら徹底的に解説していく。初心者から、俺のような刺激を求めるベテランまで、誰もがこの天空の楽園で最高の時間を過ごせるように、具体的なコース紹介から準備、ルール、そしていざという時のための情報まで、全てを詰め込んだ。この記事を読み終える頃には、あなたはもうドロミーティ行きのチケットを探し始めているはずだ。さあ、一緒に冒険の扉を開こう。
神々が創りし岩の彫刻、ドロミーティとは

まず、私たちが目指す場所がどれほど特別なものであるかを理解してほしい。ドロミーティはイタリア北東部に広がるアルプス山脈の一部だが、ただの山脈ではない。2009年、その独自の景観美と地球科学的な価値が高く評価され、UNESCO Dolomites Foundationの管理下にあるユネスコ世界自然遺産に登録された、まさに世界の宝と呼べる場所なのだ。
この地域の最大の特徴は、ドロマイトと呼ばれる白亜質の岩石で成り立つ山々の姿にある。垂直にそびえる岩壁、ノコギリの刃のように鋭く連なる稜線、そして天空を突き刺すかのような尖塔の数々。まるで神が巨大な彫刻刀で丹念に仕上げた芸術作品のようである。ドロマイトという名称は、18世紀末にこの岩石の化学組成を解明したフランスの地質学者デオダ・ドゥ・ドロミューに由来している。
そして、ドロミーティを訪れる人々を最も魅了するのが、「エンロサディーラ(Enrosadira)」という現象だ。これはラディン語で「バラ色に染まる」という意味で、日の出や日没の際に太陽の光が山肌に当たることで、白亜の岩が燃えるようなピンクからオレンジ、さらには紫へと変化していく。この幻想的な光景を一度でも目にすれば、誰もが言葉を失い、その圧倒的な美しさに心を奪われるだろう。私も初めてこの光景を見たとき、厳しいトレーニングで疲れた心がすっと浄化されるのを感じた。どの場所にも人の営みと守るべき美しさが存在するが、ドロミーティのエンロサディーラはそれを静かに、しかし力強く伝えてくれるのだ。
地理的には、ボルツァーノ自治県(南チロル)、トレント自治県、ベッルーノ県にまたがっていて、オーストリア文化の影響を強く受けた地域でもある。街の看板にはイタリア語とドイツ語が併記され、食文化も独自の進化を遂げている。壮大な自然の冒険だけでなく、このユニークな文化に触れることも、旅の大きな魅力のひとつとなるだろう。
冒険の始まり:ドロミーティへのアクセス
どんなに魅力的な場所であっても、そこに辿り着けなければ意味がない。ここでは、日本からドロミーティへの具体的なアクセス方法を詳しく紹介する。しっかりと計画を立てることが、最高の冒険を始める第一歩となる。
ドロミーティの主な玄関口となる空港
ドロミーティ山脈へ直通の大型空港は存在しないため、周辺の主要都市の空港を利用する形となる。代表的な空港は以下の通りだ。
- ヴェネツィア・マルコ・ポーロ国際空港 (VCE): ドロミーティの南東側への入り口として便利。特にコルティナ・ダンペッツォ方面へ向かう場合に最適だ。空港からコルティナまでは、「Cortina Express」などの直通バスが運行されており、およそ2時間でアクセスできる。
- インスブルック空港 (INN, オーストリア): ドロミーティ北部へのゲートウェイとして重宝する。ボルツァーノやヴァル・ガルデーナ方面へ向かいやすい。国境を越えるが、高速道路(ブレンナー峠)を利用すれば、ボルツァーノまで約1時間半と比較的近い。
- ミラノ・マルペンサ国際空港 (MXP) / ミラノ・リナーテ空港 (LIN): イタリア最大のハブ空港であり、日本からの直行便も多いのが魅力だ。ただしドロミーティまでは距離があり、自動車で4〜5時間ほどかかるため、時間に余裕がある人向けの選択肢になるだろう。
- ヴェローナ・ヴィッラフランカ空港 (VRN): ドロミーティ南西部へのアクセスに適している。ここからレンタカーを借りて、ガルダ湖を経由しながら北上するルートも美しい。
地上交通の選択肢
空港に到着したあと、山岳エリアの中心部を目指すことになるが、移動方法は主に公共交通機関かレンタカーのいずれかだ。
- 公共交通機関(鉄道とバス):
イタリアの鉄道網(Trenitalia)は主要都市間をつなぐ。ヴェネツィアやミラノからヴェローナを経由し、さらにボルツァーノ(Bolzano/Bozen)やトレント(Trento)まで列車で移動するのが一般的だ。そこからは、各渓谷や町へ向かう路線バス(SAD社など)に乗り換える形となる。
- 利用のポイント: 日本からオンラインで鉄道チケットを事前に予約しておくことを強くおすすめする。「Omio」などの比較サイトを利用すると、複数の交通機関を一括検索できて便利だ。バスのチケットは現地のバスターミナルでも購入できるが、ハイシーズンは混雑するため、可能であれば事前にオンライン購入しておくのが安心だ。
- 注意事項: イタリアの公共交通機関は、遅延やストライキが発生することがある。乗り継ぎ時間には十分な余裕を持ったスケジュールを組もう。また、山間部を走るバスは便数が限られている路線もあるため、事前に時刻表をしっかり確認しておくことが肝心だ。
- レンタカー:
個人的に最もおすすめしたいのはレンタカーの利用だ。ドロミーティの本当の魅力は、点在する美しい村々や峠、湖にある。公共交通機関ではアクセスが難しい絶景スポットへ自由に立ち寄れるという利点は非常に大きい。
- 準備: 国際運転免許証の取得が必須で、忘れるとレンタルできないので注意が必要だ。予約は日本にいるうちに、レンタカー比較サイト(Rentalcars.comなど)を利用して済ませておくと安心かつ経済的だ。オートマ車(AT)はヨーロッパでは少数派かつ割高なため、早めの予約が鍵となる。
- 運転上のポイント: ドロミーティの道は急カーブや勾配の続く峠道(パッソ)が多い。運転に自信がない場合は無理をしないこと。また、夏の観光シーズンは主要峠の道路が混雑しやすい。街の中心部にはZTL(Zona a Traffico Limitato、交通制限区域)が設定されているので標識をよく確認し、誤って進入しないように注意しよう。違反すると高額な罰金が科せられる。
- トラブルへの備え: パンクや故障などの可能性を考慮し、レンタカー契約時に加入する保険内容を十分に確認することが大切だ。緊急連絡先は必ず控えておこう。万が一事故が起きた場合は、まず警察(112)に連絡し、その後レンタル会社の指示に従うこと。
どの方法を選ぶにしても、事前の情報収集と準備が快適な旅を実現する鍵となる。私は自由を満喫できるレンタカー派だが、のんびり景色を楽しみながら鉄道やバスで巡る旅も趣深いものだと思う。
天空の回廊を歩く:ドロミーティ・ハイキングの魅力

ドロミーティの真髄を堪能するなら、ハイキングが最適だ。自分の足で大地を踏みしめ、岩壁の迫力を直に感じ、澄んだ空気を肺いっぱいに吸い込む。これ以上の贅沢があるだろうか。ここでは、ドロミーティでのハイキングを最高の体験にするためのポイントを詳しく紹介しよう。
ハイキングの最適シーズンと天候
ドロミーティのハイキングが楽しめるシーズンは主に6月下旬から9月中旬にかけて。この期間、多くの山小屋(リフージオ)が営業し、リフトも稼働している。7月と8月は天気が比較的安定しているが、世界中から観光客が訪れるため非常に混雑する。静かな山歩きを望むなら、6月下旬から7月初旬、または9月初旬が狙い目だ。ただし、6月は高所にまだ雪が残っている可能性があるため、コース選びには注意が必要である。
忘れてはならないのは、山の天候が非常に変わりやすいことだ。ついさっきまで晴天だった空が突然曇り雷雨になることも珍しくない。特に午後は天候が崩れやすいため、早朝に出発し、昼過ぎには下山を開始する「早出早着」が基本のスタイルとなる。地元で人気の天気予報アプリ(3B Meteoなど)をこまめにチェックし、無理な計画は避けるべきだ。自然に対する敬意を忘れた者には、山は容赦なく牙をむく。
レベル別おすすめハイキングコース
ドロミーティには、気軽に散策できるコースから本格的な登山技術を要するルートまで、網の目のように多彩なトレイルが広がっている。ここでは、私が実際に歩き感銘を受けたコースをレベル別に紹介する。
初心者向け:セチェーダ(Seceda)天空の稜線散歩
おとぎ話の世界に迷い込んだような絶景を手軽に楽しむなら、セチェーダがおすすめだ。オルティゼーイ(Ortisei)の町からロープウェイとケーブルカーを乗り継ぎ、一気に標高約2,500mの山頂駅へ到達できる。そこから始まる稜線歩きはまさに空中散歩の趣だ。
- コース概要: 山頂駅から稜線のナイフリッジ沿いに歩く。進行方向の右手には緑豊かな牧草地が広がり、左手は垂直に切り立った崖が荘厳な景観を描き出す。遠くにはサッソルンゴやマルモラーダの雄大な山々も望める。
- アクセス: ヴァル・ガルデーナのオルティゼーイ中心部から「Ortisei-Furnes-Seceda」のゴンドラとロープウェイを乗り継ぐ。チケットは乗り場で購入可能で、往復切符が一般的。
- 所要時間: 山頂駅から次の山小屋までゆっくり歩いて1時間から1時間半程度。体力に自信がなくても、素晴らしい景色を楽しみながらゆったり過ごせる。
中級者向け:トレ・チーメ・ディ・ラヴァレード(Tre Cime di Lavaredo)周回ルート
ドロミーティの象徴である三本の岩峰、トレ・チーメ。これらの岩塔の周囲を一周するコースは、ドロミーティ訪問時にぜひ歩きたい定番ルートだ。
- コース概要: アウロンツォ小屋(Rifugio Auronzo)を起点に反時計回りで進むのが一般的。ラヴァレード小屋(Rifugio Lavaredo)を経て、フォルチェッラ・ラヴァレード(Forcella Lavaredo)の峠からは、トレ・チーメの北壁が壮大な姿を現す。その威圧的な迫力は圧巻の一語に尽きる。さらに先へ進むとエメラルドグリーンの池越しにトレ・チーメを望むロカテッリ小屋(Rifugio Locatelli)に到達。ここからの眺望はまるでポストカードのようだ。
- アクセス: ミズリーナ湖から有料道路(料金は高めだが価値あり)を使い、車でアウロンツォ小屋まで登る。夏場は駐車場が満車になることも多いため、朝早くの出発がおすすめ。公共バスの利用も可能。
- 所要時間: 約4時間。標高差は少ないが距離は約10kmあり、きちんとしたハイキング準備が求められる。
上級者向け:ヴィア・フェラータ(Via Ferrata)体験
「鉄の道」を意味するヴィア・フェラータは、岩壁に装着されたワイヤーやはしご、足場をたよりに登っていく、ハイキングとクライミングの中間的なアクティビティだ。第一次世界大戦中にイタリア軍が物資輸送のために整備したのが起源とされている。スリルと達成感を味わいたい人にとってこれ以上の経験はないだろう。
- 注意事項: ヴィア・フェラータは専用装備なしでの挑戦は絶対に避けるべきだ。ヘルメット、ハーネス、衝撃吸収機能つきのヴィア・フェラータ用ランヤードの3点セットが必須である。これらの装備は現地のスポーツショップでレンタル可能だ。
- 推奨事項: 初心者は必ず山岳ガイドが案内するツアーに参加すること。安全な装備の使い方やルートの知識を学べる。軽率な挑戦は命の危険を伴うため、自分の実力を過信しないことが何より重要だ。
ハイキングの準備と持ち物一覧
最高のパフォーマンスを発揮するには入念な準備が欠かせない。格闘技もハイキングも準備次第だ。ここではドロミーティの山で安全に楽しむための装備をまとめる。
- 服装(レイヤリングが基本):
- ベースレイヤー: 汗を素早く吸収し発散する化学繊維やメリノウールのTシャツ。コットンは乾きにくく冷えるため避ける。
- ミドルレイヤー: 保温を担うフリースや薄手のダウンジャケット。休憩時や天候悪化時に羽織る。
- アウターレイヤー: 防水・防風機能を備えたジャケットとパンツ(レインウェア)。ゴアテックス等の高機能素材が望ましい。山の天候は急変するため、晴れていても必ずザックに入れておくこと。
- 靴:
- 足首を保護し滑りにくいソールを備えた防水ハイキングシューズやトレッキングブーツが必須。スニーカーは捻挫や転落リスクが高く絶対避けること。購入後は事前に十分に履き慣らしておく。
- 必須持ち物:
- バックパック: 日帰りの場合は20〜30リットル程度が適切。
- 水: 最低1.5リットル、夏場はそれ以上を用意する。
- 行動食: ナッツ、ドライフルーツ、エナジーバーなど素早くエネルギー補給できるもの。
- 地図・コンパス: スマホのGPSアプリは便利だが、電池切れやトラブルも想定し、紙の地図とコンパスも必ず携帯する。
- 日焼け対策: 高地の紫外線は強烈。サングラス、帽子、日焼け止めは必須。
- 救急セット: 絆創膏、消毒液、痛み止め、常用薬など。
- ヘッドランプ: 下山が遅れた際の貴重な命綱。
- その他: 膝への負担を和らげるトレッキングポール、ザック用レインカバーなど。
禁止事項と山でのルール
美しい自然を守り、自らの安全も確保するため、以下のルールは厳守しよう。
- ゴミは必ず持ち帰る: 基本中の基本だが徹底を。
- 高山植物は採取しない: 美しい花々は写真に収めるだけに止める。
- トレイルから外れない: ルートを外れると植生を損ねるだけでなく、迷子の原因にもなる。
- ドローンの使用: 多くの場所で規制や許可が必要。事前に自治体や公園のルールを確認し、無許可の飛行はトラブルにつながる。
- 野生動物との接触: マーモットなどかわいい生き物に遭遇しても、餌を与えたり近づきすぎたりしない。
もし道に迷ったり怪我をした場合は、慌てず冷静に行動することが肝要だ。まずは現在地の確認を行い、可能なら来た道を戻る。動けない時はその場で救助を待つ。ヨーロッパ共通の緊急通報番号は「112」なので、必ず控えておこう。
風と一体になる:ドロミーティ・サイクリングの冒険
ドロミーティの峠道は、ハイカーのみならずサイクリストにとっても特別な場所だ。世界最高峰のロードレース「ジロ・デ・イタリア」の歴史的な舞台となった数多くの峠(パッソ)は、世界中のサイクリストたちの挑戦を待ち受けている。自らの力で風を切り、息を呑むような絶景の頂へと駆け上がる興奮は、何にも代えがたい。
ロードバイクの聖地
ドロミーティのサイクリングの魅力は、何よりも壮大な峠越えにある。セッラ、ポルドイ、ガルデーナ、カンポロンゴなどの峠を結ぶ「セッラロンダ」のルートは、約55kmの道のりに2,000m近い獲得標高を誇り、まさにヒルクライマーの楽園と言える。
- おすすめルート: セッラロンダは時計回り、反時計回りのどちらでも走ることができる。1日での一周は十分な体力と経験が必要だが、その達成感は格別だ。また、「パッソ・ジャウ」や「パッソ・フェダイア(マルモラーダ)」といったジロ・デ・イタリアの伝説的な激坂に挑むのも、上級者にとっては非常に魅力的だろう。
- レンタルと準備: 現地の多くの町には質の高いロードバイクをレンタルできるショップが点在している。特にコルヴァーラやカナツェイといったリゾート地では充実したレンタルサービスが揃う。ヘルメットは必ず着用し、パンク修理キットや携帯ポンプ、予備チューブの携行も不可欠だ。天候が変わりやすい峠道では、軽量のウィンドブレーカーも忘れずに持っていこう。
マウンテンバイクで大自然に飛び込む
舗装路だけでなく、ドロミーティの自然はオフロードにも多くの魅力を秘めている。ヴァル・ガルデーナやヴァル・ディ・ファッサのエリアには、リフトを使ってダウンヒルを楽しめるバイクパークや、クロスカントリー向けの整備されたトレイルが無数に広がっている。
- E-MTBの活用: 近年では、電動アシスト付きマウンテンバイク(E-MTB)のレンタルが大変人気だ。体力に自信がない人でも、急な坂をアシストで楽に乗り越え、壮大なシングルトラックを存分に満喫できる。サイクリングの楽しみを大きく広げる革新的なツールであり、初心者にもE-MTBでのオフロードデビューをおすすめしたい。
サイクリスト向けのイベント
ドロミーティでは年間を通じてサイクリスト向けの魅力的なイベントが開催されている。
- セッラロンダ・バイク・デイ: 6月と9月の年2回、セッラロンダの峠道が車両通行止めとなり、サイクリストだけが走れる夢のような一日。レースではなく、老若男女がそれぞれのペースで絶景を楽しむお祭りだ。参加に登録は不要で、誰でも気軽に参加できる。
- マラトナ・ドレス・ドロミテス: 毎年7月上旬に開催される世界最大級のグランフォンド(市民レース)。世界各国から約9,000人のサイクリストが集まる一大イベントだ。参加は抽選で非常に狭き門だが、沿道からトップアマチュアの走りを応援するだけでもその熱気を肌で感じられるだろう。
ルールとマナー
公道を走るロードバイクは当然ながら交通ルールを守ることが求められる。マウンテンバイクでトレイルを走る際は、ハイカーとの共用区間が多いことを忘れてはならない。ハイカーが優先であり、追い抜く際はスピードを落とし、優しく声をかけてから追い越すのがマナーだ。また、感謝の気持ちを込めて「Grazie!(グラツィエ!)」と伝えることも大切だ。美しい自然を共有する者同士、お互いへのリスペクトこそが最も重要である。
白銀の世界に抱かれる:ドロミーティの冬のアクティビティ

夏が緑と岩のコントラストで彩られるのに対し、冬のドロミーティは静けさと純白のベールに包まれた別世界へと変貌を遂げる。太陽の光を浴びて輝く雪、引き締まった冷たい空気、そしてどこまでも続く白銀のゲレンデ。ここは、スキーヤーやスノーボーダーにとってのまさに楽園だ。冬のドロミーティの魅力を詳しく見ていこう。
世界最大級のスキーエリア「ドロミテ・スーパースキー」
冬のドロミーティを語るうえで欠かせないのは、Dolomiti Superski(ドロミテ・スーパースキー)の存在だ。このスキー連合では、一つのスキーパスで12のスキーエリアを網羅し、合計1,200km以上の滑走距離と450基以上のリフトを利用できるという、まさに規格外の規模を誇る。
- 規模の大きさ: 1,200kmの滑走距離がどれほどかイメージできるだろうか。これは東京から福岡までの直線距離に匹敵し、滞在中に毎日異なるコースを滑っても、到底全てを制覇できないボリュームだ。この途方もないスケールが、世界中のスキーヤーを惹きつける最大の理由となっている。
- スキーパスの購入: パスは各スキーエリアのリフト乗り場にあるチケットカウンターで購入できるほか、公式サイトからオンラインで事前購入も可能だ。オンライン購入の場合は指定のピックアップ機でQRコードをかざすだけで発券でき、窓口での待ち時間を節約できる。料金は利用日数やシーズン(ハイシーズン/ローシーズン)、年齢(大人/シニア/ジュニア)によって異なるため、数日以上滑る場合は連続日数のパス購入がお得だ。
スキー&スノーボードの魅力ポイント
広大なドロミテ・スーパースキーの中でも特に人気の高いエリアと、ぜひ体験していただきたいスキーツアーを紹介する。
個性際立つスキーエリア
- ヴァル・ガルデーナ(Val Gardena): FISワールドカップのダウンヒルコース「サスロング」で有名な、広大で多彩なコースを持つエリア。オルティゼーイ、サンタ・クリスティーナ、セルヴァの3つの村が拠点であり、初心者から上級者まで満足できる環境が整っている。
- コルティナ・ダンペッツォ(Cortina d’Ampezzo): 1956年の冬季オリンピック開催地であり、2026年にミラノと共に再び冬季大会の舞台となる格式の高いリゾート。ファッショナブルな雰囲気とともに、トファーナなどの壮大な岩山に囲まれた美しいゲレンデが魅力的だ。
- アルタ・バディア(Alta Badia): グルメとスキーが融合したエリアとして知られ、ゲレンデ脇にはミシュラン星付きレストラン監修の山小屋が点在。極上の料理とワインを味わいながらスキーを楽しめる。緩やかで広々とした斜面が多く、ゆったり滑りたいスキーヤーに理想的な場所だ。
究極のスキーツアー「セッラロンダ」
夏のサイクリストの聖地「セッラロンダ」は、冬にはスキーヤーのための壮大な周回ルートに変わる。セッラ山塊を囲むように、一度もスキー板を外すことなくリフトを乗り継ぎながら一周できる、世界でも稀有なスキーツアーだ。
- 2つの周回ルート: 時計回りのオレンジルートと反時計回りのグリーンルートがあり、どちらも約40km(リフト乗車時間込み)で中級者向け。景色の趣が異なるため、滞在中に両ルートを楽しむのもおすすめだ。
- 所要時間と重要ポイント: 滑走スピードにもよるが、休憩を含めて5〜6時間ほどかかる。最大の注意点は、最終リフトの運行時間を必ず把握しておくこと。 最終リフトに乗り遅れると、帰りは高額なタクシーを利用せざるを得なくなる。遅くとも午前10時までにはスタートするのがベストだ。天候によるリフト運休もあり得るため、当日の状況確認も欠かせない。
スキー以外の冬の楽しみ方
スキーやスノーボードが苦手でも、冬のドロミーティを楽しむ方法は豊富にある。白銀の世界を満喫できるアクティビティを紹介しよう。
- スノーシューハイキング: スノーシュー(かんじき)を履いて、静かな雪の森や高原を散策。スキーの賑わいから離れて、動物の足跡を探したり、雪を踏む音に耳を澄ましたりと、自然と深く触れ合える。特にアルペ・ディ・シウジ(Alpe di Siusi)の広大な高原はスノーシューにぴったりだ。
- クロスカントリースキー: 「歩くスキー」とも呼ばれる有酸素運動に最適なスポーツ。整備されたコースを自分のペースで滑走する。ドッビアーコ(Dobbiaco)周辺は世界クラスのクロスカントリーコースがあり、ワールドカップも開催される聖地だ。
- そり遊び(トボガン): 子どもだけでなく大人も楽しめるアクティビティ。専用コースのある場所も多く、リフトで上がって一気に滑り降りる爽快感は格別だ。
冬のアクティビティにおける注意点と準備
冬山は美しい反面、厳しい環境でもあるため、安全に過ごすための準備は特に念入りに行いたい。
- 服装:
- 防水性と透湿性に優れたスキーウェアの着用が必須。
- インナーには速乾性の素材を選び、保温性の高いフリースなどを重ね着するのが効果的。
- 頭部保護のためのヘルメットは、今やスキーヤーやスノーボーダーにとって必須装備だ。
- 強い日差しや雪の照り返しから眼を守るゴーグルや、防寒・防水グローブも忘れずに。
- 安全対策(オフピステ):
管理されていないゲレンデ外のオフピステ滑走は非常に危険だ。雪崩のリスクが高く、専門知識と装備なしに挑むべきではない。オフピステを楽しむ際は必ず現地の山岳ガイドを利用し、雪崩ビーコン、ショベル、プローブ(ゾンデ)の三種の神器を携帯し、操作に慣れておくことが不可欠。過信せず、自身の安全を最優先に考えよう。
- レンタル:
スキーやスノーボードの用具は、現地のレンタルショップで手軽に借りられる。オンラインで事前予約すればサイズ保証や割引を受けられる場合もあるため、計画的に準備するとよいだろう。
アクティビティの合間に:ドロミーティの食と文化
激しい運動で消費したカロリーは、その土地の美味しい食事で補うのが旅の基本ルールだ。ドロミーティ地方は、イタリアとオーストリアの食文化が融合した、独特で深い味わいの料理が豊富な地域でもある。
山小屋(リフージオ)でのランチは、ドロミーティでのアクティビティの醍醐味の一つだ。汗を流した後、絶景を眺めながら味わうパスタやポレンタは格別の美味しさだ。特におすすめしたいのが、この土地の伝統的な郷土料理である。
- カネーデルリ(Canederli): 固くなったパンをベースに、スペック(燻製生ハム)やチーズなどを混ぜて団子状にし、ブイヨンスープでじっくり煮込む料理。素朴ながら、心身を温める優しい味わいが特徴だ。
- スペック(Speck): 南チロル地方の特産品である燻製生ハム。一般的なプロシュットよりもスモーキーで塩味がしっかりしており、ワインやビールとの相性が優れている。
- シュラプフカルプフェン(Schlutzkrapfen): ほうれん草とリコッタチーズを詰めた、ラビオリに似たパスタ。溶かしバターとパルメザンチーズをかけて食べる、シンプルながらも絶品の一皿だ。
- アップルシュトゥルーデル(Apfelstrudel): 薄く伸ばしたパイ生地でリンゴのフィリングを包み焼き上げた、オーストリア発祥の伝統的なデザート。温かいシュトゥルーデルにバニラソースやジェラートを添えれば、疲れも一気に癒される。
また、南チロルはイタリア屈指のワイン産地としても知られている。特に白ワインの質は高く、ゲヴュルツトラミネールやピノ・ビアンコは素晴らしい風味を持つ。赤ワインなら、地元の土着品種であるラグレインをぜひ味わってみてほしい。アクティビティの後のディナーで、地元料理とワインの美しい組み合わせを楽しむ時間は、まさに至福のひとときだ。
食文化に加えて、この地域には「ラディン文化」という独特の文化も根付いている。レト・ロマンス語群に属するラディン語を話す人々が暮らす谷(ヴァル・ガルデーナやアルタ・バディアなど)では、今もなお独自の伝統や習慣が大切に守られている。旅の途中でそうした文化の一端に触れることも、ドロミーティの深みを知る貴重な体験となるだろう。
未来へ繋ぐ遺産:ドロミーティでの持続可能な観光

これほどまでに美しく、私たちに多くのインスピレーションをもたらすドロミーティ。この素晴らしい場所を未来の世代にも同じように楽しんでもらうためには、旅人である私たち一人ひとりの意識が欠かせない。ユネスコの世界自然遺産に登録されているこの地域では、自然環境の保護に向けてさまざまな取り組みが進められている。 イタリア政府観光局も、責任ある観光の推進に努めている。
- 公共交通機関の積極的な活用: 夏のピークシーズンには、人気の峠道が一部通行制限されることがある。レンタカーは便利だが、バスやリフトを上手に組み合わせることで、環境負荷を軽減し、渋滞の回避にもつながる。各地で発行されるゲストカードを使えば、公共交通機関が無料または割引になる場合も多い。
- ごみの削減と持ち帰りの徹底: 山小屋やレストランでは、できるだけ地元の食材が使われている。私たちも、ペットボトル飲料の使用を控えてマイボトルを持参したり、過剰包装の製品を避けたりといった小さな気配りを心がけたい。もちろん、山で出たごみは必ず麓まで持ち帰ることが基本だ。
- 地域のビジネスを応援する: 大手チェーンのホテルではなく、家族経営の宿(ガルニ)に宿泊したり、地元の特産品を扱う店で買い物をしたりすることで、地域の経済に直接貢献できる。彼らの生活が、この美しい自然景観や文化の維持を支えているのだ。
ドロミーティは、私たちに挑戦と癒しをもたらす偉大な存在だ。この偉大さに敬意を払い、ひとりの責任ある旅行者としてこの地を訪れることこそが、この素晴らしい自然への最高の恩返しとなるだろう。さあ、準備はできたか。天空にそびえる岩峰群が、あなたの挑戦を今か今かと待ち受けている。