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ドロミーティで訪れるべき絶景スポット10選:必見の山々と湖

空と大地の境界線が曖昧になるほどの、圧倒的な岩の峰々。イタリア北東部に広がるドロミーティ山群は、訪れる者の価値観を根底から揺さぶる力を持っています。私はこれまで、世界中の朽ちゆく建築、忘れ去られた場所に美を見出し、その退廃的な姿を記録する旅を続けてきました。人の手が作り出し、そして自然に還っていく構造物たち。しかし、ここドロミーティで私が見たものは、それとはまったく異なる、けれどどこか通じる「時間の彫刻」でした。

淡いピンク色から燃えるような赤、そして深い紫へと表情を変えるドロマイトの岩肌は、まるで地球が自らの骨格を剥き出しにしているかのよう。二億年以上も前に古代の海の底で堆積したサンゴ礁が、地殻変動によって隆起し、氷河と風雨に削られて生まれた奇跡の造形。それは、人間が作り出すどんな建造物よりも雄大で、そして遥かに永い時間をかけて風化し、変化し続ける、生きている廃墟にも似たオーラを放っていました。

この記事では、そんなドロミーティの心臓部ともいえる絶景スポットを、私の視点から選び抜いてご紹介します。ただ美しい景色を眺めるだけでなく、その岩肌に刻まれた歴史の記憶や、一歩足を踏み入れるための具体的な方法、そして山と対峙する上での心構えまで、深くお伝えできればと思います。このガイドを手に、あなただけのドロミーティの物語を紡ぐ旅へ出かけてみませんか。

目次

ドロミーティへの旅の準備:知っておきたい基本情報

壮大な景観に身を投じる前に、まずはドロミーティの地をよく理解し、安全かつ快適な旅になるよう万全の準備を整えましょう。山は、その美しさとは裏腹に、厳格なルールを持つ気難しい主人のような存在です。敬意を持ち、しっかり備えることが、最高の体験への第一歩となります。

最適なシーズンと気候

ドロミーティは季節ごとに全く異なる顔を見せます。目的に応じて訪れるべき時期が大きく異なるのです。

高山植物が咲き誇り、緑の絨毯が広がる夏(6月下旬〜9月中旬)は、ハイキングに最適な季節です。日中はTシャツ一枚で過ごせることもありますが、標高が100メートル上がるごとに気温は約0.6度下がります。ロープウェイを使って2000~3000メートル級の展望台へ上がると、麓とは全く違う涼しさ、時には肌寒さを感じるでしょう。山の天気は非常に変わりやすく、晴れていても数分後には雨や霧、夏でも雪が舞うことさえあります。そのため、天候の急変に対応できる服装、つまり「レイヤリング(重ね着)」が不可欠です。汗を素早く乾かすインナー、保温性の高いフリースや薄手のダウン、そして雨風を防ぐ防水・防風性のあるアウターは、夏でも必ずバックパックに忍ばせておくべき三種の神器といえるでしょう。

一方、冬(12月〜3月)は世界最大級のスキーエリア「ドロミティ・スーパースキー」として賑わいます。真っ白な雪に包まれた山々は、夏とは異なる静寂で荘厳な美しさを醸し出します。スキーやスノーボード以外にも、スノーシューハイキングを楽しんだり、山小屋(リフージョ)で温かい食事を味わいながら雪景色に浸るのも魅力的です。この季節に訪れる際は、万全の防寒対策と、冬用タイヤやチェーンを装備した車が欠かせません。

春(4月〜6月上旬)と秋(9月下旬〜11月)は季節の変わり目で、多くのロープウェイやリフージョが休業します。観光客が少なく静かな時期ですが、残雪や不安定な天候があるため、上級者向けのシーズンと言えます。

アクセス方法:拠点となる街を選ぼう

ドロミーティ山群は広大で、明確な「入り口」がないため、旅のプランに合わせて拠点となる街を選ぶことになります。

日本からの一般的なアクセスは、ヴェネツィア・マルコポーロ空港(VCE)ミラノ・マルペンサ空港(MXP)の利用です。空港でレンタカーを借りて、高速道路(アウトストラーダ)を北上するのが自由度が高く効率的でしょう。ヴェネツィアからは約2〜3時間、ミラノからは約3〜4時間でドロミーティ南部の玄関口に到着します。

レンタカー利用のポイントと注意点

点在する絶景スポットを効率的に巡るには、レンタカーが最も便利な手段です。ただし、日本とは異なる運転環境に注意が必要です。まず、国際運転免許証の取得は必須です。ドロミーティの道は急カーブや勾配の続く峠道(パッソ)が多く、高い運転技術と集中力が求められます。特に右ハンドル車に慣れている方は、左ハンドル・右側通行に慣れるまでに少し時間がかかるかもしれません。また、イタリアの多くの街ではZTL(Zona a Traffico Limitato)と呼ばれる交通制限区域があり、無許可で侵入すると高額な罰金が科せられます。ナビの案内通り進んだつもりでも誤って侵入してしまうことが多いため、街の中心部に入る際は標識をよく確認することが大切です。

公共交通機関の利用法

国際免許がない場合や山道の運転に自信がない場合でも、公共交通機関を活用して旅を計画できます。ドロミーティエリアの主要な町やロープウェイ乗り場は、SAD(南チロル交通)のバスが網の目のように結んでいます。夏季にはハイカー向け路線が増便されるため、公式サイトで時刻表を事前にチェックして計画を立てることが重要です。電車を利用する際は、ボルツァーノ(Bolzano)やブレッサノーネ(Bressanone)など比較的大きな街まで行き、そこからバスに乗り換えるのが通常です。効率よく移動するにはバスの接続時間も考慮した綿密なプランニングが欠かせませんが、車窓からゆったりと景色を楽しむ旅も趣深いものです。

旅の必携アイテム

ドロミーティの旅、特にハイキングを計画しているなら、適切な装備が安全と快適さを大きく左右します。以下のアイテムは欠かせません。

まず足元から。街歩き用のスニーカーではなく、足首をしっかり支え、滑りにくい靴底を備えたハイキングシューズやトレッキングブーツが必須です。岩場や砂利道で足をしっかり守ってくれます。服装は先述した通りレイヤリングが基本。速乾性インナー保温性のあるフリースなどの中間着、そして防水・防風性のあるアウター(レインウェア)の三点セットが必須です。急な天候変化で体が濡れると低体温症のリスクが高まるため、濡れ対策は命を守る大切なポイントです。

強い日差しや紫外線から身を守る装備も忘れてはなりません。サングラス日焼け止め、そして帽子は必携です。標高が高い場所の紫外線は平地よりも数倍強く肌に降り注ぎます。

持ち物を収納するバックパックは日帰りの場合20〜30リットル程度が適量。中には、十分な量の(最低でも1.5リットル推奨)、エネルギー補給用の行動食(ナッツ、ドライフルーツ、チョコレートなど)、そして道に迷わないための地図とコンパス、またはGPS機能付きスマートフォン(オフラインでも使える地図アプリとモバイルバッテリーも忘れずに)を入れましょう。加えて、日没が予想外に早くなる可能性に備え、ヘッドランプも必ず携帯すべきです。小型の救急セット(絆創膏、消毒薬、痛み止め、常備薬など)も非常時に心強い存在となります。

これらの準備は決して過剰ではありません。自然への敬意を示すと同時に、自身の安全を守るための最低限のマナーであり約束事なのです。

天空の彫刻ギャラリー:必見の絶景スポット10選

準備が整いました。いよいよ、ドロミーティが誇る息を呑むような絶景の数々を巡る旅へと出発です。ここでは、私が特に感動した10のスポットを、アクセス方法や楽しみ方といった具体的な情報を交えながらご紹介します。

トレ・チーメ・ディ・ラヴァレード (Tre Cime di Lavaredo)

ドロミーティの象徴、天空に聳える三つの岩峰

ドロミーティと聞いて真っ先に思い浮かぶのが、この壮麗な光景ではないでしょうか。まるで巨大な教会の尖塔のように地面から垂直に伸びる三つの岩峰、トレ・チーメ。その姿はあまりにも有名で象徴的ですが、実際にその麓に立つと、写真や映像では決して伝えきれない圧倒的な迫力に襲われます。

私が訪れた日は、雲が低く垂れ込めた午後でした。アウロンツォ小屋から歩き始めると、霧が三峰を覆い隠してなかなか全容を現しません。しかし、風が強く雲を吹き散らした瞬間、巨大な岩壁が霧の合間から姿を現しました。その圧倒的な威圧感とスケールの大きさは、ただ美しいのを超え、畏怖の念すら抱かせるものでした。岩肌に刻まれた数えきれない縦縞は、長い年月をかけて雨水に洗われた皺であり、その一筋一筋に地球の悠久の記憶が宿っているように思えました。

この一帯は第一次世界大戦で、イタリアとオーストリア=ハンガリー帝国が激しい山岳戦を戦った舞台でもあります。ハイキングコース沿いには、現在も当時の塹壕や要塞跡が点在し、静かな自然の裏に人類の営みの痕跡が垣間見えます。朽ち果てた石積みの塹壕からトレ・チーメを見上げると、100年前の兵士たちが眺めたであろう風景を想像せずにはいられません。静寂の中、風の音だけが彼らの声なき声を運んでいるかのように感じられました。

実践ガイド:トレ・チーメの周回ハイキング

  • アクセス: トレ・チーメへの一般的な行き方は、ミズリーナ湖付近から有料道路「トレ・チーメ・スカイロード」を車で登り、終点のリフージョ・アウロンツォ駐車場まで行く方法です。通行料は2023年時点で乗用車1台約30ユーロと高めで、夏のピーク時は駐車場が満車になり入場制限がかかることもあります。できるだけ早朝に出発するのが望ましいでしょう。公共交通機関を利用する場合は、ミズリーナやドッビアーコからバスも運行しています。
  • ハイキング: 人気のコースはリフージョ・アウロンツォを起点に約10km、標高差約400mの三峰をぐるりと一周するルートです。休憩込みで3〜4時間ほどかかります。道は整備されているため家族連れでも楽しめますが、一部狭く岩場の箇所もあるためハイキングシューズは必須です。
  • 撮影スポット: 定番の撮影ポイントは北側に位置するリフージョ・ロカテッリ周辺。ここからは教科書に出てくる「あの」トレ・チーメの姿を望めます。途中の小さな教会(Cappella degli Alpini)や、いくつかの池に映る逆さトレ・チーメも美しい被写体になります。

セチェーダ (Seceda)

大地が裂けたかのように鋭く尖る稜線

オルティゼーイの街からロープウェイを乗り継ぎ、標高2,500mの山頂駅に降り立つと、息をのむとはこういうことかと実感します。眼前には、まるで巨大なナイフで切り裂かれたような鋭利で劇的な稜線が広がっています。緑の柔らかな草原が一転、断ち切られた断崖へと真っ直ぐに落ち、その色のコントラストは現実の世界とは思えないほどの迫力です。

セチェーダの魅力は荒々しい男性的な稜線と、足元に広がる花々咲く優美な草原が織りなす絶妙な対比にあります。稜線に沿った小道を歩けば、右手にはサッソルンゴやセラ山群といったドロミーティの主役級の山々、左手にオーストリア方面のアルプスの連なりを望め、まるで空を歩いているかのような浮遊感に包まれます。風に吹かれながら眼下のフネス谷のミニチュアのような景色を見下ろすと、日常の悩みなど取るに足らないと思えて、心が洗われる気がしました。

廃墟好きの私が特に惹かれたのは、この場所が持つ「境界線」の存在感でした。緑と岩、生と死、安らぎと厳しさ――あらゆる対極が一本の線の上でせめぎ合い、緊張感のある美を織り成しています。自然が創り出した見事な境界線。そのはかなき均衡の上に立っている感覚が、心を強く揺さぶりました。

実践ガイド:天空の散策路

  • アクセス: ヴァル・ガルデーナ地方のオルティゼーイから、Ortisei-Furnes、Furnes-Secedaと2本のロープウェイを乗り継いで山頂駅へ向かいます。夏は混雑するため、公式サイトでの事前オンライン予約がおすすめです。
  • アクティビティ: 山頂駅から稜線までは徒歩約10分。十字架の立つ展望ポイントからの絶景は必見です。その後は稜線沿いに西へ向かうハイキングルートで多角的にセチェーダの風景を楽しめます。
  • 注意点: このエリアは自然保護区に指定されており、高山植物の採取は禁止。またドローン飛行にも厳しい規制があります。SNS映えを狙い無理に崖の縁に立つのは非常に危険です。足元は見た目以上に脆い箇所もあるためくれぐれもご注意ください。

アルペ・ディ・シウージ (Alpe di Siusi)

ヨーロッパ最大の高原に広がる牧歌的な風景

セチェーダの険しい絶景とは対象的に、アルペ・ディ・シウージは穏やかで優しい風景が延々と広がります。ここはヨーロッパ最大の高原牧草地で、緑の丘陵が地平線まで連なり、その背景にはサッソルンゴやシュレルンなど、屏風のようにそびえるドロミーティの山々が立ち並びます。その牧歌的な美しさは、まるでおとぎ話の世界に迷い込んだようです。

カウベルの音が響く中、点在する木造の山小屋の間を縫うように整備されたハイキング道は起伏が少なく、小さな子ども連れや体力に自信がない人にも適しています。私はここでライカを携え、目的もなくゆっくりと歩き続けました。次々と現れる絶景の構図。緑の丘、質素な小屋、そして背後に聳える険しい山々が一つの絵画のように調和しています。

ここでは時間の流れがゆったりと感じられました。近代的な建造物や騒々しい車の音はなく、草を食む牛たちと風に揺れる草の音、遠くの山々を眺める静かな時間だけが存在します。朽ちゆくものに趣を見出す私ですが、この不変に見える風景にも緩やかな風化のプロセスが確かに息づいていると感じました。木造の小屋は少しずつ黒ずみ、草原の小径は人々の足で踏み固められていく。永遠に続くかのようなこの光景も、悠久の時の一断片に過ぎないのです。

実践ガイド:穏やかな高原の散策

  • アクセス: 環境保護のための交通規制があり、通常日中(9:00〜17:00)は許可車両以外の自家用車でのアクセスは禁止されています。観光客はシウージやオルティゼーイから出ているロープウェイを利用します。
  • 楽しみ方: 広大な高原には無数のハイキングコースとサイクリングコースがあり、ロープウェイ山頂駅のコンパッチを拠点に体力や時間に応じて選べます。馬車での高原巡りも人気です。
  • 情報収集: 交通規制の時間やロープウェイの運行状況は季節によって異なるため、訪問前に[ヴァル・ガルデーナ/アルペ・ディ・シウージ観光組合の公式サイト](https://www.valgardena.it/en/)で最新情報の確認をおすすめします。

ラーゴ・ディ・ブライエス (Lago di Braies)

ドロミーティの真珠と称される、エメラルド色の湖

「ドロミーティの真珠」とも呼ばれるこの神秘的な湖は、深い森と険しい岩壁に囲まれ、まるで外界から切り離された聖域のような存在感を放ちます。穏やかな湖面に映る背後のクローダ・デル・ベッコの岩肌は、まるで鏡のようにクリアで、一度眼にすると忘れられなくなります。

湖の透明度は非常に高く、湖底の小石まで鮮明に見え、光の加減でエメラルドグリーンからターコイズブルーへと繊細に色合いを変えます。湖畔の木造ボートや歴史あるホテルの佇まいも、すべてが完璧に調和した一枚の絵画の中にいるかのような錯覚を呼び起こします。

人気が集中してしまい、夏のハイシーズンは観光客で非常に賑わいます。静寂を望むなら、早朝の観光客が来る前か、夕暮れの人波が去った時間帯に訪れるのが最適です。私は日の出前の薄明かりの中で湖畔に立ち、朝靄に包まれた湖面、ピンク色に染まる山肌を前に、ただシャッターを押し続けました。誰もいない時、この湖は本来の神々しい姿を取り戻すのです。

実践ガイド:湖畔散策とボート体験

  • アクセス: 車でのアクセスが便利ですが、7月から9月のピーク時には交通規制があり、オンラインでの事前予約と駐車料金の支払いが義務付けられています。予約なしでは湖までたどり着けないこともあるため要注意。ドッビアーコなどから公共バスも運行していますが、混雑しています。
  • 行動: 湖を約3.5km一周する遊歩道が整備されており、所要約1時間半。西側は平坦で歩きやすいものの、東側には階段や狭い場所があるため歩きやすい靴が必要です。湖畔のボートハウスで手漕ぎボートのレンタルも可能。湖上からの眺めは格別ですが、料金は時間制なのでご注意ください。
  • トラブル時: 予約済みでも入場できないケースがあれば、予約確認メールや支払い証明を係員に落ち着いて提示しましょう。スクリーンショットを保存しておくと安心です。

ラーゴ・ディ・カレッツァ (Lago di Carezza)

妖精が遺した宝石のように輝く七色の湖

ラディン語で「虹の湖(Lec de Ergobando)」と呼ばれるこの小さな湖は、その名に違わぬ鮮やかな色彩を放ちます。エメラルド、サファイア、トパーズといった宝石の色を溶かし込んだかのような水面は、見る角度や天候によって刻々と変化し、訪れる人を魅惑します。

この湖にまつわる伝説も美しいものです。昔、水の精に恋した魔法使いが彼女の気を引こうと空に虹をかけたものの、驚いた水の精は湖底に隠れてしまい、怒った魔法使いが虹を砕いて湖に投げ入れた。そのため湖は七色に輝くと言われています。

色彩の秘密は、湖底から湧く清らかな水と周囲の森や背後のラテマール山の岩肌が水面に映り込み、光の魔法が生まれるためです。湖は小さく、周囲を一周する遊歩道も約30分。凝縮された美しさは、巨大な山々にも勝るとも劣りません。私は湖畔のベンチで待ち、水面が鏡のように静まった瞬間、ラテマールのギザギザの山並みが完璧に映り込む光景を目にし、伝説がただの物語ではなく、この地に宿る真実だと感じました。

実践ガイド:気軽に訪れる魔法の湖

  • アクセス: 幹線道路沿いに位置し、駐車場も完備。ボルツァーノから車で約30分のため、ドロミーティ湖の中で最もアクセスしやすいスポットです。公共バス停留所も目の前にあります。
  • 注意点: アクセスが容易なため、特に日中は多くの観光客で賑わいます。湖周辺には柵があり、水に触れたり湖内に入ったりすることは厳禁。湖の繊細な生態系と透明度を保つための重要なルールなので必ず柵の外から鑑賞してください。
  • 持ち物: 小さな湖ですが、周辺にハイキング道もあります。森の中を歩くなら歩きやすい靴を。日陰が少ないため、夏は帽子やサングラスの携帯をおすすめします。

カディーニ・ディ・ミズリーナ (Cadini di Misurina)

SNSで話題沸騰、尖鋭な岩峰群の要塞

トレ・チーメの陰に隠れていたこのエリアは、最近SNSを通じて急速に注目を集めています。ミズリーナ湖を見下ろす岩の塊に突き出す無数の鋭い岩峰・カディーニ・ディ・ミズリーナは、まるで異世界の要塞や巨大な獣の牙のよう。トレ・チーメの荘厳さとは異なる荒々しく攻撃的で迫力満点の姿を見せます。

特に人気が高いのは、リフージョ・フォンダイェンナーロへ向かう途中の展望ポイント。細い尾根の先に突き出た岩のテラスからピーク群を目の前に眺められます。眼下が数百メートルの絶壁で、高所に慣れていない人には勇気が必要ですが、ここからの眺望はまさに圧巻です。

私はこの景色を前に、廃墟となったゴシック教会の尖塔群を連想しました。人の手によるものではなく、自然が長い時間をかけ創り出した造形が時計のように研ぎ澄まされ、崩壊と風化を繰り返しながらも天を突く姿に、背筋が震えました。ここには癒しではなく、剥き出しの自然の厳しさと、そこから生まれる崇高な美が存在しています。

実践ガイド:スリリングな絶景スポットへ

  • アクセス: リフージョ・アウロンツォ駐車場を起点に、トレ・チーメとは別方向の裏手から南西へ延びる小道(117番)を進みます。
  • ハイキング: 展望ポイントまでは駐車場から片道約30〜40分。平坦な道が多いものの、最後の展望地点周辺は非常に狭く片側が崖のため、道のすれ違いに注意が必要です。雨や強風の日は危険なので無理せず天候を見極めてください。
  • ルール: 安全柵がない場所も多いため、自己責任での行動が求められます。写真撮影に夢中になり崖際での危険行動は避け、安全第一を心がけましょう。

マルモラーダ (Marmolada)

ドロミーティの女王、氷河を抱く最高峰

標高3,343m。ドロミーティ山脈の最高峰であり、唯一大規模な氷河を持つ山がマルモラーダです。「ドロミーティの女王」と称され、他山とは格別の存在感を放ちます。南壁は垂直の石灰岩の巨大な壁面、北側は緩やかな斜面に氷河が覆いかぶさっています。

ロープウェイを乗り継ぎ標高3,265mのプンタ・ロッカ展望台に登ると、空気の薄さを肌で感じられます。そして眼前には360度の大パノラマが広がり、フェダイア湖のエメラルド色の水面やトレ・チーメ、セッラ、サッソルンゴなど、これまで見てきた名峰の数々を見下ろせます。

また、この山は第一次世界大戦の悲劇の現場でもあります。オーストリア軍は氷河の内部に全長12kmものトンネルを掘り、「氷の街(Città di Ghiaccio)」と呼ばれる兵舎や弾薬庫を築きました。氷の下で敵の砲撃を避けながら兵士たちが暮らしていたとは驚きです。中間駅セッラウタには当時の博物館があり、氷河から発見された戦時の遺品が展示されています。極寒の氷の中で繰り広げられた戦いの歴史を知ると、辺り一面の美しい銀世界がまた異なる意味を帯びて見えます。氷河はゆっくり後退中で、時折戦争の遺物が顔を出すことも。この山はドロミーティの歴史そのものを内包しているのです。歴史の重みが、私が惹かれる退廃美の核なのかもしれません。

実践ガイド:女王の頂へ

  • アクセス: マルガ・チャペラから3本のロープウェイを乗り継ぎ展望台へ。チケットは麓の窓口で購入可能です。
  • 注意点: 高所ゆえ高山病に注意。急に高度が上がるため体調に変化が現れることも。ゆっくり動き、水分補給を忘れずに。山頂は夏でも氷点下となることが多いため、防寒具はダウンジャケットや手袋、ニット帽を用意しましょう。雪の反射を防ぐサングラスも必須です。
  • 氷河トレッキング: 氷河上を歩くのは専門ガイド同行と専用装備(アイゼン、ピッケル)なしでは非常に危険。自己判断での立入は厳禁です。

チンクエ・トッリ (Cinque Torri)

5つの奇岩が聳える、天空の野外博物館

名前の通り「5つの塔」を意味するチンクエ・トッリは、草原から突き出る個性的な5つの岩塔群です。その形状は、まるで巨人が置き忘れたおもちゃのような愛嬌もあり、クライマーには聖地として知られています。岩に挑む人々の姿を多く見かけます。

しかし、この地の真価は景観以上に歴史的遺産にあります。第一次世界大戦中、イタリア軍がこのあたりに司令部や塹壕、砲台を築き、野外博物館として現在もほぼ当時の姿で保存されています。復元された塹壕内を歩き、銃眼から敵陣の山を見渡すと兵士たちの緊迫感や絶望感が伝わります。

朽ちた木材の補強、錆びた鉄条網、砲弾跡の岩。これらはまさに「人の営みの痕跡」であり、美しいアルプスの風景と100年前の人間同士の戦いの記憶が交錯します。その対比こそがこの場所に深遠な響きを与えているのです。自然美だけでなく、歴史的価値を体感できるチンクエ・トッリはぜひ訪れていただきたい場所です。[ユネスコ世界遺産](https://whc.unesco.org/en/list/1237/)にも登録されています。

実践ガイド:歴史散策のハイキング

  • アクセス: ファルツァーレゴ峠手前からチェアリフトでリフージョ・スコイアットリへ。車でもリフージョ・チンクエ・トッリ近くまで行けますが狭く駐車場は限られます。
  • 楽しみ方: リフージョ・スコイアットリを起点に野外博物館のルートを巡ります。所要約1〜2時間。説明板を確認しながらゆっくり歩くと山岳戦の歴史を深く理解できます。
  • 食事: ハイキング後はリフージョ・スコイアットリかリフージョ・チンクエ・トッリでの食事がおすすめ。テラスから岩塔を眺めつつ味わうパスタやポレンタは格別です。

パッソ・ジャウ (Passo Giau)

360度の大展望が広がる天空の峠

ドロミーティには名高い峠道が多数ありますが、パッソ・ジャウの眺望は紛れもなくトップクラス。標高2,236mの峠からは遮るものなく、マルモラーダ、セラ、チンクエ・トッリ、クローダ・ダ・ラーゴなど印象的な峰々を一望できます。

とくに日の出・日の入り時の光景は魔法のようです。低い太陽が岩肌をバラ色に染める「エンロサディーラ(日の出の赤)」現象を存分に味わえる場所で、私も三脚を立てて空の色の変化を寒さを忘れて見守りました。燃えるオレンジ色から淡いピンク、深紫へと移ろう空に山々のシルエットが浮き上がり、その神々しさに鳥肌が立ちました。

パッソ・ジャウはハイカーだけでなくドライバーやサイクリストにも憧れのスポット。せせらぎの峠道を登り切った達成感と、そこで得られる圧巻の景観は格別です。車を停め風に吹かれながら景色に浸るだけでも心満たされる場所。特別な設備はなくても、これこそが至高の贅沢と教えてくれます。

実践ガイド:絶景ドライブと撮影ポイント

  • アクセス: コルティナ・ダンペッツォとセッラ・ディ・カドーレを繋ぐ県道SP638の最高地点。道は整備されていますが連続カーブに注意が必要。冬季は積雪で閉鎖されることがあります。
  • 撮影: 峠の象徴的小さな教会と背後にそびえるラ・グセーラの岩峰を構図に入れるのが定番。広角レンズで壮大さを強調し、日没後の星空とマジックアワーも狙い目です。
  • 服装: 特に特別な服装規定はありませんが、峠は風が強く気温が低いのでウィンドブレーカーなどの防風・防寒着があると快適です。

ヴァッレ・ディ・フネス (Val di Funes)

ガイスラー群を背に佇む、絵葉書の教会

ドロミーティの代表的な風景写真といえば、トレ・チーメと並んでよく知られるのが、鋭く切り立つガイスラー(イタリア語でオドレ)山群をバックに緑の牧草地にぽつんと立つ小さな教会の光景です。ヴァッレ・ディ・フネス(フネス谷)で見られるこの牧歌的で完璧な風景は、写真家たちが最高の光を求めて何度も訪れるスポットです。

中でもサンタ・マッダレーナ村のサン・ジョヴァンニ・イン・ラニース教会は有名です。玉ねぎ型屋根の小さな教会と背後に並ぶガイスラーの峰々との組み合わせは、まさに理想的な一枚。多くの写真家がここで光を追いかけています。

しかしこの風景は美しいだけでなく、一帯の厳しい自然環境と共に暮らす人々の営みも感じられます。斜面に築かれた畑、草を食む羊、そして祈りの教会。すべてが調和し、完成された世界を作り出しています。私はここに、人間の営みと大自然の見事な共生を見ました。朽ちていくものとは対極の、健やかで生命力に満ちた美しさ。それもまた私を惹きつけてやまない魅力の一部です。

実践ガイド:散策と撮影時の注意

  • アクセス: A22ブレンナー高速キウーザ(Chiusa/Klausen)ICから谷を進み、サンタ・マッダレーナ村が観光の中心地です。
  • マナーと撮影: サン・ジョヴァンニ教会は私有地の中にあります。周辺牧草地への立ち入りは禁止されているため、撮影は指定展望地や道路脇から行いましょう。近年は観光客のマナー違反が問題視されており、農地への無断侵入や荒らしは厳禁です。美しい景観を守るため、訪れる人一人ひとりの配慮が不可欠です。
  • ハイキング: ヴァッレ・ディ・フネスはガイスラー山群の麓に沿った多彩なハイキングコースが豊富。谷の奥のザンス(Zannes/Malga Zanser)起点の山岳ルートは特におすすめ。体力に応じて自由にルートを選べます。

ドロミーティ滞在をさらに楽しむために

絶景スポットを訪れるだけでなく、ドロミーティの文化や日常に触れることで、旅がより深く、記憶に残るものとなります。

山小屋(リフージョ)での宿泊体験

ドロミーティのハイキングの醍醐味のひとつに、山小屋(リフージョ)での宿泊があります。リフージョは単なる宿泊施設ではなく、世界各地から集まったハイカーが一堂に会して、その日の体験を語り合い、食事を共にする交流の場です。

設備はホテルのように快適とは言えません。多くは相部屋のドミトリー形式であり、シャワーは有料だったり、水の供給が限られている場所では使用不可の場合もあります。しかし、それを補ってあまりある魅力があります。夕食を終え、小屋の灯りが消えると、窓の外には満天の星空が広がります。人工の光がほとんどない山頂で見る星空は、まるで宇宙に放り出されたかのような感覚に包まれます。そして翌朝、朝日が山々を赤く染める瞬間をテラスから眺める感動は、リフージョに泊まった者だけが味わえる特別な体験です。

リフージョの予約は、夏の人気シーズンでは必須です。多くが数ヶ月前には満室になるため、早目の予約をおすすめします。予約は各リフージョの公式サイトや電話で行うのが基本ですが、[イタリア山岳会(CAI)](https://www.cai.it/)のウェブサイトでも各リフージョの情報を検索できます。キャンセルポリシーはリフージョごとに異なるため、予約時に必ず確認しておきましょう。

ドロミーティの食文化

ドロミーティが位置する南チロル(アルト・アディジェ)地方は、イタリアとオーストリアが交差する独特の食文化が根付いています。リフージョやレストランでぜひ味わいたいのが、この地域ならではの郷土料理です。

パンを材料にした団子「カネーデルリ(Canederli)」は、スープに浮かべたり、溶かしバターとチーズをかけていただく素朴で温かみのある一皿です。豚もも肉を燻製にした生ハム「シュペック(Speck)」は塩加減が絶妙で、ワインやビールと相性抜群です。ほかにも、ほうれん草とリコッタチーズを詰めたパスタ「シュルツクラプフェン(Schlutzkrapfen)」や、そば粉のクレープなど、多彩で美味しい料理が揃っています。ハイキングで疲れた身体に、山の恵みをふんだんに使った力強い味わいが染み渡ります。

万が一に備えて:トラブル対応と安全対策

楽しい旅も安全あってこそ成り立ちます。ドロミーティの山では、常に「もしも」の事態に備えることが大切です。

  • 天候の急変: 山の天候は変わりやすく、少しでも悪化を感じたら無理をせず撤退する勇気が必要です。目的地に着くことよりも、安全に下山することが何倍も重要です。
  • 道に迷うこと: ハイキングコースには標識がありますが、霧などで視界が悪い場合は道に迷うこともあります。オフラインで使える地図アプリ(Maps.meやAllTrailsなど)をスマートフォンに入れておき、こまめに現在地を確認する習慣をつけましょう。モバイルバッテリーは命綱です。
  • 緊急連絡: 万が一、けがや遭難で救助が必要になった場合、ヨーロッパ共通の緊急通報番号は112です。落ち着いて、現在地や状況、人数などを伝えましょう。
  • 海外旅行保険: 海外旅行保険への加入は必須です。特に山岳活動を計画している場合は、ハイキング中の事故やヘリコプターによる山岳救助をカバーする保険プランを選ぶことをおすすめします。治療費や救助費用は日本では想像できないほど高額になる場合があります。

悠久の時を刻む岩々の囁き

ドロミーティの旅を終え、私の心に深く刻まれたのは、圧倒的な「時間」のスケールでした。二億年以上もの歳月をかけて形作られた岩々の峰々は、人間の一生が瞬きにも満たない短さであることを改めて感じさせます。その表面を優しく撫でる風は、何万年も前から絶え間なく吹き続け、岩を削り出し、姿を変え続けてきたのでしょう。

第一次世界大戦の塹壕跡に立つと、わずか100年以上前の出来事が、まるで昨日のことのように鮮明に感じられます。しかし、その塹壕を見下ろすドロマイトの岩壁は、人間の営みなどまったく意に介さず、ただ静かにそこに横たわっているのです。

朽ちゆくものの中に美しさを見出してきた私にとって、ドロミーティは新たな視点をもたらしてくれました。風化し、崩れゆく岩もまた、一つの退廃の形。しかしそれは、終わりを迎える哀しい退廃ではなく、形を変えながら永遠に続いていく壮大な循環の一部なのです。

この地に立つと、誰もが自然という偉大な存在の前で、いかに自分が小さな存在であるかを痛感します。そして、その小さな自分が、この壮大な風景の一部として存在しているという、不思議な感動に包まれるのです。

この記事で紹介したスポットは、広大なドロミーティのごく一部に過ぎません。この地図を手に、ぜひあなた自身の足でこの地を訪れ、岩々の囁きに耳を傾けてみてください。きっとそこには、写真では決して伝わらない、あなたの魂を震わせる風景が待っていることでしょう。

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